13 AL [ Over the Prologue ]「パラレルワールド?」
御無沙汰しております。いやもう、年度末に向けたリアル環境がなんというか……。今回の話はただの解説回です。これを前編とした後編分を書くかは不明。
みんなが高2になって何週間か経った、ある日のHR。今日は連絡事項も話し合うこともほとんどないよねという感じで進んでいたのだけれども。
「菜摘さん、ずっと気になっていたことがあるんだけど」
「なに、安藤くん?」
「僕らって、菜摘さんによる記憶の時間転移によって、同じ1年間を13回繰り返したんだよね?」
「私による、っていうのは少し語弊があるけど、間違いではないかな」
「おう、あっさり認めたぜ、この美人教師」
「柿本くん、帰宅するまでに腕立て30回ね」
「なんで腕立て伏せなんだよ!」
「柿本、失言したことは自覚してるのね……」
「いつもの……墓穴……」
柿本くんとのボケツッコミもすっかり定番になってきたなあ。湯沢さんや笹原さんによる追い打ちフォローを含めて。12年前に同い年だった時は、そんなことはなかったんだけれども。それはともかく。
「安藤くん、それで?」
「うん。僕らはあの年の13回分の記憶があるけど、僕ら以外の人々にはそれらはないんだよね。たとえば、1回目から12回目の菜摘さん……白鳥先生としてじゃなくて、ドバイにいた高1としての安積さんとか」
「そうだね。いろいろあって、白鳥としての私がドバイに行って私自身に接触したこともあったけど、その時の安積菜摘としての記憶はないね」
「え、何しにドバイに行ったんだよ?」
「柿本くん絡みのことだよ。後でゆっくりじっくり話してあげるから」
「あ、それなら別にいいです」
「……ヘタレ」
「まあ、だいたい予想はつくわね」
「あはは……」
賢者モード発祥に関わることだからね、バレバレだよね。
「話を戻すと、そういった『上書き』された世界って、存在しなかったことになるの?」
「そんなことないよ。もし存在しなかったことになったら、みんなの記憶もなかったことになるから。『上書き』されたわけでもないね」
「じゃあ、高1開始からいくつもの並行世界……パラレルワールドが生まれたってことになるのかな? SF物では定番だけど」
「あー、ちょっと違うかな? みんなが12年後に転移した直後、例の地震発生以降だね、そこからはひとつの世界しか存在しないよ」
「つまり?」
「あのループを繰り返した1年間だけ、13のパラレルワールドが存在したって感じかな?」
「なるほど」
「もっとも、重複する事象の方がはるかに多いから、異なる因果関係が局所的に複数存在しているという方が正確だけど」
「途端にわけわからなくなった」
そもそも、私が開発した時空間転移理論は、物理的な時間を直接扱うものではない。因果関係をあらかじめ定義して、その定義を具現化するために必要十分な物理現象を引き起こすというものである。……などというと、今のみんなでは更に混乱するから黙っておくことにする。
「でも、そうか……。なら、ちょっと安心かな」
「安心?」
「やっぱり『なかったことにする』というのは後味が悪いかなと思って。未来に続かない世界とはいえ、ちゃんと存在して消えていないのなら、それはそれでいいかなと」
「あー、それね。私たちがループ真っ盛りの時は、むしろ消えてなくなれって心境だったけど」
「黒歴史は……消えない……」
「笹原、それこそお前にひとのこと言えないからな?」
あー、うん、あったねー、笹原さんは。特に、柿本くんと湯沢さんとのあれやこれやは……。でもね? このクラスの一番の黒歴史は、やっぱり柿本くんのアレなのだけれども。
「安積せんせー、それじゃあ、パラレルワールド化した世界にも、時空間制御理論で行けるってことですかー?」
「理論上は可能だよ。というか、白鳥としての私がまさにそうだね。本来の私を含むみんなが高1になる数か月前の時点に転移したから」
「なるほど。今からあのループした頃に単純に転移しても、今に続く『13 回目』の時系列にしか行けないってことか」
「そういうことだね。あの年のあたりの因果関係はどうにも『特異点』と呼べるほどに複雑みたいで、前後数年のスパンで因果関係を解析して、最も安定した時点に転移する必要があったんだけど……」
「けど?」
「なぜ、そんな特異点が存在するのか考えると、ね……」
「「「「「?」」」」」
少し、話すのがためらわれる。なにしろ、その説が正しければ……。
「つまりね、私が転移した過去の時点から、今こうして過ごしている時点までを含む、何十年間というスパンで構成されるこの時代全体が、やはり過去改変で生まれた世界なのかもしれないなあって」
「え、それじゃあ、菜摘さんとは別に、時空間転移理論を開発した誰かがいるパラレルワールドが存在するってこと?」
「あるいは……私たちが知る経緯と異なる形で、そのパラレルワールドの『私』が開発したか」
「それって……?」
「よく考えると、私が時空間転移理論を開発した経緯の方がおかしいのよ。既に起きた時空間転移を基に開発したのだから」
「鶏と卵の問題か」
「もし、何らかの理由で大規模な過去改変を行った結果が今の世界なら、因果関係の最初と終わりが結ばれるような、そんなループ構造をもつ歪みが発生しても不思議じゃないのよ」
「あうう、なんか混乱してきた……」
仮定に仮定を重ねた話だからねえ。ループ構造が、そんな大規模過去改変の影響ではなく、たまたま起きた自然現象的なものと解釈することもできるし。
「この問題を解決するには、更に前の時代にさかのぼって、大きな分岐点が発生するような改変が行われたかどうかを観察することだけど……」
「それって、何十年も観察するってことにならねえか? しかも、ループ構造がやっぱり自然現象だったなら何の改変も起こらねえわけだしよ」
「そうなんだよねえ。それに、実際に時空間転移を起こしている遠未来の人々にとっては、元の世界でも今の世界でもどちらでもいいわけだし」
「ああ、『乗り物』の理屈ね」
「時空間転移理論とその応用技術が生まれさえすれば、誰がどのように開発していったかなんて関係ないもんな」
そういう意味では、元の世界が存在したとして、その世界がどのような経緯をたどって過去改変をしたかも、今の私たちには関係ないと言える。たとえ、その改変があってこその私たちの世界だったとしても。
◇
「……って、割り切っていたつもりだったんだけどなあ」
「まさか、あんな話をみんなでした直後に、過去改変の証拠が見つかるとは思わなかったね」
「しかも、これどう見ても、大規模改変したのって、私だよねえ……」
昔、『白鳥先生』としての私を身辺調査していた警察関係者の人から、当時の資料一式が送られてきた。時空間転移理論の開発のループ構造をもたらす決定的なきっかけとなったものだけに、以前から欲しいとは思って打診していた。私自身のこととはいえ、一応捜査資料だったわけだから、審査に時間がかかっていたのだけれども、時効的な意味合いもあって、今回手に入ったという次第である。
その資料を、アパートの自室で安藤くんとお茶を飲みながら眺めていたら、件の問題に関わることが発覚したという。タイムリーではあったけど……これも『特異点』のなせる技?現象?そんなことまで思ってしまったのはナイショである。
「『13回目』の時だけ、私が私自身をドバイじゃなくて芳月家に住むよう仕向けるための『手紙』を用意したのだけれども……」
「これによれば、白鳥先生としての菜摘さんがそんなことをしなくても、もともと『安積さん』は僕らの学校に通うことになっていたみたいだね」
「つまり、私がドバイに住むことの方が改変だったわけなのよね。私の計画では、そんなことは仕掛けてなかったわけで……」
逆に言えば、私以外の誰かが、私をドバイに住むよう、未来から時空間転移技術で改変したわけである。もっとも、元の世界の誰か自身が転移したとは限らない。ドバイに住むよう仕掛けるための手紙なり記憶なりだけを転移させるだけでもいい。また、改変は私自身だけに行ったわけでもないだろう。とにかく、複雑かつ大規模に行ったのは確かである。『特異点』と呼べるほどに。
だが、いずれにしても、データは揃った。
「じゃあ、私は新しい因果関係制御計画を定義してみるね。大規模改変が行われる直前の時点の過去に転移して、そこから『元の因果関係』をたどるよう未来に再転移すればいいのだから」
「元の因果関係をたどる? そんなことができるの?」
「できるよ。私にとっては既に起きたはずの12回ループが発生する前の、『1回目』の4月に突入する時に実証済なんだ」
「なるほど……」
「未来への再転移は、今と同じ日時への転移に設定するよ。その方が、余計な再改変が起きないから」
「まさしくパラレルワールド転移だね。一度過去に戻ることになるけど」
「過去への転移と、元の因果関係の未来への転移は連続処理するようにするから、確かにその通りだね……っと、よし、できた」
「えっ、もう?」
「私が行うのはコンピュータ上での転移処理の定義だけで、実際に転移を実行するのは遠未来の人々だからね。認証メッセージもそろそろ届いて……」
ピロン♪
「……あれ?」
「どうしたの?」
「転移計画の再定義の勧告……安藤くんも一緒に!?」
「あー、ちょうどそれ言おうとしてたんだ」
「……安藤くん、もしかしてあなた、遠未来からのエージェント?」
「そう疑ってたのは菜摘さん自身でしょ……とにかく、ふたりで行こうよ。なんというか、その方がいい気がして」
「そうなの?」
「12回ループ以上の大規模改変って、相当なものだと思うんだよ。ちょっと見てくるってだけじゃ済まないんじゃないかな」
「……かもね。いずれにしても、往復含めた転移計画が私と安藤くんのふたりで認証されている以上、それが既定事項なんだろうけど」
「それじゃあ、そういうことで」
「うん」
カチッ
私は、起動プログラムを実行した。12回ループを始めとした、一連の逆説的な時空間現象の原因を知るために。