12 AL [ Date A Loop ]「今日は安藤くんとデートだ」
ある意味、最もこの作品シリーズらしい内容かもしれません。
たったったっ
「お待たせ、安藤くん! 待った?」
「い、いや、今来たところだよ」
「そう? じゃあ、行きましょ、デート」
「う、うん、よろしく、安積……」
じっ
「……じゃ、なかった、菜摘さん」
「ふふっ。こちらこそ、よろしくね」
ある日のよく晴れた休日の午前、私は安藤くんに誘われてデートすることになった。え? なんであらたまってそんなことしてるかって? それはねえ……。
ざわざわ
「……えっ、こんな綺麗な人が、彼女……!」
「あきらめます……」
とぼとぼ
女子大生らしきふたりが哀愁を漂わせながら、駅の改札からホームに向かって歩いていく。線路に向かっているだけに、なんとなく不穏に見える。さすがに大丈夫だよね?
「あっさり帰ったねえ」
「それだけ、安……菜摘さんが、美人だからだよ」
「もう、安藤くんったら、お世辞うまいんだから」
「いや、さっきの娘たちもそう言ってたし」
「そうなのかなあ。でも、ありがとう」
数日前の放課後の下校中、安藤くんと柿本くんが駅前の店でハンバーガーを食べていたら、ものの数分で逆ナンされたそうな。それ自体はいつものことなので、その話を聞いた私は驚きもしなかったが、とにかくそのふたりがしつこかったらしく、一方的に話しまくられたあげく、次に会う予定とメッセージアプリのIDを書いたメモまで押しつけられたとのこと。その予定が、今日この日の駅前だったのだ。
「その時に『好きな人がいるから』って、はっきり言ったんたけどなあ」
「んふふふふふ」
「……らしくない笑い方もするんだね」
「それは、まあ、ねえ」
私は忘れてないからね? 風邪を引いて苦しんでいた時の、安藤くんの心配そうな眼差しを。んふふふふふ。
ちなみに、予定とIDを押しつけられたのは安藤くんのみである。教室で聞いた柿本くんの『リア充(ぴー)ね』の連呼は今も耳に残っている。でも、結局湯沢さんや笹原さんと普通に仲良くしている時点で、柿本くんも相当なものだと思うのだけれども。男心はよくわからない。
「それにしても、時間が余ったかな。今日のお礼にお昼をごちそうするにも、まだ早いし」
「ごちそうなんていいよ。安藤くんに奢ってもらうのも変な話だし」
「そうはいかないよ。でも、とりあえずどうしよう」
「……あ、ねえ、前に行った近くの美術館はどう? 新しい作品が展示されてるって聞いたよ」
「いいね、そうしようか。そういえば、この時期は行ったことないかな」
「じゃあ、ちょうどいいね。私も初めてだと思うから」
というわけで、昔懐かし……って、ループしていた安藤くんにとってはそうでもないか、夏の終わりの美術館めぐりで行った近所の美術館にふたりで向かった。……デートの続きってことになるのかな。ちょ、ちょっと、照れるかなあ。
◇
美術館には事前情報通り、新しい絵画がいくつか展示されていた。近所と言っても公共のこじんまりとした建物ではなく、大手企業グループが自社PRを兼ねて運営している美術館である。それなりに費用を投じている割には入場料が安く、社会貢献的な意味合いもあるのだろう。
その新しい展示の中のひとつ、ヨーロッパ近代美術としては有名すぎるほど有名な作品が掲げられていた。それだけに、ガラス張りの空間の中に壁を作って展示されている上、周囲は縄のような太い紐で囲まれて不用意には近づけないようにしているといった厳重ぶりだ。
「全国ニュースで紹介されていたんだって? 美術の教科書でもお馴染みの作品だけあって、さすがだね」
「うん……」
厳重な仕切りの周りには人だかりができ、行列に並んで少しずつ移動しながら、作品の入った透明な箱に近づいていくというほどの盛況ぶりである。
なので、あるけれども。
「……」
「どうしたの? なんか難しい顔をして」
「えっとね、この作品、昔パリでも観たことがあったんだけど」
「さ、さすがだね。それで?」
「……なにか、違うんだよね」
「違う?」
「どこが、と言われると難しいんだけど、なんというか……写真を見ているような気がして」
「写真?」
うーん、気のせいかもしれないけど、もしかして、もしかすると……?
「安藤くん、今、11:00頃よね?」
「えっと……うん、そうだけど」
「ちょっと、ドバイのお母さんに電話かけてくる」
「え?」
お母さんならいろんな人脈があって、この作品の展示履歴とかすぐ調べられるはずなんだよね。確か、お母さんも今日は休みだって言ってたから、時差を考えても既に起きていて、自宅で好物のひよこ豆を朝食として食べてるはず。お父さんはPCのIP電話が主だけど、お母さんならスマホのメッセージアプリの通話機能ですぐに反応してくれるだろう。
◇
いろいろあって、お昼も大幅に過ぎた頃。美術館を出た私たちは、少し歩いたところにあるファミレスに向かう。
「……まさか、本当に贋作だったなんて……」
「私もびっくりだよ」
「いや、ほぼ一瞬で見抜いていたよね?」
見抜いた、というほどでもないけどね。本当に、なんとなくだ。だから、やっぱり本物だったって可能性も十分にあった。
でも、お母さんの知り合いでパリ在住の美術商に確認してもらったところ、『その絵が今、日本にあるはずがない』ということだった。その美術商の人は世界的に有名な人だったから、美術館に直接国際電話をかけてもらった。それで済めば良かったのだけれども、その人が電話でなぜか私の名前を出したらしく、館内放送で呼ばれてあれやこれや。別に、私が直接話をする必要はなかったんだけどなあ。
「日本……というか日本語圏かな、そこで全国ニュースになっても、案外世界規模には広がらないものなんだね」
「あと、館長さんが、アザレアグループの『贋作保険』に入ってたのもびっくりだったねえ」
「そんな保険まで用意しているアザレアグループがむしろすごいんだけど」
「そう? 意外と多いみたいだよ、贋作掴まされたって話」
「そうなんだ……。え、もしかして、それも?」
「うん、まあ」
「……本当に、アザレアグループの実質的な創始者なんだね。もう、どんな問題でも保険でカバーできそうだよ」
でも、安藤くん達の『最大の問題』は、保険金が降りたとしてもどうしようもないと思うよ?
とことことこ
「……あら? あなた達、ここで会うなんて奇遇ね」
「あ、白鳥先生、こんにちは。お買い物ですか?」
「ええ。この近くのスーパーでインスタントラーメンの特売やっててね」
「白鳥先生……ラーメンばかりじゃ、体に悪いですよ」
「大丈夫よ、安藤くん。私がそれなりに料理できるの、よく知ってるでしょ?」
「ちょっ、安積さんの前で……」
ほほう。
ふむふむ。
「それよりも、あなた達はデート?」
「えっ、や、その」
「違いますよ。なんていうのかな……虫除け?」
「ああ、しつこい女の人達にあきらめてもらうって話ね」
「そういえば、教室で話をしていた時、白鳥先生もいましたね……」
「まあ、私みたいなアラサー女じゃ、安藤くんの彼女のフリは難しいわよね」
「……」
うん、安藤くん、それでいいと思うよ。ノーコメントは万能。
「でも、ふたりとも着飾ってるせいか、お似合いよね」
「白鳥先生……もう、勘弁して下さい……」
「あら、ごめんなさい、安藤くん。でも、そうね、記念写真くらいはいいんじゃない?」
「記念写真?」
「ほら、私がスマホで撮影してあげるから、並んで並んで」
少し洒落た雰囲気のある店が並ぶ通りの一角で話し込んでいたせいだろうか、白鳥先生がそんなことを言ってくる。まあ、私と安藤くんのツーショット写真なんて、他の誰に見られても困ることはないと思うけど。
パシャッ、カシャッ
「……ん、よく撮れてる。あ、いけない、トイレットペーパーの特売もあったんだ! ごめんなさい、写真は後で送るから!」
たったったっ
「もう……ここぞって時にいつもあんな感じだから、みんなから残念美人って言われるのに」
「私が自己紹介した時も、ハラハラと涙を流していたよねえ。でも、そんな白鳥先生だからこそ……なんでしょ? 安藤くんは」
「……」
うん、言わぬが花である。でも……いつかは、言った方がいいと思うよ? 少なくとも、白鳥先生御本人には。じゃないと―――
◇
――――――ブンッ
「……んしょっと」
「お帰りなさい、安積先生。13回目の年に戻れましたか……って、そのインスタントラーメンはなんですか?」
「もう、ふたりの時は『先生』はやめて。あと、敬語もなし!」
「あ、ごめん。実験の時とかだと、どうしても『白鳥先生』のイメージがかぶって。それで?」
「覚えてない? 安藤くんにとっては数か月前のことだし。ほら、これ!」
ピッ
「……あっ、あの時の! え、じゃあ、あの時の『白鳥先生』って、白鳥先生じゃなくて、今の菜摘さんだったの!?」
「そういうこと。あの日の私は『フォルトゥーナ』のクリスマスライブの打合せで、街にはいなかったのよね。今になってそのことを思い出して、もしかしてって思って、新しく因果関係制御計画を考えたら、それだけで遠未来から認証メッセージが届いたの。補完は重要よねえ」
「なるほど……。でも、この写真、貴重だね」
ピッ、ピッ
「そう? 当時って結構、クラスのみんなと写真撮ったよね? 私自身がふたり揃って写ってるのもあって、研究資料としても興味深いけど」
「いや、そうじゃなくて……その、フリとはいえ、菜摘さんとの初デートだったのかなって。しかも、同い年として」
「……そうだね」