10 LP [ Like or Love ]「憧れの裏側で」
『白鳥先生』視点の12回ループダイジェストです。概ねその通りなんですが……ああいえ、後書きで書きます(謎)。
【1周目】
また、みんなに会える。そう思うと、いろんなものが込み上げてくる。……でも、今の私は安積菜摘ではない。そう、私は、この学校に転任したばかりの数学教師、担任を担当するのもこのクラスが初めての―――
がらっ
………………
カッカッ
「……全員、揃っているわね。私が、この1-Cを担当する……」
………………
…………
……
「先生?」
「……っ、あ、え、し、『白鳥』といいます。3年間、よろしくお願いしますね」
い、いけない。ひさしぶりに見たみんなの『変わらぬ姿』に、崩れ落ちそうになった。
「「「「「よろしくお願いしまーす」」」」」
……うん、なるほど。変わらぬって言ってもそれは背格好だけで、今のみんなは確かに『普通の高1』だ。うわあ、湯沢さんがまだまだ中学生って言えるくらいかわいい! ちょっと固めの髪型とか、制服の着慣れない感じとか、少し緊張してる雰囲気とか。それはそうだよねえ。特に制服は、みんな今日初めて着るようなものだ。それを、最初から着こなしていたあの時の方が………
ぴらっ
えええええ!? 笹原さんの雰囲気が、まっっったく変わってないよ!? 最初のHRだというのに、もうこの時点でこっそり本を読んでるし。それに、髪の手入れが行き届いていてきれいなショートボブにまとまっているし、制服も改造……というほどでもないけど明らかに調整されていて、小柄でほっそりながらも豊満な胸をもつ体のラインがよくわかって……。前は、他のみんなも最初からファッションセンスがすごかったから気づかなかったけど。
……と、とにかく笹原さんの考察は後回しにしよう。こんなことで因果関係を乱してはならない。十分、想定の範囲内だ、うん。
「ご、ごめんなさいね。私も担任を担当するのは初めてなの。専門は数学で、今年度はみなさんの授業もほぼ毎日担当することになるから、クラスのことで何かあったら授業の時にも遠慮なく言ってね」
「「「「「はーい」」」」」
「それじゃあ、まずは委員とか決めるね……わね。誰か、やりたい人はいるかしら?」
しーん
あー、まあ、そうだよね。クラス代表なんて、自分からやりたがる生徒って普通いないよね。でも、ずっと安藤くんが担当してきたって言ってたから、最初の周回でもなんとか……。
「先生、誰もやらないなら、僕がやりますけど」
「え、いいの、安藤くん!?」
「は、はい。中学の時もクラス代表とかやったことがあるし、たまたま出席番号も1番だから……あれ、僕の名前、知ってるんですか?」
「そ、それはもちろんよ! 他のみんな……生徒の名前も前もって覚えたから。担任だし」
「そうですか。じゃあ……よろしくお願いします。あ、このまま自己紹介を進めていくってことでいいですか? 先生はともかく、みんなはお互い知らないですし」
「そ、そうね。ごめんなさい、手際が悪くて」
「いいですよ。えっと、出席番号1番の安藤です。出身中学は……」
はー、安藤くんって、最初からリーダー気質だったんだなあ。私が出席番号1番だからって、こんなにうまくできたかなあ。
そうして、自己紹介が進んでいく。これが終われば、安藤くんの司会で他の委員とか決めて、その後諸連絡して……うん、この周回はこれでいいだろう。なにしろ、まだみんなループを経験していないのだから。普通に進める分、私が把握していなかった細かい事象を記録して整理しよう。未来との『相互認証メッセージ』による因果関係制御計画に変更はないと思うけど、油断は禁物だ。
「……笹原。図書委員を、希望」
すとん
……かたかたかた
えーっと、携帯型キーボードでスマホに向けて何か打ち込み始めたよ? いや、確かに『13回目』の時もそんな姿をたびたび見かけたけど、柿本くんや松坂くんとかがまだ普通に新入生っぽい中でそれはないよ?
ちらっ
「……惜しい」
何が!?
◇
【2周目】
とぼとぼ
「先生! 白鳥先生!」
「……ああ、安藤くん、おはよ」
「って、大丈夫ですか!? 目にクマがてきてますよ!?」
「大丈夫大丈夫。今日で、終わりだから……」
いやあ、覚悟はしていたけど、辛かったなあ、実力テストのクラス全員ほぼ満点事件。私が疑われたというよりも、疑うしかなかった教師一同の哀れみの目が辛かった。というのも、他のクラスの生徒が1-Cほぼ満点状態を知って保護者に話し、教育委員会に直接訴えがあった……というのが経緯だったからだ。あまり広く話題にされて、私の『素性』が詳しく調べられ、1-Cのみんなにまで疑われるのは非常にマズい。その焦りが大きかった。
ただ、最終的にはなんとかおさまった。かなり強引だったが、1-Cでもごく一部の生徒は通常通りだったこと、特定の科目では問題作成のタイミングから内容流出はあり得ないこと、などなどのデータを集めて分析した結果を提示し、今回は『偶然』としか言いようがないことを、ようやく今朝、職員会議で示すことができたからだ。まさか、本来の専門分野をこの事件解決に適用することになるとは思わなかった。この時代のノートPCのスペックではデータ分析がかなり厳しく、プログラミングが終了して実行している間、コタツで寝落ちしてしまった。一年中コタツを出しておくことが『確定』した瞬間でもある。
「それは良かったです……。ったく、柿本や松坂がみんなを煽ったりするから……!」
「こんな事態なんだからしかたがないわよ。むしろ、安藤くんや笹原さんが普通に解答してくれて助かったわ……っ」
ふらっ
「白鳥先生!?」
がしっ
「白鳥先生!? 白鳥先生!!」
「……大丈夫。ありがとう、安藤くん、支えてくれて」
「先生、僕が言うことじゃないですけど、自宅に戻って休んだら……」
そう言う安藤くんの、私を見る目は……あの時と同じだった。あの時は、私を見ていたわけじゃなかったけど、今の安藤くんは……。
「……そうね。そうするわ。他の先生に、頼んでみる」
「白鳥先生……」
「だから、安藤くんは教室に戻りなさい。タイムリープのせいで普通の高校生じゃなくなったかもしれないけど……」
すっ
「安藤くんは、私の……生徒だから」
「……はい。じゃあ、お大事に……」
とことことこ
安藤くん、この時点で、もう私のこと……。う、うわあ、なんか、とっても嬉しいなあ。寝不足でちょっとハイになってるせいもあるかもだけど、素直に、単純に、嬉しい。ど、どうしよう。あと、10回以上ループが残ってるのに……。いや、がんばろう。最後までうまくいけば、きっと12年後には……!
ガリガリガリ
「尊い……尊い……」
ダダダダダダッ
がばっ
「笹原さん!! み、見てたの!?」
「大丈夫……見守る、から」
「っていうか、黙ってて! 安藤くんにも!」
「黙る……だから、返して」
「笹原さん、肖像権って知ってる?」
◇
【5周目】
「まさか、入学式の日から登校しない生徒がこんなに出るなんて……」
「もう、職員室は騒然としてるわ。こればかりは、さすがに私が疑われることはなかったけど、でも……」
過去の周回のように『最初のHR』を始めようとしたが、クラスの半分も席に着いていない状況にうなだれた。湯沢さんに鳴海さん、柿本くんに松坂くんと、『13回目』で馴染みだったクラスメート達までこうなってしまったのは大変悲しい。鳴海さんは意外だったが、どうやら、昔通っていた弓道の道場が関係しているらしい。そういえば、『13回目』の進路調査で跡継ぎがどうとか言っていたけど……。
「白鳥先生もむしろ『被害者』のひとりって感じですしね。でも、どうしましょう?」
「これまでの周回のメリットもあって、全員がメッセージアプリのグループに入ってるのが不幸中の幸いかしら? 最低限のつながりは保たれるから……あとは、3月31日まで死なないでくれれば」
「うわあ……。あれ、でも、死んだらどうなるんだろう? 結局リセットしちゃいますよね?」
「安全をとった方がいいわ。リセットがかかるのが3月31日のみって可能性もあるのだから」
「死んだら次の周回には現れないってことですか?」
「もしくは、ひとつ前の周回の記憶を携えて私たちと再会、って感じかしら」
「なるほど……」
既に未来との『相互認証メッセージ』によって確定された因果関係制御計画では、3月31日のリセットしか想定されていない。確定されているのだからみんな死なないはずなのだが、油断はできない。なにしろ……。
「……現地で地道に対応しなければならないこともあるのがやっかいよね。本当に、柿本くんは……。年休、うまくとれればいいけど」
「柿本?」
「ああ、うん。ねえ、笹原さん。柿本くんの詳しい様子を知らないかしら? これまでの周回で、よく一緒にいたわよね」
「……知らない。湯沢さんに、聞けばいい」
「湯沢さん? 確かに、湯沢さんともよく話して……ああ、いいわ」
「白鳥先生?」
「えっと……まあ、その……人間、関係?」
「ああ……」
なるほど、三角関係がこじれたか。湯沢さんが最初から来ていないこととも関係があるのかもしれない。しかし、意外だったなあ。柿本くんが最初お付き合いを始めたのが笹原さんで、その後、湯沢さんも何かがきっかけで柿本くんを好きになったらしくて、笹原さんのドライな反応に不機嫌になっていた柿本くんに湯沢さんが近づいて……なんやかんや。しかたがないでしょ、私はその方面の経験が皆無なんだから。は、初めてのお付き合いは、やっぱり安藤くんと……!
「……残念」
この周回からだったかあ……。
◇
【8周目】
また『最初のHR』がやってきた。
「えー、みんな大人になったというか、めでたく『賢者モード』に移行した周回ということで、何かその象徴になるようなことを考えてみようか」
「あー、いいわねー。そーいうのって子供っぽいとか思っていた時期もあったけど」
「記念って、むしろ大人の嗜みだよな! 自ら積み重ねてきた歴史を振り返って未来に向けて羽ばたくというか」
「柿本がよく言うわよね。つい3周前には無茶して殺されかけたってのに」
「だからこそなんだよ!」
わいわい
「ということなんですが、白鳥先生から何か……白鳥先生!?」
はらはらはら
「え、なんで泣いてるんですか!? 白鳥先生!!」
「ご、ごめんなさい。……ようやく、ようやくここまで来たんだなあって……」
そう、これこそ『私』が知ってるみんなだ。ああ、数年後、いや、数周回後が待ち遠しい……。
「……残念」
「そうよねえ。白鳥先生って結構な美人で、数学教師やってるくらいだから頭もいいのに」
「男の影が皆無だよな。せんせー、髪下ろしてコンタクトにしたら、かなりイケると思うぜー。っていうか、それぜってー俺好み!」
「何を言ってるの、柿本くん。あなたには教科書のドイツ語訳をお願いしてたでしょ。私のことはいいからそれ進めて」
「げふっ。いや、好きでやってるから別にいいけどよ……」
よし、柿本くんの国研活動も軌道に乗った。あとは放置でいいかな。
「話を戻しますけど、どうします? とりあえず、年度末にタイムカプセルを埋めてみるとか?」
「そ、それは、ループ脱出の見通しができてからでいいんじゃないかしら。それよりも……そうね、文化祭で何かやるとか」
「文化祭? 定番の『執事喫茶』とは別の何かをするってことですか?」
「それでもいいわね。他にもいろいろ考えてみてもいいと思うけど」
私から合唱、しかも、『Song for Tomorrow Morning』を口にしたら不自然なので、それとなく話を振る。まあ、8周目から始めたのは『確定』事項だから、ここまで誘導したら誰かが提案してくれるだろう。
すっ
「はい、笹原さん」
「……メイド、喫茶」
「執事喫茶の逆バージョンかあ。俺たちが裏方になるから楽になるな!」
「全員、メイド」
「「「「「全員!?」」」」」
えっ!? 全員メイドもこの周回だったの? うわー。
「……そして、合唱」
「合唱? 教科書曲じゃダメなのか?」
「『Song for Tomorrow Morning』」
「「「「「『フォルトゥーナ』のヒット曲!?」」」」」
ひえー、合唱曲も笹原さんが提案したのか! これは……びっくりした。
「確かに、ヒット前の今でも、口ずさむくらいはできるけどよ」
「時間があるとはいえ、合唱までもっていけるかなあ。原音も楽譜もないうちから」
「アカペラで、いい。私は……歌える」
「「「「「マジで!?」」」」」
嘘おっ!?
みんなが驚いた直後に笹原さんが歌い上げたそれは、確かに『Song for Tomorrow Morning』そのものだった。しかも、フルバージョン。そして……綺麗な歌声だった。『13回目』の時はみんなの歌声に紛れていたけど、笹原さん、創作系は本当にオールマイティなんだなあ。
ひそひそ
「おい、まさかとは思うが、お前……」
「ピロートークは、効果大。語学も……歌も」
「お前、いいかげんにしろよ!?」
あれ、柿本くんと笹原さんがまたじゃれ合つてる。そして、その様子をじっと見つめてため息をつく湯沢さん。あー、こっちもこの周回からだったんだなあ。
さて、今のうちから『フォルトゥーナ』に接触しないと。『本邸』経由で調べてみたら、現段階ではあまりの売れなさにキラさんが自暴自棄になってるみたいなのよね。よーし、この周回でもがんばるぞー!
◇
【13周目】
「出席番号1番、安積菜摘といいます。家の都合で、隣の県から……」
………
……
…
「「「「「うおおおおおお!」」」」」
「ひっ!?」
ああ……ついに、ついに『私自身』に会うことができた。本来ならばパラドックスになってしまうタイムトラベル現象、同一人物同士の出会い。でも、因果関係の観点で組み直し、一方がもう一方を同一人物と認識さえしなければ実現可能な、因果関係制御計画。
そういった学術的な観点もさることながら、12年ループの積み重ねに基づく結果として、感傷的にもなっている。またここで涙をはらはらと流したって、いいよね? あの時の白鳥先生も、確かに涙を流していたのだから。
「なに……これ」
もうすぐわかるよ。これから、安藤くんが説明してくれるから! あ、でも、安藤くんは渡さないからね?
おい笹原いいかげんにしろ。ああ、短編版に『貞操観念』とかいう四文字熟語を入れたばっかりに……。