8.ドーン!・オブ・ザ・デッドミート!!!
「おはようフローラ、もう起きてたの? あれ、何か読んでるの?」
「えっ? エッチな本ですけど?」
「あ、ごめん、聞くんじゃなかった」
悪夢にうなされるかと思っていたが、案外深い眠りに就くことができた。安宿の硬いベッドの上で黄ばんだシーツにくるまってヒスイは眠った。普段ならちょっかいをかけてくるフローラも昨晩は何もしてこなかった。もしかしたらあの時、冗談でも言って慰めてくれようとしたのかもしれないなと、ヒスイは思った。
で、起きてみたら隣のベッドに座ってフローラが熱心に読書していた。
「ちなみに今読んでいるのは、美少年がクラーケンに襲われてあんな事やこんな事をされてしまう禁断の内容ですの。美少年×美少年、美少女×美少女も尊いですが、こういうのもまた趣がありますわね。さすがは稀代の変態画家フォクシー・カツシカのシュンガー・ヒエログリフですわ」
「シュンガー・ヒエログリフ!? それってコミーケ公国の……禁書じゃない! 他国だと所持しているだけで魔女裁判にかけられるって聞いたことあるけど、平気なの!?」
「へーきへーき!危なくなったらビューンと飛んで逃げます。それよりも見て下さらない、このページ。ほら、美少年がこんなにあられもない痴態を晒して……あぁん!」
「フローラって、何でもいけるんだね……」
「博愛主義ですので」
と言った感じで平常運転に戻った二人であった。
都市国家マノーの冒険者ギルドへ本登録を済ませた二人は晴れてこの街のギルドの一員となった。なので今日からは自由にギルドへ出入りして依頼をこなし金を稼ぐことが出来る。
だがその前にヒスイはジェイドともう一度会って話がしたいと考えていた。奇しくも同じ街に彼はいた。あの濁流の中から奇跡的に生還を果たしていた。彼に何があったのか、今までどこで何をしていたのか、知りたいことがたくさんある。
「ジェイドさんを、探さないといけませんね」
宿を出て朝の清々しい風を浴びながら、フローラは言った。ヒスイの心情を先回りして代弁する。
「ごめんね、私用に付き合せちゃって」
「構いませんわ、私は特に目的もありませんし。強いて言えば、貴女の悲しむ姿は見たくない。それだけです」
「ありがとう、フローラ。昨日のことだけじゃなく……これまでのことも」
少々性格に難があるものの、フローラは実際ヒスイにとっては頼もしいパートナーだった。高い教養、戦闘能力、交渉術、いずれもヒスイが持ち合わせていないものだった。フローラ無しにヒスイはここまで辿り着くことは出来なかっただろう。
直感を信じ、真っ直ぐ進みなさい。
師匠の教えの通り、ヒスイは己の勘を信じてフローラを仲間にして正解だった。
「改まってそんなことを言われると照れますわ。別に感謝などして頂かなくて結構です。私は貴女の事が好きだから守っている。貴女は私の庇護下にあるから安全に旅が出来る。持ちつ持たれつです」
「うん、そうだね」
「では、まず何から始めます?」
「ジェイドがガルガルの森に来ていた理由が気になるね。彼も冒険者ギルドに登録しているのかも」
「充分考えられますわ。あれだけ戦える方ならギルド内でも有名でしょう」
善は急げ、である。二人は冒険者ギルドに向かうことにした。そこで手掛かりが得られなければ次は料理人ギルド、その先は未定。だが必ずこのどちらかで情報は得られるだろうという予感はあった。
という訳でステーキ屋へ入店することにした二人。
「オラァ! たったの銅貨3枚で一枚肉のステーキを食わせる店ェ! “いいなりステーキ”にご入店ありがとうございマッスルゥ!!!」
捲り上げた袖から覗く極太の腕の筋肉を誇示して、店員の男が言った。胸に手作りのネームプレート、そこに名前が書かれていた。マッツォ・バルクスキーと言うらしい。
「たらふく食べておいで!!」
カウンターの向こうから丸顔でふくよかな料理長の女性が叫ぶ。
「さぁ、これがメニューだァ!! ドォン!! どれにするんだ!!? 当店の本日のおすすめは今朝仕入れたばかりッ!! その辺の路上でくたばってたカトブレパスの熟成肉だオラァ!!」
メニューをドーン!と置き、開かず渡さずすぐに小脇に抱えてマッツォは言う!声がうるさい!
「焼き加減はどうするんだァ!? レア、スーパーレア、ウルトラレア、レジェンドレア、ほとんど生、から好きなのを選ぶことが出来るッ!!」
「ちくしょうっ!! 当店のオススメはほとんど生だよっ!! クソッタレ!! あたしが焼き場担当のお団子頭と愛嬌がトレードマークのアン・ダゴンだよ!!! オーダー承りました!!くそありがとうございます!!!」
ヒスイとフローラが何も喋っていないにも関わらずかってにオーダーが通ってしまった!理不尽!!
「肉を鉄板にドーン!! 高火力で一気に表面を炙り肉の余分な脂だけを落として肉の旨味を閉じ込めるよ!! さぁ5秒経ったね!! 皿に盛り付けるよ!!! へい、お待ちドーン!!! マッツォ!! お客様に提供しな!! 5000万パーセントの笑顔でねっ!!!!!」
「オスッ!! 店長!!」
真っ赤な(やや紫がかっている)血を滴らせたステーキ(?)がヒスイとフローラの前に置かれた! 強い芳香を漂わせるステーキ(?)は見るからに蠱惑的なルックスであり、二人はドン引きした!!
「召し上がれオラァ!!! お客様ァ!!!!!!」
マッツォが何故か筋肉をアピールしながらやたらキラキラした目で見詰めてくる! 頭皮もキラキラしている!!
「召し上がれって……ねぇ、フローラ、私を守ってくれるんだよね?」
「え、あ、はい。もちろん……」
「先に、毒味してくれるよね?」
「私が、ですか?」
プーンとハエが旋回するステーキを前に、二人のテンションは乱高下!!
「だって、客引きに引っ掛かったのはフローラでしょ、ほら、ほらほら!」
「んもぅ、ヒスイったら。後でキスして下さいね?」
恐る恐る、フローラはナイフとフォークを肉に突き入れる! ナイフで肉を切り分けて一切れ持ち上げてみるとネチャっと糸を引いた!!!
「あ、あはっ……とってもおいしそうな……お肉……って、食えるかこんなもん!!」
「何だとッ!? お客様オォン!!!?」
「食べ物を粗末にするなんて命への冒涜だよ!!!!!有り金全部置いてきなっ!!!!」
「ろくでもない商売してらっしゃるわね。こんなくず肉で客を引いて、文句を言われたら恫喝してらっしゃるの?」
「風評被害!!マッツォ、黙らせなっ!!!!!あんちくしょう!!!!!」
「オラァ!!筋肉魔法ォ!!シャイニングウィぐわあぁ!!!」
マッツォが突風で吹っ飛ばされて頭から壁に激突!! めり込んで前衛的なオブジェと化した!!!!
「マッツォ!! きいえぇぇぇ!!! くそ申し訳ありませんでしたぁ!!!!!!!!」
アンが猛烈なスライディングから美しい土下座を決める!!
「はぁ……。その辺の屋台で軽食でもとりましょう、ヒスイ」
「そうだね」
「あ、でも!」
「ん?」
「……ん」
「?」
「んー!」
目を閉じて唇を突き出しながらフローラがうんうん唸っている。
「あぁ、キスね。お肉を食べなかったからお預けだよ残念でした!」
「んもぅっ!!ギャフン!!!」
ちなみに実際のヒエログリフは絵画ではなく文字です。でも語感がいいので使っちゃいました!ドーン!!!