3.聖剣の導き
都市国家マノー。周辺を武力に秀でた大国に囲まれながらの独立を維持する小さな新興国である。女王かつ自身も強大な魔法使いであるアブリィ・イクリプスの下、精強な軍隊が守りを固める。
ヒスイとフローラは数日前にこの地に辿り着き、早速冒険者ギルドへ足を運んだ。そこで課された試験がユニコーンの角の確保。そのミッションは無事終了したということになる。
この世界では冒険者ギルドはとてもポピュラーな組織と言える。それなりの規模の町にはだいたい存在していて、日夜、魔物を狩ったり害獣を駆除したり珍しい薬草を収穫に行ったりと多種多様な依頼を冒険者達に斡旋している。
冒険者という職業が成り立つのもギルドあってのものだ。
そしてもう一つ、この世界に無くてはならないものがある。それは、料理人ギルド。
この世界では美食は最高の贅沢とされている。その為に料理人はどの国でも重宝される。腕の立つ料理人ならば引く手数多である。故に、多くの町に在野の料理人を取りまとめるギルドがあって、厳密にランク分けされた料理人が派遣されているわけだ。
都市国家マノーは交通の要衝であり、人材も食材も流入量は極めて多い。だから冒険者ギルド、料理人ギルド共に世界的に見ても最高峰と言われている。この街のギルドに所属しているということはとても名誉なことだ。
周辺の国々もマノーの抱える冒険者と料理人のことは喉から手が出るほど欲しているが、迂闊に戦争は仕掛けられないでいた。マノーが武力に秀でているのもあるが、それより問題は、既に現時点でマノーから多くの冒険者や料理人が各国へ派遣されていることだ。いずれも優秀な人材で、それなりの人気も得ている彼ら彼女らの所属先を攻撃して自国民から反感を買うことを為政者たちは怖れている。
とりわけ料理人はこの世界ではあらゆる職業の中でも最も上位に位置する、羨望の的である。人々の尊敬の念は強い。
ヒスイもゆくゆくは立派な料理人になりたいと考えている。
以上、この世界における冒険者及び料理人についての概要である。そろそろ物語へと戻ろう。
ガルガルの森でユニコーンの角を獲得したヒスイとフローラはマノーへと帰ってきていた。冒険者ギルドへの本登録は無事に済んだ。これで明日からは自由にギルドへ顔を出し好きな依頼を受けることが出来る。
素泊まりのみすぼらしい宿の食堂。土間に立て付けの悪い木製のテーブルセットがいくつか置かれているだけ。夜のとばりはすっかり降りてしまい、他の宿泊客はとっくに寝床についていた。二人だけが、頼りないランタンの明かりの中で向き合って小声で話している。
「紛れもなく、あれは闇魔法でしたわ」
フローラが言う。
前述したとおり、この世界において万物は6つのエレメントの影響を受けて存在している。魔法の体系もこれに倣うわけだが、光と闇の属性については他の四元素とはやや趣が異なる。
かつて、世界には4つの元素しか無かったといわれている。光と闇は、人間がこの世界に誕生することで形成された新しい元素であると、多くの魔法使いは考えていた。そしてこの2つのエレメントは使用者の精神性により付与される。
つまり、ヒスイのように天真爛漫なタイプならば光属性を得られる可能性が高く、逆に陰湿なタイプや内に閉じこもるような性格の人間、または強い苦痛やトラウマを秘めた者には闇属性が備わることが多いということだ。
フローラはジェイドが去り際に使った魔法を闇属性のものであると指摘した。ということは言外にこれだけの意味が含まれているのである。
「ジェイドがどうして闇の魔法を……」
ヒスイが知る過去の彼は、明るいという程ではないものの決して根暗なタイプでは無かった。むしろ、他人に気を使いすぎるほど優しい人間だった。だからこそ、その身を犠牲にしてヒスイを助けたのだ。闇に堕ちるような人間ではない。
「気になりますわね」
「それに、ジェイドもこの街に来ていたなんて」
「数奇な運命、ですわ。あるいは貴女の持つ“聖剣”の導きかしら」
「聖剣を持つ者同士は引かれ合い、いずれ交わることになる。師匠が言ってたのはこれの事だったのかな」
まだ幼い頃、ヒスイとジェイドを育ててくれた師匠から託された双剣。そのうちの一本は今、ヒスイの元に。そしてもう一本はジェイドが所持しているはずだった。
「古の世界を救いし勇者の剣。確か……エメラルド・ソードとか」
「うん」
「伝承によれば聖剣は世界樹ブレドラシルの根本に埋まっていることになっていましたわね。ところが実際には聖剣は二本存在し、しかもそれらを貴女とジェイドさんが持っている。貴女方の師匠とは一体どのような人物だったのでしょう。詳しいところはまだ、教えてもらっていませんでしたね」
ヒスイは逡巡する。話してしまって良いものかどうか。だが意を決してフローラを見詰めた。付き合いは浅いがこのパートナーは信頼出来る人間だ。直感がそう告げたからこそ組んでいるのだ。ここで話しておくべきだろうと思った。
「少し長話になるけど、いい?」
「私は構いません」
フローラはヒスイと知り合って直ぐに自身の事を包み隠さず話してくれた。高貴な生まれであれば恥ずべき内容だろうに、あまりにもあっけらかんと一族から追放されるまでのあらましを語ってくれた。だからこそ、ヒスイは報いたかった。
それにジェイドとの邂逅は偶然とは思えなかった。かつて師匠から予言された通り、二本の聖剣はヒスイとジェイドを都市国家マノーにおいて巡り合せた。
何かが、起ころうとしている。運命の歯車が大きく回り出した。そんな予感。
「ありがとう。じゃあ、話すね」
ヒスイの胸中を映し出したかのようにランタンの炎が大きく揺れた。
ぽつり、ぽつりと、言葉を選びながらヒスイは過去の出来事について語り始めた。