23.風のフローラ、地のミームゥ
風を纏ったフローラの動きは高速だった。槍の切っ先ギリギリで回避し、得物を引き戻すタイミングで間合いへ進入して衝撃派を叩き込んでいく。圧縮された空気は兵士を容易く吹っ飛ばして壁に樹に、次々とめり込ませていった。不気味な人間のオブジェが出来上がる。
「ふわ~あ、退屈ですわ。数だけ揃えればどうにかなると思ってらっしゃるのかしら」
欠伸をかみ殺し、横から迫る白刃をさらりと避けたところへ、まばゆい光線が降り注ぐ。
「っ!?」
足元で風を操作し真横へ体をスライドさせて回避。それまで立っていた場所が抉れて煙を上げている。攻撃を仕掛けてきた魔法使いは樹の幹に“水平に立って”フローラを見下ろしていた。重力に逆らい魔力によって足の裏を幹に固定しているのだ。
「フローラ様、お噂は予予お聞きしておりました。私はマノー兵団の魔法使いプリズと申します。胸をお借りしてもよろしいでしょうか?」
「まぁ!? 私の……胸を!? こんなところでなんと破廉恥な提案を!! 仕方ありませんわね、ほんのちょっぴりとだけなら、よろしいですわ。そこから降りてきてくださらない?」
「ありがとうございます、死ね、淫売!!」
幹を蹴り宙返りをしながらプリズの指先から無数のレーザーが放たれた。光魔法をこれほど攻撃的に扱う術師は稀だ。極めて好戦的で、獰猛な光がフローラの頭上から襲う。
地を踏み砕き、フローラは転がって攻撃を回避。宙に待った破片を風で高く舞い上げプリズへとぶつけてゆく。致命傷に至らぬ攻撃には一切防御を取らないプリズは殺意を込めてレーザー照射を継続。
「んもぅ、全然エッチな展開にならないじゃない!」
意味不明の不平を漏らしながらフローラは樹の幹の裏側へ身を潜めた。
「いくら隠れても無駄だ。エンジェライト家の不良品め、この私の糧となるがよい!!」
「酷い言い草ですわね。けれど、貴女のようにやさぐれた女性を慈愛の心で墜とす百合もまた、悪くありませんわ」
大出力の光線がフローラの隠れている樹を直撃し、真っ二つにへし折った。自分に向かって倒れてくる大樹を避けてフローラは躍り出る。そこへ狙い済ました光線。しかし当たらない。
「魔法はセンスですわ。単純な魔力量の勝負ではなく、使い方!」
フローラは、低い体勢で地を滑るように移動していた。まるでスケート選手のように、足を風魔法で浮かせ、高速急旋回しながらジグザグの軌道でプリズへ接近。
「これだけ無数の魔法が飛び交っているというのは、有り難いですわね! ちょっとした仕込みをうまく隠すことができますから!」
プリズは、頭にパラパラと破片が当たるのを感じた。頭上を見上げ、目を見開いて驚愕する。今まさに、崩落した天井の一部が自分へ向かって落下してくることだった。
フローラは宙へ舞っていたプリズへただ破片を飛ばしていただけではなかった。同時に空刃を放ち天井を削り取り、破片を魔法で空中へ押し留めていた。しかるべきタイミングで魔法を解き、落下させるため。
後方へ跳んで、直撃を回避するプリズ。舞い上がる土煙を切り裂いて、深窓の令嬢が飛び込んできた。宙で体勢を整え、腰の回転を乗せてプリズの頭頂部へ死神の斧めいたハイキック。まともに喰らったプリズは地面に叩き落とされて滑走し、壁に激突した。軽やかに着地したフローラがスカートの裾をはたいて埃を落とす。
「躾には多少の荒っぽさも必要ですわ」
眼鏡を押し上げ、言った。
怒涛の勢いで押し寄せる兵士たち。槍、剣、後方からは弓。いずれもノブナガには効果なし。あくまで魔力で蔦を編み上げて作り出した仮初の体、いくら傷つけられても魔力の続く限り即座に修復が可能なのだ。
「なかなか良い物だな、魔法というのは。神や神罰など信じたことはなかったが、こちらの世界にいると考えが変わってしまいそうよの」
突き出された槍を右腕の剣で逸らし、肩から蔦を生やして兵士を跳ね飛ばす。後続の兵にぶつけて列を乱してゆく。
動きながらも足元から次々と蔦を生み出して兵士たちの足元へ展開させ、躓かせて進行速度を落とす。
「どけや、雑魚ども」
野太い声と共に、身長2メートルはあろうかという巨漢がミームゥの前に立ちふさがった。やや湾曲し刃がギザギザに加工された大剣を振り回し、男は名乗る。
「俺ぁマスラオ・バルクスキー、魔物狩り専門の狩人だ。てめぇみたいな化け物はこれまでに数え切れねぇほど斬ってきた」
剣先が地に触れると紫色の瘴気が溢れ出てミームゥの生み出した蔦を急速に腐らせ枯れさせる。
「毒竜の牙から作られた剣、ポイズネス・ファングだ。てめぇのような土属性の魔物にはよく効くぜ」
「くくっ、いとおかし。歯応えの無い兵ばかりで飽いていたところよ。我を、楽しませて見せよ木偶っ!!」
振り上げられた毒剣を避け、右腕を大地へ突き刺す。緑色の波のように蔦がうねりながら突撃しマスラオの足を取る。しかし転倒する前にマスラオは剣を振るって周囲を腐食させ足場を確保。毒竜が消化のために用いる瘴気は植物に対しては覿面に作用する。
「効かねえ効かねえ!! 俺はプロだぜ!」
剣を引き摺るようにしつつ、マスラオが悠々と歩いてくる。蔦が見る間に枯れてゆき、築き上げた大樹の檻もどんどん朽ちていった。後ろでつかえていた兵士達が次々と応援に駆けつける。
「こやつを放置してはおけぬ、か」
ミームゥは左手の蔦を伸ばして手近に転がっていた剣や槍を集め始めた。体からいくつも蔦を生み出して武器を握らせ、同時にマスラオへと斬りかかった。
「器用な奴だな」
が、巨漢の一振りが跳ね返して逆に瘴気を大気中へ放出、ミームゥの蔦を枯らした。
「しかし俺とは相性が最悪だ。無駄な抵抗は止め、さっさと討たれろ。俺はお前を仕留めた報酬で、一生楽して生きるんだ。旨い酒、いい女、悠々自適の暮らし。夢が広がるじゃねぇか」
「なんと、ささやかでこまい夢であろうか……。我とは格が違いすぎる。我が覇道、お主ごときには阻めぬ。植物急成長!!」
ミームゥは駆け出した。足元にありったけの魔力を流し込み、全身に分厚く蔦を巻き付けて。毒剣で貫かれようと一瞬でもマスラオに触れる機会さえあれば。
「無駄無駄無駄ァ!!」
ポイズネス・ファングが振り回されてミームゥの上半身と下半身を分断した。切断面から腐食が急激に進行、しかしミームゥの上半身は何とかマスラオに取り付くことに成功した。が……。
「ぐうぅ……おのれ」
苦悶に歪む、ミームゥの表情。勝ち誇ったマスラオは巨大な腕でミームゥの頭部を鷲掴みにした。
「バカ、勝てない喧嘩はするもんじゃねぇよ。あの世で、後悔しな!」
ぐしゃっと、呆気なくミームゥの頭部が潰された。パラパラと破片が落下する。
「他愛もねぇ……」
「お主がな」
「なっ!?」
その声は、マスラオの足下より生じた。
「我の本体はそこではない。油断したな、増上慢!!」
螺旋を描いた蔦がマスラオの両足を捕縛、そのまま蛇のように蔦は這い上がって彼の腕をも絡めとり毒剣を跳ね退けて首を締め上げる。
「むぐぅ!!」
ミームゥの新たな上半身が地面から生えてきて、ニヤリと笑う。
「我は土の精霊。体など単なる入れ物に過ぎぬ。人の摂理では倒せぬ。そして……詰みだ!!」
蔦が絡まりあってマスラオを持ち上げた。大きくしなり勢いをつけ、たわんだバネが引き戻されるように、マスラオを地面に向かい叩き付ける。
「ぐわばーっ!!アンちゃーーーん!!」
惚れた女の名を叫びながらマスラオは物言わぬオブジェと化した!
怒涛のように押し寄せる水流が兵士を押し流す。ジェイドはアブリィと対峙するヒスイを守るように立ち、襲い来る者達を薙ぎ払う。
フローラとミームゥが大立ち回りを演じ、敵戦力をうまく削いでいる。ジェイドは最後の防壁として、二人が取り零した敵を処理していた。
改めて、ジェイドは感嘆している。フローラとミームゥの強さと頼もしさに。しかもこの乱戦の中で彼らは、殺意を持って迫る相手を誰一人殺さずに無力化している。たぶん。
「死んで……ないよな」
いろんな場所に刺さって痙攣している兵士を眺めつつ、若干不安になるジェイド。
(まぁ、ギリギリ生きてるだろ……きっと)




