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22.開戦

 その場にいる誰もが息を呑んだ。ヒスイの生み出した火球がアブリィとジェイドを包み込んで爆発し、玉座を跡形もなく粉砕した。


 ヒスイは炎を操り、爆破させた直後に掻き消そうとした。火力調整の修練はたっぷりと積んでいる。どれだけ巨大な炎であっても容易に操作できるはず。


 しかし、炎はヒスイが操る前に消滅してしまう。別の魔法が爆炎術に干渉し打ち消していた。ヒスイは伸ばした手が空振りするような感覚を味わった。


 一瞬の爆発の後、大量の水蒸気が発生した。火魔法と水魔法がぶつかった結果だ。


 ジェイドか!? いや、ヒスイはその魔法を放った術師を正確に把握していた。明確な敵意、上位の火炎魔法を容易く破るほどの魔力……一人しかいない。


「知恵の回る男よ……ジェイド」


 水蒸気がふわりと天へと上り、そのベールの向こうに女王は無傷で立っていた。アブリィの周囲を旋回する水の雫は、女王が手を下ろすと同時に力を失い落下して跳ねた。


「私が小娘の炎に対処するために影縫いを解除すると、わかっていたようだな」


 ヒスイの影から黒煙が発生し、ジェイドが出現する。影をまとい影から影へ移動し、ヒスイの隣へ今、立ち並ぶ。


「私は貴女を信用しています。必ず守ってくださると思っていたからこそ、貴女の術が解ける瞬間をじっくりと待つことができたのです」


 そう、ジェイドが信頼していたのはアブリィ。彼女が絶対に自分を傷つけることはないという確信。それがあったからこそ、ジェイドはヒスイに対し攻撃魔法を躊躇せずに撃てと言えたのだ。


「そうか……お前はそうやって私の手からすり抜けてゆくのか。この私のものには、絶対にならぬと言うのだな」


 しずくは零れた。アブリィの右の瞳、その(まなじり)から。


「どうして、お前だけが手に入らぬ? 私はこれまで欲しいものは全て手に入れてきた。誰もが私に従った。例外は一つとして無かったのだ。それなのに何故、お前だけは私に背を向ける?」


「アブリィ様、本心から貴女を尊敬しています。魔法使いとして、王として、貴女ほどの人間はいないでしょう。しかし、私は貴女の所有物ではありません。貴女に庇護していただくつもりもありません。私には……共に歩みたい女性がいるのです。一生をかけて、守り抜きたい女性が」


 ジェイドの指先が、ヒスイに触れた。いつものように少しひんやりした繊細な感触を、ヒスイは握った。想いはひとつ。決して違えない。


「水魔法の影響か? 私のこの、頬を濡らすものは何だ? この胸の痛みは、一体何なんだ!? 私は全能の存在だったはず。それなのに、たかが男一人のためにこんなにも苦しい思いをするなど……」


 アブリィは悲しみを知らなかった。挫折も苦悩も、おおよそ人間であれば誰もが経験してくるであろう精神的なステップを全て省略して成人した。あまりにも、規格外過ぎた。彼女にはできないことなど何も無かった。一国の王になるまでの間、彼女に(かしず)かぬ者はおらず、思い通りにならない事象もまた、皆無であったのだ。

 今、アブリィを襲っているものは嫉妬。どうしようもない、叶わぬ恋に対する無念。アブリィは知らない。気づいていない。言語化できない。なぜなら王は、敗北者となった経験を持たない。


「アブリィ様、その痛みは私も、ヒスイも、誰の中にもあるものです。尊い人の営みの、一部分なのです。どうかご理解ください。そしてお赦しください。私はこの国を去ります。しかし必ずまた、戻ってきます。ヒスイと共に世界を今よりももっと幸福にするため、見識を深める旅へ出ます」


「去るのか、行ってしまうのか、ジェイド。私を捨てて」


 アブリィの足元から、風が生じる。中空に一つ、また一つと小さな炎が発生する。先ほどのヒスイの攻撃によって砕け散った床の石材がひとりでに動き始め、魔力によって形を変えてゆく。アブリィの涙は乾き、その眼に、漆黒の炎が点った。


「許さぬ。認めぬ。ジェイドよ、貴様はこの私のもの……手に入らぬというのなら」


 王の間が、充満した魔力の圧によって振動を始めた。アブリィ・イクリプス、世界最強と目される魔法使いの(たが)が、外れようとしていた。


「ここで死ね!!」


 両手の掌をクロスさせて重ね、体内の魔力を凝縮させた白色の光線が、ジェイド目掛けて放たれる。それは光と闇、両方の性質を持つ魔法。触れた物体を容赦なく消滅させる死の閃光。


「させない!!」


 ヒスイの突き出した左手に光の盾が展開、アブリィの光線を弾き、王の間の天井へ風穴を開けた。


「ヒスイ、その盾は!?」


 忘れもしない。エヴァが、ヒスイとジェイドを守るために使ったあの光の盾。光の上級魔法。


「えへっ、使えるようになっちゃった」


 体の奥底から、こんこんと力が沸いてくる感触。呼び覚まされた真の魔力がヒスイを包んでいた。輝きを放ちながら、火と光の魔法使いは女王を睨む。


「アブリィ、あなたの好きにはさせない。人はみんな、自分の幸福のために生きる権利がある。あなたが私とジェイドの自由を踏みにじるのなら、私は戦う。ジェイドが、戦い方を教えてくれたから」


 敵意ではない。守るため。

 奪うためでも殺すためでも、ましてや力を見せ付ける為でもない。

 ヒスイの戦う動機は、大切な人たちの命を守るため。崇高な精神は、秘めたる才能の扱い方を知覚して今、気高く醸成された。


「小娘が! 知った風な口を利くな! 貴様のような小物に女王たる私の何がわかる!?」


「私にわかるのはあなたが、かわいそうな人だっていうことだけだよ!! あなたは誰からも愛されてはいない。ただ、怖れられているだけ!!」


「もうよい、問答は無駄なようだ。者共! こやつらは大逆人だ! 討ち取った者には望むものを何でもくれてやる。全員、殺せ!!!」


 アブリィの怒号が飛んだ。この場に召集されているのは兵も魔法使いも、血気盛んな者たちのみ。殺人の経験があり、成り上がる為には他者を踏み台にすることすら厭わない連中ばかり。アブリィ自ら、選抜したエリート達だ。

 女王の指令が下され、ヒスイらを遠巻きに囲んでいた彼らが遂に、一斉に動き出した。


「来るぞ、ヒスイ!!」


「私はアブリィを! みんな、フォローお願いね」


「ふふっ、こんなに長時間沈黙していたのはいつ以来かしら。やっと、暴れてよろしいんですね」


「では我も、働くとしようか」


 ヒスイの肩から飛び降りながら、ミームゥは体を変化させた。


「ミームゥ、普通にしゃべれるのかい!?」


 ジェイドは驚いた。テレパシーではなく、今の声はミームゥの体から聞こえてきた。


 緑色のモフモフは全身から細い(つた)を伸ばして、擬似的に二足歩行のボディを形成した。右腕の蔦は魔力によって硬く鋭い剣となった。顔に当たる部分に、人間らしい相貌まで作ってある。芸が細かい。


「たった今、話せるようになった。ヒスイ、お主のお陰だ」


「えっ? 私?」


「そなたの炎を見て委細思い出した。前世の我は大火に巻かれて死んだのだ。どうやら六道輪廻というのは実在するらしい」


背後から猛然と襲い掛かる完全武装の兵士たち。鋭い槍の切っ先が迫る時、ミームゥは右腕の剣で床を軽く撫でた。


「芽吹けよ、生命!!」


 地を割り裂いて無数の植物が出現、まるで緑の檻のように突撃する兵士を絡め取って押しとどめる。見る間に細い蔦は寄り合って巨大な樹を形成し、障壁になってゆく。


「あら、ご自身の正体を思い出されたの?」


 恐ろしい速度で育った植物を見上げ、フローラは訊いた。


「我はノブナガ……かつて日の本の国を統一せんとした武将よ」


「ひのもとの国? 聞いたことがありませんわね。どこかしら」


「遠くの国よ。詳しく話している時間はない。まずはこの“うつけ”どもを蹴散らそうぞ、蘭丸!」


 背中から蔦を伸ばしてジェイドの肩をちょんと叩くノブナガ(ミームゥ)


「ランマル? それって僕のことかい?」


「隠さずともよいぞ、お主も転生したのであろうが。くくく、やはり“くながい”ながら死んだのは正解であったな。この戦が済んだらまた、我に奉仕せぃ!」


「ちょっと言ってる意味がわからないけれど……なんだか怖いな」


「っと、おしゃべりの時間は終わりのようですわ!!」


 爆炎術が木々を燃やしつくし、兵の活路を開きつつあった。槍を突き出しながら、殺意を秘めた者達が襲い来る。


「ヒスイ、この戦いが終わったら私ともキスしてくださいね、ジェイド様とやるときみたいな、熱いやつを!!」


 両手、両足にフローラが風を纏った。


「記憶を取り戻したらば、次は体の感覚を戻さねばな。雑兵どもよ、この第六天魔王が相手をしてくれようぞ!!」


 ミームゥは右腕の剣を突きつけ、表情筋を動かすように顔面の蔦を蠢かせた。ニヤリと、好戦的な笑みを作る。


「ヒスイ」


「ジェイド」


 一秒にも満たない時間、二人は見つけあった。そして、背中を向ける。ジェイドは後方、ヒスイは前方へ。


「頼んだよ、ヒスイ」


 ジェイドの足元から黒煙が上がる。闇魔法。両手に大気中より集めた水分を凝集させる。水魔法。


「君の双肩に、この世界の未来が懸かっているよ、聖女ヒスイ・イシヅキ」


 後光が差すほどに、ヒスイの背中は輝いていた。橙色と白色の魔力が、彼女を包み込んでいる。火と光、ジェイドとは対極にある能力。だが、これから共に歩むべきパートナー。


「僕は僕のできることを」


 頭上から急降下してくる敵方の風魔法使いを見上げて、ジェイドは構えを取った。


「ヒスイのところへは、絶対に行かせない!!」


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― 新着の感想 ―
[良い点] さすがの戦闘描写。白熱していきますね! [気になる点] 信長……信長!? 蘭丸なのです? そこに転生要素入れてきましたか……。 ちょっと気になったことを……(´・ω・`) Keiさんは筆…
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