表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

17/26

17.攻略の鍵はショタ

「やっぱり問題はあの見た目に反する食べやすさだね」


 ロカボを懐柔し、ヒスイは“豚のエサ”の改良を同意させた。彼からスープのレシピをもらい、彼の邪魔にならない時間なら自由に厨房を使用しても良いという許可も出た。いよいよここからが本番だ。


「スープの濃度は変えられないね。兵士達はあの濃さに舌が慣れてしまっているから」


 ジェイドは豚骨スープを薄味の出汁で割って味見していた。これはこれでおいしいのだが、やはり一口目からガツンとくるあの濃さには勝てない。インパクトが足りない。


「スープはそのままにして……だったら変えられるのは麺と具材だね」


「具材といえば、あの極厚のチャーシューは非常に好評だね。兵士の好みに合わせて、赤身か脂身から選べるのもうまく考えられている。肉のしっかりした歯ごたえか、じっくり煮た脂のトロトロした食感か、どちらも甲乙つけがたい」


「チャーシューは、豚肉だよね?」


「うん、骨はスープに、肉は具材に。ロカボは時々自分で豚を解体しているよ。本当に、大したものだ」


 ロカボは命を無駄にしなかった。彼は食べられる為に育てられている多くの動物達に敬意を払い、可食部もそれ以外も、可能な限り余すところなく使うように心がけていた。だからこそ、肉も脂も骨も、殺めた豚の全てを自分の料理に用いる。


「ロカボさん、やっぱりいい人だね。あっ、人じゃないけど」


「あぁ、彼は善良なオークだ。料理に対する情熱も本物だよ。その分、強敵だ。“豚のエサ”は完成されたメニューだ。あれを越えるためには生半可なメニューではダメだろうね」


「そっか。豚のチャーシューも変えられないね。ロカボさんの想いが詰まってるんだね」


 ヒスイは、“豚のエサ”の根幹をなす部分には手を加えないつもりだった。ロカボの想いを、裏切らない。おいしいラー麺を、兵士達に届ける。今よりもずっと健康的なメニューとして。


 あと、変えられそうなところと言えば山盛りの野菜と大量の背脂、そして麺か。


「麺が肝心かな。例えば細麺にして量を減らしたら……」


「それはそれであの強烈に主張するスープに負けてしまうだろうね。太麺と濃厚スープの絡みは“豚のエサ”の“豚のエサ”たる所以だよ」


「もー! ジェイドったらどっちの味方なの!? さっきから私の意見を否定してばっかり! なんかニヤニヤしてるし!」


「あぁ、ごめんごめん。僕と全く同じ思考の筋道を辿っているなってね」


 そう、ジェイドも今のヒスイのアイデアくらいのことなら思い付いていた。だが脳内でどうシミュレーションしても、どこかで必ず“豚のエサ”のガツンとする味を殺すことになってしまう。それでは、兵士達からは支持されないだろう。かといって脂解水は不評だった。スースーする清涼感があのスープとはミスマッチだった。


「だよね……ジェイドが匙を投げるくらいだもんね。私があれこれ考えても無駄なのかなぁ」


「大丈夫、アブリィ様はじっくり取り組めばいいと仰っていたよ。それに君はもう、とても重要な仕事をやってのけたじゃないか。頑なだったロカボさんの心を開いて、彼に“豚のエサ”改良を許可させた。凄いことだよ、これは」


「そうなのかなぁ」


 ところで読者諸氏、そろそろお約束的にご理解頂けているであろうが、ここで彼女の出番である。


「おや、おやおやっ!? 深刻そうな顔をして、どうなさったのー!?」


 フローラがスキップしながら厨房へ乱入してきた。後ろにショタを二人連れている。機嫌がいい理由は明らかに彼らの存在であろう。


「あっ、フローラ。その子達は?」


「うふふっ、よくぞ訊いてくださいましたわ。この子達は魔法使いの卵。私が今日から魔法を教えている、かわゆいかわゆい生徒ですの! ねぇ、そうでしょ貴方達」


「はいっ、お姉さま!」

「はいっ、ママ!」


「うふっ、そうよ。貴方達偉いわね!よく出来ました」


 フローラがにんまりと微笑んで二人の少年の頭を撫でた。10秒くらい。


「あの……フローラ、何なのその珍妙な呼ばれ方は」


「この子達と早く親密になりたかったから、敢えてこう呼ばせているのよ。ね、そうよね?」


「はいっ! お姉さまはとっても優しいです!」

「僕たちに手取り足取り魔法を教えてくれます!」


「まぁっ!? 私のことが好きなのね!? あぁん、どうしましょう……このままお部屋まで連れて帰っちゃおうかしら? 私がこの子達に色々と魔法以外の事も教えてあげたいわ」


 くねくねしながら早口で捲し立てるフローラ。すごく、生き生きしている。水を得た魚ならぬ、ショタを得た変態、である。


「君達、このお姉さんはあまり信用しない方がいいよ」


 半笑いでジェイドが軽い警告をする。少年達は首を傾げて、


「どういうこと?」


 と純朴そうに訊いてきた。訊かれたジェイドは何と言ったものかと隣のヒスイの目で訴えかける。


「あぁ……まだ何物にも染まっていない真っ白いキャンバスを、私色に染め上げたい! まだこの子達の教師になったばかりだと言うのに私ったら、もうこんなに興奮しちゃってる……なんて罪なショタなのぉ!!」


「先生! どうしたの? 具合でも悪いの?」


「少年、このお姉さんは頭の具合が悪いんだよ」


 冗談など言いそうにないジェイドがいきなりぶっ込んできたのでヒスイが思わずツボって腹を抱えてヒィヒィ言っている。


「んもぅ! 何て事を! イケメンはどんな酷いことを言っても許されると言うの!?」


 ショタの前にしゃがみこんだフローラは彼の頭をポンポンしてから諭すように言う。


「先生、じゃないでしょう? “お姉さま”か“ママ”って呼びなさい。その方が早く立派な魔法使いになれるのよ」


 ロジックが意味不明すぎる。が、世間の闇を知らぬ少年は素直に頷く。


「かわいいわ、貴方達。さぁいらっしゃい! 魔法使い同士ならスキンシップすることで互いの魔力が影響しあって美しい作用が生まれますわよ!」


「はい、ママ!」

「お姉さま!」


 何の疑問も抱かずフローラの胸に飛び込むいたいけな少年達!

 深窓の令嬢は一体彼らをどこへ導こうと言うのか!?


「うふふっ、この酸いも甘いも噛み分けた私が、貴方達を立派な魔法使いにして差し上げますわ」


 もはや恍惚とした蕩けきった表情で天を見上げ、少年達を胸に抱く快感に酔いしれるフローラ。


「あぁ~僥倖(ぎょうこう)。なんという役得。やはり日頃の行いがいいからでしょうか」


「……ねぇ、フローラ、今、何て言った?」


 ふいに真顔になったヒスイが問う。何かに気がついたように、やや俯き気味で顎を指でなぞる。


「えっ? 日頃の行いがいい、と言いましたけど?」


「その前だよ」


「僥倖? 役得? 酸いも甘いも?」


「そうか……そういうことだったの。そうだよね、だから水だけじゃ不十分だったんだ」


「どうなさったの? ヒスイ」


「わかった。たった今わかったよ、あなたの言葉で」


「あら、何の事?」


「もしかしてヒスイ、突破口を?」


 ジェイドの問い掛けに対し、ヒスイは一度大きく頷き、満面の笑みでガッツポーズを作った。


「これで、“豚のエサ”を進化させられる。あのロカボさんの究極のメニューを、きっと!」


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] なんだこの某刑事ドラマの中盤あたりで 安浦刑事が自宅に帰って娘たちと交わす会話から 事件の真相に迫ってくるような流れは
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ