14.令嬢、お淑やかに豚のエサを食レポす
「ある意味、羨ましいかも……。本当にすれ違う兵士がみんな太っているんだね」
「事態の深刻さがわかったかな?」
ジェイド曰く、城内の食堂で提供されているラー麺が栄養過多なせいで兵士達がぶくぶくと太っているらしい。オークの料理人ロカボが作る“豚のエサ”はとにかく濃厚な味わいで脂っこく、働き盛りの兵士達の嗜好を直撃する旨さらしいのだ。食べ過ぎてしまい、兵士達の健康が損なわれている。運動能力の低下、それによる士気の低下。
思い当たる節はあった。フローラと二人、城内へ侵入した時、廊下には兵士の姿が全然見受けられなかった。夕食時を狙ったから多くの兵士は食堂へ集まっていたのだろうがそれにしても、あまりに警備がザル過ぎたと感じた。見張り番すら仕事を放棄してラー麺を食べに行っていたのではないか。
「でも、そんなに他人を夢中にさせる食べ物って凄いよね」
「うん、そうだね。ロカボはそういう意味では僕らよりもずっと凄い料理人なのかもね。でも、兵士達にとってふさわしいメニューではないよ。肥満が蔓延し過ぎてる。このまま放置すれば、外敵の侵略にこの国は耐えられない」
ヒスイもジェイドもさすらいの料理人である。国に属してはいない。だからたとえ都市国家マノーが滅びたとて問題はない。他国へ移動すればいいだけの事だから。ジェイドがここまで真剣になっているのは、彼の生真面目な性格のせいだろう。目の前の問題を放ってはおけない。食についての問題なら尚更。
「それで、ロカボさんのラー麺に対抗する健康的なメニューを作ればいいんだね? それなら簡単だよ。覚えてる? 師匠の作ってくれたあのラー麺のこと」
とても上品で繊細な味わいだった。もちろんジェイドもよく記憶している。懐かしく、それでいて物悲しい味。
「ラー麺が人気ならああいう風に作ればいいんじゃない?」
「あぁ、僕も最初はそう思った」
「ダメだったの?」
「うん、最早あのようなあっさりした味では兵士達は満足できない。人間の舌は濃い味付けばかり食べているとそれに慣れてしまう。強い塩味や甘味でなければ感じることが出来なくなってしまうんだ。だから今、師匠の作ったようなあっさり味は兵士達にしてみれば無味にも等しい」
「そっか……うーん」
「では一度、実食してみてはいかがかしら?」
ふわふわとした足取りで廊下を行くフローラ。前後を屈強な(肥満の)兵士で固められているというのにまるでピクニックにでも来たかのようだ。
「ねぇ、兵士さん達、そんなにそのラー麺というのは美味しいの?」
「あぁ、あれはたまらねぇぞ!」
「思い出しただけでヨダレが……」
「マシマシ」
「マシマシ」
「あらやだ、変な呪文」
「あんな旨ぇもんが腹一杯食べれてしかも太って女にモテモテだ! これ以上の幸福があるかい?」
兵士は口を揃えてロカボのラー麺を称賛している。
「あれに対抗するメニューなんか作れっこないぜ」
「そうだそうだ、そもそも太って何が悪い? 俺たちはマノー兵団の一員として日夜過酷な任務についているのだ! 食べ物くらい、好きなように食わせろ!」
「うーん、皆さんがそこまで仰る料理……とても興味が湧いて参りましたわ。ヒスイ、一緒に食べてみません?」
「え、いいけど。でも私こってりしたのは好みじゃないよ」
「敵を知らなくては戦えませんよ?」
「それも、そうかもね」
生憎今は夜半なのでロカボのラー麺は食べられない。“豚のエサ”は夕食専用のメニューなのである。
一応、フローラの蛮行については処分保留という形で収められた。その代わりに二人はアブリィの為に働くことになった。ヒスイとフローラは二人同時に外出することを禁じられた。一方が逃亡すれば残った一人が処断される。互いが互いの命を担保しあっている関係だ。
城で一日を過ごし、翌日の夕暮れ時、一階にある大食堂にて3人は一堂に会した。ヒスイとフローラには専用の個室が与えられていたが、監視は常についている状態。そしてジェイドは何かと忙しい身である為、旧交を深める時間はほとんど無かった。
「さぁさぁ、お待ちかね! いよいよ“豚のエサ”実食ですわ!」
「そうだね……」
二人の目の前に、どんぶりに入ったラー麺が鎮座している。もうもうと立ち上る湯気。豚骨特有の強烈な臭気。山盛りの野菜、ブロック肉、極太麺。いかにも働く男のメシといった感じだ。
「私、ハーフサイズを頼んだんだけどな」
どう考えてもヒスイの眼前に存在するラー麺はハーフサイズに見えない。むしろ、大盛り。
が、隣の通常サイズを圧倒的存在感と比べればヒスイのはまだ小さかった。
「あぁ、とても臭いですわ……ひどい臭い……何日もお風呂に入っていない殿方の体臭のような、あるいは森で出会う獣のような……ううーん、こういうのもアリですわね」
フローラはどことなく楽しげであった。何不自由なく暮らしてきた彼女は基本、美食家である。だが庶民の味も珍味も、なんでも食べる。何なら芋虫の踊り食いもする。食に対しかなり寛容だった。多分貧困層に生まれたとしてもフローラなら難なく生き延びてしまうだろう。
なのでヒスイは“豚のエサ”を前に尻込みしていたが、フローラは逆に舌なめずりしていた。
「未知のメニュー、胸が高鳴りますわ。うふふっ、まずはこのスープを」
レンゲで少しスープをすくい、目線の高さまで持ち上げる。
「うふっ、白く濁っていて粘り気があって、背油がプルプルしてますわ。あぁっ、私は清廉潔白な令嬢なのにこれからこんな臭くて濃いものを飲まされてしまうのですわね……」
「早く飲んでよ、フローラ」
ヒスイは肘で小突いて催促した。いかにもしつこそうなスープ。あまり飲みすぎると胃もたれしそうだと思った。
「あむっ……んふっ……んっ……いゃん……凄く濃厚で……舌に絡みついて、あぁ、口内を豚に犯されていますわ! んんっ……んはぁ! 全部……の、飲みました……」
「……」
「……」
「ジェイド、何か言ってあげてよ」
「僕はいい。ヒスイ、相方だろ」
ちなみにフローラがあまりに大げさなリアクションをするものだから周囲の目が痛い。あられもない嬌声を上げながらスープを飲んでいる令嬢に、食堂中の男たちの視線が集まる。
「すわ、ビッチか!?」
「痴女!?」
色めき立つ場内!
知ってか知らでか、食レポしているうちにどんどんテンションが変な方向に盛り上がってくるフローラ!
危険!
「あぁ! 何ですのこの麺!? むぐっ、のど越しが……かたくて、太いの! いけませんわ、そんなに何本も!! あっ、あぁこのシャキシャキの野菜のアクセント! まるで飴と鞭! SとMですわっ! あぁー、それにこんなにトロトロのお肉……お汁が溢れ出てますわ。なんて淫靡な眺めですの!? パクッ……チュパッ……レロレロ……スープに負けないくらいしっかり味付けがされていて、はぁっんっ、奥から奥から豚さんのものが染み出してきてますわ……あっあっあっ、もう……っん……お、おかわり!!」
「こんな酷い食レポ初めてだよ」
ジェイドが頭を抱える。