13.罪と罰?
5年前、ジェイドは水魔法を使いヒスイを濁流の中から救いだした。そして力を使い果たして流されていった。土砂混じりのシャーベットのような泥水の中で、漂流物に激突したジェイドは気を失った。並の人間ならそのまま即死する状況だった。しかし彼は極限状態の中で無意識のうちに眠れる力を呼び覚まし、水魔法によって自分の周囲に膜のように水泡を発生させて呼吸と安全を確保、それに包まれたまま下流まで運ばれた。そして安全な岸辺に流れ着いた後で気絶から回復し、生き残ったことを知ったのだった。
「なるほど、その男と面会する為に城へ忍び込んだと申すのか」
アブリィ・イクリプスは優雅に足を組み玉座から跪くヒスイらを睥睨していた。
「で、我が兵と我が居城にあのような蛮行を働いたうえ、不問にせよと?」
「今回の一件、責任の一端は私にもあります。どうか、温情ある措置を」
ジェイドにとっては一種の賭けだった。フローラがあまりに強引な手に出た為にヒスイとのわだかまりは素早く解けたものの、後始末は大変になった。ここでジェイドがすべきことは平身低頭謝り倒してヒスイとフローラが処断されることのないよう取り計らうこと。それをしながら、理想的にはヒスイを自分の傍に置いておけるようにしたい。
幸いなことにフローラは兵士を誰一人殺してはいなかった。壁に埋まってはいたが一応、皆、生きていた。故に兵に対する殺人ではなく、暴行。それと城への無許可の侵入。この二つの罪についてヒスイとフローラは裁かれることになる。
「ジェイド、お前は何も言わなくて良い。黙っておれ。そこの娘!」
ヒスイが弾かれたように顔をあげる。
「はい」
強大な支配者の放つ圧倒的な眼力に、ヒスイはたじろぐ。だが、視線を外さない。それはジェイドの為でもあった。
「それと、隣の……おい! 貴様!」
「ふわぁー! えっ!? 私ですか!? はい、もちろん起きてましたわよ」
嘘である。フローラはなんと、片膝をついたまま居眠りしていた。隣でヒスイが声を上げなければそのまま熟睡していたかもしれない。
「なんと緊張感のない娘だ。貴様、それでもあのエンジェライト卿の娘か」
「えーっと、今は違いますわよ?」
「今は?」
「勘当されましたから。追放? 放逐? 厄介払い? まぁそんなところです。正直言って精々しましたわ。あの年がら年中発情しているような色狂いの父と血が繋がっていると思うと私……おぞましくて身震い致しますわ。とはいえ私自身は清い体と心の持ち主ですから、あんな父とは似ても似つかないですわね、ほほほっ!」
「似てると思うけど?」
「父上の影響だよ」
ヒスイとジェイドが小声で突っ込む。
「あら、何か仰いました?」
聞こえているはずなのにシラを切る令嬢。アブリィを前にこんな軽薄な態度が取れるのはフローラくらいのものだろう。ある意味、凄まじい胆力である。
「はぁ……調子が狂うな」
深いため息の後、アブリィは頬杖をついた。
「まぁいい。単なる賊ならば首をはねて終いだが、実行犯が名のある伯爵の実子であるなら話は別だ」
「あら、嬉しい。解放して下さるの?」
「バカを言え。我が方に対し、お前達が攻撃を仕掛けてきたのは事実。それ相応の償いはしてもらおう」
「償いとは、一体どんな事を?」
ヒスイが訊く。このままフローラに会話を続けさせると話がこじれる予感がした。償い、とアブリィが発言した時フローラは口をひん曲げて不満そうにしたからだ。
「ジェイドよ、お前が庇い立てをするくらいの人物なら何かしら、役に立つ能力を持っているのであろう?」
「はい、こちらのフローラ嬢はご存じの通り、風の魔法使い。しかもかなりの手練れです。そしてヒスイは私の幼馴染みであり、火と光、二つの属性を操る魔法使い、かつ料理人です」
「料理人、か。ジェイド、お前の今取り組んでいる課題について、その者は何らかの有効な示唆を与えられそうか?」
「はい、ヒスイならば必ず!」
「よろしい。ジェイド、お前にそのヒスイとかいう娘を預けよう。ただし、一定の成果を見せるまでは監視をつける。全くの無能であった場合、わかっておるな?」
一段と低いトーンでアブリィは脅しをかける。氷の魔法使いに対峙した時のように、ヒスイは体温がアブリィに奪われていくような気がした。これが、単なる一都市を国家として独立まで導いた支配者の放つ威圧感。
「ヒスイは、きっと我々を助けてくれます。私はそう信じています」
ヒスイには何が何やらわからなかったが、ジェイドは何故か自信満々で太鼓判を押している。ジェイドの課題とは一体?
「期待しておこう。それと、そこの……寝るな!」
「すぴー。すぴー。うぅん、いけませんわそんなところを……。はっ!今、ちょっと夢の世界に旅立っていました!?」
「ここまで来ると逆に感心するな、お前の図太さ」
「あら、褒めてくださってるの?」
「呆れておるのだ。もういい。フローラ・エンジェライト、お前の魔法の才は私も確認した。ちょうど若い魔法使いどもに実戦経験豊富な教師を与えてやりたいと思っていたところだ。しばし、城へ滞在してもらうぞ」
「えっ!? 若い魔法使いの……教師? ゴクリ」
「何か嫌な予感がするんだけど」
「僕もだよ」
(年端もいかない無垢な少年少女をこの私が手取り足取り……。あぁ、なんて幸運なの!? こんなのが罰でいいのかしら。ご褒美でしかありませんわ。かくな「るうえはあんなことやこんなことを教え込んで、それからあれしてこれして……あぁー! ダメダメっ! フローラ、もう考えただけで変になりそうっ!!」
「……何なのだ、この女は?」
「「変態です」」




