11.深窓の令嬢は興奮中
「大変申し訳ありません。お目汚し失礼致しました。あまりに耽美かつ危険な香りに思わず私の秘密な場所が反応してしまい、少し興奮しすぎました。こう見えて実は醜男×美少年も大好物なのです。
例えばそうですね……。年端も行かぬ少年が身売りされ辺境伯の城へ幽閉される。彼は召使いとして働かされることなく、手足を鎖で拘束され夜な夜な、肥え太った醜悪な領主の男に調教されてしまう……うふっ、ダメダメ、話しているだけでゾクゾクしてきますわ。
やがて苦痛は徐々に快感へと変わってゆき、彼は知らず知らずのうちにああっ! もういけませんわ! これ以上妄想を垂れ流していると私、辛抱たまりません! ジェイド様っ! どこへ行けばそのような悪徳領主様と出会えるのですか!? 私にも純真無垢な少年を手取り足取り調教させて下さいまし! あっ、もちろん可憐な美少女も大好物ですわよ!?」
「……ヒスイ、ちょっといいかい?」
「うん……」
「この子とずっと旅を続けてきたのかい?」
「ええ、まぁ」
「よく無事だったね」
「辛うじて、ね」
おそらく初対面なら誰しもが抱くであろうフローラに対する恐怖をジェイドもまた感じたようだ。ヒスイはさすがに慣れっこだが、このテンションでぶつかってくる時のフローラはかなりヤバい。ジェイドはドン引きしている。
「フローラ、ちょっとちょっと!」
「はい、何でしょう?」
「一旦落ち着いて」
「すぅー、はぁー、はい、深呼吸致しましたよ? 続けていいですか?」
「本来の目的を思い出して! 遊びに来たんじゃないんだから」
「あぁ、そうでしたわね。ジェイド様を追ってここまでやってきたのでした。失念しておりました」
「ちょっと待って、君達。まさかこの城に忍び込んできたんじゃないだろうね?」
城の警備は厳重だ。そう簡単に侵入できるものではない。それにもし警備網を掻い潜って侵入を果たしたとしても、無事に帰れる保証はない。発見されてしまえば処刑されるかもしれない。
アブリィは聡明な人物だが反乱分子には容赦しない。
「え? 忍び込みましたけど?」
「なんてことを……」
「だってそうしないとジェイド様に会えないじゃありませんか。ヒスイがどうしても貴方に会いたいと仰るから私、頑張りましたのよ」
「頑張るって、何を!?」
『ジェイド、この娘から風属性の魔法のにおいがプンプンしておるぞ』
ジェイドの脳内に響くミームゥの声。ということはつまり、魔法を使ったのだ。確かに風魔法なら空中を移動することも可能だから警備の目を盗みやすかったのかもしれない。城壁を飛び越え、警備兵の頭上を抜け、こっそりとやってきたのだろう。
「警備兵を正面切ってバッタバッタと薙ぎ倒しながらやってきたんです」
「って、何故なんだ!?」
思わず腰が抜けそうになった。ジェイドが想定していたよりはるかに強引で脳筋な手段で、ヒスイとフローラはやってきたのだ。これは、大事になる。絶望的な気分で両手で顔を覆うジェイド。
「もう少し、慎重に行動出来なかったのかい?」
「めんど……いえ、時間はあまり無いと判断したもので」
「今、面倒くさいとか言おうとしなかった?」
「えっ? 何を仰ってるの? フローラ、よく聞こえない」
『この女……少し頭がアレなんじゃ』
「だいぶアレだよ……やれやれ」
「あら? ジェイド様、お気分が優れませんの?」
「君のおかげでね」
といったコントを続けている暇はない。廊下がにわかに騒がしくなってきた。ガシャガシャとプレートアーマーを鳴らしながら兵士の一団が駆けつけてくる足音がした。
「倒した、とは言え誰も殺してはいませんよ? 私、その辺は弁えております」
「当たり前だ! もし一人でも兵士を殺したら君は即刻処刑だよ。最悪、ヒスイも巻き込んでね」
ちなみに「殺していない」とフローラが発言した時ヒスイがちらりと彼女の方に視線を送ったのをジェイドは見逃さなかった。
「……本当に、本当に殺してないよね?」
「えっ!? ええ、それはもう、もちろん。ギリギリ生きてると思いますわ」
「妙に歯切れが悪いね。とても嫌な予感がするけれど」
と、その時、
「こっちだ!」
「見ろ!」
兵士たちの叫び声が廊下の外から聞こえてくる。
「これはひどい」
「天井に突き刺さって……死んでる」
「こっちも、壁にめり込んで……死んでいる」
「こっちもだ!」
「こいつも!」
「花壇に逆さに刺さってるぞ!」
あちこちから惨状を伝える声、声、声。
血の気が引いたジェイドとヒスイが同時にフローラを凝視する。
「え、何ですかその目は? 私? 手加減……しましたよ? たぶん、生きている、はず、たぶん……」
ドンドンドン!
遂に、ジェイドの部屋の扉がノックされた。
「ジェイド様! 賊が侵入したようです! ご無事ですか!?」
「このまま見つかったら、君達の命が危ない」
声のトーンを落とし、ジェイドが言う。
「どうしたらいいの!?」
「私は窓からビューンと飛んで逃げますわ。あなた方は、影の暗幕で」
『お主の影の転移魔法は同時に二人までしか動かせまい。その娘と、行け』
ミームゥは、するりとジェイドの首元から離脱し球体へ戻り、フローラのもとへ跳んだ。フローラはすぐさま意図を察し、右手でミームゥをつかみ取る。
「ヒスイ」
「ジェイド」
互いの名を呼びあう。そしてジェイドはその手をヒスイへと伸ばした。
「僕は君を傷つけてしまうのが怖い。君は、どうだい?」
「私は怖くないよ。あなたの闇も、必ず私の光で照らして見せる」
「ならばこの手を」
「うん」
背後で異変を察した兵士たちが扉へ体当たりを敢行している。軋み歪む扉。
ヒスイがジェイドの手を掴む。瞬間、彼の足元より湧き出た黒煙が二人を覆い隠した。