サクラメマイ
「ねぇねぇ神田くん」
「何?」
保健室で横になっている僕に、由良は普通に話しかけてくる。正直なところ、応える余裕みたいなのはそんなにないけど、応えなければ応えないで面倒なことになるのは明白だから、応えることにする。
「神田くんは桜ってどう思う?」
「桜?」
「そう、桜。Cherry blossom」
由良がネイティブな発音で言う。また唐突な話だ。
「キレイ、とかそういう話?」
「そういう話」
「そうだなぁ……」
聞いて僕は考え込んでしまう。正直な話、僕は桜に関して何か感想が湧いたりとか、あんまりそういう感情を抱いたことがない。なにか思うとしても「咲いてるなぁ」とか「散ったなぁ」程度だ。
そして、それは桜に限ったことではなく、よく言われる“絶景”とか“名画”とかの、キレイとか風情とか芸術的とか、そういうものが分からないでいる。
多分、理由はなんてことはない。どれ程の絶景だろうと僕にとっては、ただ“そこにあるもの”が“あるべき状態”でそこにあって“ただ視界に入り込んでいるだけ”だから。他人の言う「綺麗」や「芸術性」「深い」とかが分からない。これは僕が中二病って訳じゃなくて、ただ単純にボーッとして何も考えていないだけなんだけど。
ともかく、だから僕には桜のキレイさとかは分からない。なので、
「白っぽい花だな、ってくらいしか感想がないや」
正直に思いついた事だけ話す。相手が桜の花に特別思い入れのある人だったりした時に、こんな感想ではガッカリされるのだろうか。ボーッとしている僕だけど、適当な意見を言うことも一応はできる。けれど、相手が由良の場合それは悪手になる。だから正直な話をするのが最善だ。
……由良が特別桜に思い入れがあるとは露ほども思ってないけど。
「そっかぁ。……確かに桜は白いよねぇ」
この通り。由良の声のトーンはさっきと何も変わらない。
「でもさ、桜のイメージはピンク色なんだよね。なんでだろ?」
そして、さっそく話題の行く先が曲がる。でも、僕はそんな会話が嫌いじゃないでいる。
「私たちのよく見る桜って白いのが多いよね。なんだっけ、ソメイヨシノ?」
「あー」
そういやそんな名前だった気がする。たしか、株分けして増やしたとかで、日本のソメイヨシノはほとんどが同じとかなんとか。クローンみたいな話がある種類の桜だったか。
「でも、テレビの天気予報で出るイラストとか漫画の中とかはピンク色なんだよねー」
「たしかにそうだな」
僕は桜のことは白い花だと思っているけど、“桜の色”と言われるとピンクとかそれに近い色をイメージする。携帯で桜と打って出てくる絵文字もピンク色だ。
「どうして私たちは桜のイメージがピンクなんだろう?」
「どうして、か……」
思えば、そんなこと考えたこともなかった。「桜は白いのにピンク色で描かれるのは何故か」と、疑問に思ったことはあるかもしれない。けれど、思った程度で「そういうもの」と勝手に結論づけて、理由探しはそれっきりになってしまう。
「どうしてか、神田くんも考えてよ」
「うえぇ……」
どうしてかの興味は僕にもたしかにあるけれど、けれどそれと同時に今の僕はそれほど体調が良くなくて、考える余裕が少ない。あまり役に立てそうにないし、何よりしんどい。
そんな僕の心情を置いてけぼりに、由良はさっさとと話を進めてしまう。
「そういえば神田くんは“桜の木の下には”ってヤツ知ってる?」
「いいや」
聞き覚えはない。言葉から察するに続きがはある程度くらいにしかわからない。桜の木の下は根っこだろうけど、多分そんな当たり前のことを由良が一生懸命考えるわけもないし、何より桜のピンクのイメージとはおおよそ関係が無い。一体、桜の木の下に“何なのか”検討もつかない。
だけど由良はしばし続きを話そうとしない。僕が聞くのを待っているのだろう。
「桜の木の下に、何なんだ?」
だから、素直に尋ねることにする。すると、特別な感じもなく由良はスラスラと話し始める。
「桜の木の下にはね、死体が埋まっているって話があるんだよ。その血を吸い上げて咲く花の色がピンク色、というわけね」
「ふーん」
まあ、綺麗なものにはそういう話があるのもよくあることだ。妖しい美しさを表現する話なのだろう。けれどまあ、
「現実的ではないな」
「だよねー」
由良もアッサリと、自分からした話をバッサリ切る。
「よくもまあ、こんな話を思いつく人もいたもんだよねー」
「何かと理由を付けたがる年頃だったんじゃないか?」
「いやー、でも桜の花の色は白いし」
「……それな」
そこはかとなく中二病の香りが立つ話を二人して蹴り飛ばし、僕らは別の理由を探すことにする。
桜がピンク色にイメージ付けされた理由。……そもそも何時からそんな風だったのか。考えてみても何も思いつかないし、それでさらに考え込むと頭が熱くなってボーッとしてくるしで、僕はおぼつかない思考をゆらゆらと巡らせる。
「桜の色、ピンク、……桃色」
「桃色!」
まるで連想ゲームのように、ただ単語を呟いてみる。すると、僕の言った桃色に由良が過敏に反応した。それがちょっと不気味だったので、僕は思わず由良に尋ねる。
「桃色がどうしたの?」
寝返りをうって由良の方を向くと由良は、何か楽しいことでもあったかのように目をらんらんと輝かせて僕を見返していた。
「さすが神田くん。桃色だよ」
「ん?」
「そっか、桜じゃなかったんだ。となると……」
嬉しそうな声を出したかと思えば、今度は一人でぶつぶつと考え始めてしまった。だけど、それも間も無く終わって、
「ちょっと図書室行ってくるね」
と、サッサと出て行ってしまった。ちなみに、今この時間は3限目の真っ最中だ。きっと、授業中にパタパタと廊下を走る由良はまた、学校中の噂になってしまうのだろう。だって彼女は変わっているから。
「……すごく眠い」
由良との話のお陰ですっかりくたびれた頭が、重たい眠気を訴えてくる。
少し寝よう。多分、由良はすぐに戻ってくるだろうから。それまで寝てまた話を聞こう。
そして、僕は瞼を閉じた。
ちなみに、平安時代とか鎌倉時代とかだったかな。その辺の時代だと桜の花より梅の花の方がメジャーで歌に読まれるのも梅が多いんです。
で、これからすごく頭の悪い話をしますけど、「梅の花の赤+桜の花の白=ピンク色」なのかなって考えたり。イメージが混ざった結果みたいな。
由良が至った考えはこれよりもっとマトモかもしれないし、マトモじゃないかもしれません。
そんな低脳足し算はどうでもいいから、ちゃんとした理由が知りたいぜと思った方は、google先生に尋ねてください。あの方ならきっと詳しいはずです。