みかた
「いやぁ、盛り上がってきたねぇ。ほら見て神田くん牛歩戦術だよ!」
「どこを面白がってるんだか……」
今日はとっても不思議な日だ。今、僕は由良の家にいる。そして国会中継を見ている。画面の中では「早く歩けよ」という野次に対して「進んでます!」と言いながら足を小さく交互に動かす野党議員の姿が映されている。
「この人ね、昔の選挙では若手のホープって言われてたんだよ。そんな人がいま牛歩ってね。エリート街道を牛歩戦術って感じで楽しくない?」
「だいぶ偏った楽しみ方だな。まぁ分からなくはなくなくないけど」
「神田くんの癖に生意気ね」
由良は本当に楽しそうにテレビを見ている。それが国会中継であろうと、本当に楽しそうに。
「少数派で意見が通らないからって時間稼ぎなんて、小学校の会議だって時間内にまとめるのにね」
「……由良は本当に手厳しいな」
「そう?でも神田くんも一度は思ったことないかな“この人たちは何をやっているんだろう?”って」
「……まあ、あるにはあるけど」
昔のことだ。中学の一時期、僕は入院生活を送っていた。入院中はやる事がなくて暇だから、よくテレビを見たり本を読むことで気を紛らわせていた。
その時、同室のおじいさんが民放は見ない主義だったもので、テレビはいつもニュースとか、小難しい内容の時事討論や社会問題の特集だったりを見ていた。
そして国会中継も。
その時の僕は今ほど政治のことを知らなくて、国会というものはなんとなく“頭の良い人達が国を左右する会議をしている場所”なのだと思っていた。けれどソレは、ある日見た映像を境にそのイメージは崩れ去った。
法案が可決されそうになった時、議長の席に押し寄せてマイクを奪い取ろうとする野党議員達。それを後ろから引き剥がそうとする与党の若手。静粛にと必死にマイクを守る議長。
子供心にとても衝撃だった。これが国の行く末を左右する頭の良い人達の姿なのかと、疑問を抱いた。
同室のおじいさんはテレビに向かってヤジを飛ばしていたけれど、その時の僕は何もかける言葉が見つからなかった。
そして、今日の国会中継もその時見たものと似たような雲行きになってきている。
「あるべき姿っていうのが見えてないんだろうねー。自分が他人にどう見られているのかを考えてないって感じ?」
いつの間にか由良は頬杖をついていた。
「“自分は国民の為に働いています”って自負だけがすごく強い感じに見えちゃわない?」
「独りよがり、ってこと?」
「ううん。独り酔い」
横顔で見る由良の顔はやっぱり楽しそうで、じっとテレビを見つめている。そして、
「ま、こんな話も果たして的を当てるのか、って事だけどね」
あっけらかんと、そう言った。彼女は自分の論が正しいなんて言うつもりはさらさらない、ということらしい。
でも、
「由良の言っている事が的外れでも、由良にそう見えたのなら、あの人の言動の中に“由良にそう思わせるような一端”があったっていうことになるだろ。だから、由良が間違えていたとしても、それは100%間違ってるって訳じゃないと思うよ」
少なくとも、僕はそう思う。
由良は目線をテレビから僕に移して、それから改めて僕に向き直った。
「神田くんは優しいね」
「僕は優しくなんてないよ」
「でも、私が100%間違ってる訳じゃないんでしょ?」
「うぐ……」
すぐに言葉を返されてしまった。由良はとても面白いと言った風に笑みをたっぷり浮かべて僕をひとしきり嘲笑った後、机の下に置いていた鞄から数学の教科書とノート、シンプルなデザインの筆箱を取り出して言う。
「でも数学の問題は100%の正解じゃないとダメだからね。ちゃんと勉強だよ」
僕がわざわざ由良の家に伺ったのは、テスト前に彼女から数学を教えてもらう為だったのだ。それなのに、
「国会中継を見だしたのは由良なんだからな」
僕は意識のほとんどを教科書の問題をノートに写して頭を悩ませていたのであって、決してサボっていたわけではない。
「でも神田くん、問2から間違ってるよ」
「お願いします、教えてください」
座りながら低頭の姿勢を見せると、顔は見えないけど由良は少し笑った。
「仕方がないから教えてあげる」
顔を上げると由良はやっぱり笑っていた。
チラリと見た国会中継は、乱闘みたいに騒ぎ始めていた。やっぱり、あのおじいさんはこの中継を見て楽しそうにしているのだろうか。
そう、ふと思ったけれど由良が問2の解説を始めたので、それを考えるのはやめにした。




