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二日目『好き』

 昨日も登った坂道をゆっくりと登っていく。

 白いじゅうたんの上には、僕のものよりも少し小さい足跡が、空まで続いていた。

 あの子がもうきてるんだ。

 はやる気持ちを抑えながら転ばないように慎重に、でもできるだけ急いで、僕は坂を駆け上がった。

 頂上について、あたりを見渡してみる。

 彼女は見つけられなかったけど、鐘の真下に大きな雪だるまが作られていた。

 僕の背丈くらいありそうな雪だるま。

 近づいてよく見てみると、まだ出来てそんなに時間がたってないみたいだった。

「わっ!」

「うわぁ!」

 突然、雪だるまの影から何かが飛び出してきて、僕はびっくりして尻餅をついてしまった。

「あははっ。そんなにびっくりすると思わなかった」

 彼女だった。

「中々こないからこんな力作ができてしまいました」

「ご、ごめん」

 彼女の手を借りながら立ち上がる。

 彼女はすねたように口を尖らせたあと、すぐにニコッと笑った。

「うそうそ。私が早く着いちゃっただけ」

 ふと、違和感を覚えた。

 昨日会った女の子。

 そのはずなに、なぜか別人のような、昨日とは違う雰囲気を感じた。

「よくぼーっとするよねぇ」

「あ、う、ごめん」

「すぐ謝るよねぇ」

 おかしそうに、ケラケラと笑う。

 その笑顔と笑い声は、昨日の彼女となんにも違うところはなかった。

 考えてみればまだ会うのは二回目なんだから、昨日と雰囲気が違っても別に不自然なことじゃないのかもしれない。

「名前、なんていうの?」

「へ?」

「名前。昨日聞けなかったから」

 雪だるまの頭の形を整えながら、彼女が言った。

「ユキト」

「ユキトくん? どんな字書くの?」

 しゃがんで雪を掴んで、ぎゅっと握り固めた。

「この雪に、人間の人で、雪人」

「かっこいい名前だね」

「……ありがとう」

 顔から火が出そうなくらい、火照っていた。

 名前を褒められたのは初めてだった。

「私はね、マシロって言うの」

「どんな字?」

「真実の真に、白色の白で、真白」

 可愛い名前だね。

 そう言おうと思ったけど、照れてしまって言えなかった。

「真白ちゃんは、日本人なの?」

「そうだよ? 純粋な日本人です」

 お父さんが日本人みたいだったから、お母さんが外国人のハーフなのかなって思ってたけど、意外だった。 

「もっと洋風な名前を想像してた」

「あはは。お母さんがね、この雪みたいに真っ白いまま、まっすぐ育って欲しいって意味でつけたんだって」

「へー」

「なんかクサいよねぇ」

 雪だるまの頭の横から顔だけ出して、照れくさそうに笑った。 

「でも、親がそういう風にちゃんと名前考えてくれたのは、うらやましいよ」

「どうして?」

 さっき固めた雪を、下手で投げる。

 下り坂をコロコロと転がっていった。

「僕は単純に冬に生まれたから。姉ちゃんも秋生まれで紅葉って名前だし、捻りがないんだ」

「雪人くんが秋に生まれたらどんな名前だったんだろう」

「確か、楓。夏だったら海って書いてカイだったかな」

「春は?」

「なんだと思う?」

 真白ちゃんは雪だるまの頭の上に自分の顔を乗っけて、首をかしげた。

「桜だと女の子の名前だし、梅? はないよねぇ……うーん、わかんない」

「僕の苗字、ミナミなんだ」

 もう一度、雪を丸く固めて上から思いっきり投げた。

 今度は転がることなく、雪の中にずっぽりと埋もれてしまった。

「ハルオってつけるつもりだったんだって」

「なんか、ショーワな名前だね」

 思ったより真白ちゃんの反応が薄かった。

「ミナミハルオって人、知ってる?」

「誰それ?」

 きょとんとした目で、僕を見る。

 とっておきの話題だったのに……。

 若い子にはわからないだろうなって父さんが言っていた意味が、今はじめてわかった。

「あれ? 拗ねてる?」

「別に……」

「もしかして笑うところだった?」

「……」

 途端に惨めになってくる。

 うまく話せない僕。

 うまく切り返せない僕。

 こんな些細なことでへこむ僕。

 全てが情けなかった。

「あはは! ごめんねぇ」

 雪だるまに覆いかぶさるように体重を預けて、真白ちゃんは本当におかしそうに笑っていた。

 その時、ぐらりと雪だるまの頭が傾いた。

「わっ! わっ!」

 真白ちゃんと一緒に、雪だるまの頭がごろりと地面に落ちた。

「いったーい」

「大丈夫?」

「うー」

 恨めしそうに、雪だるまの頭を見つめる。

「がんばって作ったのに……」

 大きく丸かった頭は、真白ちゃんの体重と落ちた衝撃で、すっかりひしゃげてしまっていた。

「また、作ろうよ」

「……そだね」

 雪だるまを作りながら、僕たちは色々な話をした。

 最初はしどろもどろだった僕も徐々に普通に話せるようになっていった。

 趣味の話。

 好きな食べ物の話。

 よく聞く音楽の話。

 まるで好みの違う僕らだったけど、その分、真白ちゃんの話は新鮮で飽きることはなかった。

 真白ちゃんも、僕が前に住んでいた街や学校の話を、興味深げに聞いてくれた。

「完成!」

「うん」

 永遠に続けばいいと思っていた時間は、雪だるまの完成であっさりと終わってしまった。

 さっきよりも小さいけれど、さっきよりも形のいい雪だるまの新しい頭を、真白ちゃんは満足そうに撫でていた。

「完成記念」

 そう言って、鐘の鎖を力強く引っ張った。

 元気な音色が、あたりに響き渡った。

「この音、好き」

 揺れる鐘を見つめながら、ポツリと呟く。

 僕も、うん、と頷いた。

「私、そろそろいかなきゃ」

 鐘の音が終わる頃、真白ちゃんが手袋についた雪を払いながら別れを告げた。

 もう少し一緒にいたかったけれど、それを言葉にする勇気も図々しさも、僕は持ち合わせていなかった。

「じゃあ……」

 胸の辺りまで手を持ち上げて、小さく振る。

「またね」

「うん、また」

 僕も同じように手を振った。

 昨日のように、お互い笑顔で別れ、真白ちゃんの姿が見えなくなるまで見送った。

 でも、別れ際に一瞬だけ見せたためらいの表情が、気がかりだった。 


 夕飯時、テレビを見ながら母さんがたいして興味なさそうにこう言った。

「最近こればっかね」

 テレビに映るニュース番組では、最近話題になっている病気に関する報道がされていた。

『遺伝子治療を行った一部の患者の体に変化が現われ、変化が生じてから約五日後に忽然と姿を消す、と言う奇怪な現象が――』

 キャスターが深刻そうな顔でこちらを見ながら喋っている。

 僕が小学校低学年くらいの頃に、どんな病気でも治せるなんていう治療法が発表された。

 遺伝子をどうにかしてっていう話だったけど、具体的にどんな方法なのかは僕には理解できなかった。

 その遺伝子治療を行った人達の中で副作用が現われた人が最近になって出てきたみたいで、耳にしない日はないくらい話題になっていた。

 徐々に体が他人のように変化していって、最後には消えてしまうなんていう漫画みたいな副作用。

 遺伝子の一部分ををいじったせいで遺伝子全体が異常をきたして、なんて一応科学的に説明できるみたいなんだけど、やっぱり嘘みたいで僕の中ではあまり現実感のある話じゃなかった。

「別に関係ないじゃん。うちは誰も遺伝子治療なんて受けてないし」

 サラダを口に運びながら、姉ちゃんが言った。

 テレビ画面では、発症した人の体がどのように変化していったか、その様子を追った映像が流れ出した。

 体格のいい男性だった。

 二日目の写真はどこに変化があるのかよくわからなかったけど、少しだけ細くなったように見えた。

 三日目になると、明らかに背が縮んでいた。

 四日目は、ほとんど別人だった。

 筋肉質な体はすっかり華奢になって、細かった目がぱっちりとして、褐色だった肌の色が若干白くなっていた。

 五日目になると最初の面影なんて、どこにもなかった。

 中年の男性だったはずなのに、少年のようになっていた。

 映像はそこで終わった。

 この姿になった後、男性は消えてしまった、とキャスターが付け加えた。

「怖いわねぇ」

 母さんが不安げに溜息をもらした。

 姉ちゃんは完全に興味を失って、勝手にチャンネルを変えてしまった。

 僕も別に、続きが見たいとは思わなかった。 

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