ホムンクルスの兵士と剣聖の少女
戦争は終結しました。
リーゼンバルク皇国とハイサーシュ連合王国の間に和平が締結されました。
兵士の皆さん。お疲れ様でした。直ちに戦闘行為を中止し、帰還してください。
全ての自立思考兵器群は戦闘を停止し、直ちに帰還。これは、最優先事項命令です。
硝煙と鉄錆の匂いが充満した荒れ地の中でその放送を聞く。
剣を首元に突き立てた青年。
剣を首元に突き立てられた少女。
首元に剣を突き立てられた少女は驚きに目を丸くし、
青年は視線に感情を乗せずに剣を引く。
「なぜ、だ――――ッ」
血に倒れ伏した少女は青年に問いかける。
「なぜ、ここで殺さないッ!!」
青年はそんな少女の怒号を凪と受け流し、涼しい顔のまま剣を鞘に納める。
その所作に一片の躊躇いもなく、既に戦闘行為を続ける意思が無い事を示していた。
それが逆に少女の逆鱗に触れた。
「私は戦士だ! 騎士だ! リーゼンバルク皇国の騎士だ! お前の仲間を何人も斬り捨てた女だぞ!」
青年に追いすがる様に地面を握り締め、どうにか身体を起こした少女は自らの剣を構えなおし――――それが半ばで断ち切られていることに気づいて悔し気に地面に突き刺した。剣が使い物にならないのは明白だ。
「――――和平が成立し、戦争は終結した。戦う理由が既に無い」
「それがどうした! 今ここでお前が私を殺したとて誰が咎める!? 誰が見てる!?」
今、この戦場に存在しているのは2人だけ。
仮に今この場で青年が少女に止めを刺したところで何も問題はない。
逆に言えば、止めを刺さなくても問題無い。
「――――命令違反を押してまでお前に止めを刺す理由が俺には無い」
「あるだろう! 復讐でも憎悪でも良い! 何度も何度も戦場で斬り合った怨敵だろう!」
そんな少女の言葉に少しだけ青年は考え込むような仕草を見せた。
その様子に女はある予感に囚われ、身体を震わせた。
悔し気に血が混ざった土を握り締める。
「お前、まさか――――」
「――――君の事は記憶にない」
「――――ッ!!」
あんなにも戦場で何度も顔を合わせ、幾度も剣戟を交わし、互いの命を脅かし合った相手。
次は殺してやる。
次は仇を取ってやる。
次は負けない。
次も勝つ。
次の戦いでは―――。
そう、焦がれる様は熱病のように自分を捉え続けたと言うのに、その相手は自分の事を覚えていなかった。
これが街ですれ違う回数が多いとか、仕事で会う回数が多い相手程度ならば納得もできるだろう。
だが、命のやり取りを繰り返し、良き好敵手として戦場で戦った回数は両手の指では足りない程の数だ。
「ふざ、けるな」
「?」
「ふざけるな、と言っている!」
そんな相手に顔すら覚えられていなかった。その屈辱たるや騎士として、戦士として余りある。
少女は武器も折られ、鎧すら破損しているにも関わらず立ち上がる。
全身血まみれであばらも数本は折れ、右腕はあがらない。一歩前に歩くたびに左足は身体についてこない。
それでも、青年との距離を詰めると少女は青年の襟首を掴み上げると顔を近づけて怒鳴る。
「私の名前はエリザリア・アスコーネだ! お前をいつか殺してやる!」
「――――そうか。覚えておこう」
その啖呵すらも青年は受け流すと少女の手を払う。
「――――お前の名は」
「――――イーク・ハロット」
「覚えたぞ、イーク! この『人間もどき』! 私はお前を許さない!」
だがしかし、これがエリザリアという女騎士とイークという名の人造兵士との戦場においての最後の会話だった。
なぜならこの戦争後エリザリアが所属するリーゼンバルク皇国とイークが所属するハイサーシュ連合王国は同盟を結び、列強2国同盟による力は血風吹き荒れる戦国の時代に終止符を打ったからだ。
この同盟締結の条件の1つに「ハイサーシュ連合王国が保有する全人造兵士の機能停止と廃棄」があげられ、それをハイサーシュ王国は受け入れた。
それは即ち、イーク・ハロットという名の数多に存在する内の1機でしかない人造兵士の機能停止、もしくは廃棄は逃れられない事を意味している。
後年、エリザリア・アスコーネはその事実を知り、イーク・ハロットの捜索を行ったが終ぞ彼のその後の痕跡も、どこの工場や基地で廃棄されたのかすら知ることはできなかった。
時は流れる。
世代は変わり、時代が変わる。
――――あれから。
―――――――――あれから幾らの時が過ぎ去ったのだろう。
エリザリア・アスコーネは安楽椅子に腰かけ、天井を見上げながら過去の記憶も思い起こしながらそんな事を考えた。
あれはまだ自分が血気盛んな10代後半の戦火に身を投げ込んでいた時代。
気は逸り、戦果が1つでも多く欲しいと血気盛んだった頃が懐かしい。
戦争が終結した後調べた限り、終ぞ会う事は叶わなかったイーク・ハロットの足跡はあの戦いの後プツリと途切れていた。
数多の人造兵士の保管資料と機能停止資料を漁った彼女だったが、まるでイークはその後自分達が破棄されるのを知っていたかのようにその存在を消したのだ。
人間によって造られた人間によく似た兵器。
人造兵士。人造兵。もしくは人型兵器。
錬金術の粋を結集して作られたホムンクルス。そのホムンクルスの核に魔物の魔石を用いた尋常ならざる力を振るう化け物共。
戦時中に人造兵に苦しめられたエリザリアだったが、それでも戦時中に10代後半と言う若さでありながら、その人造兵を5体は斬った。
数多の数が存在する人造兵の内5体というのは少ないように思うが、それでもその若さで5体という数を倒したのは勲章物だった。
一般兵だったエリザリアは騎士として叙勲され、同年代の若者達の間では羨望の的だった。
そして、そんな羨望の視線を心地よい気持ちで受け止めていたエリザリアに土の味を教えた相手の名前はイーク。
終ぞイークが何の魔物の核を使って造られた人造兵だった事すら知ることもできず、エリザリアは彼を追う手段を失い、再戦する事は叶わなかった。
だが、「いつか会えるかもしれない」とエリザリアは記憶の中のイークに負けない為に鍛錬と修練を欠かさなかった。
気づけばイークとの再戦が叶わないまま『剣聖』と呼ばれるようになり、騎士団の団長を勤め上げ、隠居していた。
「今思えば、私はイークに恋をしていたのかしらね」
「おばあさま?」
そんな独り言を膝の上でうたた寝をしていたはずの孫娘に聞かれてしまった。
ふふふ、とエリザリアは笑うと孫の頭を撫でると「しーっ」と人差し指を立ててみせた。
「今の独り言は黙っていてね。おじいさんが天国で嫉妬しちゃうから」
「? うん、わかった」
孫娘は祖母の独白の意味を追求したそうな気配を見せたが、それでも眠気が買ったのか欠伸を噛み締めると再び安楽椅子に座る祖母の膝に顔を埋めると寝息を立て始める。
子供の寝入りはとても早い。
自分も昔はどんな環境でも眠ることはできたが、それが遺伝でもしたのだろうか?
目元は息子の嫁に似てるし、長いけど少し茶色でクセ毛な所はおじいさんに似てる気がする。鳶色の目はたぶん――――私だろうか? 笑うと笑窪ができるところは息子そっくりだ。
やや勝ち気で「わたしもケンセーになるの!」と庭で棒を振り回して剣術を指南役から習っている姿は自分の若い頃に似ている気がする。
「―――貴方はどんな人と出会い、どんな好敵手と戦い、どんな男の子を好きになるのかしらね」
エリザリアはそう言って孫の頭に手を置いて少しだけ笑うと、そっと目を閉じる。
懐かしくも鮮烈な戦場の記憶を思い出しながら少しだけエリザリアは眠ることにした。
「――――エリザリア・アスコーネ」
その日の晩。
夕食を家族と共に摂り、床についたエリザリアだったが名前を呼ばれた気がして目が覚めたのは深夜の2時を少し回った頃だろうか。
ゆっくりと目を開く。
剣聖エリザリア・アルコーネ。
元リーゼンバルク皇国騎士団団長。
老いてなおその剣の冴えは皇国で並ぶ者はいないとされるエリザリアにして、その者の気配に気づくのに僅かな時間が必要だった。
刺客かもしれない、と思ったエリザリアだったが既に表舞台から身を引き、老いたこの身に刺客を差し向ける必要などあるまい、と思い直して苦笑が浮かぶ。
「こんな夜更けに何者ですか?」
見れば部屋の窓が開いており、春の夜風にカーテンが揺れている。
流石にこの年になると春の夜風でも寒いのだけど、と思いながらエリザリアはベッドから立ち上がるとベッド脇の剣を手にする。
刺客を差し向けられる必要性は無いだろう、というのはあくまでエリザリア自身の所感であり、思いもよらぬ理由で刺客を差し向けられる可能性は捨てきれない。
常に不足な事態は起き、思いもよらぬことは日常のすぐ隣で息をしている。
それでも、
「久しぶり。エリザリア・アスコーネ」
「――――貴方は」
思いもよらない出来事が目の前で起きていた。
覚悟をしていたはずなのに、いざ実際に目の前で起きた『想定外』にエリザリアの頭は真っ白になる。
そこに、イーク・ハロットが立っていた。
最後に戦場で会った頃と変わらない出で立ち。
黒い髪に青い瞳を持つ男。
流石に服装などは変わってはいたが。
「――――本当に、イーク・ハロット?」
そう、エリザリアが疑いたくなるほどの変化はイーク・ハロットの表情にあった。
常に鉄面皮もかくやという無表情だったが男が微笑を浮かべていたのだ。
声音も柔らかく、エリザリアの言葉を受けて苦笑を浮かべる様も実に『人間臭い』。
「その名以外だと自認した覚えは無いな」
「堅苦しい言い方は相変わらずね」
「――――これでも、少しは人間を勉強したのだが」
頬を掻くイークにエリザリアは微苦笑を浮かべる。
「本当に懐かしい。ホムンクルスの平均活動年数はとうに過ぎているはずだけど?」
「それは、核のせいだな。なんの魔物の核を使って作られたかによって人造兵士の活動年数にはばらつきがある」
確かに、未だに稼働状態の人造兵を目にした事が無いわけでは無い。
だがそれらもそのほとんどが休眠状態であったり、凍結保存状態であったり、研究室の中だけであったりする。
こうして人間らしく動いてる様を見たのは初めてだ。
「貴方の他にもそんな人造兵が?」
「どうだろう。詳しくはわからないが、いないことは無いみたいだ」
だとしたら、イークにも仲間がいるのだろうか?
そんな事を考えながらエリザリアは、
――――剣を抜く。
「――――そこでなぜ剣を抜く!?」
「あら、最後の約束は「お前をいつか殺してやる」だったはずよ?」
「――――また、嬉しそうな顔で剣を構えるな!?」
「あらやだ。私もまだまだ血気盛んのようね? それでは、あの時果たせなかった決着を――――ッ!」
屋敷に不法侵入したのは確かに剣を抜かれてもおかしくない事柄だ、と理解したイークはすぐさま徒手空拳のまま構えを取る。
剣を構えなかったことに不満を覚えたエリザリアだったが「ま、それも良し」と考え直し踏み込む。
その踏込みは戦場にて立ち会った事のあるイークにして舌を巻くほどの技量と体捌きによって生み出された縮地法である。
確かに10代の頃のエリザリアからすれば確実に格の違いを感じさせる動きにして、往年の彼女からすれば既に老いて動きに切れが無くなった動き。
それでも、一般的な兵士や騎士、剣術家からすれば目を見張るほどの技量である事は確かである。
そして、そこから繰り出される一閃。
まるで暗闇を切り裂くかのように振るわれた銀閃は鋭くイークの首を狙う。
それを――――、
「その年だ。無理をするものじゃない」
「――――流石に素手で受け止められるのは傷つくわね?」
両手で剣を挟み込んで止めたイークは冷や汗を流しながら言うと、それを見たエリザリアは溜息と共にあっさりと剣を引いた。
あまりにあっさりと剣を引いたのでやや意外に思ったイークだったが、エリザリアはエリザリアで「流石に腰にくるわ〜」と言いながら腰を擦って笑う。
「なんで私が現役の頃に会いに来なかったのかしら? さては逃げたわねイーク」
「つい最近まで眠っていたんだ。勘弁してほしい」
「そう」と、エリザリアは笑うと剣を収めてベッドに腰かける。
ただの一振りだったはずなのに驚くほど乱れた息を整える。
流石に年も年か。年を取りすぎた。
「悔しいわね。全盛期の私なら貴方を斬れたのに」
「――――斬れるか、斬れないか、しかないのか君は」
「当然じゃない。貴方と私の関係はそういうものでしょ?」
それも一方的な物ではあったのだけど。
「それで、どうして今更会いに来たの? イーク」
「君は俺を殺すのだろう?」
「ええ、そのつもりだったけどもう無理ね。もう年だわ」
「目が覚めた時、時の流れを知って真っ先に『思い出した』からな」
「なにを?」
「――――君が俺を許していない、ということを」
は? とエリザリアの目が点になる。
あの日戦場で「覚えていない」と言い放った相手に許されていないからどうだと言うのか。
あまりに突拍子の無いイークの言葉にエリザリアが怪訝に思っていると、少しだけ気まずそうな顔をしたイークは頬を掻いた後苦笑いを浮かべた。
「誰かに「許されない」、という事が初めてだったのでどうしたら「許されるのか」わからないんだ」
「――――? どういうこと?」
「――――俺をイークと呼んでくれた初めての人間は君だったから、できれば和解をしたいと思って会いに来た」
「――――・・・・・・」
あまりの発言にエリザリアは目が点になる。
つまり、なんだ。
目の前の人型兵器様は自分の名前を憶えてくれた人間に会いに来た、というのか。
どうやら「許さない」と言われたので「許してほしい」と思って?
――――子供か!?
――――純粋か!?
「――――そうね、うん、わかった。うん、なんかどうしようもなく貴方が『生まれて間もない存在』と言う事を思い出したわ」
「? 確かに活動年数で言えば6年に満たない筈。外見年齢は成長期を終えた後の男性を模倣して造られているが。それがなにか問題あるのか?」
そうか。
今まで考えた事が無かったが、あの戦争で初めて作り出された人造兵士達は精神的な年齢が幼かったのか。
そして、戦後すぐに眠ったらしい目の前の彼もまた精神的に成長していない。
幾らかは成長したようだが、戦時中の戦場でああまで他人の心情などに無頓着な素振りがあったのはその為か。
「――――そうね、貴方を許してあげない事も無いわよ?」
「そうか。それは有り難い。どうすればいい?」
「――――そうねぇ」
エリザリアは天井を見上げて少しだけ考える。
なにがいいかしら?
家に仕えなさいとか?
いや、なんかその想像をすると笑しか込み上げてこない。
もちろん、死になさい、とかは無しだ。
今更なんだかんだと恨んでいるわけでは無い。
恨まないと会う理由が無くなってしまうから恨んでいた、許していなかったことを思い出す。
すでにこの老婆の為に何かをしてほしいなどと無いに等しい。
それでも何かを頼まねば今度はこのイークが困るだろう。
幾らか時間を使って考えた末、
「そうね、それじゃあこういうのはどうかしら?」
名案を思いついたわ、という風に指を1本立ててみせた。
数年後。
しとしとと雨が降る中で葬儀は行われた。
「天に座します神よ。
彼の魂に安寧を。
彼女は我々の支えであり、我々の師であり、我々の友であり、我々の家族であり、我々の姉妹であり兄弟でした。
どうか貴方の御傍に彼女を置いてください。
皆が愛した彼女を貴方もどうか愛してください。
彼女に安らかな眠りがありますように」
そう神父の祈りでエリザリア・アスコーネの葬儀は執り行われた。
雨の中、祖母の墓前に立ち尽くする少女に誰もが声を掛けようとして、思い留まる。
瞳から涙を流すまいと必死に歯を食いしばり、それでも足りないのか血がにじむほど手を握り締めている。
少しだけ背中を押してしまえば、泣いてしまいそうなその姿。
それでも必死に涙すまいと耐える少女の姿は他者の干渉を拒絶していた。
「こういう時こそご家族が――――」
「先立っての魔物の大量発生を受けて西に派兵されているらしい。『剣匠』もお忙しいらしい」
「すぐにはお戻りにならないのだろう?」
「早馬で戻ってきたとしても一週間はかかるだろう」
そんなひそひそと声を交わすエリザリアの教え子達。
皆、それぞれが大成し軍の将校や戦士、冒険者として身を立てているが師匠の孫娘に声を掛ける事に躊躇う。
中には国の重役を務める友人らもいたのだが、首を振って自らの馬車に戻っていく。
エリザリアの孫娘、リルロッテ・アスコーネは若かりし頃のエリザリアとよく似て頑固者。類まれなる剣術の才能を発揮している娘として知られている。
何を言っても本人が満足するまで断固として動かないだろう。
やがて1人、2人、と人が減った頃。
そんなリルロッテへと近づく青年が1人。
黒髪に青い瞳をした青年。
何の気負いもなく、軽い足取りでリルロッテに近づき――――、
「エリザリア。会いに来たよ」
リルロッテを無視してエリザリアの墓前に手を合わせた。
話しかけないのかよ! と残った数人の参列者は思ったが、彼の行動それ自体はやや空気を読まない行動だとは思うが葬儀に参列する者として逸脱している物ではない。
隣でキッと睨みつけてくるリルロッテの視線に耐えられるのならば、だが。
「君が亡くなったと聞いて驚いたよ。あのまま君は人間を超えるんじゃないかと淡い希望を抱いたりもしたのだけ―――「えいっ!」どっ!?」
リルロッテに睨みつけられたまま我関せずと墓前に手を合わせていた青年をリルロッテが遠慮なく蹴ったのだ。
濡れた墓場の地面に男の顔面が突き刺さるほど思いっきりに。
それを目撃した参列者たちは「さ、そろそろ戻ろうか」と自分達に飛び火してはたまらんと退散し始める者が出始める。
「い、いきなり何を――――ッ!」
「青い瞳に黒い髪!」
リルロッテは叫ぶなり地面に顔面を突き刺して泥だらけになった男の顔を両手で挟み込むとその顔をまじまじと観察する。
「それが何か?」
「イーク・ハロットで間違いない?」
「――――ソウデスガ」
「おばあ様との約束を守りに来た! 違う!?」
「――――ソウデスガ」
「だったら早くして! これ見よがしに昔からの知り合いです、みたいなアピールとかいらないから!」
「――――人間のお墓参りはこういう物だって聞いたんだが!?」
ぎゃあぎゃあと騒ぎだすリルロッテとイーク。
傍から見ればいきなり喧嘩をしだした。それも懸念通りリルロッテに近づいてやられたイークと名乗る青年に哀れみの視線を向ける方が多い。
そんなイークの胸倉を掴み、正面から睨みつけたリルロッテの顔を見てイークはハッとした顔になる。
この表情は亡きエリザリアと戦場で分かれた最後の時を思い起こさせた。
なるほど、この子はエリザリアの血筋だ。勝ち気で相手と正面からぶつかる事しか知らない。
「おばあ様が今まで一度も勝ったことが無い男イーク・ハロット! 私を貴方より強くしなさい!」
「「私が死んだ後、孫娘の願いを聞いてあげてくれ」と言われたのは確かに覚えているが」
「奇遇ね! 私も「私が死んだらイークと言う男が会いに来るから何でも無茶難題を言いなさい」と言われているわ! それと「あ、ちなみに私でもイークに勝った事ないわよ? イークより強くなったら剣聖になれるんじゃないかしらー」とも!」」
「何言ってんのエリザリア!?」
ともかく! とリルロッテはイークの胸倉から手を離すと腰に両手をやって尻もちをついてるイークを見下ろして快活に笑ってみせた。
「私を強くして! とりあえず私と試合ね試合! 正直貴方がおばあ様より強いとか信じられないし!」
不思議な事に、そういってリルロッテが言うと同時にしとしとと降り続けていた雨は晴れ間を覗かせ、暗雲がゆっくりと割れて太陽の光を墓地に降らせたのだった。
その光景を目の当たりにしたイークはその表情と性格に「エリザリアともっと早く再会していればこんな事があったのかもしれない」と想像させるには十分であり、思わず笑みが零れた。
「よろしく、リルロッテ」
「よろしく、イーク! リルで良いわよ!」
リルロッテが差し出した手をイークは握り返したのだった。