表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
38/51

◇誇り高き狼




 ほんの少しだけ端の欠けた月、沈んでいく時間。

 パティナは森の中を散歩していた。迫ってくる夜を待ちながら、虫の声と木々の囁きだけを聞いて。

 人の姿よりもずっと身動きがとりやすいから、動く時は決まって狼の姿だった。この狼の姿なら、音や色を過敏に感じ取れる。この美しい世界をより鮮明に聞き分け、そしてその肌で触れることが出来る。



 パティナは、ロクトのことを考えていた。

 独りを選んだのに他人と関わってよいのか、その相手が人間に近い人狼でよいのか――今まで抱いていたそんな迷いはもうどこにもなかった。

 頭の中にあるのは――。


「まさか」


 パティナは笑った。夜の闇の中で、月明かりの下で。




 ふと、パティナは顔をあげた。


「……!」


 もともと、今存在していたのは、所詮、仮初の平穏だった。

 狩人たちが街の人間を騙したおかげで、しばらく平和でいられた。だが一時の嘘のメッキは、時を経れば、いずれ剥がれてしまう。

 人間の街の近くに住む以上、これは逃れられないこと。ここに住むと決めた時に、知っていたこと。

 本当のことを思う。

 なぜ人間の街の近くに住んだのかと問われれば、本当は「自分を消して欲しかったから」と答えるつもりでいたのかもしれない。「すべてを誰かに終わらせて欲しかったから」、と。

 この森に運命めいたものを感じたのは本当だ。でもここに住むことを選んだとき、既にパティナは、疲れていた。人狼であることの誇りと、生きることの辛さが、自身の中で拮抗していた。

 そして長く短い人生の中で徹底的に打ちのめされた精神は、あの故郷の家族や友人たちのように、その身を無惨に引き裂かれることを、無意識に望み始めていたのかもしれない。

 ただでは死なないと、侵入してきた人間と争って抵抗して。いつか自分を殺してくれる相手が現れることを祈りながら、一年の時が経った。

 そんな時に、彼と、ロクトと、出会った。



 今はもう、死を望んではいなかった。生きたい、そう強く願っていた。

だからもうそろそろ、ケリを付ける頃なのだ。



 パティナは笑った。

 今、この森に人間が、入り込んだ。

 それも、大量に。今までの侵入者たちのようにばらばらではなく、まとまってやって来たらしい。

 蠢いて、揺れて、確かに、ゆっくりと、確実に、こちらへ近付いている。

 狩人たちの嘘は、とっくの昔に効力を失っていたのだろう。人間たちは、力を蓄えていたのだ。結託して、襲いかかってくる。

 パティナは笑った。渇いた笑みだった。



 危険はすぐそばまで迫っている。

 身の毛のよだつ危険だ。もしかすると、これまでで一番の危険かもしれない。

 押し寄せてくる悪意、敵意、殺意。

 身震いした。

 死ぬつもりはなかった。でも、逃げるつもりもなかった。



 パティナは、走り出した。

 誇り高い、狼の姿で。




短め。あとは、物語が転がるだけなのでした。

次回ロクト編「救行」は、明日公開です。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ