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◇私と人狼の話




 パティナが決意を固めたその日に、洞穴の前に彼は姿を現した。

 洞穴の入口から彼の声が聞こえたとき、パティナはすぐさま立ち上がり、そして息をついた。ただ、安心感がそこにあった。

 心構えは出来ている。

 入口に立った彼の顔を見ると、彼もまた何かを決断した瞳をしていた。パティナが拒絶した理由を、彼は知りたがっているようだった。

 釈明の機会が与えられた。パティナの心臓は、鼓動を強め、高く鳴った。


「ありがとう」


 第一声に、言いたかったことを、言いそびれたことを口に出す。


「それに、ごめん。悪かった」


 第二に、言わなければならないことを。目は逸らさなかった。

自分が思っていたよりもずっと素直に出た言葉に、自分でも驚いた。

 ロクトはパティナの言葉に驚いたようだったが、すぐに言葉を飲み込んで、ただ黙って首を横に振り、それからにっこりと笑った。



 洞穴の中。自分がうなされている間中、彼がつきっきりでいてくれた空間。

 両腕を広げた分ぐらいの大きさの木のテーブル。テーブルに向かう三脚の丸椅子へ、座るように促す。

 ロクトは席に着く前に、自分の持ってきたテーブルの上に置いたカゴの蓋を開けると、その中から底の深い大きな皿を取り出した。

 何かのソースの濃厚な匂いが洞穴の内部に立ち込める。いい匂いだった。


「作ってきたんだ」


 ロクトは口を緩め、恥ずかしそうに言った。

 机の上に置かれた料理は、ソテーした皮付きの鶏肉の上に、どろっとした赤いソースがふんだんにかけられた、見るだけで食欲をそそるシンプルな一品だった。多分、匂いからしてトマトのソースだろう。申し訳程度に乗せられた小さな緑は、彩りを意識した飾りだろう。

 この前のスープと魚もよかったが、パティナはやはり肉が好きだった。彼も、それを理解してこの料理を作ってきたのだろう。


「美味しそうだ」

「うん」


 料理をテーブルに乗せた後、ロクトはカゴを足元に置いた。それを見て、前回はあって今回ないものの存在を思い出す。 


「今日は、スプーンはないのか」


 真面目な顔で尋ねたのが、可笑しかったらしい。ロクトは笑って答えた。


「手掴みもいいでしょ」


 こんな料理だから手は汚れるけどね。そう言いながら、ロクトはハンドタオルを取り出した。


「……そうか」


 パティナは微笑んで、席に着いた。



 二人の席は、向かい合って。

 鳥の鳴き声が聞こえる。森のざわめきが聞こえる。静寂を守っていた森が、にわかに目を覚ます。

 すべてを話す時が、そこに来ていた。

 ロクトにも、全てを聞く覚悟が出来ているようだった。


「どこから話すべきか」


 自分の話をするのは慣れない。ましてや、これまで冷たく当たっていた相手に、自分の過去を話すなんて。だが、もう彼を突き放したりはしない。彼は、ロクトは、ロクトだ。

 真に信じられる相手を拒絶するのは、愚かだった。たった一つの事柄だけを見て、正しくないと糾弾するのは間違っている。

 表面では信じたつもりになっていても、自分の中の自分は、ずっと彼のことを信じられていなかった。でも、ようやく気付くことが出来た。

 ロクトは机の上に手を乗せて、話が始まるのを待っていた。自分よりも彼の方が、よっぽど緊張しているように見えた。

 パティナは口を開いた。


「それほど昔の話ではないんだ」


 自分の過去に起こった、自分の身に起きた、人狼の話。

 その全てを、彼に。




続きます。

次話パティナ編「私の過去・前」は続けて公開中です。

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