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◇郵便屋再び

またお前か。





「あっ!お手紙書かれたんですか」


 お嬢様きっとお喜びになりますよ。手紙を受け取ってニコニコ笑うリサキを尻目に、洞穴の壁にもたれていたパティナは、手元を見ながら目を細めた。今はロクトから受け取った釣り針とウキを、愛用の釣竿に取り付ける作業中だ。

 釣り針を無くす原因になった手作りのウキは、何度か使ってから外してしまった。気に入ったものだったが、確かにもう古かったし、また尖った部分で糸を切って、針を無くしてしまっては元も子もない。

 作業を進めている最中、突然ガツンと殴られるような頭痛がした。こめかみの辺りにズキズキ響く頭痛に、眉根を寄せて痛みに耐える。手で軽くこめかみを抑えていると、次第に痛みが引いてきた。ここ最近、似たような頭痛が続いている。最近ストレスを感じることが多かったから、頭痛の原因は きっとそれだろう。気を取り直して、手を動かす。

 釣り糸の一部がもつれている。うんざりして、ため息が出る。


「どうですか、最近?」


 受け取った手紙を自前のポシェットに丁寧にしまい、顔を上げたリサキが尋ねる。作業に集中するパティナを眺めながら、リサキは洞穴の近くに転がる枕ほどの大きさの石の上に、ちょこんと腰掛けた。

 絡まった糸を解こうと動かしていた手を止めた。


「……狩人が森に来たな。二人。いや、三人か」

「ええーっ!」


 大袈裟に驚いてみせる郵便屋の声を聞いて、呆れたような笑いが浮かぶ。


「どうやって追い払ったんですか? 怪我はしてないんですか?」


 石の上から立ち上がりそうな勢いで、尋ねてくるリサキを一瞥する。どうやら本当に驚いているらしい。

 だが、それもそのはずだ。生き物を狩るプロである狩人。その厄介さや恐ろしさは、各地を転々と移動するリサキもよく知っているはずだ。前に、一度狩人に狙われたことがあった、と言っていたこともあっただろう。


「……狩人を三人も相手にして、よくお一人で追い払えましたね!」

「……」

「……あれ?」


 作業再開。リサキはパティナの反応が無いことに、気の抜けた声を出してクエスチョンマークを浮かべている。

 パティナは口をむっと閉ざして、絡まった糸を弛ませる作業を続けた。

 リサキに、ロクトのことを伝えるのは、やはり気が引けた。普通の人狼が協力相手なのならともかく、協力者が人間の街に住む人狼となると、どうも話す気になれない。

 もし話せばきっとリサキのことだ、「変わり者同士のコンビネーションですね」だとか、「変わり者同士で結束すればパワーは増し増しですね」だとか、どう考えても不要なことを言われるに決まっている。

 怪訝な顔をするリサキを無視して、涼しい顔で自分に不都合のない方向へと会話の軌道修正を図る。


「狩人達を脅して、奴らには私を殺したと伝えるようにした。これであの街の人間どもは私が死んだと信じるはずだ」

「ホントですか! じゃあパティナさん狙いの人間は、ここにやってこないってことですか」

「しばらくは安全だろうな」


 お嬢様もお喜びになられますね、しみじみと言うリサキの言葉を聞いて、「お嬢様」ことシャナルルのことが、ふと気にかかった。

 リサキは手紙の集配と配達のために、シャナルルの家であるインファイ家邸宅にも寄る。パティナがリサキと出会ったのは、インファイ家に転がり込んでいた時のことで、シャナルルとパティナ、それとリサキは、共通の知り合い兼友人でもある。パティナがインファイ家を去った今、リサキだけがシャナルルの様子を知れる人物でもある。


「あの子は、元気にしているか?」


 シャナルルは箱入り娘のお嬢様で、融通の効かないわがままなところはあるものの、同年代の子どもと比べれば、ずっと賢い子だ。妙に人の気持ちを見透かすのが上手くて、まだ子どもながら、心労が多い子だった。

 大事に育てられてきて、大事にされるあまり、友人を作ることを許されなかったシャナルル。彼女と出会ったのも、随分昔のことに思える。パティナがインファイ家を離れなければならなってから、手紙のやり取りこそあるものの、しばらくの間顔を見ていない。

 一人で頑張る彼女のことが、ふと心配になることがある。手紙でそれを聞くのは、なんだか恥ずかしくて、パティナはこうして、彼女の様子をリサキによく尋ねていた。


「相変わらず、といった調子ですよぉ」


 リサキはのんびり笑った。


「でも最近、またわがままが強くなってきたかもしれません。きっとそろそろ『パティにどうしても会いたい』って言い出す頃でしょうねぇ。……でも、元気でいらっしゃいますよ」


 心配しなくても大丈夫ですよ、普段はいい加減なリサキでも、そういった言葉を聞けば、安心することが出来た。

 シャナルル、彼女は何も悪くないのに、彼女を一人置いてきぼりにしてしまったことを思うと、胸が苦しくなる。いつだって、そのことは後悔していたし、仕方がないと思っていた。


「それと、パティナさんの返事が遅いって、いつもプリプリしてらっしゃいますね!」

「……そうか」


 手紙にはパティナの返事が遅いことを、《怒ってない》と書いていた記憶があるが、どうやらやはり怒っているらしい。遅くはなったが、返事を書いておいてよかった。

 やはりシャナルルの機嫌は、損ねない方がいい。あの子は笑っている方が、ずっとかわいい。パティナは妹分の笑顔を思い出し、こっそり笑った。



 あぐらをかいた膝の上に寝かした釣竿から伸びた釣り糸を、手先でじっくりいじっている途中、ふと足に違和感を覚えた。違和感の元を辿り、それに触れてみると、ふくらはぎの一部がぷっくらと腫れていた。虫刺れだろう。

 体を少し倒して傷跡を見てみると、見たことのないような赤い腫れ方をしていた。普段からリサキにもらった虫除けで対策はしているが、それでも虫に刺されることなど森で暮らす上では日常茶飯事だ。

 このような腫れ方をするのは初めてだが、長い間森に暮らしていても、知らないことはまだまだ多くあるということだろう。それに痛くも痒くもないから、気にはならない。


「どうかしましたぁ?」


 パティナが黙ってごそごそ動いているのに気付いて、リサキが間の伸びた声で尋ねてくる。


「別に。なんでもない。それよりも、ああ、そうだ……」


 明日には治る虫刺されよりも、もっと大切なことを思い出した。釣竿を壁にたてかけて立ち上がり、洞穴の奥へ入る。

 持ち出してきたのは狩人から取り上げた弩だ。もちろん矢は外してある。

 リサキはパティナの手に掴まれた獲物を見て、わぁと顔を輝かせた。石から立ち上がり、パティナに駆け寄る。


「ボウガンですか!」


 ボウガン、というのは弩の別称である。


「さっき言った狩人から取り上げたやつだ」


 弩を差し出すと、リサキはパティナの手からそれをするりと取り去って、一層目をキラキラ光らせた。そしてしげしげと弩を眺めながら、恍惚とした表情を浮かべ、ため息をついて弩を上下左右から観察している。

 その様子を眺めながら、パティナは得意げに腰に手を当てる。


「どうだ」

「……相当な上物ですよ……しかもこりゃまたマニアックなものを手に入れましたね……。人間社会に流通しているボウガンよりも、ずっと品質の高いやつですよコレ……うわ、彫り込まれた紋章も細かい……凄っ……」


 リサキは武器商人ではないし、武器職人でもない、言うなれば武器マニア。リサキ曰く、意匠の凝った武器は、見るだけで心を動かされるらしい。

 前に人間から奪った金の装飾の施された二叉槍を渡した時も、同じような反応だったし、その前の柄に宝石の埋め込まれたレイピアを渡した時の反応も凄かった。

 リサキにとって武器の見てくれの良し悪しは最も重要らしく、場合によっては性能や使い勝手も度外視して喜んだ。リサキが言うに、それは“浪漫”というものらしい。

 浪漫なるものの意味も価値も。パティナには到底理解出来そうもなかったが、渡した物で喜ばれることに悪い気はしない。


「じゃあ次回は交換を頼む」

「はぁい……もちろん……!」


 即答した声は随分浮ついている。声にこもった熱気は、目の前の弩に向けられたもののようだ。

 リサキの反応はともかく、とりあえず物々交換の申し入れは終了した。あとはリサキが次にやってきた時に、物々交換をするだけである。

 しかし、今回見せたのは弩だけだ。まだ隠し球の拳銃があると知ったら、リサキがどのような反応を示すかは、全く予想が出来ない。あまりテンションを高くされても疲れるので、今日は隠したままにしておく。図らずも次回はリサキへのサプライズになるが、いつも世話にはなっているし、たまにはこんなことも悪くないだろう。



 石の上に腰掛けながら、まじまじ弩を眺めながら感嘆の声を漏らす幼い瞳には、浪漫を追い求める熱がこもっていて、その熱はしばらく冷めそうにない。

 まだ帰ってもらえそうにないことを察して、自分も絡まった釣り糸を解く作業に戻ることにした。






次話、ロクト編「振舞え、ディナー」は、明後日投稿です。

続きます!

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