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言ノ葉協会事件簿帳  作者: 色彩和
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第五件 謎に迫る事件・前編

第五件 謎に迫る事件・前編




 テレビをのぞきこんだまま、誰一人動けず、また話すこともなかった。衝撃的なニュースが急に入ってきたということをいまだに実感できない。皆ただただ静かに映し出される映像を眺めているだけ。

 その状態でどれだけの時間が経過したのだろうか。急に、梶都が手の平を一度だけパンッと叩いた。その音に全員が我に返る。そのまま彼女に視線を向けた。一斉に視線を受けてもなお、微動だにしない梶都は手を下ろしながら皆を見る。

「とにかく、この状況を飲み込もうが飲み込まなかろうが、現状は変わらない。俺たちは今まで自分を信じて仕事をこなしてきた。それに嘘や偽りはない。そんなに不安そうな顔をしなくてもいい。俺たちが今やるべきことは、冷静でいること、そして屋城に確認してもらうことだ。立ち止まっていても、不安そうな顔をしていても、誰も助けてくれない。今は、協力してこの状況を打破することに専念しよう」

 梶都の声は食堂によく響いた。凛とした声が、真っ白だった頭をクリアにしていく。蒼月も紅日も我に返って、強く頷いた。

 そうだ、俺たちが今梶都さんのように引っ張らなければ……。トップに立つ者として、状況を判断して指示を出せるように──。

 蒼月も紅日も、梶都を見習って声をかける。

「そうだ、俺たちは何も間違ったことをしていない! 今までだって、『政府公認だ』って言われてたから仕事をしていたんだ。胸を張ってそこは言える!」

「ああ、皆が不安になるようなことは何もない。冷静に状況を分析して、今行えることを行おう。足を止めてはいけない。俺たちは、政府公認の組織、『言ノ葉協会』だ!」

 二人の言葉に、次々と立ち直っていく仲間たち。その様子を見て、梶都は安堵のため息をついた。やっと全員で盛り上がれるようになってきたころ、梶都は仲間の一人に尋ねる。

「それで、その肝心の屋城はどこに行ったんだ?」

「屋城さんなら、たぶん部屋に──」

「皆、無事だね!?」

 その時、食堂に屋城が走って入ってきた。どうやら、彼もニュースの概要を知ったらしい。全員が屋城の名前を口々に呼ぶ。指令を待っている皆に向かって、屋城は頷いた。

「とりあえず、政府に確認しに行くよ。嫌な予感がするんだ……。君たちは仕事はキャンセルして、ここで待機。絶対に外に出ないこと、最低でも僕が帰ってくるまでは。分かったね」

「はい」

 全員の返事が綺麗に揃って、食堂に響いた。屋城はそれを見届けるとすぐに協会を飛び出していった。梶都は屋城を呼び止めたが、綺麗に無視をされてしまい、若干の怒りを感じる。指示は確かに出していったが、屋城一人で政府に乗り込んでいいものなのか、今不安になっている。

 胸騒ぎがするな……。何も起こらなければいいが……。

 梶都はその思いを、首を横に振って振り落とす。今は──。

 屋城不在の今は、俺がしっかりしなければいけないんだ。弱気になるな。

 梶都はそう言い聞かせ、蒼月と紅日に声をかける。

「蒼月、紅日、協力してくれ。少し調べたいことがある」

「いいですよ、任せてください!」

「はい」

「僕も、やりたい」

 二人が答えた時、紅日の背中から声がした。紅日の右肩から顔をのぞかせたのは、先程三人を呼びに来てくれた最年少の佳露。どうやらあの後、ずっと紅日の背中にしがみついていたらしい。紅日もすっかり忘れていたらしく、少年の名前を驚いた声で呼んだ。

 ストッと、静かに紅日の背中から下りた佳露は、梶都を見上げて続ける。

「僕も、何かしたい。こんなことになって、驚いたけど、それでも、見ているだけなんてやだ」

「佳露、お前が行えることだと思うのか」

 梶都の低い声に思わず、蒼月と紅日の二人がごくりと息をのむ。そんな圧をかけてくる梶都に負けじと、佳露は彼女をじっと見つめたまま頷いた。

「手伝いはできると思う。それに、協力して、でしょ?」

 佳露は首を傾げて、梶都に問いかけた。じっと見つめたまま数秒誰も何も言わなかったが、梶都がポスッと佳露の頭に手を置いた。

「……分かった。頼りにしているぞ、佳露」

「……! うん」

 こくりと元気に頷いた佳露を見て、梶都も口元が緩む。ほんわかした空気が流れたところで、四人は行動を移す前に打ち合わせをするため、図書室へ移動するのだった。



「それで、気になることってなんですか、梶都さん」

 図書室の窓際の席に全員が着席したところで、すぐに蒼月が疑問をぶつける。梶都は頷いて、全員を見てから言った。

「政府のことだ。なぜ急に『公認などしていない』と言うのか、そこが一番気になってな」

「確かに、また急ですよね。しかも、彼らは確か屋城さんに書面を出しているはず。それを急に無効にできるわけでもない。屋城さんも出向くときにそれを持って行っているはずでしょうし」

 そう、言ノ葉協会が設立する頃、屋城は政府から書状を貰っている。それは協会のメンバーが全員知っていることだった。屋城の部屋に飾っているので、仕事を言い渡されるときは、必ず確認できるものであった。その書状にはこう書かれていた。「言ノ葉協会を政府は公認組織として認める」。その言葉が綴られるとともに、政府の上役の人間の署名もきっちり入っている。日付も記載されているため、それをなかったことにはできないはずだ。

 だが、今それを無効にしようとしている。何かがあったとしか、思えない。しかも、なぜ今になって──。

「不思議ですよね、そのことを政府の人間が忘れているとも思えないし。何があったのか、って考えても原因か、ヒントになるものがないと埒が明かないですよね……」

 紅日も佳露の頭を撫でながら、不思議そうに言う。佳露はされるがままの状態で、こくりと頷いた。皆が言っていることをよく聞き理解して、自分にできることを探しているのだろう。頼りになる最年少だ。佳露なりに何か考えているところもあると思うが、考えがまとまっていないのか何も言わない。

「何か探していたら分かるはずだ。だが、皆の不安をこれ以上煽るようなことはしたくない。今冷静でいられる俺たちでこの状況を打破できるように尽くす、いいな?」

 梶都の言葉に三人は頷いた。それに対して、彼女はフッと笑う。四人が意志を固めた時だった。急に佳露が思い出そうと考えているのを蒼月は見落とさなかった。

「佳露、どうかしたのか」

「……もしかしたら、政府の中で何かが起こっているのかも、と思って」

 蒼月が尋ねれば、佳露はおずおずと話し出した。その言葉に三人はハッとする。単純に考えればそんなことはすぐに思い当たるはずなのに、焦りからなのか見落としていた。佳露は小さく肩を竦め、顔を俯かせた。

「ごめん、こんな想像でしか意見が言えなくて」

「いや、大したもんだ。俺たちが見落としていたものを瞬時に見つけたんだからな、自信を持っていい」

 梶都はそう言って少年の頭を撫でた。佳露は嬉しそうにされるがままにされていた。

「冷静でいると思っていたが、そうでもないようだな。我ながら呆れてしまうな」

「いえ、俺たちもそうですから。佳露が一番冷静だったみたいですね」

 彼女の言葉に蒼月は頷きながらも、頼りになる最年少を見つめる。紅日が思いっきり佳露を甘やかしているのを見て、この状況だというのに和んでしまう。とはいえ、いつまでもこのままではいられない。

 蒼月は腕を組み、一つ息をはいた。

 もし、佳露が言ったことが本当だとすれば、厄介だな。俺たちの味方がいなくなるも同然だ。それにしても、政府の中で何かが起こるとしたら、一体何が──。

 考えても仕方がないのは分かっていても、次々と疑問が湧いてくる。少しでも何か考えておかないと嫌なことを考えてしまいそうな気もして、余計に頭を動かした。その時、ふと気がつく。

「そうだ、狼さんと鴉夜さん」

 ぽつりと呟くようにして放たれた言葉は、しっかり梶都たちに聞こえていたようだ。真っ先に紅日が反応する。

「あ、そうだよ! あの二人はどうなるんだ、大丈夫なのか?」

 紅日の横では、すでに梶都がスマートフォンを操作している。完全に忘れていたが、あの二人だって立場が危ない可能性がある。何と言っても、今問題にされている自分たちと一番かかわってきたのは、彼らなのだから。梶都は電話帳に登録されている鴉夜の電話番号を押した。すぐに耳に当てれば、コール音が聞こえてくる。三コール目に入ろうとした時に、鴉夜は電話に出た。

『もしもし、梶都さん?』

「ああ、鴉夜、お前大丈夫か? たぶん知ってはいると思うが」

『うん、その件でだいぶ今揉めているけど、こちらは大丈夫。今は狼が捕まっているけどね』

 囁くように会話している鴉夜の声を聞いて、大丈夫とは言っているが、いい状況ではないことを悟る。揉めているというのが、引っかかるが、それよりも。

「……狼は拘束されているのか?」

 梶都の電話に耳を傾けていた三人が、各々反応する。邪魔にならないように極力声を抑えているようだが、表情は引き締まるばかりだ。

 梶都の問いに、鴉夜は「いいや」と返す。

『今は話を聞かれているだけ。狼は役職もあるし、立場のこともあるからね。とりあえず、僕らの身柄は大丈夫だと思ってくれていい。ただ、君たちとは今後はなかなか連絡できないと思う。本当は手助けがしたいんだけど……』

「いや、構わない。お前たちが危険な目に遭うよりは断然いい。忙しい時に悪かったな、鴉夜。気をつけろよ」

『ありがとう。君たちの無事を祈っているよ。じゃあ、怪しまれると困るから、切るね』

 鴉夜の言葉の後、すぐに電話は切れた。三人が心配そうに向ける視線を受け止め、梶都はフッと笑って見せた。

「大丈夫だ。狼は拘束されていないらしい、ただ話は聞かれているようで、身柄も大丈夫そうだ。だが、彼らの協力は期待できそうにない。これから監視でも付くのだろうな」

「確かに、その可能性は高いですね。やはり、自分たちでどうにかするしかないということか」

 蒼月の言葉に、静かに梶都は頷き、同意を示した。その時、佳露と紅日がコソコソと何かをしているのが分かる。二人は彼らに近づいた。よく見てみると、佳露が自分のスマートフォンを取り出して、何かを探していた。紅日が横で「へー」とか、「ほー」とか呟いているのが聞き取れた。近づいてから、「何をしているんだ?」と梶都が問いかけた。佳露は顔だけを動かして、振り向く。

「もう一つ、思い出したことがあったんだ。最近、皆ニュース見てた?」

 その問いに蒼月たちは全員首を横に振る。このところ、なんだかんだやってニュースを確認することなど忘れていた。それこそ、梶都はこの間まで任務に行っていたので、そんなとこまで気を回せていなかったのだ。佳露はそれを見て、「そっか」と呟いた。調べていたスマートフォンの画面を三人に見せる前に、違う問いを投げかける。

「この間のニュースで不思議なことが起こっていたんだ。何だと思う?」

 その問いに皆予想がつかず、首を傾げるばかり。佳露はそこでついに画面を三人に見せた。そして、衝撃的な言葉が少年の口から飛び出してきた。

「政府の上役が全員変わったんだよ、それも前任が全員自主退職したって話だよ」

「なっ!?」

 全員驚きを隠せずに息をのんだ。少年が見せた画面には、一つの動画があった。そのニュースをキャスターが告げている動画だ。しかもその動画は──。

「速報で告げている……!」

「そう、それもおかしな話だよね。本当にそんなことが起こるのか、ってこの日はネットで話題になっていた。そして、決定的なことは、今回就いた全員の顔が表に公表されていないこと」

 佳露はそれを告げた時、目を細めた。何か確信があるのだろう。三人は動画をすべて見終わると、佳露は画面を自分に戻して、さらに調べる。次に出されたのはほかのニュースの画像。それにも、上役になったという人物の写真は掲載されていない。

「写真もだけど、名前も公表されていないっておかしいよね。政府の人間が誰か分からない、なんてこの世の誰が簡単に信じるの、ってなる。その話がネットで話題になった。けど、次の日になったらどうなったと思う? そんなことを言っていた人は誰一人いなかった、そして前日に掲載されていたものはすべて削除されていた。そこまで来たら、怪しいと思って当然だよね」

 佳露はそこで一度口を閉じた。佳露が淡々と話した内容は、三人に大きな衝撃を与えた。物事はとっくの前から動いていたのだ。それを自分たちは感じ取れていなかっただけだったのだ。そんな前から起こっていたのに、なぜ気がつかなかったのかと自分たちを責める。

 もし、佳露よりも早くに気がついていたのなら、もっと早くに行動を起こせたはずだったのに……!

「……ごめん、気がついたときに蒼兄と紅兄には話しておきたかったのに、その時仕事でいなかったから帰ってきたらすぐに話そうと思っていたんだ。けど、ずっと忘れてた……。せっかく気がついたのに、ごめん。もっと早くに対処できたよね……」

 佳露はしょぼんとした。自分がせっかく気がついたのに、誰かに話さずに忘れていたことへ怒りを感じていた。そして、申し訳ないと思うのと同時に、ひどく後悔した。

 あの時は、まだ蒼兄と紅兄以外に話したところで信用してもらえないと思っていたから、誰にも話せなかった。けど、こんなことになるくらいなら、誰かに話しておけばよかった……。屋城さんだっていたのに、なんでもっと協会の人たちを信用しなかったんだろう……!

 佳露はぎゅっと膝の上に置いた手をきつく握りしめた。視界が滲んできた時に、紅日がぎゅっと抱きしめてくれる。

「ごめんな、佳露。俺たち何も気がついていなかった、背負わせてごめんな」

「少し、平和というものに慣れすぎていたのかもしれないな。こういう状況になることだって、ないとは言い切れない。現に今最悪の状況に陥っているわけだしな」

「ニュースは見なければいけないですね、状況を把握するためにも」

 梶都が考え直す中、蒼月も同意を示す。反省した二人は、苦笑して佳露の頭を交互に撫でる。

「俺たちよりよっぽど冷静だな。佳露、お前がいてくれて助かった」

「そうですね。佳露、ごめんな。お前が責任を感じることはないからな」

 二人の手が温かくて、佳露は思わず涙を流した。一筋流れた後、すぐに袖で拭く。それからこくりと頷く。その様子を見届けた後、「さて」と梶都は一つ手を叩いた。

「方向性が分かってきたな。これから行動に移すことにしよう」

 その言葉に三人は返事をした。その時。

 バタバタと慌ただしい音がして、バンと勢いよく扉が開け放たれる。協会のメンバーの一人が息を整えながら、四人の元に転がるように入ってきた。全員気を引き締める。先程の話はもちろん四人の内緒だ。

「梶都さん! 蒼月も紅日も、佳露もいたのか。よかった……。すみません、とにかく一度食堂へ来てください! さらに大変なことに──」

 その言葉を聞いて、梶都を筆頭に走り出す。先程同様扉を蹴飛ばして入れば、全員が不安そうな顔を向けた。またテレビを覗き込む。そして、息をのんだ。

「なっ、屋城!?」

 梶都の驚く声に全員がまた画面に釘付けになる。画面に映し出されていたのは、屋城だった。周囲を警察官が固め、報道陣を蹴散らしている。屋城は厳しい顔つきで映っていた。そして、全員の耳に届くキャスターの言葉に、また言葉を失う。

『速報です! 言ノ葉協会をまとめていたという、人物が連行されています! 彼はこの何年間、組織を作り上げ──』

「う、そだろ……」

「しかも、また速報だと……!」

 ぽつりと呟いた紅日の言葉の後、蒼月は悔し気に呟いた。苦々しい気持ちを押し殺す。

 完全に自分たちはハメられたのだ、と蒼月は悟った。それは梶都もすぐに思い至った。

 自分たちがニュースを見て慌てれば、その上の人物は直談判しに必ず赴く。それをすでにニュースを流した後に待ち伏せていれば、簡単に捕まえることができる──。

 やられた……! 俺たちが今動けばすぐに動かされている警察官に連行される。逆に、そのまま動かないにせよ、いずれは場所が分かって突撃されるし、世間の目もある。行動が完全に狭められている今、俺たちができることを探さねえと──。

 梶都は深呼吸した。考えていたことをまとめ、全員の顔を見る。不安そうな顔で自分を見つめる、何百という視線を受け止め、その中で告げる。

「屋城は取り返す。その前に、俺たちのこの場所がばれるのも、時間の問題だ。屋城が今あの状況なら、俺たちは動かないのが一番いいが、場所がばれれば完全に追い詰められる。今のうちに、動き始めるぞ」

「はい!」

 全員が返事をした後、最小限の荷物をまとめるように指示を出す。しばらくの間、ここには帰れないと思ったほうがいい。全員が動き始める中、蒼月と紅日、佳露は梶都に駆け寄った。三人もこの状況には冷静でいようと思うのが精一杯なのだろう。顔が曇っている。先程までの状況とは違うこの現状に、自分たちの頭が追い付いていないように見えた。

「梶都さん、移動するったって、どこに──」

「……実は、屋城にこっそり教えてもらっていた隠し扉がある。何かあったら、それを使えと言われていたんだ」

「!? そんなものが──」

「とにかく、お前たちも準備をしろ。移動できるなら早く移動しておきたい、今この間にも向こう側は動いているだろうしな」

 大声を上げそうになった三人に向かって口元に人差し指を当て、黙るように示す。その間に指示を出せば、三人とも頷いた後すぐに動いた。梶都はそれを見届け、自分も部屋に戻って荷物をまとめる。必要最低限のものだけを持って、食堂に戻り、まだ全員が動いている中食堂の壁を触り始める。隠し扉を探しているのだ。場所は確かに教えてもらっていたが、何せ一度教えてもらっただけだ。しかもだいぶ前に教えてもらっているものだから、記憶が曖昧だ。

 「食堂の前側、右奥にある壁沿い」、その言葉を頼りに探し始める。場所がばれると困るから目印は作っていないと聞いている。それが今は困るような、頼れるような……。

 だが、向こう側にはばれないだろうから、それはありがたいか……。

 梶都が扉を探していると、そこに蒼月と紅日、佳露が帰ってきた。おそらく、自分にばかり負担をかけないようにと、早めに帰ってきてくれたのだろう。

「梶都さん、何か手伝えることはありますか?」

「蒼月は食料を確保してくれ、日持ちがするものや食べやすいものを集めてくれ。運べるだけでいい。現金は使用するのを最低限にしたいからな、何人かで小分けにして運べるようにしておいてくれ」

 蒼月はそれを聞いて、すぐにキッチンへ駆けて行った。紅日と佳露には、隠し扉を一緒に探すように指示を出す。二人は梶都とは別の場所を各自調べ始める。最初は無言で調べていたが、紅日に「何か特徴はあるんですか?」と問われ、ふむと手を止めて思い出す。顎に軽く手を当て、考えていると、急に思い出したことがあった。

「それだ、紅日よくやった」

「へ?」

「壁の音だ。確か、そう分からないようだが、ほかの壁に比べて音が高いらしい。中が空洞になっているからだそうだ。そこを探せ」

 その言葉に二人は頷き、再度探し始める。梶都も止めていた手をまた動き始めた。その時、梶都が叩いた壁がいつもと違う音を出した。ほぼ変わらないその音は一瞬聞いただけでは聞き逃すだろうが、耳のいい梶都は聞き逃さなかった。

「これだ」

 梶都の声を聞いて、紅日と佳露が手を止め、手元を覗き込んでくる。梶都はこの近くに、ともう少し壁を触り始めた。すると、またもう一つ違う音がする壁を発見する。今度はいつもより低い音だ。これが必要になる。

 梶都はその場所をぐっと押した。すると、大人の掌サイズの正方形ができ、その部分だけ壁がへこむ。それに続いてゴゴゴッと音がしたと思うと、人一人分が余裕で通れる通路ができた。「おおっ」と横で紅日が声を上げ、声こそ上げないがきらきらと目を輝かせる佳露を交互に見る。思わず苦笑が漏れた。だが、これで抜け道は確保した。

 続けて蒼月も分けた食料を持ちながら、こちらに近づいてきていた。ほかの協会のメンバーも続々と食堂に集まりつつある。すぐにでも移動ができそうだった。

 食料はだいたい一週間はなんとか持つか、というレベルだった。あまり贅沢も言っていられないが、それでももう少し欲しかった。屋城に預けられていた地図を見る。そこには隠し扉の中が記されていた。

 屋城、しばらくは俺が預かる。だが、必ず戻って来いよ……!

 梶都は地図を握りしめた。クシャリと音がして、我に返る。思わず握りしめてしまったが、なんとかまだ地図は使えそうだった。

 全員が集まったのを確認して、梶都は自ら先頭に立ち、そのまま中へと入っていく。蒼月と紅日は最後尾を任されていた。逃げ遅れが出ないようにだ。

 順調に進んでおり、そろそろ最後に差し掛かろうとした時だ。勢いよく食堂の扉が開かれた。その音に全員が視線を向ける。そこに立っていたのは、警察官だった。

「何っ!?」

「おいおい、早すぎるだろ!」

 蒼月と紅日は目を見開いた。何十人、何百人の警察官がそこにいて、思わず声を上げる。もうすぐで全員が隠し通路に入れそうなときに、厄介である。大体にして、なぜそんな早くに自分たちの場所が分かったのだろうか。

「動くな、全員手を挙げろ!」

「逮捕状が出ている。大人しく──、がはっ!」

 警察官の声は途中で途切れた。何か違う人物が乱入したようだ。次々と警察官側から声が上がる。

「なんだ、急に……」

「今のうちに全員通路へ!」

 蒼月の言葉に慌てて全員通路へ入っていく。逆に出てきたのは梶都だ。

「どうした!」

「どうやら、嫌な予感が当たったようですよ」

 梶都は扉を一度閉めようかと考えた。しかし、今閉めれば開けるのに時間がかかることは目に見えている。そのまま立ち尽くし、視線を元に戻す。

「梶都さんは扉の前で皆を守ってください。ここは俺たちが引き止めます。佳露、お前も早く中へ」

「でも……」

「任せろ! そう簡単にやられないさ!」

 佳露は迷っていたが、こくりと頷くと通路へ急ぐ。梶都も「分かった」と短く答えると、佳露が入った後通路の前に立ちはだかるように立つ。それを見届け、いまだに警察側で暴れている様子を静かに見つめる。何か別の人物が暴れているのだけは分かる。警察官の格好ではない人数が、ちらほらと見えた。

「紅日」

「分かってるって。油断なんかしねえよ」

 二人して身構える。何かあったときは、「裁きの力」を使用するしかない。

 あの力には、もう一つの力がある。今まで知られている力は、言葉の問題を起こした加害者に、痛みを分からせるための言葉の攻撃の力。しかし、あの力は、使い方によっては危ない力だった。

 急に警察側から声がやんだ。きた、と二人は思う。目が細められた。

「たく、今までこいつらに付き合ってきたが、やっと解放されたかー」

「仕方がない、あの方のご指示だ」

 話し声が聞こえる。話しているのは二人のようだが、どう考えても人数はもっと多い。とすれば、あの話している二人は、従えている者たちと考えてよさそうだった。

「何者だ! 勝手に入ってくるなんて、不法侵入だぞ!」

「紅日、そこじゃない」

 びしっと指を突き付けて言う相棒に、ため息をつきながらなんとなく訂正しておく。やれやれ、と思っていると、向かい側から笑い声が聞こえてきた。嫌な笑い声だ。つい眉間に皺が寄る。ひたすら笑っていたが、だんだんと落ち着いてきたのか今度はそのまま話しかけてきた。お互いの距離はそうない。

「いやー、いいね。面白い、ナイスだわ! あいつら、よくね、其田(きだ)!」

「うるさいぞ、霍間(つるま)。さっさと終わらす。……お前たちが『言ノ葉協会』だな、もう正体は分かっている。大人しく俺たちと来てもらおうか」

 其田と呼ばれた男は淡々と話した。有無を言わさない言い方に、蒼月はカチンとくる。こいつとは合わない、と直感的に感じた。

「偉そうに言うな。お前たちの言い分が通ると思うのか、そう世の中は甘くないぞ」

「俺たちは政府から言われてきている。従わないならどうなっても知らないぞ」

 其田はそう言って、二人とその向こうにいる梶都を睨みつける。だが、その視線は梶都の向こうへも向いていた。協会全員に言い聞かせている、それは全員が感じ取ったことだった。

「……本当に、政府からの指示?」

 次に聞こえた声の主に、思わず蒼月も紅日も振り返った。背後から梶都の慌てる声も聞こえてくる。靴音をわざと鳴らすように歩いてくるのは、佳露だった。自身のスマートフォンを片手に蒼月たちに歩み寄ってくる。「来るな、佳露!」、紅日から出た言葉によって足だけは止めた最年少に、全員の視線が集中する。佳露はそんな中でも妙に落ち着いていて、さらに何か冷たい空気をまとっていた。其田は少年を睨みつけ、霍間は面白そうに口角を上げた。不思議そうに見つめている協会のメンバーの目の前で、彼は堂々としていて眩しかった。

「……どういう意味だ」

「そのままの意味だよ。お兄さんたちは政府からの指示と言ったけど、それはほかの人間の指示でもあるんじゃないの? 例えば、政府を乗っ取った上役、とか」

 そう言った佳露はすっと目を細めた。その言葉に全員が驚きを隠せずに、彼を見つめる。中には驚きの言葉を上げる者もいた。だが、それに関して彼は見向きもしなかった。今の少年には目の前の二人組にしか眼中にないらしい。

「少年、変な勘繰りはやめておけ。痛い目に遭うぞ、探偵ごっこならよそでやるんだな」

「そうやって誤魔化しても、意味がないと思うよ。いつかはばれることだろうし、さっきの『あの方』って言い方も気になる。それに、政府の指示なら、どうして警察を倒す必要があるの?」

 佳露は無表情のままこてんと首を横に倒した。仕草はかわいくても、口にする言葉は的確だ。本当に今回の佳露には驚かされる。それにしても、と蒼月は思う。

 本当にこれは、佳露がすべて考えたことなのか……?

 確かに的確で、驚かされたが佳露の考えではない気がするのだ。周囲は驚嘆の声が上がっているが、それでも何かが引っかかる。だが、そう思っている人間はこの場にいる蒼月と梶都ぐらいだろう。紅日はたぶんだが、気がついていないはずだ。

 実はその通りで、梶都も声には出さないが、何も言わずに佳露をじっと見つめた。

 佳露、お前は誰に(・・)指図されている──。

 なんとなく分かっているが、それでも確証が持てない。だからこそ、佳露に問い詰めたい。だが、今はそれを押し殺す。

 とにかく、今はこの状況を見届けるのみ。そして、逃げられる瞬間を見逃さないためにも──。

 梶都は目の前の二人組に視線を戻した。すると、霍間は笑い始めた。その笑いは、勝ち誇ったような、それでいて楽しむような、そんな笑いだった。

「いい勘を持っているな、少年! ……確かに、そうだ!」

「! おい、霍間っ!」

 其田の焦った声を遠くで聞いているような感覚に陥りながら、蒼月と紅日、梶都は息をのんだ。蒼月の頬を冷や汗が伝っていく。

 まさか、佳露が言ったことが本当だったというのか……!

 いまだに笑いが抑えられないらしい、霍間はくつくつと笑いながらにやりと不敵な笑みをこちらに寄こした。

「俺たちはあの方に仕える者。そして、政府を操っているのは、あの方だ。……ここまでヒントはやったんだ、後はどうにかしな」

「霍間、勝手なことを──!」

「せっかく自分の推理をぶつけに来たんだ、ここで潰すには惜しいだろう。だが、少年、そこまでだ。後は、俺たちを倒して聞くんだな!」

 踏み出してきた霍間に、とっさに佳露は動くことができなかった。全員が慌てて動くが、間に合わない。動き始めた時間の差が大きすぎた。紅日が少年の名前を叫んだ。その声がまた遠くに聞こえた気がした。蒼月は奥歯を噛みしめたまま、届かない手を必死に伸ばす。その時だ。

「──勝手なことを、してんじゃねえぞ、クソガキどもお!」

 吠えるように放たれた言葉とともに、霍間に思い切り飛び蹴りをして侵入してきた人物が一人。霍間は蹴飛ばされて、そのまま地面を顔面からスライディングしていく。呆気に取られて全員が目を丸くし、口を大きく開けている中、一人ゆらりと立ち上がった人間に全員が歓声を上げた。

「狼さん!」

「おう、遅くなっちまったなあ、紅日。ったく、お前は無茶しすぎなんだよお、佳露お!」

 そう言いながら、少年の頭をがしがしと撫でる彼は、言っている言葉とは裏腹に優しい顔をした。佳露は撫でられて嬉しそうにしているが、今はいいチャンスだと、蒼月は頭を働かせる。

「梶都さん、皆を早く中に!」

「ああ、全員奥に行け! あとで俺たちも追いかける!」

 その言葉に全員が走り去る音が聞こえてくる。だんだんと遠ざかっていく足音を聞きながら、蒼月は佳露にも戻るように促した。佳露はこくりと頷くと、奥に吸い込まれるように入っていった。佳露が入っていった後、梶都は立ちはだかるように入り口に立つ。

 蒼月と紅日はもう一度気を引き締め、身構える。狼が来てくれたのは、戦力として本当にありがたい。

「狼さん、どうして……」

「ちゃんと、話はしてきたぜえ。だが、説得に時間がかかっちまってなあ、このざまだ。だが、佳露を守れたのは良かったぜえ」

「貴様、警察の……」

「狼だけじゃないけどね、背後に気を付けたほうがいいんじゃない?」

 静かに聞こえてきた声に、狼に気を取られていた其田が背後を振り向くより先に、首に手刀をくらわせ気絶させた一人の男性。にこりと微笑みながら、首に手刀を繰り広げる彼には、恐怖を覚える。膝から崩れる其田をそのままに、彼は歩み寄ってくる。

「まったく、狼はもう少し考えてから突入してもいいと思うんだけどね」

「悪いなあ、その辺はお前に任せているんだよお、鴉夜お」

 はあ、とため息をつきながら言う鴉夜に、狼は悪びれた風もなく、しれっと言う。鴉夜は苦笑しつつ、肩を竦めた。

「鴉夜さん!」

「遅くなってごめんね、蒼月、紅日。さ、今のうちにとりあえず場所を変えよう」

 確かに、鴉夜の言葉通り、其田は鴉夜が、霍間は狼が戦闘不能にしている。今がチャンスだった。蒼月、紅日、狼、最後に鴉夜が一通り確認してから隠し扉の中に入る。梶都はそれを見届け、もう一度外を確認した後、通路の扉を閉じた。しっかりと中にある鍵を閉め、施錠されていることを全員で確認する。

 この扉は中からしか鍵が掛けられないようになっている。外からは壊しにくいように作られているので、しばらくは持つだろう。全員で確認した後、そのまま奥へ奥へと向かって走り出す。狭い通路では並んで走ることはかなわず、一人ずつ順番に走っていく。通路には足元に明かりがあるだけで、後は真っ暗だ。それを頼りに走り出す中、梶都は狼と鴉夜に問う。

 確かに、先程まで取り調べを受けていたはずだった。それから何時間は経過しているとはいえ、そんな簡単にこちらに来れるものだろうか。それが疑問になっていた、梶都はこう問うたのだ。

「二人とも、来てくれてありがたいが、よく来れたな。もっとかかると思っていたんだが……。早くに決着がついたのか?」

そんなわけない(んなわけない)だろうがあ!」

「ちょっ、狼さん、こんなとこで大声で叫ばないでくださいよ! 耳壊れる!」

「ああ!?」

「狼、うるさいからちょっと黙っててね。梶都さん、それについては、僕が話すよ」

 全力で全員走っているはずなのに、涼しい顔をしながら話すのが鴉夜だ。梶都もまったく息切れしていないが、その状態でいられているのはこの二人だけだ。蒼月や紅日、狼は疲れてはいないが、息切れはしている。鍛え方が違う、と三人とも心中で苦笑する。

 鴉夜が言うには、こうだ。

 あの後、取り調べを長いこと受けていた狼がぶちぎれたらしい。なんと、「気に入らないなら辞めさせればいい」とまで言ったらしい。だが、それに慌てたのは警察側だった。やはり狼の力は大きく、辞めさせたくない人間が多かったのだ。当然多くの人間が止めた。だが、もうすでに警察側にも手が回っているらしく、彼らの要望を聞きいれることはできなかったらしい。

「え、じゃあ、狼さんも鴉夜さんも辞めさせられたということですか!?」

「いいや、まだ続きがあってね」

 だが、それに今度はぶちぎれたのがほかの警察官たちだった。警視庁の中で暴動が起こったという。そして、すぐに決着はついた。人数が多かった、警察官側の勝利だったのだ。そして、警察官側は、二人の顔を見て、言ってくれたという。「戻る場所は確保しておきますから、お二方は行ってください!」と。背中を押してくれた部下たちに二人は見送られてこちらに来たという。早くに決着が着いたのはそれが理由だったのだ。

「よかったよね、狼を信頼してくれている人ばかりで」

まったく(ったく)、自分のことよりも人のことばかり気にする奴らばっかで困るっ」

 そういう狼の顔は、優しそうな顔をしていた。どう見ても、嬉しそうである。ふふっと笑う鴉夜に文句を言っている狼の声を聞きながら、蒼月は狼さんらしいと笑った。狼はいつも他人のことばかり気にする。先程佳露を助けたときも、自分が危険なところに突っ込んだとは思ってもいなかっただろう。ずっと佳露のことを気にしていた。

 そういうところがあるからなんだろうな、狼さんに人が集まってくるのは……。

 そして、だからこそ自分たちが頼れる存在なのである。それに関しては、鴉夜も同じだ。

 全員止まることなく、突き抜けれるところまで走る。そして、だんだん光が強くなっていった中に飛び込んでいくと、全員の不安な顔が目に入ってきた。入ってきた蒼月たちの姿を確認して、ほっと一息つく者や歓声を上げる者もいる。佳露は気がついた瞬間に、紅日に抱きつきに来た。紅日は笑って、佳露の頭を撫でた後に、佳露を持ち上げてくるくると回りだす始末だ。全員が笑っている中、梶都は入ってきた入り口の周囲をいじって扉を閉めている。今まで扉は隠されていたらしく、そこにもボタンがあったらしい。梶都が閉めた扉の音で、一瞬全員が動きを止める。ほっと一息ついた梶都は、全員を見て笑って見せた。

「しばらくは、大丈夫だろう。警戒は緩めずに、休めるときに休め」

 その言葉で空気が少し和らいだ。全員思い思いに行動を始める。蒼月はそれを見届けて、クスリと笑うと梶都に向き直る。気になったのは、この隠し通路である。

「梶都さん、しばらくは大丈夫にせよ、この場所ってどうなっているんですか?」

「実はな、結構よくできているんだ。さっきも俺がいじっていたように、基本どこも隠してあるボタンで扉が閉まるようになっていて、それに追加で鍵がついている。さらに、外側から突き破るには頑丈すぎて時間がかかるから、その間に逃げ出せるようになっていてな。見ろ」

 梶都はそこまで説明すると、持っていた地図を見せてくれた。気になったのは蒼月だけではなく、紅日や狼、鴉夜も覗き込んでいる。紅日に肩車されていた佳露も一緒に覗き込むこととなった。

 梶都が説明するには、こういうことらしい。

 今いる場所は一番手前の部屋になる。その奥にはさらに五、六個の部屋が続いていて、そこがさらなる避難場所になるらしい。最初が突破されれば次の部屋、それがだめならさらに次の部屋と、奥に奥に逃げられる構造になっているという。一つの部屋にはしばらく過ごせるように一通りの物は置いてある。なんと、シャワーやトイレまで完備されているという、避難場所にしては至れり尽くせりな場所になっているらしい。

「けど、それって奥に逃げたら追い詰められて終わりなんじゃ──」

「慌てるな。最後の部屋から、通路が伸びているのが分かるか?」

 梶都の長い指が地図のある場所を示す。確かに、そこには一つの通路が記載されているように見えた。それは今いる最初の部屋に繋がっていた。

「最後の部屋にたどり着いて、追い詰められたときは、この通路を使って逃げることができる。そして、この部屋はさらに奥へ逃げる道とこの通路を閉める扉がさらに隠されているらしい。つまり」

「……つまり、うまく行けば相手を奥に閉じ込めることができる、そう言いたいのかな? 梶都さん」

「そういうことだ、さすが鴉夜」

 フッと笑って梶都は鴉夜の言葉に頷いて見せる。おおっと歓声を上げた紅日は、相棒を見てニカッと笑った。蒼月も安心して胸をなでおろす。しばらくはどうにかなりそうだ、と思った。その後、佳露を見て急に思い出す。

「佳露、先程の男たちとの会話だが、あれはお前の考えじゃないのだろう?」

「うえっ!? 嘘だろ、あれはだって──」

「それに関しては、俺もそんな気がしていた。佳露、正直に話してくれるか」

 蒼月の言葉に驚いた紅日の言葉を遮りながら、梶都が言う。そうして、少年に向かって話せば、彼は紅日の肩から下ろしてもらって、こくりと頷いた。

「……うん、あれは僕の考えじゃないんだ、ごめん」

 そこまでで一旦区切ると、ごそごそと自分のズボンのポケットをあさる。取り出したのはスマートフォンで、素早く操作してある画面を皆に見せる。全員覗き込むようにしてみると、その画面はあるアプリの画面だった。

 最近有名で、「相手と話していた履歴がそのまま残ってくれるので会話をしやすい」と人気のトークアプリだ。紅日も蒼月も、鴉夜や狼も利用している。画像や動画も送れるし、電話もできて何かと便利なのだ。

 だが、その画面をなぜ佳露が見せるのか……。答えは、画面の相手の名前にあった。そこに記載されていたのは──。

「なっ、屋城!?」

「なんで屋城さんの名前が……」

 そこには屋城の名前がしっかりと記載されていた。トークしていた時間を見ても、つい先程まで会話をしていたことが分かる。全員が驚いている中、佳露もこくりと同意を示した。

「僕も最初は驚いたんだけど、『ここに記載してあることが鍵となるはずだから、探ってみてほしい』、って言われて、それで」

「なるほどな、これではっきりとした」

 梶都はふむと頷いて、それから皆を順番に見回す、佳露の頭を撫でることも忘れずに。

「佳露がそこまで考えられるとは正直思っていなかったから、少し安心した。佳露のことを過小評価しているわけではないぞ。だが、俺たちよりも上に行かれるとさすがにこちらの立場もあるからな」

 苦笑した梶都に佳露以外の全員が苦笑を返す。確かに、まだ協会最年少の佳露がそこまで考えられるようになっていたら、自分たちの不甲斐なさを実感してしまうので、さすがに困る。梶都が言うことは最もだった。佳露も少ししょんぼりしていたが、言っていることを理解したようで、自分が戦力外だと言われているわけではないと分かり、ほっとしたようだ。

「それよりも」

 話し始めた梶都の雰囲気が変わったことに、全員びしっと音を立てて固まる。確実に梶都の声のトーンが一つもしくは二つ下がったことも一瞬で把握した。腕組をしながら、コツコツと数歩蒼月たちに背を向けて歩くと、やはりその背中には何か怖いものがあるように見えた。

「それよりも、あいつがなぜ捕まっている中で指示ができたのかとか、この際そんな細かいことはどうでもいいが、あいつはやはりすべて知っていたということだよな……?」

「か、梶都さ……」

「やはり、奴を一発、いや十発ぐらいは殴らんと気が済まん。面倒ごとをなぜ奴はすべて放っておこうと考える……? それが協会全体を脅かすことでもか、まったく話にならん。一度転生させたほうが……」

 ぶつぶつと物騒なことを話し出す梶都を全員で止める。

「うわああああ、梶都さんそこまで、マジでそこまで! めちゃめちゃ物騒だから、俺たち人を救う仕事しているからあ!」

「紅日の言うとおりです、屋城さんだって本当に分かっていたかも分かりません! とにかく落ち着いてください」

「ああもう、お前のそういうとこは面倒なんだよお、梶都おお! 抑えろお、とにかく抑えろお!」

「梶都さん、落ち着いて。言いたい気持ちも分かるけど、そこまで、ね」

 全員が宥めにかかるが、今の梶都には火に油だ。完全に腹が立っているようで、全員の声を名前を呼ぶことで静かにさせた。それ以上何も言えなくなった状況で、ギロリと睨む。その瞳は完全に殺人鬼の目だった。蒼月たちが息をのむ中、怖い形相のまま普段では予想できない低い声で言い放つ。

「俺はいたって冷静だ。奴をどうするかだけを考えている」

 それが問題なんだって……!

 彼女が怖すぎて誰もが何も言えないが、全員の心の中は何も言わずとも一致していた。とりあえず、理解できていない佳露は別として、全員がどうするかをひそひそと話し始める。どう考えても屋城への怒りを消せなさそうな梶都をこのままにしておけば、ほかのメンバーにも影響を与えかねない。

 そんな中、佳露は梶都の服の裾をくいと引っ張った。それに気がついた梶都は少年の目線に合わせるようにしゃがんだ。佳露が携帯電話を見せて、何気なく言った一言は全員を数秒固まらせるには十分だった。

「梶都さん、屋城さんから電話がきたよ。電話するから、梶都さんに代わってほしいって言われたから、渡すね」

 はい、と言いながら佳露は梶都に携帯電話を渡す。梶都は驚きでしばらく動けなかったが、蒼月たちが動き始める前に動いて電話に出る。蒼月たちはその前に動いて携帯電話を取るつもりだったが、我に返るまでに時間を使いすぎた。電話に出た梶都の声を耳にしながら、紅日はこそこそと佳露に「渡しちゃダメだろ!」と声をかける。だが、それも「なんで?」と聞かれてしまえば、何も言えなくなってしまうのだった。

 一方、梶都は電話に集中していた。

「おい、屋城──」

『ああ、和賀。ごめんね、失敗してしまったよ。ああ、君が怒っている気がして、君に電話したんだよ。やっぱり、当たっていたっぽいね』

 梶都が電話に出て、すぐに聞こえてきた声は驚くほどあっけらかんとしていて、余計に腹が立つものだった。今まで抑えていた怒りが──抑えていたのかはよく分からないが──またふつふつと湧きあがってくる。梶都は感情のままに話さないようにだけ気を付けながら、とりあえず文句を言うことにした。

「名前で呼ぶな、と言っている。で、俺が怒っているのが分かっていながら電話をしてくるその度胸は褒めてやるが、一体どういうことだ? これからどうするんだ、こっちにも乗り込んできたんだぞ」

『……しばらくは大人しくしているよ。携帯電話を死守するのも大変だったんだよ、隠し場所に困ったんだから』

「お前の事情は知らん」

 耳に届く「えー」と言う声を聞いて、ほっとする。あまり酷いことはされていないようだ。ほっとしてはいるが、どうしようもない怒りが湧きあがって後者の感情のが勝ってしまう。

 俺も、子どもだな……。

 梶都はため息をついた。それから脱線しかけている自分の頭を軌道修正するように屋城に話しかける。

「こちらもどうにか逃げ切るつもりでいるが、時間の問題だ。さっさと戻って来い。お前がいないとみんなが困る」

『それが……、無理になりそうなんだ』

 ハハッと苦笑いしている屋城の声がひどく遠くに聞こえた。思わず大声で「はあっ!?」と叫んでしまう。それにその場にいた蒼月たちだけでなく、ほかのメンバーも含めて全員がびくっと動きを止める。梶都は口を覆ったが、すでに遅かった。全員が見ているが「気にするな」と冷静を装って声をかけた後、蒼月たち四人を呼ぶ。四人に口元にあてた人差し指を見せつけてから電話を再開する。今度は全員に聞こえるように少し前かがみになる。蒼月たちもよく聞こえるようにと携帯電話に近づいてくる。本来なら、スピーカーにしたいところだが、ほかのメンバーに聞かれないようにするためにも使用はできない。

「それで、どういうことだ」

『簡単に説明すると、理由は二つ。一つは今逃げると相手の思うツボだから。今は大人しくしておくことが先決だと考えてのこと。二つ目が結構大変なんだよね』

「その二つ目っていうのは……」

『……かかわりたくない昔の知り合いがいてね、その子が本当に面倒でね』

 ため息付きのその言葉に、梶都からブチッと何かが切れる音がした。佳露の携帯電話であることを忘れて今にも握り潰しそうである。本来するはずのないミシミシという音が響き渡る。蒼月たちは顔がさらに青ざめていくのが分かった。

「そんだけの理由か、それは俺に喧嘩を売っているのか。それなら倍以上の値段で買い取ろう。ごちゃごちゃ言ってないでさっさと片付けてこい、お前の事情は知らんと言っている」

「うわああ、姉さん本当に落ち着いて! 屋城さんにも何か理由があるんですよ、ね、そうですよね!? むしろそうだと言って!」

 紅日が慌てて止める。屋城に確認を取るが、電話口から聞こえてくるのは楽しそうな笑い声。それにさらに怒りを覚える梶都の手から、蒼月は携帯電話を素早く自分の手の中へと移す。狼や鴉夜が梶都を抑えている中、蒼月と紅日は電話に集中する。紅日の背中にはいつの間にか佳露が乗っていて、一緒に電話を聞く体勢を取っていた。

「屋城さん、蒼月です。あの、先程の理由って──」

『彼は危ない。何か仕掛けてくるというのがもうすでに分かっているんだ。それに、彼が(・・)ここにいること自体が(・・・・・・・・・・)本来おかしいんだよ(・・・・・・・・・)

「それってどういう──」

彼は(・・)ここにいていい(・・・・・・・・)存在ではない(・・・・・・)

 屋城のその言葉はひどく冷たいものに思えた。何か突き放すような、冷酷で無情な人間が語るような、別の人間に思えた。

 俺たちの知らない屋城さんが、今ここにいるのか……。

 蒼月は耳だけはそのままに頭を動かす。どう考えても、今自分が話している相手は、別の人間だと思う。同一人物にはどうしても思えなかった。

『とにかく、彼のことはどうにかする。君たちは僕が戻るまで、どうにか耐えてほしい。頼んだよ』

「ちょっ、ちょっと待ってください、屋城さん!」

 蒼月の叫びもむなしく、電話は切れてしまった。電話をかけるが、電源を切ってしまったのか、それとも電話を使えないように証拠を隠滅したのかは分からないが、その後は繋がることはなかった。蒼月は静かに首を横に振った。

 これから屋城がいない中で、全員が無事に生き延びることを考えて生活していかなければいけない。世間の目もあるから、外出もそうはできないだろう。

「奴が何かと戦っているのは分かった。ならば、俺たちも生き延びるために戦おう。これからどうしていくか、今から作戦会議だ」

 梶都の言葉に、全員が深く頷いた。

 その中で蒼月だけは、頭をぐるぐると何度も何度も動かして考える。屋城の言葉が、どうにも引っかかって仕方がない。

 もちろん、紅日や佳露には聞こえているはずだ。だが、梶都や狼、鴉夜には聞こえていなかったはず。後で話さなければいけない。屋城が言っていた言葉を──。

 それにしても、「ここにいていい存在ではない」って言葉の意味は一体……。「ここにいること自体が本来おかしい」とも言っていた。つまり、それは──。

 自分の中で出てきたその答えに、蒼月は頭を横に振って今出てきた「答え」を振り落とす。夢物語のような考えが出てきた自分に、疲れているのだと思う。

 自分だけで結論を出さなくていい。出すのなら、皆に話してから──。

 そう考えた後、蒼月はそれ以上考えるのをやめるのであった。



 一方、屋城は壊した携帯電話を見て、さてっと指を鳴らす。いい音が響く中、牢屋で誰も反応しない。

「ごめんね、皆。大人しくしているとは言ったんだけど、そこまで待てないんだよね」

 そう言う屋城はやけに悲しそうでありながら、嬉しそうでもあった。一人で笑う姿を梶都が見たならば、すぐに「気持ち悪いぞ」と声をかけていただろう。だが、そう声をかけてくれる仲間は今彼の元にはいない。

「さて、始めようか」

 牢屋から出た彼を止める者は誰もいなかった。彼が去った後には、すでに気絶している人間が、何人も倒れていた。だが、それに気がつくのは、たぶん相当後のことだろう。



 それぞれが考えて動く中、時間は刻一刻と経過していく。物語が今大きく動き出したと分かったのは、このとき何人いたのだろうか。

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