Liar Liar!!
人は嘘をつく。
平気な顔して嘘をつく。
バレバレな顔して嘘をつく。
自分のために、誰かのために、何かを守るために、何かを隠すために・・・。
そして私も嘘をついた。
自分の命を守るために、嘘をついた。
だから今、私はこうして生きている。
私は生まれつき体が大きく、父親の勧めで柔道を習っていた。
正直に言って、まったく強くはなかった。見てくれだけは強そうだが、試合ではいつも負けてばかりいた。
練習に行くのが嫌で嫌で、小学生のころは練習のある日曜日になると、決まって体調を崩していた。
そんな私でも中学生になると少しづつ勝てる試合が出てきた。
県大会まであと少し、というところまで行けた時、父は私にある提案をしてきた。柔道強豪校への推薦入学の話だった。
親の顔色を見て生きてきた私に、その誘いを断るだけの意思はなかった。
こうして、私は中学の卒業式の日に、強豪校の高校寮へと入っていった。
そこでの生活は地獄だった。
寮生たちは全国から選りすぐりの強さを持った選手たちだった。
小さいころから柔道に明け暮れて、センスもあって、大会をいくつも優勝してきた・・・なんてのはみんなにとっては当たり前の話。
彼らはどうやれば三年間の在学中に「日本一」というタイトルを取れるかが、重要だった。
生きてきた環境も目標も、私とは違うということが分かった。そして周りにもそれがすぐにバレた。
「あいつは、親のコネで入ってきたらしい」
「体だけはでかいけど、他はてんで弱いよな」
「なんでここに来たんだろうな」
「さっさといなくなってほしい」
そういう声が私の耳に入るのに時間はかからなかった。
私自身、できることならそうしたかった。
でもそんなことは父や母には言い出すことができなかった。
高いお金と大きな期待を掛けている2人には、どうしても辞めたいとは言い出せなかった。
練習にもついていけず、試合でも勝てない私に、少しづつ変化が起き始めた。
部屋が荒らされだした。
大切なCDが割られていた。
大量のマンガが部屋に投げ込まれ捨てられていた。
食べかけの弁当も投げ入れられて、私の部屋は食べ物が腐りかけた匂いでいっぱいだった。
誰からも必要とされず、なぜ自分がここにいるのか分からなくなり始めていた。
視界は少しづつ色を失いだして、灰色で一色の世界だった。
足取りは重く、まるで泥かスポンジの上を歩いているような感覚だった。
限界はあっけなく訪れた。
このままでは死んでしまう。私の心が死んでしまう。
だから私は嘘をついた。
ここから逃げ出すために。
逃げ出す日、母に電話をした。なぜだか母の声がとても聞きたくなったから。
「元気にしてる?何か困ったことはない?」
「ああ、大丈夫だよ」(本当はもう無理だ)
「今度の試合、また応援に行くからね」
「頑張るよ」(もうこれ以上頑張れないよ、母さん)
結局、最後の電話でも私は嘘をつくことしかできなかった。
寮を出て、学校とは真逆の方向へ足を向ける。持ち物は財布だけ。柔道着は部屋に置いてきた。もう着る必要がないからと思うと、少し興奮した。
どこへ行こうとは考えていない。どこでもよかった、ここじゃないどこかへ行けるなら。
闇雲に歩いた。
お腹がすいたらコンビニで適当なものを買い、寝る場所は公園のベンチだった。
ベンチは固く、とても眠れたものじゃなかったけど、寮で過ごすことを考えたら天国のようだった。
そんな生活をして、4日目。現金が尽きようとしていた。
にもかかわらず、腹は減り、のどは渇く。
寮を出た時の興奮はどこへ。
5日目、ついに現金が尽きた。
7日目、もう3日も水しか飲んでいない。
それでも、「交番に逃げ込もう」とか「見知らぬ家に助けを願おう」とは思わなかった。
寮にはもう戻りたくない、という思いは萎えなかったからだ。
寮を出てから今まで、当てもない歩き道だったが、それをやめてみた。
行き先を山にした。
山に行けば、何か変わる。そんなことは思っていない。ただ、最後は1人でひっそりと死にたかった。
歩いた。最低限の舗装だけはされているが、真っ暗な道をひたすらに。
のどは乾き、足は棒になり、着ていたTシャツは汗だか、汚れで重くまとわりついた。
何時間くらい歩いたろう。頭の上でつんざく音がした。風に乗ってくるゴムの焼けるにおい。
「走り屋か?」
ひとり言をつぶやいても回答はないが、すぐに正解が現れた。
赤い車が狂ったようなスピートで先の道から降りてきた。
私のことなど見向きもせずに、まっしぐらに降りて行った。
赤い車の存在感が薄くなるにつれ、妙な声が先の道から聞こえてきた。
向かってみるとそこには一台のファミリータイプの車が、カーブを曲がり損ねてガードレールに突っ込んでいた。
車は前半分がレールを突き出て、シーソーのように揺れている。運転していたと思しき男女は、車から出て何かを叫んでいる。
その叫び声が子どもの名前だと気が付くのに時間がかかった。それくらい、2人の男女は気が動転していた。
「だめだ、動くな!」
「待ってて、動かないで!!お願いだから!!」
車の中にいる子どもが動くたび、車はバランスを崩しているのが私からはよく見えた。車体を支えているのは破損したガードレールの柱と、車の床の部分だけだった。
私はぼんやりとした頭で何かを考え付いた。それはとても一石二鳥のように思えた。
「あのー、すいません」
「動くな!すぐ助けてやるからな!」
「あのー・・・」
完全に取り乱している。この2人に届く言葉はないと思った。それどころじゃないんだよ、と無視されてしまった。
じゃ、無視されないようにしますかね・・・。
「・・・っとお」
私はすぐにでも落ちそうな揺れる車に近づき、後部座席のドアを開け、中にするりと乗り込んだ。車が大きく揺らめき、私は思わず息をのんだ。
一瞬の絶句ののち、何をするんだ!と後ろから叫ぶ2人を尻目に、私は手際よくシャイルドシートを外し、座っていた子どもを抱きかかえた。
そして2人の親御さんに子どもを投げ渡した。
自分たちの子供が無事戻ってきたことに、2人の顔は喜びでいっぱいになった。
(ああ、こういう顔が見てみたかったんだよなあ・・・)
と思いながら、バランスを崩した車体は私を乗せたまま滑り込むように崖に落ちて行った。
真っ暗な視界には最後に見た2人の姿が浮かび、まるで自分の親の顔のように見えて泣きたくなった。
・・・こうして私はこの世での生を終えた。