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魔法の国の城下町へ

 森を出て隊商の馬車に乗せて貰い平原を越える。商人の話を聞いたところ、やはり魔物が頻繁に出没しているらしく、危険なのだとか。

 混沌の足音はもうそこまで迫っているのかもしれない。できるだけ早く今回の事態を解決するしかないと思い息をつく。

 とりあえずは隊商に紛れて国境を越えるしか方法がないため、ガタガタと揺れる荷車の中で寝転んだ。すると道具袋からプリムが顔を出し、アスの様子を伺ってきたので、人差し指でその頭を撫でた。


「ねぇアス、女王様やみんなは大丈夫だと思う?」

「弱気になってどうした」

「だってもしも女王様やみんなが、種になってしまったら、私達妖精は滅びてしまうかもしれないのよ。」


 ポロポロとプリムの目から涙がこぼれ落ちる。その姿が痛々しくてアスは息をつくと、プリムの目をしっかりと見つめて言った。


「大丈夫だ。お前が仲間を信じなくてどうすんだよ。

今はただできることをすればいいだけの話しだろうが」


 アスの言葉にプリムは目を見開く。驚いたからか涙は引っ込んだ。

 そしてプリムはゆっくりと頷き、涙のあとを拭った。


「そうよね……あたしが負けたらみんなは救えないもんね! あたし負けないから!」

「それでいい」


 プリムの決意を帯びた瞳はきらきらと輝き、もとの元気な姿を取り戻していった。

 アスが乗る荷車は魔物に襲われず、順調に国境を目指す。もしかしたら聖剣から溢れる聖なる力が、魔物を寄せ付けなかったからかもしれない。国境まで二日という短時間でたどり着き、問題なく関所を越える。

 入国したアスは平原を越えるまで隊商と共に過ごし、首都に繋がる街道で手を振り別れを告げた。

 するとアスは勢いよく走り出した。この街道はよく使われているのか、地面に敷かれた不揃いなレンガ石が所々崩れ、でこぼことしている。

 だがわだちのある道よりも、ずっと歩きやすくなっており、道の整備が進んでいるところをみると、もうここが首都に近いのだと感じさせた。

 この街道は東の首都を中心に西へと続くため、首都を日のいずる場所だと例え、日が沈む先へと続く道、という意味合いから、黄昏の街道と呼ばれている。

 その街道をまっすぐ進んで行くと丘陵にさしかかる。すると茂みの中から突然盗賊達が現れた。

 それは別にいいのだが、始めにやにやしていた盗賊達は、アスを上から下まで眺めたとたんに、青い顔をしてじりじりと後ずさった。


「あんたもしかして! あの盗賊の王アスライル・カルバネーラか!」

「そうだがそれがどうした。もしオレを襲うつもりならお前達の身ぐるみ全部剥いでやるよ」

「そっそれは困りますので勘弁して下さい」


 突然ペコペコとし始める盗賊達を、アスはじろりと見た。上から下まで見るに装備がかなりショボい。持ってるナイフが錆び付いてるあたり、三流の盗賊なのだろう。アスの存在に若干怯え腰が引けてる。


「そもそもお前らなんでオレに襲いかかってきた?

まさかこの妖精が狙いか?」

「あっ……はい、すみませんそうです」

「そうか。ならなんで妖精を狙っているのか、洗いざらい話して貰おうか」


 盗賊が言うには、どうやら妖精を捕まえて、宮廷魔術院に連れていくと、金貨三枚で引き取ってくれるそうだ。

 金貨三枚といえば、散財しなければ半年は食い繋いでいけるほどの金額だ。それに目がくらみ、運悪くアスと鉢合わせてしまったようだ。


「いいか妖精を捕まえてる暇があったら、肥え太った傲慢な貴族から金を巻き上げな。そっちのがよっぽど金になるぜ。まあ頑張りな」


 アスはそう言うと盗賊達を置いてけぼりにして走り出す。

 金で人を募り、それも盗賊にまで妖精確保をふれまわっているということは、何匹かは逃がしてしまっているに違いない。

 でもよく考えてみるに、今のイースの首都から、妖精が逃げ出せたとしても、障気が強く蔓延しているため、結局弱って死んでしまう可能性が高い。

 アスはこれは急がなくてはと、スピードを上げた。

 そして丘陵を越えた先に広がる首都と海の景色を眺める。

 イースの首都は海より低地にあり、潮の満ち引きで動く水門がある。基本的な交通網は船のため、都の至るところに水路が引かれている。

 港にはバザールが開かれ賑わい、都の西には庶民の暮らす石の家がところ狭しと建ち並ぶ。東は武器屋や防具屋など商業目的の施設が多くを占めている。そして、都の中心へと向かう緩やかな坂を登って行くほど、身分の高い人間が住む邸宅があるという作りだ。

 プリムは道具袋からちょこんと顔を出すと物珍しそうに辺りを見る。


「なんか人間の町って凄く賑やかなのね」

「王都や首都はみんなこんなかんじだけどな」

「そうなんだ、びっくりだわ!」


 空を見れば魔法使い達がホウキに乗り行き来しているのが見える。

 イースは魔術国家のため魔法使いが住人の多くを占めており、彼らがよく人の目先を惑わすため、幻惑の国などと呼ばれている。

 そのため他の国々よりも、魔法による産業に力が入っており、魔法使いの育成や新しい魔法の研究が盛んに行われているのだ。

 アスはなだらかな坂道を上がると、城に一番近い家の門をくぐる。すると公爵家の紋章のついたドアノッカーが目に入り、それを掴むととんとんと鳴らした。

 すると家のドアが音を立てゆっくりと開かれ、ドアの向こうから現れた人物にアスは驚いた。


「アマリアお前なんでここにいんだ。関所はどうした?」

「今は休暇中でな。父上に呼び出されて、ちょうど関所から都まで戻ってきたところだ」

「そうかちょうどいい。オレはお前の親父さんに会いにきたところだ。案内してくれないか?フレイの代理人だと言えば伝わる筈だ」

「フレイだと! あのエルフの長の?」


 アスが頷けば、アマリアは急いでアスを父のもとへと案内した。

 書斎の扉をアマリアがノックすると、入れという返事が聞こえて、アスは中に通される。

 そこには壮年の威厳溢れる男が座っており、アマリアと同じ色を持つその姿や、眼差しの面影から、彼がアマリアの父であるとアスは確信した。


「フェルナンデス公爵、オレはフレイの代理人としてここに来ました。

どうか力を貸していただきたい」

「それはフレイとかねてよりかわしていた約束であるためかまわないが、もしや妖精救出の為に力を貸せということか?」


 そうだとアスが頷けば、公爵は一瞬驚いた顔をしたが、直ぐに平静を取り戻す。


「まさかエルフが動くのか?」

「いや、それはないです。

フレイの代わりにこのオレが事件の解決を任されました」


 アスがそう言うと公爵の瞳は動揺から揺れた。かの神から認められ、頼み事をされるなんて、この青年は一体何者なのだろうかと公爵は思案する。


「君の名は?」

「アスライル・カルバネーラと言います」

「まさか君はかの勇者アスライル・カルバネーラだと言うのか」

「勇者だなんて恐れ多い。オレは盗賊の王アスライル・カルバネーラ。妖精達を盗みにきたただの悪党ですよ」


 公爵はアスの腰に下げている剣を見て、それが一目で聖剣だと分かった。

 確か勇者アスライル・カルバネーラは、聖域で次代の勇者を待ちながら、大災厄の兆しが表れると、気まぐれにその歪みを正しに来る不思議な存在で、姿を現すと自身を盗賊の王だと名乗り、勇者という肩書きを隠し、何の見返りもなく世界を救う。そんな変わった勇者なのだということを思い出した。

 そのアスが今目の前にいるということは、今このイースで大変なことが起きているのかもしれないと公爵は思った。


「王国騎士団と宮廷魔術院は確執がある。今、兵力を出せば国内が混乱するだろう。なので私の娘のアマリアと共に、妖精の隠し場所をあばいてほしい」


 妖精の隠し場所が分かれば、自ずと妖精への実験が明るみに出る。捕虜の管轄は王国騎士団が行っている筈だ。だが今その手元に捕虜となった妖精達はいない。だから捕虜を不正に扱うという事実が明るみに出れば、いっきに兵を動かせるといったところだろう。


「いいでしょう。それは任せて下さい。

けどもしも妖精達が殺されるようなことがあれば、オレは迷わず王女を懲らしめることになるでしょう。それでもかまいませんか?」

「そこは全面的にお任せしよう」

「それは助かります。後、最後にお願いがあるのですが、オレ達が事件の真相を解明している間に、魔物の駆除をお願いしたい。

妖精を助け出すことができても、この国を覆いつくす瘴気は濃く、これでは妖精達は死んでしまうでしょう。なので早急にお願いしたい」

「それは引き受けよう。アマリア、アスライル殿をよく助けるのだぞ」


 アマリアがその言葉に頷くと、アスはアマリアを連れて公爵家の別邸を後にした。

 だがさてどうしたものかと考える。公爵令嬢であるアマリアを知らない者など、この国には居ないだろう。だから宮廷魔術院に正面から乗り込むことはできない。

 いったいどうやって中に入るか思考を巡らせていると、プリムが道具袋から顔を出す。


「ねえ! 妖精探すなら私に任せて!

妖精の通り道が、私には見えるから案内するわ!」


 その声にアマリアは驚きプリムを不思議そうに見つめた。


「なぜ妖精がここに? 彼女はこの国の瘴気の中でも大丈夫なのか?」

「ええ! 大丈夫よ!もしかしたら私が大丈夫なのは、アスの聖剣から出る聖なる力のおかげなのかもしれないわね。私は妖精の都マグメルから来たプリム、アマリアよろしくね!」


 プリムはフワリと道具袋から飛び出すとアスの肩にとまる。妖精の国ティルナノーグの首都マグメルは人間が踏み入ることが難しい。そこから来たというプリムは妖精の中でもかなり位が高い。アマリアはそんなプリムに驚きながらも頷いた。

 プリムが妖精の通り道が分かるのなら、首都から逃げ出すことができた妖精達の道筋をたどり、抜け道を見つけられるかもしれない。

 アスはアマリアと目配せのをするとプリムに導かれるままに歩き出した。

 入り組んだ道をプリムに導かれ駆け抜ける。プリムの目には、妖精の羽から舞う鱗粉が見えていた。

 それはまるで金の粉のようにキラキラと光るもので、ふわふわと浮かぶそれを頼りにたどっていく。


「アス! この水路を越えた先に光が続いているわ」


 ちょっと待てと言いかけた瞬間、アスはアマリアに腕を引かれ驚く。女子ってこんなに強引だっただろうか。

 お前と違ってオレ達は飛べないと言いたいが、アマリアが道に詳し過ぎて、プリムの案内についていけてしまっていて、言うタイミングが見当たらない。

 なのでアスはさっきからこの二人に振り回されっぱなしである。


「ちょっとアス! あんた盗賊なんだからもっと早く走って!」


 これでも普通に走っているつもりなのだが、二人の勢いが凄くて気持ちが追い付けないのだ。

 本気で走ったら、この仲間の中ではアスが一番速い筈なのに、どうにもうまくいかない。気付けば都の最下層まで来ていて、アスは精神的にどっと疲れていた。

すると、地面に小さな種のようなものを見つけたプリムが、悲しげにそれらを拾う。


「プリム嬢、その種はもしや仲間の妖精が姿を変えたものか?」

「ええ、アマリア、そうよ。

どうしよう、急がなくちゃみんなが種になっちゃう」


 まるで何かの暗示にかけられたように、先を急ごうとするプリムに、アスは息をつくとその羽を摘まんだ。

 突然のことにプリムは驚いたのか、手足をばたつかせ、何とか前に進もうとする。その姿にアスは呆れたような顔をして、プリムが持つ種を取り上げた。


「ちょっとアス! 何するのよ! 放して放してよ!」

 

 感情的になったのか、プリムがしくしく泣き出して、


アマリアが慌てたが、アスはプリムの目を見つめ、言葉を口にした。


「お前は少し落ち着けよ。急ぎたい気持ちは分かるけどさ、お前一人じゃ危ないだろ?仲間をもっと頼れよ」


 泣きじゃくるプリムの頭を人差し指でそっと撫でてやると、アスは道具袋をあさり小瓶を見つけ、拾った種をそれにつめた。


「種になった仲間はいずれもとの姿を取り戻すだろう。死んだわけじゃないんだから焦るな。オレがついているんだから大丈夫だ。だから泣くな」

「分かった。私、本当はずっと人間が信じられなかった。でもアスとアマリアは私が思っていた人間と違っていて、だからあなた達を心から信じてみることにするわ。だからお願い。私に力を貸して!」


 アスとアマリアは顔を見合せると微笑み、その言葉に頷いた。


「プリム嬢、さあ先を急ごうではないか」

「ええそうねアマリア!」


 言ったそばから乗り気な二人を前に、アスは小さく息をついた。

 プリムの行く先には種が幾つも落ちていて、その間隔が徐々に狭まっていることから、妖精の隠し場所が近いと確信した。そして遂にたどりついた場所は、地下に掘られた水路のうちのひとつだった。

 その場所にハッとしたアマリアは真剣な顔をして、ここがただの水路ではないことを感じさせた。


「アス、ここは王家の隠し道だ」

「そうか、なら続いている場所がどこなのか分かったんだな」

「ああ、私はこのことを父上に報告し、兵を動かし城の中から、妖精の隠し場所を目指す」


 つまり、この水路と城の隠し通路の両側から、挟撃すると言うことか。と、アマリアの考えに気付き、アスは頷いた。


「分かった。オレ達はこの水路を進む。アマリア、後は頼んだぞ」

「ああ、任せておけ!」


 アマリアが走り去る後ろ姿を見送り、アスとプリムは水路に向き直る。すると水路から風が吹いてきて、プリムは不安げにアスの肩に乗った。


「じゃあ行くか!」


 深く暗い道に足を一歩踏み入れた。

 王家の隠し通路と言うだけあって、ある程度、道が整備されていて、水路の中は確かに薄暗いが、進むのに困るということはなかった。冷たい風が吹いていて、水がポタポタと落ちる。

 プリムには水路が不気味に見えるのか、さっきからアスにしがみついている。

 確かに先程から瘴気が流れているのが見える。プリムに影響しないか心配だが、今は進むしかない。

 入り組んだ迷路のようになっている水路を、プリムと種が導くままに進んでいく。すると通路の先にコウモリが現れて、悲鳴を上げるプリムをそのままに、ナイフをコウモリに滑らせた。

 まるで羽虫のようにアスが容赦なく切り裂いていくので、初めは驚いていたプリムだったが、徐々に落ち着きを取り戻し、アスの強さに感嘆した。


「あんた本当に強いのね! ここまで強いと感動を通り過ごしてちょっと呆れちゃうわ!」

「そうか? オレにとってはいつものことだから気にならないけどな」

「そうなんだ。私はそれにびっくりよ」


 奥を目指せば目指すほど瘴気は濃くなり、聖剣がなければプリムも種になっていただろう。そう考えると他の妖精達が種になってしまったことは頷ける。

 この先に何か居そうだと思った瞬間、とても素早い何かが迫り、アスは躊躇うことなくそれを切り捨てた。

 べしゃりと何かが落ちて、アスが光の魔法を使うと、そこにはイカが巨大化した化け物であるクラーケンが居て、うねうねと蠢いていた。


「気持ち悪い! アス何とかして!」

「あれは焼いたら美味いんだぞ」

「そういうことじゃないわよ! 何言ってんのあんた! まさか食べるつもりなの?」

「いや今は腹が空いてないから食べないから大丈夫だ。でも焼くけどな」


 そう言うとアスの手には小さな火種浮かんでいて、プリムは詠唱もせず魔法を使うアスに驚く。アスが火種をクラーケンに向けて放つと、火種が膨れ上がり、辺り一面を焼き尽くすほどの爆発が起きて、その凄まじさにプリムはあんぐりと口を開けた。

 後にはクラーケンの焼けた香ばしい匂いが広がり、ヤキイカみたいになったその姿を見て、プリムは少しだけクラーケンが可哀想だと感じた。


「出会い頭にこんな目にあって、アイツ運が悪かったとしか言えないわね」

「そうだな」


 クラーケンが落とした種を広い集めた頃には小瓶はいっぱいになっていて、どれだけ妖精が被害にあったのかが分かる。

 でもこの種の集まり方から見るに、妖精は何かが起きて一斉に逃げ出したように思えた。そういえば金で人を募り、盗賊にまで妖精確保をふれまわっていたなと、今頃になって思い出し、もしやこの大脱走が原因じゃないかとアスは確信した。

 クラーケンの丸焼きの向こう側には、出口なのか階段がある。アスとプリムはこの先に妖精女王がいると逸る気持ちを胸に階段を上ったのだった。

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