闇に魅了されし乙女
少女は何の感慨もなく周囲を見ていた。きらびやかな装飾に、ドレスを着た美しい女達が舞い踊るダンスホール。
少女はこの国の姫だった。
手に入らない物は何もない。
それが退屈で仕方がなかった。
「そんな興味ない顔をしないで。君の可愛い顔が台無しだよ。ダユー」
その言葉に女は嬉しげに振り返る。
「紅の君」
少女の前に現れたのは、血塗られた赤を纏う一人の美しい男。それが異形のモノだと誰が気付くであろう。
「明日は君にとって大事な日じゃないか」
「大事な日? 」
男は目を細め、少女に語りかける。
「そうだ。明日は君が世界の頂点に立った日。妖精の力を我が物にした日。そして争いあう国々をねじ伏せ世界を統一するために歩み出す日だ。大事な記念日だとは思わないかい?」
「ええ、確かに素敵な記念日だわ。この世界は全て私のもの。こんな素晴らしいことはないわ」
少女はうっとりとした目で男を見上げる。男の力で魅了されているとも気付かずに……
男が手を差し出すと、何かに引き寄せらせるように少女はその手を取った。男は少女の瞳を見つめながら、その指先に口づけを落とす。
曲が始まると、少女はダンスホールに連れ出された。
踊りながらも、男はなおも少女の瞳を見つめている。少女の瞳には、男が映っているようで映っていない。まさに闇。
それをみとめた男は顔をあげた。その眼差しは氷のような冷たさしかなかった。そしてニヤリと口の端で笑う。
人間よ争い続けよ……
少女は踊る。男という異形のモノの手のひらで……
見目麗しい少女が平原に立っている。その後ろには、開戦を今か今かと待ち構える軍隊が立ち並ぶ。
相対するのは沢山の妖精達。少女が手を上げると、籠の中に閉じ込められた妖精を兵士が連れてくる。
籠の中で怯える同族を前に、息を飲む妖精の大軍。
「殺しなさい」
少女の冷たい声に、兵士が頷き剣を振り上げると、妖精は無惨にも切り裂かれた。
妖精達は怒り、開戦のラッパが鳴る。
走り出した兵士達と妖精はぶつかり合い。惨劇が繰り広げられる。
少女は笑った。
それはそれは楽しげに。
少女の隣に立つのは一人の美しい男。
血塗られた赤を纏う者。
それが異形のモノだとは誰も気付いてはいない。
男は戦場に視線を向ける。
もっともっと殺しあえと、目を細めて笑った。