それぞれの思い
小鳥のさえずりと朝陽の眩しさにアマリアは目を覚ました。
まだぼんやりとした頭で辺りを見渡す。そこは慣れ親しんだ自分の部屋で、アマリアはハッと覚醒すると、目覚める前の出来事を思い出し、慌てて部屋を飛び出した。すると部下がびっくりした顔をして、アマリアを見詰めていた。
「なあ、アスライル・カルバネーラがどこにいるか分かるか?それから子供達はどうなった?」
「アスさんが関所に来た頃には、もう子供達は粗方故郷の街に帰って行ったようで、アマリア様とトキ君だけを、この関所で預かることになりました。ですが、先程からトキ君が見当たらなくて、探している最中なのです」
「そうか。それでアスは?」
「大急ぎで旅立っていかれましたよ」
アスには礼のひとつでも言いたかっただけに、肩透かしを喰らった気分である。
「そうだった。アス様から言伝てをたのまれていたので、お伝えしますね」
「言伝て?」
「はい。もしも聖域に遊びにくる時があったら、もてなしてやるから楽しみにしとけよ。それから、もし何かあった時は迷わずオレを頼れよ。
と、言い残し帰って行きましたよ」
そうか聖域に行けば、アスにいつでも会えるのかと思うと、ほっとする。戦争が終わり休暇を取ったら、聖域に会いに行くのも楽しいかもしれない。最後に顔を会わせることなく、終わってしまったのは残念だが、この先に楽しいことが待ちうけているのだと思うと、それはそれで嬉しかった。
「そう言えば、トキという少年が居なくなったと聞いたが、それはどうした」
「気付いたら関所のどこにも居なくて、丁度困っていたところなのですよ。
アス様が聖域に帰った話を聞いた途端、トキ君は荷造りを始めて、気がついた時には荷物が無くなっていたので、もしかしたら聖域に向かったのかもしれません」
「そうか、ならそれを確かめに、休暇にアスの元へ訪れてみようと思う。 色々礼も言いたいしな。今は関所を守るという仕事を全うしなければならないし、確認はまたの機会にするよ」
アマリアがそう言うと、部下はぽかんとした。
「そうですか。私はてっきりアマリア様がアス様に恋心を抱き、直ぐにでも追いかけるのではと、思っていましたが、そうではないのですね」
「ちょっと待て私はアスを好きになど……」
「嘘は駄目ですよ隊長。顔が赤くなってますしね」
「なんだと!?」
「私は仕事に戻りますね。隊長頑張って下さいね」
部下が居なくなって、アスのことを思い出し、アマリアの鼓動は高なる。恋などしたことがなかったから、どうしていいか分からず、アマリアはしゃがみ込むと、赤くなった顔を覆う。次にアスに会いに行くとき、どうしたらいいのだろうと、悶々と悩みはじめた。
☆★☆★☆★
トキは荷物を背負い、世界樹の根本から上を見上げた。どこまでも続くそれは、先が見えないくらい遠い。だがトキは上り切ると心に決め、足場に気をつけながら進んでいく。
魂を引き剥がされたトキは、元の性格を取り戻していた。元は弱虫で怖がりだったが、一度強くなったおかげか、自信が芽生え、今ならなんでもできそうな気がしていた。
だからこの気持ちが無くならないうちに、アスに弟子入りしようと決めたのだ。
「アスさん、僕が行っても受け入れてくれるかなぁ。勇者になりたいなんて言ったら、びっくりするだろうな」
トキは身寄りがなく、帰る家もないので、旅立つことに抵抗はなかった。
不安が残るが、それでもトキは諦めずどんどんと絶壁をのぼっていく。下を見る必要は無い、今はただ上だけを目指す。アスの顔を思い浮かべながら、岩のくぼみに手をかけたのだった。
★☆★☆★☆
女神の踊場のふちに、よっと手を伸ばし這い登ると、アスはひといきついた。するとどこからともなく呼び声がして、そちらを振り返った。
「アス様ー! お帰りなさい!」
遠くでにっこり笑い嬉しそうに手を振るルークの声に、アスは驚きながらも笑みをこぼす。元気そうで良かった。
「居ない間に何かあったか?」
「いえ、弱い魔物が数匹現れたくらいで、大きなことが起こることはなかったです。ただ気になるのは魔物が聖域に、なぜ現れることができたのか、ということですかね」
「うん。それについてはオレも気になっていたところだ」
「そうでしたか」
家への道を上りながら二人の会話に花が咲く。黄泉での出来事を語れば、ルークはそれは楽しそうに耳を傾ける。
互いの話を聞いているうちに、女神の踊場の方からどんと大きな音がして、アスはルークと顔を見合わせた。
「アス様ー! 頑張って下さーい!」
「おうよ! 任せとけ!」
まだ見ぬ敵を目掛けて、アスは走り出したのだった。