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悪魔との邂逅

 アスとプリムが薄暗い階段を上っていくと部屋だろうか少し広い空間に出る。そこには淡く光を帯びた幾つもの鳥籠があり、その中には妖精達が閉じ込められていた。

 部屋を見渡すがここがどこなのかは分からない。アマリアの王家の隠し道という言葉から考えるに、日が全く入らないこの部屋は、隠し部屋なのかもしれない。

 妖精達のすすり泣く声は、どこか陰鬱としていて、アスは小さく息をついた。こんなところに居たら病気になりそうだ。

 部屋の中を慎重に見渡し女王を探していると、妖精達の姿が嫌でも目につく。未来に絶望し諦め、へたり込む姿や、それでも気丈に振る舞う姿など様々だが、一様にして言えるのは、この部屋が悲しみに満ちているということだった。

 アスが部屋の奥へと足音を立てずに進むと、プリムが真っ先に女王を見つけ、涙を浮かべながら飛んで行って、その後を追う。

 そしてプリムは鳥籠の中の女王に声をかけた。


「女王様!」

「プリムあなたがなぜここに?

それからアスライル、あなたまでどうして?」


 驚いたのか目を見開く女王に、アスはため息をついた。


「オレはお前を盗みに来た、それだけだ」


 くしゃりと顔を歪め、泣き出してしまいそうな女王の姿に愕然とし、ここまで女王を追い詰めた人間に憤ったのか、プリムがぷるぷると震えている。


「ここは危険よ。私に構わず逃げてちょうだい。

プリムあなたは私の希望なのよ。

あなたには女王の力を授けます。

だから今すぐ国に戻って皆を支えるのです」

「そんなの嫌! 女王様、諦めないで下さい。

私に力があっても、ただの力のある妖精であるだけだわ。

ティターニア様のように、多種族のいるティルナノーグは纏められない。

妖精女王ティターニアの代わりなんて誰もできないわ」


 泣き出すプリムの背は心許なくて、アスはそっとその背を支える。プリムには女王代行は荷が重い。ティルナノーグの偏屈な長達を納得させるだけの器量を持てと言う方が酷である。


「私は逃げない。女王様を救って必ず元のティルナノーグを取り戻して見せるわ」

「プリム……」

「だって私諦めが悪いから、みんなが一緒じゃなきゃ嫌なの。だから諦めないで女王様」

「分かったわプリム。私はあなたの希望にかけることにしたわ」


 女王はそう言うとアスに視線を移す。彼女の言いたいことは分かる。プリムを意地でも連れて逃げてくれと。だがこうなったプリムは梃子でも動かない。だからアスは覚悟を決めた。妖精のために戦う覚悟を。

 すると、次の瞬間、軋む音を立て扉が開く。一筋の光が部屋に射し込み、そこが魔術工房だと気付く。そして現れた少女をアスは睨み付けた。


「あら、まだ妖精が生き残っていたのね」

「ダユー……」


 ぽつりと溢した女王の言葉に、アスは上から下まで舐めるように少女を見た。亜麻色の髪を揺らし小首を傾げる様は愛らしい姫そのもので、けれどそのアクアマリンの様な瞳には光は宿っていない。

 彼女から滲み出る危なげな雰囲気は、男を狂わせる様なもので、アスはナイフの柄に手をかけ、プリムを背に隠すと距離を取る。


「感動の再会というやつかしら、けれど残念ね。妖精女王はここで死ぬの。そういう運命なのよ。 だからあなたも実験台にしてあげる」


 少女いや王女ダユーはふいっと指を空中に滑らせる。光を帯びた指先は美しい魔方陣を描き、その手から発せられた火の玉をアスは弾き飛ばした。


「今ならまだ許してやる。妖精を解き放て」

「何をおかしなことを言っているのかしら。妖精はそもそも道具、私たちはそうとしか思ってないわ。だから解き放つだなんて考えもしなかったわ」


 クスクスと笑う彼女は愛らしい。けどその愛らしい笑みからは考えられない程、視線は冷たいものだった。


「妖精に人格なんて必要無いのよ。だってあなた達は家畜も同然なのだから」

「私も女王様も家畜なんかじゃない! あんた達に利用なんてされない。私はあんたを許さないわ!」


 おかしくておかしくてたまらないのか、腹を抱え笑い始めたダユーに、アスの視線が鋭くなる。


「たかだか妖精に何ができるのかしら? あなた達は利用される側の生き物、だから私に大人しく利用されなさい」


 ダユーの指が魔方陣を描く度に妖精達は種になっていく。


「止めて! 止めて!!」


 プリムが金切り声を上げるのが、楽しくてたまらないのか、ダユーは笑いながらくるりと回りドレスの裾を翻すと、アスに向け魔法を放つ。

 アスはそれをことごとく跳ね返し、ナイフを抜きダユーに斬りかかった。

 ダユーはそれを踊るようにかわすと、手を広げうっとりと目を閉じる。その姿は、まるで世界は自分を中心に回っている。と、言うようだった。


「さああなた達、私に力を頂戴」


 妖精の力を一身に受けるダユーは禍々しい。そして遂に妖精女王が種になりプリムは絶望のあまり涙を溢す。


「あ、あぁ……そんな、そんなのってないわ……私の大切なものが……なんで、なんで!」


 プリムは落ちた種を拾い上げ抱き締めた。ぷるぷると震えるのは怒りからだろうか。プリムの瞳は今にも溢れ落ちそうな涙の膜が張り、悲しくて悔しくて、アスが止める間もなくダユーに飛びかかった。

 しかし、ダユーはそれを羽虫のように弾き飛ばし、弱々しく倒れたプリムを踏みつけようとした。危ないとアスはとっさにダユーを突き飛ばし、プリムを拾い上げる。

 何度も呼びかけたが目を覚まさないプリム、見下すように高笑いするダユー、アスは怒りのあまり聖剣を抜いた。聖剣の柄を握る手は震え、聖痕が手から体に広がる。

 そして次の瞬間、アスが目の前から消え、ダユーは勘を頼りに聖剣を短剣で受け止めた。


「あなたも消し炭にしてあげるわ!」


 ダユーは身の丈よりも巨大な火の玉をアスに向け放った。

 だがアスがその程度の魔法に屈する訳もなく。一刀両断しダユーを小馬鹿にした。


「魔法に使う生け贄、完成度を上げるための魔方陣、それを使ってもこの程度……まさかそれが全力って言わないよな?」


 するとダユーは怒りで顔を真っ赤にして、アスを睨み付けた。


「何よ! 馬鹿にして!」

「そりゃ馬鹿にもするだろ普通。あんだけ妖精を犠牲にして、ただの火の玉を撃ってきただけとか、あまりにもお粗末過ぎるだろ」

「私はこれでも神童って呼ばれてるのよ。魔法も使えないあんたとは格が違うの。悔しかったら魔法の一つでも使ってみなさいよ!」

「いいぜ。魔法ってもんがどんなもんか見せてやるよ」


 詠唱も魔方陣も生け贄もなく、アスは指を鳴らす。すると、雷が走りダユーの短剣を弾き飛ばした。

 カランと音を立て短剣は地を滑る。後退るダユーの顔は真っ青だ。


「そんな嘘よ。何の媒体も無しに魔法を使えるなんて……」


 目の前の存在が未知過ぎてダユーは怖れた。

 アスの指先に火が灯る。その火種に凝縮された力を前に、ダユーは咄嗟に魔法で防御壁をはる。

 だがアスの放つ火種は一気に膨れ上がり大爆発を引き起こす。弾き飛ばされたダユーは壁にめり込み悔しげにアスを睨み付けた。


「よくも、よくも、よくも! この私に恥をかかせたわね。貴方のことは許さないわ!」


 よろよろと立ち上がるダユーの足に光の槍が刺さる。苦悶の表情を見せるダユーにアスはニタリと笑った。

 その悪役顔といったら、勇者とはとてもじゃないが言えない顔だった。

 やっと実力差に気付いたのか、ダユーはひいひいと這いつくばると何者かに助けを求めた。


「お願い私の紅の君、どうか私を助けて!」


 祈る様な彼女の声に呼び出されたのは、紅を身に纏う一人の青年だった。それはとても美しく貴公子の様だが、アスの目は誤魔化せない。その体から溢れる禍々しい瘴気に、アスは一目で彼が魔王の手先だと気が付いた。


「お初にお目にかかります。勇者アスライル・カルバネーラ殿。」


 そう言い魔王の手先はニタリと笑った。

 綺麗に会釈をした魔王の手先は、まるでこの時を待っていたかのようだった。


「オレは勇者じゃありません」

「聖剣に選ばれし者なのにおかしな話です」


 じろじろと頭の上から爪先まで見られ、居心地の悪さを感じる。魔王の代わりに様子を見に来た、といったところだろうか。下手に力を見せれば、驚異と感じられ、この世界全ての生き物と魔物との、全面戦争も有り得るかもしれない。そうなったら甚大な被害が出るだろう。ここは慎重に相手を観察するしかない。


「どこからどう見ても薄汚い盗賊のオレが、勇者だなんてお綺麗なものが似合う筈がないだろう」

「けれど我々魔物からすれば、あなたは立派な勇者だ。しかもあなたはちゃんと美しく気高い魂を持っている」

「美しく? 気高い?」


 突飛な発言に背筋がぞわぞわとして鳥肌が立った。

 何を言っているこいつは、どう考えても盗賊に美しさも気高さも無いだろう。盗賊なんて鬼畜、冷酷、下品などと言われるような生き物だ。だというのにこいつは、自分の言葉が全て正しいと言った顔をしている。しかも魂まで見るとは思った以上にこいつは強いのかもしれない。殺れるだろうかとそう考えた瞬間、アーサーの惚けた発言が上がり、唖然とする。


『ほう、よく魂の美しさに気付いたものだ。あやつは見る目があると思わないかアス』


 ちょっと待てアーサーなぜそこで敵の味方につく。まったくどいつもこいつもアスを勇者だと認めたいらしい。

 そんな中、空気を読まずにダユーが猫なで声を上げた。


「紅の君、お願い私を助けて!」


 上目遣いで目をキラキラとさせたダユーに、魔王の手先はにこりと笑い金の鍵を見せつけた。


「そっそれは、水門の鍵……なんで……」


 真っ青になるダユーを前に、魔王の手先は笑った。水門の鍵と聞いてアスの頭はくるくると回転する。イースの首都は海よりも低地にある。水門なんて開かれた日には、海水が一気に流れ込み、首都は水没してしまうだろう。そうしたら何人の人間が死ぬだろうか、考えただけでも怖くなる。

 まさか自分を助けてくれると思っていた人物に嵌められるとは、ダユーは思ってもみなかったのだろう。同じことを考えたのか、顔は真っ青になりカタカタと震えている。

 イースの命運は魔王の手先であるこいつが握っていると言っても過言ではない。魔王の手先はせせら笑うと金の鍵を見せびらかした。


「これはね。酒に酔ったあなたが、私にくれたのですよ」


 魔王の手先が意地の悪い笑みを浮かべる。

 人の心につけこみ悪事を働く、典型的な悪魔の常套句だ。悪魔は魔界から自身の精神体を投影して活動をしている。つまり実体が無いに等しい。確かフレイの昔話の思い出では、悪魔は名を呼ばれると、精神体の場合、正体を掴まれ命令に逆らえなくなる筈だ。

 まあこの魔王の手先が実体ではなく、精神体であることが前提だ。フレイに聞かされた昔話に出てきた悪魔の中に、当てはまるようなやつが居だろうかと思考を巡らせた。紅か目立つ姿をしている、そこにヒントがある筈だ。

 アスは考えながらも意識を魔王の手先に向ける。こいつは水門を開ける気だ。アスは力を抑えている場合ではないと、鍵を取り返すため、魔王の手先に切りかかる。

 音の速さを超えるようなアスの一撃を、魔王の手先は剣で受け止める。


 こいつ強い。


「やっとやる気になってくれましたか」

「お前がそうさせたんだろう」


 距離を取れば逃げられる。しかし、踏み込み過ぎれば殺られる。付かず離れずの距離での攻防に背筋がぞくぞくとする。それは久し振りに味わう、死をかけたやり取りだった。どうしたもんかなとアスは唇をぺろりと舐めた。鍵はすってしまえばいいとしても、この魔王の手先は強い。どこから隙を突くかが悩みどころだ。


「アーサー力を貸してくれ!」

『いいだろう』


 聖剣の切っ先から光が灯る。ひゅんと光が尾を引いて、次の瞬間、目に留まらぬ一撃が走る。だが後少しというところで魔王の手先はそれを避けた。外したかと舌打ちすれば、にたりと笑われて主導権を握られたことに、段々とイライラとしてくる。

 一撃、二撃、剣と剣とがぶつかり火花を散らす。


「おお怖い怖い」

「オレをおちょくるのも大概にしとけよ」

「いえ本気でなければ、五度は死んでいたでしょう。しかもあなたは本気ではない。やはり魔王様でなくては、あなたを葬るのは無理そうだ」


 薄暗い闇の中で、踊るようにアスの光と魔王の手先の闇がせめぎ合う。外が騒がしい。魔王の手先はタイムリミットですねと呟き、影の中に消えた。

 するとアマリアが扉を蹴り破り現れ、その足下を影が走るのが見え、アスは逃すものかと追いかけた。


「アス!?」

「後は頼んだ!」


 ねずみの様に素早く動き回る影に、アスは仕方ないと腰にさしていた銃を抜くと、影に向かって撃ち込む。

 すると影がまるで魚のように飛び跳ね弾を避けて、その瞬間を目掛けて斬り捨てる。パッと墨のようなものが飛び散り、影はアスから逃げようとスピードを上げる。

 オレから簡単に逃げられると思うなよ。と、影を切りつけては銃で狙う。だがそれに対し魔王の手先は、影の中からアスを攻撃してくる。影は地面の中から針の様に体を尖らせ、アスを突き刺そうとするが、アスはそれを転がり避けて、浮き出た影を切り裂く。

 聖剣の封印を解放したアスの速さは、魔王の手先の想像を遥かに超えていた。銃弾を避けようと飛び上がった瞬間、切っ先を地に滑らせると、影を真っ二つにした。

 断末魔の声が上がり、切り離された手が城の中庭に転がる。だがそれは靄になり影に吸い込まれた。


「よくもやってくれましたね……」


 怒りのあまり震える様はやはり悪魔そのもので、アスはそれを見て嘲笑う。


「所詮その程度か」

「所詮? その程度? 貴様私を愚弄したな! この人間風情がこの私を倒せるとでも思ったか! お前達は海の藻屑と……」

「はいはいストップ、長いからお前の話。紅の君? いや悪魔か。悪魔さんはこれ使って、水門抉じ開けるつもりなんだろ? 」


 アスの手からキラリと光る金の鍵が現れて、魔王の手先の顔が赤から青へと変わる。


「ごめんな。オレ手癖が悪いもんで……さてどうする? 水門は開けられない。利き手は失った。で、因みに悪魔って奴は名前を言い当てられたら終わりなんだっけ?」

「貴様に私の名前が分かるものか」


 恐怖に戦く魔王の手先を前にアスはニタリと笑う。


「何から何まで赤い色をした姿で、時に嘘をつくが、過去、現在、未来の全てに通じており、魔法によって命令されれば真実を教える。全ての金属を黄金に変える力を持つ悪魔、地獄では26の軍団を率いる公爵ベリト、それがお前の名前だろ?」

「なぜお前がそれを……!」

「神の知り合いが居てね。そいつ悪魔に詳しいんだよね 。宿敵だからさ。オレの命令聞いてくれるよなベリト公爵」


 ベリトの顔が真っ青を通り越して真っ白に変わる。


「止めろ! 止めろ止めろ止めろ!!」


 真の名を掴まれた悪魔は命令に逆らえない。アスは見下したようにベリトをいちべつすると口を開いた。


「魔界に帰れベリト」

「くそっ! よくも! よく……も…………」


 ベリトの体は灰になりアスはホッと息づく。すると遠くからアマリアの声がして、アスはそちらを振り向くと歩き出した。

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