序章
はるか昔、世界がまだ産声を上げた頃『神獣』という神をも殺す獣がいた。
世界を創造した女神は、神獣により混沌とした世を嘆き、創造の剣を携え戦った。大地に生きる者達に、闇に屈しないよう、何者にも汚されない光を与えるために。
そうして力を手にした者達と共に戦い、神獣を地下の奥深くに封印した。
しかし神獣の力は強く、その影たる魔物が世界に残った。女神は魔物達から世界を守る為、最後の力を振り絞り、聖なる樹『世界樹』に姿を変えた。
そして大地深くに根をはり、魔物達を世界の片隅に追いやると女神は眠りについた。
しかし年月が経つと、力を蓄えた魔物達は、自らの源である神獣を目覚めさせる為、闇の力を集め『魔王』を生み世界に報復をするべく侵略を開始した。
先の戦いで剣をとった者達の子等は、魔物達と相見えるが決着が付かず、再び女神の力を借りるべく、一人の青年を世界樹の根本たる聖域に送り出した。
青年はそこで、かつて神獣と戦った神の剣『聖剣』を見つけ魔王を倒すべく、それを手に旅立った。
世界樹の力の及ばぬ大地にそびえ立つ魔王の城で、青年はみごとに魔王を倒し、世界に平和が訪れた。
斯くして世界は闇から救われたが、魔物の脅威は薄れたものの消えることはない。魔王は転生を繰り返し、聖剣を手にすることのできる勇者と度々に渡り争い続けた。
ーーーーそしてまた、世界は暗黒に包まれようとしているーーーー
吹きすさぶ強風に煽られながら、一人の少年が絶壁を登っていた。その高さは遥か地平が丸みを帯びて見える程で、少年は絶壁に絡み付く根をつたい、ホッと息をつくと上を見た。
やっと頂上まで来たのか、あごのようにせりだしたでこぼことした岩が見える。少年は岩の窪みに手をかけ、落ちるのではとひやひやしながらはい上る。そしてたどり着いた先を見て息をのんだ。
目の前に迫るように広がる巨大な一本の樹。足下にある大きな一枚の岩は継ぎ目もなく、上に向かってアーチ状に広がる階段へと続いており、そこには細かな柄が刻まれている。どこから溢れているのか分からない泉。どれもこれも神の御わざとしか考えられない。
フラフラと立ち上がり辺りを見て、澄んだ水音を耳にすると汚れきったこの身すら浄化されるような気になる。
ここが、こここそがまさしく聖域であると、少年は心のどこかで悟る。そして少年の足は疲れなど知らぬというように、どんどん奥を目指す。
聖域の入り口が小さくなって見えなくなる程の階段を登り、泉の流れをたどり、木の根のトンネルをくぐると、幻の鳥が導くままに先を急いだ。そしてまるで吸い寄せられるように、世界のへそとも言われる木、世界樹の根本にたどり着く。
その根本には剣が刺さっていて、光を一身に浴び輝きを放っている。剣身には黄金で打ち出された火を吹く二匹の蛇が描かれ、その特徴は伝説の剣エクスカリバーそのものだった。
登りきった喜びのまま息をつく間もなく。少年は剣の柄を掴み力を込めた。勇者にしか抜けない筈の剣は、思ったよりも呆気なく抜けてしまい、少年は一瞬茫然とした。そして剣を元に戻した。
抜いてはならない物を、抜いてしまったのだと気付いたのだ。
すると突然高らかな笑い声とともに剣が輝き、その眩しさに少年は目を瞑る。
光がおさまりゆっくりと目を開けるとそこには、美しい金髪、煌めく青い瞳、白磁のような肌、整った顔立ちの背の高い青年が、にっこりと微笑んでいる。少年は驚きのあまりその紅の目をぱちぱちとし擦る。
「抜いた剣を戻したのを見たのは初めてだ。
気に入った! 余は貴様の神になろうではないか!」
「えっ……いや別に神とか要らないし……」
青年、自称神は少年を舐めるように見る。
年の頃は15、6。背は低くいが、しなやかな体を持っている。整った目鼻立ちに美しい黒髪、そして何よりも印象的なルビーのような紅の瞳。大人になったらきっとさぞかしモテるであろうなと、自称神は思った。
「よく見ればお主、子供ではないか!」
「なんだと!? オレはこれでも21だぞ。子供扱いすんな!」
「なんと!」
驚いている自称神を前に、厄介な者に目をつけられたと彼は思った。
これは逃げるしかないなと、聖域から出ようとしたが、どこに向かっても結界が張られているらしく、弾き飛ばされる。どうやら聖域から出られなくなってしまったようだ。
「ここから出たければ、剣を持ち出さないと出られないぞ」
「えっ……まじ?」
にやにやする自称神、彼は紅の瞳を真ん丸くした。なら剣を手にここから抜け出し、売り付けるなり捨てるなりすればいいのではと、彼の頭に考えが浮かぶが、自称神はそれを見越していたのか、彼の考えを打ち砕くような言葉をかけた。
「剣を持ち出したら最後。剣は売ろうが捨てようが必ず手もとに戻ってくる」
「何の呪いだよそれ!」
嬉しそうに笑う自称神に、彼の顔がひきつる。
「魔王を倒さなければ、剣から逃れることはできないぞ」
「それじゃまるで、オレが勇者みたいじゃねぇか!」
「だからそうだと言っている。このアーサー・ペンドラゴンの名において、断じて嘘はないと誓おう」
「ちょっと待て……アーサーって、あの英雄アーサー王かよお前!」
アーサーはふふんと笑って、彼を見下ろす。
無駄に偉そうなオーラ出しやがって本物じゃねぇか、と彼はうちひしがれた。
「オレが勇者でいいわけがあるか。
オレは泣く子も黙る盗賊の王、アスライル・カルバネーラだぞ」
「その名は知らんな。アス、お主はそんなに悪いやつなのか?」
アーサーが知らないことは薄々予想していたが、知らないとはっきり言われるのは、ショックだった。
そしていきなり愛称で呼ぶなんて、フレンドリー過ぎるだろう。というかこいつは凄く態度がでかいではないかと思う。
「オレは聖剣を盗みに来た盗賊だぞ」
「いやお前は勇者だ」
「オレは勇者じゃありません!」
アスの叫びも虚しく、勇者としての生活が始まった。