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短編集

こうして私も異世界へ行くことにした。

作者: かざなみ

「ねぇー、美香。あんたって、いつになったら異世界行くの?」


 ごろごろとリビングのソファーにだらしなく寝転がった状態で今流行りのドラマを観ながら、そんな言葉を口にしたのは、美香の姉の弥生である。


「あんたのクラスメイトも大体、もう異世界行ってるんでしょ? 後々面倒になるから、行っといた方がいいと思うよ?」


 対する美香は椅子に座って、弥生の言葉を右から左へ聞き流しすかのように雑誌に視線を向けて何の反応も示さなかった。


「ねぇ」


「……」


「ねぇったら」


「あぁ、もう、うるさいなぁ。私が異世界行こうか行かまないか、そんなの私の自由でしょ。構わないでよ」


 鬱陶しげに美香は雑誌から弥生に視線を移す。


「でも、もうこのなかで異世界行ってないのって美香だけじゃん」


 美香の家族は全員、異世界経験がある。父の幸一と母の綾子、姉の弥生は既に異世界へ行ったことがあるのだが、この中で唯一美香だけが、まだ高校二年生になっても異世界に行ったことがなかった。


「だから何? お姉ちゃんたちのはほとんど事故みたいなものじゃん」


「まあ、そうだけどさ。確かにあたしの時はクラスメイトの転移に巻き込まれて半ば無理やりだったし、お母さんは強制召喚、お父さんなんてトラックに轢かれてだけど。でもさ──」


 弥生は頷いた後、ソファーに姿勢よく座り直す。


「あたしが別にうるさく言わなくても、どうせ学校とかがもっとうるさく言ってくるよ。やれ『グローバル化の極致』だの『学習活動の新たな可能性』だの。色々とお小言いわれる前に行っとけばいいんじゃない」


 弥生の言葉に美香は耳を傾けながらも、それでも美香は不機嫌な表情で言葉少なめに言うのだった。


「……別に異世界行かなくても生きていけるし、行かない」


 頑な態度の美香。呆れたと、弥生は溜息を吐く。


「何? そんなに異世界行きたくない理由でもあるの? あっ、もしかして……!」


 瞬間、弥生は口元をニヤリと歪めて意地の悪い笑みを浮かべた。


「幼なじみの亘君が気になるのかなぁ~」


 弥生がその名前を口にした瞬間、美香の頬が紅潮した。


「……ち、違うから」


「あ、やっぱりそうなんだ。あの子、確か異世界行く気なかった筈だし。まあ、仮に行くとしても、あたしらの家系とあの子の家系じゃ、転移適正が違いすぎて同じ異世界いけないしね。それに異世界行って帰ってきたら、価値観変わってて恋が冷めちゃいましたって話結構あるもんね。異世界から帰ってきてカップル別れる率、約25パーセントだっけ。ちょっとした社会問題にも取り上げられたりしてるし、心中穏やかじゃないよね。そっかそっか」


「だ、だから違うって! そんなのじゃないのっ」


 美香の反応に弥生のニヤニヤがより一層強まる。


「うんうん。分かってる分かってる。いやー、青春っていいですねー。お姉ちゃんもしたかったなー……リア充のクラスメイト共のせいで長年帰れる目処が立たなくて全く出来なかったし……。ああ、イイナー」


「あーもう、だーかーらーっ!」


「うん、うん。お姉ちゃんは分かってるよ」


 美香がいくら弁明してもまったく取り合わない弥生。こうなってしまっては弥生はどうしようもない。埒があかないと判断した結果、美香は早々に諦めることにした。


「はぁ、もうそれでいいよ。私、部屋にいくから。勝手に入ってこないでよ」


 そう言い残し、美香は弥生からの好奇の視線を背中に浴びながら、リビングを出たのだった


 ☆


 美香が自室に戻ると、机の上に置いてあった携帯電話に着信が入っていた。それと、メールが一つ。どちらも美香の幼なじみの亘からであった。メール文面には、ただ『話がある』とだけ書かれていた。


「え? どうしたんだろう」


 電話をかけ直す、美香。プルルルル、と音が鳴ると、すぐに亘が電話に出た。


「もしもし、亘どうしたの?」


『美香、話がある』


「急に改まってどうしたの?」  


『どうしても言っておきたいことがあって電話したんだ』


「へえ、何? 真面目な話?」


『──俺、異世界に行くことにした』


「え……」


 亘の突然の一方的な告白に、美香の頭の中が真っ白に塗りつぶされる。


『行く異世界は『kitakore・online』の創作物系異世界。転移予報によると転移日和は三日後。その時に異世界に転移する予定』


 言葉を失う美香に亘は淡々と告げる。


「……何で、どうして……?」


 我に返った美香は、悪い夢を見たかのような呻きに近い声で訊く。


「異世界行っても碌なことないんだよ……?」


 美香は家族から幾度となく異世界での出来事を聞かされてきた。その大半が苦難の話ばかり。他の身近な人からもこれといった良い話は聞かず、未知の可能性に夢見る世間とは違い、美香は異世界に悪印象しか抱いていなかった。それが美香が異世界に行くのに消極的な理由であり、そして、


「亘、子供の頃に突然、異世界に放り出されて、それで怖い目に遭って……あれだけ、もう行きたくないって言ってたじゃん……」


 美香の異世界への印象を最終的に決定付けた、その最たる出来事が数年前に起きた亘の失踪事件である。転移予報の外で起こった、未確認の転移ゲートに亘が飲み込まれ、捜索隊に救助されるまでの数日間、異世界を漂流した事件。その時亘は心に深い傷を負ったのだった。


『分かってる。それは、俺が良く知ってる。けど──』


「でも、約束したでしょ……? ずっとこのままの自分でいようって」


『……悪い、約束破ることになった』


 亘はかつてのトラウマを乗り越えるために異世界に行くつもりだ。だが、その亘の志に美香は首を振って否とする。


「私は、このままがいい。変わらない方が幸せに決まってる」


『ああ、そうかもしれない。だけど、俺は変わりたい。……あの時のトラウマを克服したい。もう惨めな思いをしたくないんだ』


 亘の決意は固く、その並ならない覚悟に美香は渋々とした様子で言った。


「……分かったよ、行けばいいじゃん。どうせ、私がいくら止めても結局は行くつもりだったんでしょ? なら、異世界行ってきなよ」


『ごめん、ありがとう』


「謝るかお礼言うかどっちかにしてよ、まったくもう。……それで、いつ帰ってくるの?」


『細かくは分からない。多分、三ヶ月後くらいだと思うけど、とにかく出来るだけ早く帰ってくる』


「そう。じゃあ、その間はどんなことがあっても絶対に会えないんだね」


『……ああ』


「それじゃ、頑張ってきなよ、異世界で」


『ああ、頑張ってくる。だから、待っててくれ』


 その会話を最後に、通話は切れた。


 ☆


「ねぇ! ここ最近の転移予報で一番日付が近くて、一番転移先の環境が厳しいところってどこっ!?」


 美香は自室から急いでリビングに行くと、今流行りのバラエティー番組を視聴していた弥生に向かって早口で捲し立てた。


「え、えっと確か、ネットで見た転移予報だと……『来週の水曜日、隣町の女子高の廃校舎二階の大鏡。転移世界は中世ヨーロッパのウランス王国、衛生環境は深刻、転移補正はなし。他国と戦争中のため、治安があまり良くなく、十分に注意すべし』だけど……急に何なの?」


 突然の美香の様子に戸惑いながらも弥生は情報を伝えると、美香ははっきりとした口調で言い放った。


「私、異世界行くから!」


 急な美香の心変わり。そして、あまりの剣幕にたじろぎ「そ、そう……」としか言えない弥生。


 美香の目の端には涙が溜まっており、それを乱暴に拭いながらひとり呟く。


「……誰が、ただ待っててなんてやるもんか。あいつより、絶対早く帰ってきて証明してやる……」


 亘が決意を固めたように、美香も心に決める。


「ほら、見なよ。私も異世界行ってきたけど、どこも変わってないでしょって。だから、異世界行ったからって何も変わらないし、変わる必要もないんだって。異世界なんて行くだけ無駄だったんだって……!」


 そう自分の胸に誓いを刻みつけ─―


「あの馬鹿に言ってやるんだ!」


 ──こうして美香の異世界デビューが決まった。


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