9話 襲撃者 その2
最初に倒した男が持っていたランプが床の上に転がっている。 ガラスは割れていないので、火事の心配はなさそうだ。 そのランプから発せられる光で辺りは薄暗くであるが照らされていた。
僕は右手と左手に椅子を1つづつ持ち、男と距離を取った、大体4~5m位だろう。
武器を持たない僕は剣に斬られれば終わりだ避わすしか方法がない。
(まずはこの椅子で相手の技量を見極める)
僕は右手に持つ椅子を相手に投げつけた。 強化された肉体によって投げられた椅子は物凄いスピードで相手に向かって行く。 避けるのか? 剣で裁くのか? 斬るのか? どの様な動きをするのか知りたかった。
すると男は笑みを浮かべ椅子を真っ二つに叩き斬った。
(おいおい、大泥棒の相棒でもない限り、跳んでくる木の塊を一刀両断出来るわけが無い。 異世界だから普通なのか? とにかく一度斬られたら終わりだな!)
そう考え気持ちを切り替える。 剣を避けて懐に飛び込み打撃を与える。 実にシンプルっていうかこれ以外方法が無さそうだ。 左手に持つ椅子を床に置き、姿勢を正し構えを取る。 体を半身下げ腰を落す。
僕の構えに男が反応した。
「無手? 武器が無いならそこに転がっている男の物を貸してやってもいいぞ!」
余裕からの冗談だろうか? ニヤけながら言ってきた。
「怖いから辞めときます。 拝借中に斬られたら終わりですから、それよりもう帰ってくれませんか? 片付けは僕がやっときますので、気を使わないで結構ですよ」
「俺って信用ねーな。 楽しめるなら待っててやるのに…… まぁこの状況じゃあ仕方ないか。 そろそろ始めようか!」
その捨て台詞と同時に腰を低く掲げた状態で男が走りながら近づいてくる。 剣は横払いの構えだ。
僕は男の動きからその後の攻撃を予測し腰を上げると、椅子を切断した時と同様な鋭い横払いの攻撃をバク転を行い避した。 僕の動きにあっけにとられた男の追撃は無く、肩を揺らしながら笑っている。
「身軽な奴だ! 曲芸士にでもなれるんじゃないか。 次の攻撃も楽しませてくれよ」
バク転で避けた事で男との距離は3m程開いている。 今度も前回と同じ様に突っ込んで来た。 僕を試しているのか? 全く同じ構えそして同じ動きである。
(きっと何かある。 先ほどと同じ様に避けると不味いだろう。 ならば!)
男が再度突っ込みながら横払いの剣戟を繰り出してくる。 その動きに合わせ一歩前へ踏み込みながら腰を床近くまで落とし身体を回転させながら後ろ回し蹴りを放つ。 足をすくわれた男は転倒しそうになるが、片手で床を突きそれを防止すると共にもう一方の手に握られている剣を僕の方へと向け続けた。
「あぶねぇ~な。 今の攻撃で確信した、やはりお前は強い男だ。 だが大体解ったぞ! お前はおれには勝てない」
「僕はそんなに強くありませんよ! 僕は自分より強い人を何人も知っていますから」
軽く文句を言い合いながら互いの隙を伺いあっていた。 その後、男は突然腰に備え付けているナイフを取り出すと僕に向かって投げてきた。 避けるかそれとも何かで受けた方がいいのか? 一瞬で考えをまとめナイフを避ける。 僕の後方へと飛んでいったナイフを横目に僕は男の方へ顔を向けた。
男はその様子をニヤリとした表情でみていた。 何を笑っているんだ?
「危ない夢男さん!! 後ろからナイフが!!」
その言葉に僕は振り返り、目の前に迫り来るナイフを間一髪身体を捻って避けた。
「痛っぅ!」
だが完全には避ける事は出来ず左腕を切られてしまう。
「ちっ! もう一人いたのか…… だがこれで解っただろ? なぜお前が勝てないのか。 お前は身軽だが魔法が使えない。 普通ならこれだけ戦っていれば魔法が使える者なら使っている筈だ。 魔法が使える者と使えない者には大きな壁があるんだよ。 解ったか! 残っている女もお前の後に殺してやるから安心して死んでいいぞ」
額から大量の汗を流しながら、左腕に手を当てると右の手の平に大量の血がついていた。
(これはマジでヤバイな…… 魔法というか特殊能力なら使えるけど、今の状況でエロ本なんて何の役にも立たないよな?)
その時野党が口角を吊り上げ笑みをみせた。 それは実に嫌らしく狡猾な笑みであった。
「あっ! そうだぁいい事思いついたわ。 お前から殺そうと思ったが、まずは女から殺そう」
男はそう言うと、右手をメルさんの方へ向けて何か言葉を小さく呟く。 するとナイフがメルさんの方へと飛んでいく。 一瞬で僕の汗が冷や汗に変わった。
(ナイフを止めなければ!)
その瞬間に僕は走りだした。 自身の顔目掛けて、迫り来るナイフの恐怖でメルさんの身体は硬直し動けていない。
(急げ! 急げ!)
だが、僕の位置とナイフの位置ではどんなに急いでも僕の方が遠く間に合う距離ではなかった。
(どうにかして、ナイフの軌道をそらさないと……)
走りながら、瞬時に目配せをしたが辺りには椅子などなく、もし椅子がある場所へ大回りしていたら確実にメルさんはナイフに貫かれると思われた。
(そうだ! 僕には在るじゃないか何時でも出せる物体が!)
「ロスト! 出てきてくれ」
僕は呪文を唱え思いを口にすると右手には一冊のエロ本が現れた。 走っていた僕は助走をつけた投擲の様な感じでナイフに向かって本を投げつけた。
轟音を上げ、ナイフ以上のスピードでエロ本が飛んで行く。 正に間一髪であった! バンっという音と共にナイフが地に落ちた。 メルさんとナイフの距離は30cmも空いていないだろう。 メルさんとナイフの間に丁度エロ本が壁となった形だ。
(ふぅ~ 危なかった……)
僕はメルさんの前に移動し、彼女を守る形で男と向かい合った。 その際にナイフとエロ本に目を向ける。 ナイフの剣先は折れており、逆にエロ本は無傷の様である。
(僕のエロ本って凄い強度なのか? よしこれは使えるぞ!)
落ちていたエロ本を片手に持ち男を見据えた。 野党は少々ビックリしている。
「何だ? 今の本は? いつから持っていた? まぁそれは良いが落ちたナイフは使わないのか?」
「生憎ナイフは刃こぼれしている様なので、使えそうにありません。 僕はこの本で十分です」
その言葉に苛立ちを露にした男が怒気を発してきた。
「本で一体何ができるんだ? いいだろう、そんなに早く死にたいなら望みを叶えてやる」
「死ねやぁぁ」男が剣と別のナイフを持って向かってきた。
(ナイフはまた魔法で飛ばしてくるに違いない。 メルさんを守りつつ戦う僕には長期戦は不利になる。 この攻防で仕留める!)
「うぉおおお」 気合の雄たけびを上げ男へと向かえうつ。
風を引き裂く速度で斬り付けて来る剣を何とか避けると、ナイフが腹部を狙って突いてくる。 それを本で横へなぎ払いナイフを弾き飛ばす、そのあと蹴りを腹へ叩き込んだ!
「ぐふっ!」 腹を押さえ肩肘を突く野党を目前に置き、先ほどの攻防で僕は一つの事に気付いた。
(どうしたんだ? 男の動きが悪くなっている。 荒いと言うか…… 集中出来ていない感じだ)
一度距離を取って今度は僕が男へ向かっていった。 僕に向かって上段から斬り付けて来るが本で受けようとすると剣速が僅かに鈍る。 男の目線もチラチラと本に向けられている。
(もしかして、このエロ本が相手の注意をそらしているのか?)
それは単なる直感であったが、攻防を繰り返す内に確証へと変わる。
(僕のエロ本は相手を魅了する!!)
僕は男の頭上へ本を放り投げた。 放物線上な軌道を描くエロ本を男は首を真上に上げ見上げていた。
その隙に僕は男の懐へ飛び込み、勢いを殺さぬまま鳩尾へ肘を叩き込む。 呻き声と共に男の身体が九の字に曲がる。 そして上を向いていた顎にアッパーカットの形で掌底打ち放った。
僕にもたれる様に男の身体が崩れ落ちた。 床で転がった男の上に先ほど投げたエロ本が落ちる。
「なんとか勝てた…… エロ本が無ければ僕は勝てなかっただろう」
落ちた本を手に取ると表紙は猫耳をつけたメルさんであった……
題名は獣美女全集と書いてあった。 この男は獣族が好きなんだな。 そんな事を考えてしまった。
倒れている男達の武器などや防具を外す、そして下着姿のままで柱に厳重に縛り付けた。
「この位でいいかな!? メルさんもう大丈夫ですよ~」
僕はメルさんに声を掛けた。
「夢男さん!!」
メルさんは目に涙を浮かべ走って僕に抱きついてきた。 その勢いで尻餅を付く。 そのままメルさんは強く僕を抱きしめていた。
「イテテテ・・・」
「あっ! すいません。 お怪我は無いですか?」
「僕は大丈夫です。 でも大変な事になってしました、彼達は一体何者なのでしょう……」
そう言ってまだ眠っている男達に僕は目線を向けた。
「私にもさっぱり見当が付きません。 まずは村長へ連絡した方がいいと思います」
夜も遅いが、朝までこのままで居るのも危険だと考え、僕達は村長の家へと向う事にした。
野党は手足や口を縛ったまま、別の部屋に閉じ込め中から出れない処置をしてから僕達は教会から村へと向かった。
村長の家に着くとドアを何度もノックし、声を掛け起きて貰った。 夜中の訪問に驚いていたが、メルさんが事情を説明すると、村の男を数名呼び寄せ彼等と共に教会に戻る。 幸い男達はまだ気を失っており、彼等に引き渡す事ができた、魔獣の死体も確認してもらい。 明日引き取ってくれると言ってくれた。
そして僕達は教会の中で、お茶を飲んでいる。
「ふぅ~ 色々あり過ぎて、頭がパンクしそうですよ」
「私もこんな事は経験した事がありませんから夢男さんと同じですよ」
荒れ果てた教会を眺めながら僕達は見合った。
「夢男さん。 守って頂きまして本当に有難う御座います。 私はあの時に死ぬ事も覚悟していました」
「僕も貴方を守れて良かったです」
頭を下げ、正式にお礼を告げるメルさんに僕は頭を掻きながらそれに応えた。
「実は小さい時に読んでいた本があるのです。 その物語は少女と出会ったロストが様々な悪人から彼女を守るお話でした。 私は夢男さんと出会ってその本の事を思い出したのです。 小さい頃に憧れていた想いを…… 今日守ってくれた夢男さんは、私の王子様ですね」
メルさんは頬を薄紅色に染めた。 彼女の思い出を聞いて僕はそんな大層な者じゃないと思ってしまう。 この異世界は今日の様な危険な事がこれからも起こるかもしれない。 でも今日は彼女を守れて良かったと心から思った。