4話 夢男の決意
テーブルの上には色鮮やかな夕食が並べられている。 最初は暖かくて美味しそうだったが、今は冷めて味が落ちているに違いない。
脱衣室での出来事の後、落ち着きを取り戻した僕は必死に謝まり、さらにその場に居づらくなって自分が居た部屋へ走り逃亡していた。 その後部屋をノックする音が聞こえ、服を着たメルさんが部屋へ入ってくる。 食事の用意が出来たので食堂に来るようにと言ってくれたが、顔は笑っておらず能面の様だった。 食堂でテーブルに腰を降ろし食事を開始する前に、今まで我慢をしていたメルさんが説教を始めてきたのだ。
「夢男さんは、常識が無さ過ぎます。 他人がいる場合は部屋に入る際にノックをする事も知らないのですか?」
「いえ…… 知っています。 すみませんでした」
「それに、私が転ぶ前に十分部屋から出る時間も在った筈です。 ですが貴方はそのままずっと凝視して…… 裸の私をそんなに見たかったのですか?」
「いえ、そういう訳じゃ…… 気が動転してしまいまして、すみません」
「じゃあ、私は見る価値も魅力も無い女性って言いたい訳ですね」
彼女は腕を組み頬を膨らませて怒っているが、今の言葉はおかしいのじゃないだろうか? そう思っていたが、それを言葉にする勇気も無く、僕はその後も謝り続けた。
「まったく、もぅ~ 今回だけは許しますから、今後は気を付けてくださいね」
メルさんは大きく一息吐くと、人差し指を1本だけ立て、子供を叱るお姉さんの様に「メッ!」っとして来た。
「許すのは一回だけですからね!!」
「ありがとうございます。 今後は気をつけますから」
(助かった!) メルさんの説教が始まって体感で30分位は経っている。 正直、僕が悪いけど30分間も謝り続ける事がこんなに疲れるとは思いもよらなかった。
「では、食事にしましょう。 私は神にお祈りを捧げた後に食べますので、夢男さんはもう食べても良いですよ」
僕はメルさんが手を合わせて祈りを捧げるのを待つ。
その後食事を取りながら、色々と話し合った。 その会話の中で言っていたが、明日近くの村を案内してくれる様だ。
メルさん以外のスピア人と会う事が出来ると思い少しテンションが上がった。
今日は異世界生活初日である。 流石に疲れた僕は食後に風呂を頂き、早めの就寝を取る事にする。
ベットに入り目を瞑りながら、この世界で今後良い体験が出来る事を祈りながら眠った。
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翌朝まだ窓から見える空色は薄暗く、鳥の鳴き声も聞こえて来ない朝方に僕は目を覚ます。
早く寝たから早起きした訳では無い。 外から聞こえてくる物音で目が覚めてしまう。
眠い目を擦りながら、窓から顔を出し物音の方を確認すると、教会の敷地内にある小さい畑でメルさんが水を撒いていた。
「こんな早朝から…… 彼女は働き者だな」
僕はベットから起き上がると、上着を着込みメルさんの元へ向かっていく。
「働かざる者食うべからずだ! よし僕も手伝おう」
僕の寝起きは悪くない方で、起きた瞬間から結構動けるタイプである。 気合を入れなおし僕は一生懸命に水を撒くメルさんに背後から近づき声を掛けた。
「おはようございます。 僕も手伝いますよ」
「ひゃっん! 夢男さんですか。 ビックリしました。 おはようございます」
メルさんは最初ビックリした様子であったが、僕の方に身体をクルッと向きなおし、お辞儀をしながら挨拶をしてくれた。
僕はメルさんが手に持つ木製のバケツに手を掛けると同時に、「僕が持ちますよ!」 と声を掛けた。
「いえ、毎日やっている事ですから。 それにこれでも私結構力あるんですよ」
彼女は力こぶしを入れるポーズを取って見せた。 頬を一杯に膨らませていたが殆ど効果は無いだろう……
「メルさんが教えてくれた様に身体が強化されている為か、殆ど重さを感じませんし、これならもっと大きなバケツでも大丈夫ですよ」
そう言いながら僕はバケツを持っていない方の腕で、彼女を真似る様に力こぶしを作る仕草をする。
「ふふっ! ならお願いしますね」
メルさんは口元に手をやり、優しく笑う。 それに吊られ僕も頭を掻きならが笑った。
それから30分程で敷地内に作っている畑の水撒きが終り、その足で昨日僕が転移された、少し離れた場所に作られている畑にも水を撒きに向かった。 全ての畑に水を撒き終えた位には太陽も遠くの山から顔を覗かせ、辺りも明るくなっていた。
「夢男さんありがとう御座います。 お陰様で水撒き作業が何時もより早く終わりましたね」
「いえ、お礼を言うのは僕の方です。 助けて貰った上に食事や寝床まで世話して貰っていますので、これ位は当たり前。 他にも手伝える事があったら何でも言ってください」
僕達はそれから、教会へと戻っていった。
教会に着きメルさんは手際よく朝食の準備に取り掛かる。 僕は料理が得意ではない為、テーブルの上に食器を並べていく。 大きなボールの中に今朝採取したばかりの野菜が盛られている。 それらの食材は日本で見ることの無い色と形状をしていた。 野菜が入ったボールをテーブルの中心に置き、少し大きな皿には薄切りにされたパンが並べられる。
朝一番に身体を動かした事により、適度にお腹も空いている状態であったので、凄く美味しそうに思えた。
そして互いに向かい合う様に座り、食事を開始する。 新鮮な野菜は歯ごたえが良く、ドレッシングなど無くても旨みや甘みが口一杯に広がった。 そしてパンは少し目が粗く歯ごたえがあり、口に入れると口内の水分が奪われて行く感じだが、備え付けのバターを付けると案外美味しく食べる事が出来た。
最初はお互いに余り会話する事も無く食事をしていたが、お腹が満たされるにつれ次第と会話も出てくる様になっていた。
「昨日も話しましたが、食事の後に村を案内しますね。 この村は田舎なので余り見る物も無いですが……」
彼女は田舎の部分で少し恥ずかしそうしていた。。
「いえ、僕にとってはこの世界で見るもの全てが新鮮で楽しいです。 でも、いいのですか? 僕の為に時間を取って貰っても…… お仕事もありますよね?」
「私の仕事は、教会の教えを少しでも広める事です。 その為に村の人達との交流も大事なお仕事です。 気にしないで下さい」
(ああ、本当にメルさんはいい人だ)
僕はそう言ってくる彼女を見ながらそんな事を考えていた。
この後は食後に少し休憩を取った後、僕達は村へ向かう事となった。
僕は食後に一度部屋へと帰る。 だが部屋に入った瞬間に僕は違和感を感じた。 それは直ぐに理解する事となる。 薄暗い早朝には気付かなかったが、部屋の中には山積みにしていた一冊もエロ本が見当たらない。
「エロ本が消えている…… あれは時間が経つと消えるのか?」
僕はベットに腰を掛けて、手の平を胸の前で上に向ける。
「ロスト! エロ本よ現れろ!」
すると一冊のエロ本がまた僕の手の平に現れた。
「良かった! 能力が無くなった訳では無い様だ。 表紙はメルさんであったが、服装は昨日の水着ではなく寝間着であった。 じゃあ中身を確認してみるか」
そう言いながら僕は1ページ目をめくった。 その瞬間僕は目を見開いた。
メルさんが寝間着の上からお尻を撫でられている状況写真であった。 メルさんは恥ずかしいのだろう。 頬を薄紅いろに染めて、右手を口元に当てていた。 メルさんを撫でている腕は肘から先しか移っていないが確かに男の腕である。
「これはメルさんが痴漢に会うって事か? 村を案内している時に何か危険な事が在るかもしれないぞ!」
僕はメルさんを痴漢の手から守る決意を心に刻んだ。