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2話 僕のけじめと異世界の希望

 昔から母は僕に厳しく作法を教えてくれた。


「きっと夢男さんの役に立つからしっかり覚えてね」


(母さんありがとう)


 僕は母の言葉を思いだしていた。 そして覚悟をノックの音が聞こえるドア前に移動する。


 僕は高鳴る鼓動を感じながらドアが開くのを待っていた。 ドアが開く音が響き彼女が部屋に入って来る。

 

「えっ?」 ビックリした様子の彼女が動きを止めた。 


 その後は永遠に続くとも思われる沈黙である。


「それは…… 噂に聞く土下座スタイル…… 初めて見ました。 何故その様な事をしているのですか?」


 そう僕は床に土下座をして彼女を待ち構えていた。 だが普通の土下座ではない。 母から教わった海原流の土下座である。

 両手を額の位置で指先を少し当たる程度で重ね、背筋はピーンと伸ばしたまま手の1cm上まで下げる。

 何か失敗をした際に心の底から詫びる場合に使われる型だ。 それが「海原流土下座術、ささゆりの型」であった。 美しさに置いてこの型以上の土下座は存在しないと言われている。


 彼女が僕を見つめ何やら思う所があるようだ。 胸の辺りで手を力を込めて握っている。 効果は有った様だ。


「助けて頂いた上に部屋を散らかしてしまいました。 申し訳ありません……」


 土下座スタイルのまま言葉を掛けた。


「そこまで気を使わなくてもいいのに、それに部屋を散らかしたって言いましたが……」

 

 そこまで言った時、彼女がついに辺りに散乱しているエロ本に目を向けた。


「ん? 部屋に散らばっているのは物は書物?」


 彼女がススィーっとエロ本に近寄っていく。


(今だ!) 


 絶対にタイミングを間違う訳には行かない。 彼女が一歩を踏み出した瞬間に僕は型を変更する。

 額の下に重ねていた両手を丁度胸の両側へ移動し額は床にこすり付ける。 さらにお尻は少し上向きに突き上げる。


「海原流土下座術、懇願の型!」 この型は相手に縋り付くが如くお詫びを申し上げる究極の型であった。

 よく、会社の営業がミスをした際に取引先の人にお詫びを入れる際に使用されると聞いている。


「それは僕の本です。 申し訳ありません」


 何に対して謝っているのか自分でも理解に苦しむが、全身全霊をもって土下座に力を入れていく。


 そして彼女はエロ本を手に取り表紙を見つめる。 

 彼女が手に持つのはホルスタイン7月号、表紙は彼女自身の水着姿であった。

 彼女は整った顔立ちで髪は長く背中まで伸ばしている。服の上からも解る位スタイルも良く出る所と引っ込むところが凄い差であった。 本当はずっと見ていたい所だったが、今はそれ所では無い。

 

(沈黙が長い…… 何故だろう。汗しか出てこない…… )

 

 親にエロ本が見付かった時ってこんな気持ちなんだろうな。 僕はそんな事を考えながら現実逃避していく。


 沈黙の後、彼女の発した言葉に僕は驚いた。


「いえ…… 大丈夫です。 これが夢男さんの力……ですね。 こんなに綺麗な絵を書けるのは、元居た世界では画家をしていいたとか? ただ絵が上手すぎて少し恥ずかしいですね」


 彼女は怒った様子では無く肌が露になった自分の写真を見ながら、頬を赤らめている。 


 だが僕はそんな彼女の可愛らしい仕草よりも彼女の言葉に引っかかった。


(僕が違う世界の人だと解っているのか?) 


 彼女達は僕以外の地球人を知っているのかもしれない。


(僕だけじゃないのかもしれない……) 


 今までの様にアタフタしていた僕は何処かへ飛んで行き。 僕と同じ様に此処にいる人が今もこの世界にいるのか? などと色々と聞きたい事が溢れて来た。

 そして今までの土下座スタイルから正座へ戻し、彼女へ再度声を掛ける。


「メル・ハイデンさん。 僕にこの世界の事を教えてくれませんか?」


 彼女は僕の質問に答えてくれると言ってくれた。 もともと説明する気でいたらしい、何故そこまでしてくれるのか解らないが、このまま一人でいても何も出来ない事は解っていた。 今はどんな些細な情報でも知っておきたかった。 


------------------------------------------


 僕とメル・ハイデンさんは、テーブルを挟み向かい合って座っている。

 テーブルには紅茶が出され、飲んでみると随分と美味しく感じられた。


「コホン」と一度だけ咳をつき、僕は彼女に声をかけた。


「メル・ハイデンさん! じゃあ早速、この世界について教えて下さい」


「先ずは私の事はメルと呼んでしてくれませんか。 フルネームは呼ばれ慣れていないので、何だかこそばゆい感じがしますので……」


 彼女はそう言って、少し恥ずかしそうな表情を見せていた。 これから色々教わる人の気を悪くするのも得策では無いので、僕は彼女の呼び方を考えた。


「では…… メルさんでどうでしょうか?」


 僕は彼女の顔を伺いながらそう言ってみた。 

 するとメルさんは納得した表情を見せてくれていた。 とりあえずそれで良いみたいだ。


「ではメルさん。 再度お伺いしますが、この世界について教えてくれませんか?」


 2度目となる僕の質問に彼女はゆっくりと答えてくれた。


「この世界は夢男さんが居た世界とは違う世界で、私達が住むこの世界はスピアといいます。 

 遥か昔からスピアには異世界の人達が数年に一度程度で飛ばされてきており、私達は異世界人の方をロストと敬称を込めて呼んでます。 因みにロストとは初めてこの世界に来た人がつけた名称です。 自分の世界から落ちたから? 居なくなったから…… たしかそんな意味だったかと。 

 ロストの人はこの世界の人よりも屈強な肉体や回復力また特殊能力を持ち。 さらに異世界の高度な文明をスピアに伝えてくれるので、私達は敬意を払って接しています。 

 今も何人ものロストの人達が各分野で活躍されていますよ。 因みに私が所属する協会にもロストの人は居るようですが、私はまだ会った事がありません。

 ロストと最初に出会った人はロストが混乱しないよう、彼等に現状を教える義務と国に報告する責務があります。 私もこの後、夢男さんの事を王宮に報告しなければいけません」


 そこまで語ってメイさんは一息つき紅茶を口にした。

 僕は今の説明で気になる事を確認してみる。


「じゃあ、僕はその王宮の役人に引き渡される?」


「いえ、安心して下さい。 夢男さんは確かに一度は王宮に出向きますが、そこで王宮・協会・冒険者ギルド・商人ギルドなど他にも沢山ありますが、各種の機関で、一週間程度、各機関の仕事を体験して頂き、自分の能力に合った場所で働く事が可能の様です。 それに何処も合わなければ、一人で生きていく事も選べる様になっています」


 彼女の説明を聞き僕は少し安心する事が出来た。 今も僕と同じ境遇の人達がいる事が解った事、さらに直ぐに僕と同じ境遇の人と会える様な感じだ。


「最後にもう一つだけ、僕達ロストは元の世界に帰れますか?」


 僕は一番重要な事を確認する。 最悪な場合はこのままこの世界にいる事になるだけに、その質問をした時は緊張で額から汗がにじみ出ていた。


「私も詳しい事は解りませんが、帰った人も居るようです。 逆にこの世界に永住する人や病気や怪我などでお亡くなりになった人も居ると聞いた事があります。 詳しい事は王宮で確認されるのが良いと思いますよ」


 メルさんが優しく言葉を掛けてくれた。 今の僕には彼女が天使にしか見えなかった。


(帰る事が出来るのか…… )


 僕は独り言の様に呟いた。

 そして今の状況を振り返ってみる。 僕は今異世界に居る。 周りの人は誰も僕の事を知らない。 誰も僕の両親や家の事を知らない。 極め付けが元の世界には帰る事が可能らしい。 


 今、首に繋がれていた鎖がパリンと切れる音が聞こえた気がした。

 ずっと柵の中で生きて来て息が詰まる思いばかりしていたが、この世界では僕は自由である。 そう思ってみると何だかさっきまで絶望していた状況が嘘の様に軽く思えた。


 そして僕はこの世界で自由を満喫してやろうと心に決めた! 

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