1話 異世界とエロ本とホルスタイン
コツ! コツ! コツ!
廊下を歩く音が次第に大きくなってくる、足音の音量の増加と共に僕の焦りも増大していった。
「ヤバイ! 速くコレを何とかしないと……」
僕が最初居た場所は白い壁にベットとテーブルだけ置かれた質素な部屋。 だが今はそれ等に加え、部屋一面にエロ本がバラ撒かれて山となっていた。
「消えろ! 消えろ! 消えてくれぇ! 僕が出したのに何故消えない?」
頭を両手で抱え込みながら声を大にして叫んでみても、エロ本が消える事は無い。
コン! コン! コン!
ついにドアをノックする音が聞こえてきた。
「夢男さん入っていいですか?」
「あぁ~ぁ~」
もう終わった様な声が出てしまう。別に死ぬわけじゃないが、頭が真っ白になり走馬灯の様に何故この様な状況になってしまったのかを思い出していた。
僕の名前は海原夢男、中肉中背の高校生、年は17歳で家は古くから続く華道と古武術の家元である。 厳しい両親の教えで小さい頃から礼儀や武術の稽古を毎日やっていた。
おもちゃや漫画本なども買ってもらった事が無いし、貰った物でさえ相手に返しに行かされていた。
そんな僕の唯一の趣味と言えば小説を読む事だった。 部屋には古書店で買った本が本棚一杯に並べられている。 一応パソコンも置かれているが、履歴のチェックなどが厳しく迂闊に好きなページすら見れなかった。 だからなのだろうか? 僕は古書店で買う物語や小説などで自分の知らない世界を疑似体験して夢を膨らませ楽しんでいた。
何時もと変わり無い、平日の学校帰りに僕は常連となった古書店へと足を向けた。
「いらっしゃい。 あぁ君か! ゆっくりと見ていってくれよ」
店長さんが僕に声を掛けてくる。 僕はいつもこの店で本を買っている為、店長とは顔見知りであった。
「こんにちは。 新しい本は入荷しましたか?」
僕の問いに、店長は店の奥を指差して教えてくれた。
「一番奥に新しく入った本を並べているよ」
「ありがとう御座います。 じゃあさっそく見てきます。」
僕は足早に店の奥へと向かっていった。 何度も目を通した本を横目に奥へと進んでいくと、一番奥の本棚の前に並べられた見慣れぬ題名の本が目に入ってくる。 それらを一冊ずつ表紙や題名などに目を通していく。 もちろん興味が沸いた本は手に取り数ページずつ目を通す。 そして僕はある本を見付けてしまう。 丁度手に取っていた本の横に置かれていた本に僕は釘付けとなっていた。
「ハッ! これは……」
僕が目にした本の題名は「月刊ホルスタイン7月号」。
僕は17歳で普通に色々興味が沸く年頃。ただ厳しい親のせいで迂闊に表に出す事が出来ないだけだ。 コンビニなどにはそう言う本は封をされている。 だが小さな古書店などはどの本も自由に読む事が出来た。 今がチャンスだと思い、僕は咄嗟に店長の方を振り向いた。 店長はレジに座り読みかけの本を読んでいる。
チャンスは今しかない! 一度大きく深呼吸を行う、それは今から始まる冒険に心を落ち着かせる儀式である。 まずは気持ちを落ち着かせて、「月間ホルスタイン7月号」に手を伸ばし指先が本に振れた瞬間に手を引っ込める。 どんな事でも油断しない事が大事だ。 そしてもう一度店長の様子をチェックする。
彼は相変わらず本を読んでいる様子だ。 あぁドキドキが止まらない! 心音がこれほど大きくなった経験は今だかつてなかった。 全国模試の時などはまったく緊張しなかったので、自分で驚いている。
もう一度深呼吸を行い僕はついにホルスタインを手に取った。
すかさず、本が身体に完全に隠れるように身体の中心に本を配置する。 これでページを開いても後ろからは見えない筈だ。 生唾を飲み込み、まずは表紙を確認してみる。 水着姿の可愛い女性の写真が載っている。 スタイルがいい女性で彼女の胸はとてつもなく大きかった! 流石にホルスタインと名打つだけあると頷き、僕は写真の女性を凝視していた。 少し女性の耳が少し尖がっているのが気になったが、女性特有のラインに目を奪われた僕の心は、それど比ではなく猛烈にトキめいていた。
そして、震える指を動かしついに最初の1ページをめくった……
だが次の瞬間、僕の目に写ったものは…… 畑であった。 しかも何故か僕は落下中である。
「うぁわぁぁ~」
高さが2~3m程度で何も出来ないまま重力に身を任せ僕は畑へダイブを行っう。 「ドスン」と大きな音が当たりに響く、だが意外と痛みは感じない。 畑で土が軟らかかった為なのか? いやそんな事はどうでもいい。 何故? 畑なのだ?
僕は混乱の余りに自分の体がどうなったか?所では無く、その場で身動き一つ取れずにボーっとしていた。 だがそんな僕に小さい声が呼びかけてくる。
「大丈夫ですか?」
次第に大きくなるその声にやっと正気に戻った僕は声の方へと顔を向けた。
「えっ? ホルスタイン……」
僕に声を掛けてくれてた人は、「月間ホルスタイン7月号」表紙の女性であった。 だが彼女が着ていた服装はエロ本のビキニとは違っていた。 彼女の服装は修道服の様な服装であったが、顔や胸・身体のライン・髪型などは完璧に表紙のホルスタインであった。
「大丈夫ですか? お怪我はありませんか?」
呆けている僕を心配そうに見つめる彼女に右手を前に出し、僕は大丈夫とだけ声を掛けた。 そしてまた何故こんな状況になっているのか理解できず。 僕は両手を土の上について俯くしか出来ない。
何も言わない僕をホルスタインさんは気にしてくれたのか? 彼女はそのまま声を掛け続けてくれた。
「私はメル・ハイデンと申します。 ロストの方と出会うのは初めてで私も驚いています。 貴方様の名前はなんとお呼びすればいいですか?」
膝を曲げ屈む様な姿勢をとり彼女は笑顔で、畑に這いつくばっている僕へ手を差し伸べ続けながら声を掛けてくれた。
(僕はどうなってしまったのだろう?)
混乱からまだ立ち直れていないが、彼女は差し伸べてくれている手を一向に下げ様とはしない。 僕は次第に落着きを取り戻すと、彼女にも迷惑は掛けれないと考えて手を取り立ち上がる。
「メル・ハイデンさん教えて下さい。 ここは何処ですか?」
「はい! 私の知っている範囲でならご説明させて頂きます。 でもその前に貴方様のお名前を教えて貰えませんか?」
僕はまだ自己紹介をしていない事に気付く。 一度深呼吸を行い服に付いている土を手で叩き綺麗になったのを確認後、姿勢を正し自己紹介を始めた。
「僕の名前は海原夢男と言います。 何故僕がここにいるのか? 貴方がもし知っているのなら教えて欲しい」
僕は彼女の目を見据えそう答えた。
「近くに私のいる教会がありますから、そこで放しましょう。 ですが今の服は土が付いて汚れてますので、着替えも済ませた後でですね」
そう言うと彼女は畑を背にゆっくりと歩き出す。 僕はとりあえず、彼女の後に着いて歩いていく。 何故だか解らないが、彼女は悪い人には見えなかった。
彼女の後を歩く際に周りの風景に目を向けると、広い芝生の土地にポツポツと見える家屋、そしてレンガを引き詰めて整備されている道が見て取れた。 映画に出てくる様な外国の風景に似ている。
「どう考えても此処は日本じゃないよな……? 牧草地の様にも見えるが……」
そして教会の様な作りの建物へ入ると部屋に案内され、着替えを渡された。
「夢男さんが着替えてる間は台所でお茶の用意をしてきますのでゆっくりと着替えて下さいね」
そう言って部屋から出て行く。
(見ず知らずの僕に何故ここまで親切なんだ? 彼女は僕の現状を理解している様にも思えるし、解らない事だらけだ)
とりあえず、話を聞かない事には動きようも無い。 僕は彼女の言う通りに渡された服に着替えて学生服を綺麗に畳む。 衣装は意外にも普通のYシャツであった、だが生地は綿であったが、糸は太く縫い目も粗かった。 ボタンも数個ありり、肌触りも悪くなかった。ズボンは7分丈位の長さでなんとベルトを通すベルトが付いている。
「服の質は良いとは言えないな」
その時の僕は不安で押しつ潰されそうになっていた。 そこで僕は彼女の放った言葉を思い出す。
「ロスト…… そうだ! ロストって言っていた筈だ、それは一体?」
その瞬間、僕の手にエロ本が出現する。 正に古書店で手に取った「月刊ホルスタイン7月号」であった。
「何これ??」
「どういう事? ロストって唱えたからか? ロスト……」
そうするともう一冊「月刊ホルスタイン」が現れた。 僕の頭は混乱のスパイラルに陥ってしまった。
そうして何度もロストと唱えている間にホルスタインが部屋中に溢れ出していく、気付いた時にはもう遅い。
「チクショー。 なんて酷い惨状なんだ…… 部屋中がエロ本だらけじゃないか。 これ一体どうすればいいんだ?」
走馬灯の様にこの場所にいる訳を思い出した、僕は逃げられない現実を悟り、額に汗を流しながら固まっていた。