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⑦有馬冬花編 二日目-5

「「ひ、酷い目にあった……」」

夕日が差し込む商店街の店の前で俺と康人は肩を落として呟いた。俺たちはすでに満身創痍だ。

その理由は……まあ、いろいろあった。

まず、喫茶店を出てすぐに佐藤さん軍団ver妻(の話し相手として)に捕まり俺たち二人は逃げ道を塞がれてしまった。

すぐに行動を起こすのは流石にあからさますぎるので、30分間はただ相槌を打つだけの機械になり、そして10分ほど落ち着きのない様子をちらちらと見せ始めて5分後にトイレに行くと言ってようやく逃げ出してきたのだ。

「お前な、気をつけろよな。おばちゃんの相手は俺に任せろって」

「ほんとにな。お前を呼んだのはゲローの特売のためでもあったのだが」

「自分で行けよ」

「商店街にはお前の方が顔が利くから一緒にいてもらった方が助かるかもって思ったんだ」

「先に言った方っていらなくね?言わない方が俺のためじゃね?」

「そうか?言わない方がかえって後で文句言うだろ?」

「まあそうだわな」

疲れ果てて肉屋の前にやってきた俺たちは各々肩を叩いたり背筋を伸ばして固まった筋肉をほぐしたりしながら話をしていた。

「だいたいゲローのバーゲンってなんだよ。商店街に来たんだから書店街で買えよな」

「高いじゃん」

俺は思ったことを躊躇せずに言ってやった。確かに値切り交渉は商店街ではできる。しかし原価が高いのだ。両親の仕送り

「お前みたいな恩知らずががいるからっ!」

「「「商店街は廃れていくんだ!」」」

俺と康人の会話を遮るように頭上から怒声が響いた。

ただならぬ気配を感じた俺たちは、弾かれたように頭上を仰ぎ見る。

そこには黒い影が三つあった。

おそらく目の前にある肉屋の佐藤さんのお宅の二階から飛び出したのであろう。……二階から飛び出すとか正気とは思えんな。

「「「「死ねこの不届き者めがあああああ!」」」」

あまり悠長なことは言ってられない……か!肉屋の佐藤さんと魚屋の佐藤さんに花屋の佐藤さんか。相手にはならんな。……あと複数の佐藤さんが出れくるなら相手にとって不足ないがな。

「「「私たちを略すなああああ!」」」

バリーン、と窓ガラスを割って新しく複数の黒い影が飛び出した!?まだ出てくるというのか!佐藤!つーか怒るところはそこじゃなぐぎゃあああああああああああ!

「なんで俺までえええええええええええ!?」

魚屋の佐藤さんのボディプレスをまともにくらった俺達が地面に押し倒され他の佐藤さん軍団ver夫メンバーにタコ殴りにされる中で最後に聞こえたのは、肉屋の佐藤さんの悲鳴に似た叫び声だった。

「佐藤さぁん!?」

「「「「「はい!何でしょう!」」」」」

さ、佐藤さんと…呼べば……そうなるわ…な……。



「……ここは?」

気を失っていたらしい俺が目を開けると一面に暗闇が広がっていた。周囲を見渡そうとすると首が動かない。どうやら縄のようなもので縛られているらしい。

そして俺は今いる場所が妙に寒く、その上逆さづりにされていることに気がついた。

……そういえばどこかでこんなフレーズを聞いたことがあった、目が覚めたらそこは…そこは…ッ!

「どこだここはああああああああああああ!」

何も見えん!何も見えんぞおおおおおおお!

絶叫しななら暴れてみると何かに体が当たった。

「少し筋トレでもしてろ」

近くから拓也の声が聞こえてきた。しかしまるで目隠しでもつけられているのかのように周りが見えない。えっ、どこにいるのさ?

「商店街の佐藤さん軍団ver夫に捕まったみたいだ。少し待て、もう少しで縄がほどける」

……え?縄って何のことだよ。さっきから足が地面についてなくて謎の浮遊感があるのって縄で縛りあげられてるってことかよ!

「え…っと、場所はわかるか?」

「肉屋の佐藤さんちの肉用の冷蔵庫だな、俺の隣に牛がぶら下がってる」

……?それってスプラッタ系かホラー系の洋画や洋ゲーで見かけるヤバい奴らが出没するスポットなんじゃ。

……ン…キン…シャキン。

どこからか何かを研ぐような音が聞こえてきた。

「おい……拓也」

「…………」

「なんかヤバそうな音が聞こえるんだけど?」

「…………」

なんか喋れよ。お前の沈黙が一番怖いんだよ。

「包丁でも研いでいそうな音が聞こえるんだけど?」

さっきから

「……うしっ、ほどけた」

「助けてー!拓也!早く!死にたくない!」

「ば、バカ!でかい声を出すな!」

拓也が俺の目隠しを取ってくれている最中に恐怖で思わず絶叫してしまった。そしてそれが失敗だとすぐに思い知った。

シャキン……。

((お、音が止まったああああああ!?))

「……悪いが、いざとなったら見捨てるからな」

そう言って薄情者たくやは俺の体に巻かれている縄をほどき始めた。

その手つきからは焦りと感じられるのは気のせいではないだろう。いや焦ってもらわねば困る。俺が困る。いや本当に。俺死にたくないし。

ギイィ……。

「「ギャーーーーーーーッ!」」

まだ縄が!?……え?拓也?なんでお前はどんどん遠ざかっているの?

「……たくやくん?」

「さっき……言ったよな?」

え、冗談だろ?

「まって♡」

「むーり☆」

「てめえ!ぶっ殺してやる!」

「ハハハ!やってみろ!フハハハ!」

拓也はすでに裏口付近にまで逃げている。対照的に……え?誰だあれ。全身が黒タイツみたいに真っ黒だぞ?

こんなに近いのに。コ〇ン君の犯人?え、やめてよ。これ推理ものじゃないよ?作者にそんな語彙なんてものはないよ?表現力皆無だよ?冗談よせよ。

「ふ、ふーあーゆー?」

「私だ」

「すみません、なぜか真っ黒な人影にしか見えないんです。名乗ってもらっていいですか?」

「なぬ?本当に大丈夫か?病院行くか?」

「え?その声、店主さんじゃないですか」

マスターの父親であり、娘さんと同様に本名が出てこない二人目である。

見た目はどこかでター〇ネーターであるためか、拓也と馬が合う数少ない人だ。と言っても、昔はそれなりに荒れていたらしいが。

ふと隣を見ると、裏口の扉のノブに手をまわして逃げる準備を整えていた拓也が驚いたような顔をして俺の隣に立っていた。なんだこの正直者、後でぶち殺してやる。絶対にだ!絶対に!

「どうしたんだ?康人君は」

拓也を見ながら唸っていたせいか店主さんに不審がられた。

「虫歯が痛いんですよ」

「違うわ!」

何適当なこと言ってくれやがる!

「なんにせよ君たちが無事でよかった。佐藤達が会合の間ずっとイライラしていたからね。

ストレス発散に使われたんじゃないかと心配していたんだよ。まったくこの馬鹿どもは・・・」

店主さんが背後を一瞥して言う。

つられて彼の背後に視線を送ると佐藤さん軍団ver夫の皆さんが店内で正座していた。

「いえ…それはもう……」

心配してくださったのはありがたいが、もう手遅れです。

「そうか、悪かったね。あいつらにはまた説教しておく」

佐藤さんたちには聞こえないくらいの声量で「説教」と店主さんが口にしたが、ビクゥ!と正座している佐藤さん達が反応した。

昔佐藤さんたちはやんちゃしていたことと、商店街の男たちはみんな歳が近いって聞いてまさかとは思っていたが……。

「とりあえず、これはずしてもらえます?」

いいネタを手に入れたが、それよりも俺はまずはこの状態からの解放を望む。

「ああ、今降ろすよ」

そして俺が縄から解き放たれた時が拓也!貴様の最g

「うわあああああああああ!」

突如拓也が絶叫した。ついに気でも狂ったか!?

「もう7時じゃねえか!バーゲン終わってるし何より鞄がまだ学校じゃねえか!」

「あ、俺もだ」

「あ、私の店も夕食食べにくるお客様が多い時間だ」

「あ、私も」「私もだ」「私も」

あんたらも忙しい時間なのかよ。

「俺学校でやることがあるからさ、お前の分の荷物も取ってくるわ」

拓也が口にしたのはありがたい申し出だった。ぜひパシリに使わせてもらおう。

「おう、よろしくな!」

ぐっと親指を立てて拓也に

「代わりにゲローで買い物とうちの風呂掃除をよろしくな!」

そう言うと拓也は持ち前の運動能力を駆使し、憂さ晴らしのつもりなのか扉を蹴破って姿を消した。

ええい!早すぎるだろうが!そしてあれが奴の目的か!

「そんなに歯が痛むなら良い歯医者を紹介しようか?」

「だから違うって!」



いつもの下校時刻を1時間20分以上もオーバーしていた。

外は完全に日は落ち、節電のため講義室を照らすのは黒板を照らす蛍光灯だけにしてある。

そんな中で私、栗本楓は鞄だけを置いて町に行っている武田先輩の帰還を待っていた。

既に野外で遅くまでやっていた部活動の部員達の声は聞こえなくなり、見回りの警備員さんにも驚かれた。

どちらかと言えば幽霊の存在を信じている私は、川滝先生と二人だけで暗い学校に居残るということに対しては恐怖は感じる。

が、それ以上にこの状況を作り上げた先輩に対してとても腹が立っていた。先輩に対して腹が立ってい原因としては、今の状況を作り上げたことだけではなく先ほどまで一緒にいた有馬先輩の件もあるだろう。

「先輩はまだですかね」

もう不機嫌を隠そうともしていない私。

こんな感じに腹を立てたことが前にもあった気がするが、待ちぼうけを食らうのはこれが初めてのはずであるし、先輩に腹が立ちことはこれが初めてのはずであった。

「わからんのう。ここまで遅くなると儂も心配になってくるんじゃがね」

帰宅時間を伸ばして一緒に待っていてくれた川滝先生が不安そうに答えてくれた。しかし、あの先輩に限って事故などはまずないだろう。

などと考えていると、私は冷静になってきていた。そして川滝先生はここまで遅くなってしまって大丈夫なのかと、私は心配になってきた。

「あ、あの……先生?私は一人で待ってますから、お先にお帰りになってもかまいませんよ?」

流石に心配になってきたので先生にそう言ってみる。

「ああ、気にしないでおくれ。もう急いで帰る必要もないしのう……」

たまにはこういうのも悪くないんじゃよ、先生は優しく口調で言った。

(そういえば、先生はつい最近奥さんが亡くなったって先輩が言ってたっけ……)

「おや、来たようじゃな」

川滝先生が安心したように言う。確かに廊下から誰かが走ってこちらへ向かってくる音が聞こえる。

「やっときましたかね」

バンッ!と勢いよく扉が開け放たれた。

「すまない!栗本さん!」

息を切らせてやってきた先輩の登場の仕方は、あの人にそっくりであった。

(やっぱり先輩なのかな、あの時私を助けてくれた人は)

思い出すのは数年前と去年の出来事。私を街中とこの学校内で助けてくれたあの人。

「すまない栗本さん!今日は用事とかはなかったか?」

「大丈夫です。それより早く帰りましょう?さすがにお腹がペコペコです」

「あ、ああ」

呆気にとられた様子の先輩に先ほどまとめ終えた資料を手渡す。

「先輩、これ今回の結果を資料にしたものです。あと目を通しておいてください」

「ああ、ありがとう」

先輩は私が渡した報告書を自分のカバンにしまうと、先輩のカバンの隣に置かれていた誰の物か私にはわからないもう一つの鞄を手に取った。

「じゃあ行こうか」



そうして私たちは帰路に着いた。

川滝先生と会話しながら職員室まで共にし、二人っきりでケーブルカーの待合室で先輩と並んで居座っていた。

「そうだ、忘れていた」

それまで居心地悪そうにしていた先輩が声を上げた。

「栗本さん、このお守りを渡しておくよ」

そう言って先輩は鞄の中から不思議な色合いのお守りを私に差し出した。

「えっと……?これは?」

ひっくり返してみても神社の名前が書かれていない。

「親のくれたお守りでね。交通安全のお守りなんだよ」

「親さんからって!そんなもの受け取れませんよ!」

いくらなんでもそれは重すぎるし、何よりそんな大事なものは受け取れない!

「あーいや、それは去年俺がそのお守りを模して去年家庭科で作ったもの」

……主婦力が尋常じゃなこの先輩には脱帽します。

私にその技術を伝授してもらいたいものですよ。しかしどうして私に……?

「どうして私に下さるんですか?」

「それは……、あれだよ。

今後、今日みたいに遅くまで学校に残ってもらうことがあるかもしれないんだ。まあよほどのことが無い限りはそんなことはないだろうけど、君が一人で帰るときの安全を祈ってこれをね。

もちろん君の日常生活が安全であって欲しいしね」

「な、なるほど」

私はおずおずと先輩の手から先輩自作のお守りに手を伸ばす。

(わ、私心配され過ぎじゃないかな……?)

心配されることが不快なことはない。むしろうれしい。もしかすると私の初恋の人なのかもしれない人なのだ。そう思うと自然と顔が熱くなる。

「もう少し人手があったら帰るのがこんなに遅くなることはないんだけどね」

「へえっ!?」

「うおっ?!ど、どうした?」

突然先輩が言葉を発したことに私は自分でも内心で驚くほどに叫んでいた。

当の本人が驚くほど、ということはもちろん先輩も驚いたことだろう。

「あ、いえ。な、なんでもないです」

私は恥ずかしさのあまり俯く。その羞恥も相まって私の顔は赤みを増していく。

「まあ頑張ろうぜ。二人だけだけどさ」

先輩が俯いた私にそう言ったところで、私たちが待っていたケーブルカーが駅に入ってきた。

「しかしこのお守り不思議な色をしていますね」

「ああ、蘇芳色っていう色だよ」

「す、すおう……色?」

「まあ珍しい赤紫って思ってくれ」

「へ、へー」

この先輩の知識はどこから来ているのだろうか。

「さて、帰ろう」

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