⑥有馬冬花編 二日目-4
話数多いです。まだ中盤でもないです
「うし!お菓子も持った!」
俺は去年以来親しくさせてもらっているある権力者の元にやってきた。頼み事はもちろん有馬さん関係のものだ。
武家屋敷のようなその御方の所有する敷地内の前、開け放たれた八脚門の前で、俺は気合を入れ直すために空いていた左手で左頬を叩く。そうして敷地内へと一歩踏み出すと
「「「ようこそおいでくださいました!桃園さん!」」」
どこからかあらわれた坊主頭の男性たちが俺を出迎えてくれた。
「こ、こんにちわ。呼び捨てにしてくださいって、いつも言ってるじゃないですか」
あまりの迫力と驚きでさっそく狼狽する俺。だからアポイントメントとってから来るのは嫌なんだよ。
「「「それは無理な相談です!」」」
「せめて「さん」じゃなくて「くん」にしてくださいよ」
「「「謹んで辞退させてもらいます!」」」
「……さいですか」
事前に伺うことを知らせてからこの家を訪れると、毎度毎度俺を出迎えるためだけに20人程のいかつい顔のお兄さん達(中には俺と同世代もいたりする)が頭を下げてくれる。
客人の送迎に毎度こんなことしているから、一部の人間に悪い噂をな流されるんですよ。
「よくきたのう拓也君」
「あ、どうも。鯉輪さん」
重い足取りで彼らの間を通り過ぎ玄関にやってきた俺を出迎えたのはこの家の持ち主の鯉輪辰さんだった。
「君が儂に頼み事をしてくれるとは思わんかったぞ」
「そ、そうですか?」
ガハハと豪快に笑いながら言う鯉輪さん。まあ確かにあんまり頼りたくはない伝手ですよね。
一見するとなんちゃら組の組頭とかをやっていそうな外見をしている鯉輪さんだが、実際にはその逆で定年まで警察官を勤めきった正義漢だ。
なぜそんな正義漢の家がジャパニーズマフィアのような様態をしているのか、初めて訪れたときに一緒に来た康人の親父さんに教えても貰ったことがある。
なんでもこの鯉輪さん、刑務所から出てきた人たちが就職先が見つかるまで色々と面倒を見ているそうなのだ。もちろんただ面倒をみるでけではなく、家の掃除や炊事などをローテーションでやらせるという一種の寮のような場所としてバカ広いこの家を提供している。また地域活動にも積極的に参加させたりと社会復帰を促していたりもする。
今回鯉輪さんを訪ねたのは、その既に社会復帰し職に就いている人達に頼みたいことがあったからである。
「君は恩や貸し借りっていうのが嫌いのようじゃからのう。儂のような人間は苦手かと思うてな」
俺が恩や貸し借りってのが嫌いって事をご存じでしたか。
「何にせよ君には返しきれない大恩があるんじゃ。いくらでも手を貸すぞ」
この人俺のこと嫌いなのかな。
「ありがとうございます。これお菓子です。受け取ってください」
「おお、わざわざすまんのう」
やったー饅頭だー、と高齢の人間とは思えないような小躍りをする鯉輪さん。そりゃわざわざあなたとあなたのお孫さんが好きなものを選びましたからね。
「さぁてと、いつもの部屋に行こうかのう」
「はい、お邪魔します」
鯉輪さんの後ろについて歩く。
「今はあの娘いないですよね」
「ああ。言われた通り遅く帰ってくるように言っておいたぞ」
「それは助かります」
これからの話を聞かれたら大問題だ。どのくらいの大問題かと言うと俺の退学が決まるくらいだろうか。
何度か坊主頭のお兄さんたちにあいさつをされた後、この家を訪れた際にいつも居座る広間についた。
「さて、儂への頼み事というのはなんじゃい?」
向かい合って腰を下ろした俺達の話し合いは鯉輪さんの言葉から始まった。
「県議員、有馬秋人のこの市内での評判。並びに彼の娘冬花との現在の関係と奥さんについて」
「なんじゃい、咲への求婚の許しを請いに来たのかと思うたわい」
やめてくれ、冗談はここの風体だけにしてくれ。
「あの娘も俺も結婚できる年齢じゃないって何回も言っているでしょう。それに咲ちゃんにはもっと人が見つかりますって」
「ガハハハ!」
このやり取りは俺と鯉輪さんのあいさつのようなものだ。咲というのは鯉輪さんのお孫さんである。今年で中学二年生。
「それで?なぜ、そんな情報がほしいんだ?」
警察官の名残なのかこの人が質問するときはどうも嘘が言えなくなる、そんな覇気を感じる。「相談委員会の仕事に必要だからです」
「もう少し詳細を教えてもらいたい」
「依頼者が有馬議員の娘である有馬冬花。その冬花さんの証言の裏を取りたい」
依頼者である彼女を疑う、というのはあってはならない。先生方にばれたら中学以来の大騒ぎになるだろう。
「その依頼が来たのはいつの話なんじゃ?」
「昨日です」
「昨日来た依頼人を、君は疑うのか?」
「疑いたくはないですが、少しきな臭いからですね」
「疑うだけの証拠はないのか?」
「証拠とするなら、別の方二人の証言とかみ合っていないから。ですかね」
「いや、物的証拠がないのか。とワシは聞いておるんじゃ」
「・・・今はないです」
「お前さんなあ・・・。
それは少しワシを甘く見過ぎておるぞ。いくら君が恩人でもそんなことをやすやすと請け負うわけないじゃろう?ワシに人様の個人情報を調べさせたかったら、ワシが納得できるだけの材料を持ってこなければな」
「そうですよね・・・」
「ただ、まあ評判くらいなら問題ないじゃろう。それは個人情報でもなんでもない」
「ありがとうございます」
「これ以上が欲しいのならわしが納得できるだけの証拠を持ってきなさい」
「わかりました」
「評判程度なら来週までにはそこそこ集められるじゃろう。また来週来なさい」
深く頭を下げると鯉輪さんはふぅと息を一つ吐く音が聞こえた。
「さて……拓也君」
名前を呼ばれ頭を上げると鯉輪さんに突然両肩を掴まれた。
「うわっ!」
「拓也君!」
いつもの発作かよ!もう少し我慢ってものを覚えてくれよ!
「饅頭食っていいかい!!」
「貴方に渡したんだからもうあなたの物ですってば!」
「やったー!」
鯉輪さんは俺から手を放し自身の隣に置いてあった饅頭の箱を高々と持ち上げて子供のようにはしゃぎだした。
外見が子供と中身が子供、なんだか俺の周りには変なじいさんが多いな。この後に変なばあさんが出ようものなら俺は人間をやめるぞ!ジョ〇ョーーッ!
「うひょひょーい」
爺が子供のように飛び跳ねるってのは奇妙というよりも心配になってくるな、足腰関連が。となるとショタ爺の方がいいのかもな、余計な心配しないし。
ふと、昼飯時のことを思い出した。
そうでもないか、あの爺さんに関しちゃ。
「もひょふひょふふ」
「食べながら話すなって親に習いませんでした?」
何かを言っているらしいが物を食いながら喋っているせいで何も聞き取れん。
「んぐ。君も一つどうだね」
そんなこと言っていたんですか。
「じゃあ遠慮なくもらいます」
「少しは遠慮しなさい!」
「どっちだよ!」
「じゃかしいわ!」
相変わらず饅頭が関わってくると言っていることが支離滅裂になるな、この人。あの娘もそうだし困った一族だよ、本当に。
「はいはい、俺はもう帰りますよっと」
「そうそう、拓也君」
「なんですか?」
「依頼人の証言があてにならないと言っていたが、どうしてそう思ったんじゃ?証言が合わないだけではないのじゃろう?」
「・・・本当に勘ですよ。ただの」
「そうか。無理だけはせんようにな。お前さんはあの学校にいなければならん人間じゃ。ばれないようにな」
「そんなヘマはしませんよ」
「それよりも饅頭はどうじゃ!」
こうなっては手の付けようがないのでそそくさと退散することにする。
「気を付けておかえりー」
「例の件はお願いしますね」
そうして頼み事については上手くいった俺は再びお兄さん達に頭を下げられながら見送られ、康人との集合場所と指定した商店街の入り口へ向かった。
しばらく歩き、待ち合わせ場所に着いた。
『悪い、部長に追いかけられてる。しばらくは無理だ』
という文面のメールが康人から届いたのは俺が商店街に着いてからしばらくしてからだった。
「そろそろ康人か剣崎先輩から相談でも受けそうだな……」
溜息と共に思わず口にしてしまう。
剣崎先輩とは剣道部の現主将であり、康人を剣道部に引き戻そうと必死になっている先輩だ。理由は不純であるが。
康人は一年生のある期間だけ剣道部に所属していた。
なぜ「ある期間だけ」なのかというと、理由はとある目的のためだけに入部しその目的を果たして部を辞めたのだ。
しかしながら顔立ちの整ったイケメンが部に入るというのは効果は絶大なものらしい。それだけで、面食いな女の子たちはマネージャーとして剣道部に入部し、康人が部を辞めると同時に部から一斉に姿を消した。
そのため、莫大な額であった部費は一気に削減され、部費の横領のために部長になった(康人談)剣崎先輩は部員を増やすために康人の復帰を望んでいるらしい。
実際には全国制覇をした康人の才能を惜しんでいるだけなのであろうが。
立って康人の到着を待つのも疲れるので、よく行く個人経営の喫茶店に向かうことにした。
「いらっしゃいませー!あら、たっくん」
「いつものお願い」
放課後デートをしているらしい3組ほどのカップルと主婦の笑い声が聞こえる喫茶店に入ると、カウンターに立っている女性から声をかけられた。声の主はここのマスターの娘であり、自称永遠の16歳・実年齢17歳の看板娘だ。
俺と小学生からの仲なのは康人を除くとこいつだけだろう。
しかし名前は忘れた。
小学生のころから「あたしのことはマスターっていって!」と催促され続けた結果、あだ名であるマスターがすっかり浸透してしまっていた。
さて、そんな幼馴染のマスターにいつも通りブラックコーヒーを頼み、カウンター席に座り康人にメールを送る。
「今日はどうしたの?」
淹れたてのブラックコーヒーを俺の前に出しながら声をかけてきた。
準備がいいな。
「ああ、康人と待ち合わせだよ」
「なーんだ、ヤスくんとかー……。女の子じゃないのかー」
「そんなことはあり得ないし、もし女の子と待ち合わせをするならここ以外だろうよ」
「えー!ひどーい」
「そういえば店主さんは?」
「商店街の会合だって。こんな時間に」
「じゃあ康人がここに来るまでに店主さんが帰ってこなかったら会合の場所でも覗きに行こうかね。それよりも、まだ店を任せてもらえないのか?」
「もー!当たり前でしょー!中学卒業してまだ2年だよー?料理学校中退して、まだ半年だよー?」
マスターは料理学校に進学したが、すぐに辞めてしまった。そのことについて彼女は「合わなかった」と笑いながら話していた。
「そうだったな。しかし本当に良かったのか?」
料理学校をやめてしまって、俺は言外にそう言った。
「まあ確かにこの店が潰れちゃったら働き口がないかも……、たっくんかヤスくんの家で働かさせてもらおうっかな?」
「家政婦としてならいいぞ」
「たっくんそんな趣味あったの!?」
顔を真っ赤にするマスター。
「奈央さんの面倒を見てくれる人がいてくれると助かるからなあ」
「ああ・・・。そういえば師匠は裸族に近いって言っていたもんね」
「裸族というよりアマゾネスだろ」
そっか、と少ししょんぼりとした様子のマスター。
「そうだ、康人くるまで少し話に付き合ってくれよ」
「ん?いいよ?」
具体的な名前を伏せて今回の相談の概要について話す。そのすべてを聞き終えた後、マスターはあきれ顔で言う。
「部外者には話しちゃダメなんじゃないの?相談委員会って」
「まあ口が堅い人間にはいいだろいよ。康人とかお前とかな」
「私は口は堅くないよー」
あはは、と笑いながら言う。
「店員さーん。お会計お願いしまーす!」
「少々お待ちくださーい。ちょっとごめんね」
会計に呼ばれてレジに走ってくマスターの背中をつい追ってしまう。
マスターは自分では口は軽いというが、それは漏らしても周りの迷惑にならないような情報だけだ。
現に彼女はあの事を未だに黙っていてくれている。
あの嘘がバレれば俺だけでなく、とある奴の立場は悪くなるだろうし、死んでしまった先輩の名誉も更に傷つくだろう。その上協力してくれた大人たちも責任を問われてしまう。あの件で、悪者となって非難されるのは俺一人だけで十分だ。
「どうしたの?たっくん」
「ん?いや、なんでもないさ。そろそろ康人がくるかもなって」
チャリンチャリンと客の来店を告げるベルが鳴った。音源である入り口を見ると康人が店内に入ってきた。
「待たせたな!少年!」
「待たせすぎだよ」
「やっほー」
「おう、マスター元気か」
康人はマスターに言葉をかけながら俺の隣の席に腰をおろす。
「元気だよー。ご注文は?」
「うさぎで」
「やめんか」
「?うさぎ?動物喫茶じゃないから動物はいないよ?りんごでいい?」
「なん…だと……」
「見ろ、これが一般人の反応だよ。このオタク野郎」
頬に人差し指を当てて首をかしげきょとんとするマスターにガックリとうなだれる康人。
「悪いがもう行く。会計頼むわ」
「う、うん。お値段200円です」
「ほい」
200円をマスターに手渡し康人を引きずって出口に向かう。
「ありがとうございましたー!」
マスターの元気な声を背に受け喫茶店から出る。
「なあ拓也」
喫茶店から出ると康人は妙に真剣な表情で声をかけてきた。
「なんだよ」
「マスターの本名ってなんだっけ」
なんて奴だ。幼馴染の名前を忘れるなんて。
「……今日部外者であるお前を呼んだのはだな」
「おいっ!逃げんな!」
幼いころからマスターと呼んでいたせいか名前が思い浮かばない。どっかの戦国時代の名前と同じだった気がする。
「まあいいじゃないか。そんな些細なことは。
お前を呼んだのは今日の6時からのバーゲンの買い物を頼むためだけじゃなくて、ここからは顔立ちの良いお前が同伴してもらった方が上手くいきやすい交渉だと判断したからだ」
「些細なんかじゃないからね?!マスターの本名はさ!」
まったく、さっきからなんなのだ。別にマスターで構わんだろう。
「あのな?お前は今まで食べた米粒の数を覚えているのか?」
「何気に酷いこと言ってるからな!?そのつもりがなくても結構酷いからな!」
「おや北条君じゃないかい」
康人がギャーギャー騒いでいると突然声をかけられた。
「揚げ物屋の佐藤さん!」
「おや、桃園君も一緒なのかい?」
「こんにちは。すみません、商店街の会合の場所ってどこでやっているか知りませんか?」
声をかけられたのでちょうどよかったので聞いてみた。
「会合?たしか……お肉屋さんの佐藤さんの家じゃなかったかしら?」
「何時までやっているか知りません?」
「さあねえ。いっつも酔っ払って帰ってくるからねえ。本当に話し合いなんてしているのかって思うのよ私は」
「あ、やべ」
「それに何もこんな時間にやらなくてもいいじゃないのってい思うのよね。その上この商店街の男どもは昔の考え方をしているから女は店番でもしてろっていうのよ。
もうヤになっちゃうわよね。それでね、お隣のお魚屋さんの佐藤さんがね?」
(バカなことやってるんじゃないぞ拓也!)
相変わらずのアイコンタクトである。
(ばれるぞ)
(ああ大丈夫。ここの商店街の女性は話し出したら止まらないから)
「名前を呼ばれたかと思ったら北条君に桃園君じゃないの」
「あらーお魚屋さんの佐藤さん!聞いてくださいよ!」
(おい、人が増えたぞ)
(まだ増えるぞ、これは)
一人増えた。
「あらーお魚屋さんの佐藤さんと揚げ物屋さんの佐藤さん!」
「どうなさったの?」
(あれは?)
(花屋の佐藤さんと本屋の佐藤さん)
(……)
二人増えた。
(まだ増えるぞ)
「あら!お魚屋さんの佐藤さんと揚げ物屋さんの佐藤さん、お花屋さんの佐藤さんに本屋さんの佐藤さん!どうなされたのでザマス?」
「良ければわたくし達も混ぜてもらえるかしらぁん」
(……あれは?)
(骨董屋の佐藤さんにお金持ちの佐藤さんだな)
(もう頭がこんがらがってきた)
(よく言うぜ。全員と顔見知りのくせに)
(それはそうだが)
(おっ、まだ増えるってよ)
(はあ?)
この後佐藤さんは8人増えた。
ひゃっほう!さすが佐藤商店街だ!
「「「「ね?北条くん?」」」」「「「「ね?桃園くん?」」」」
「「イエスマムッ!!」」
その後俺たちは14人の佐藤さんたちが俺たちのことをすっかり忘れるまで棒のように突っ立って、首を縦に振り続ける機会となっていたのであった。




