③有馬冬花編 二日目ー1
一部修正してます
今年度の相談委員会にとって初めての相談者となる有馬冬美が相談に訪れた翌日の朝、俺はいつものように文句を並べる康人と学校へ続く坂を登っていた。
「なんで駐輪場は丘の麓にあるんだろうな」
「筋トレのためじゃね」
毎日同じ愚痴を漏らす康人にいつも通りの返答をくれてやる。
この学園の駐輪場はなぜか学園が立地する丘の麓にあり、駐輪場に自転車を置いてからはおよそ500mはあるゆるやかな坂を登らなければならない。
「しかもケーブルカーが使えるのが天候が悪い日だけとかさ…」
「この時期なら五時半以降に帰宅すれば乗れるぞ」
これもいつも通りの愚痴とその返答である。
学園がある泣ヶ丘には高等部の校舎の反対側に中等部の校舎がある。そしてその二つからほぼ中心にあたる位置にこの丘の頂上があり、そしてそこには展望台が設けられている。
その展望台ーー名前は泣ヶ丘展望台(年末年始、祝日以外は24時間営業)と言うのだがーーは市が運営していて、町の観光地の一つとして作られたらしい。そこへ観光客が手軽にかつ、日が落ちても安全に展望台に行けるように展望台直通のケーブルカーも設けられた。
が、観光客は泣ヶ丘に来ることは滅多に無かった。そもそもこの市には観光客自体が来ない。
当初は赤字となり閉鎖も考えられた。しかしその窮地を救ったのは地元住民だった。
地域住民のカップルのデートスポットとしてや、子ども向けの星空講座の会場として展望台は利用されることが多くなり、ギリギリ赤字にならないですんだそうだ。
さて、長ったるい坂道を下るよりもそんな便利なケーブルカーを使いたがる中高生が続出したのは当然のことである。
しかし、そこは生徒数が圧倒的に多い機泣学園。生徒がケーブルカーを利用しようと殺到する日が数週間続き、展望台を利用する一般の方々からの苦情が毎日届くようになった。そこで学園は校則でケーブルカーの利用を制限することにした。
「まあ使えるだけありがたいと思わないとな」
しかし完全に使えなくなったわけではなかった。
「わかってるよー。それに厳罰対象だしなー、あの校則の違反は」
厳罰対象じゃなければ使うつもりだったな、貴様。
「せめて往復バスを毎日使わせて欲しいよな」
「あれは悪天候の時だけだ」
元は完全な利用の禁止をするつもりだったそうだが、当時の生徒会長の働きと地域住民達からのせめてもの温情として、悪天候時と日が暮れてからならば使用を認め、今に至るらしい。
それにしても、と前置きし康人が話題を変える。
「ヤマツカ○が一撃必殺をしてくるとは予想外だったな」
話題は昨日のモンハ○になった。
「全くだ。あれは左右からの攻撃は良しとしても、端に寄り過ぎないようにしないとな。
それと粉塵も持っていこう。もしかすると回復できるやもしれん」
俺達二人でこの学園へ続く坂を並んで登るのはこれで五年目。
少しの期間だけ三人であったこともあったが、それでも俺達の間の話題は今も昔も変わらずゲームのことばかりだ。
「だが攻撃は単調だしな、意外と簡単かもな」
「まあそうだが…。だが康人よ。
お前はそろそろ防具を強化したらどうだ?いつまでも上位レ○スってのもあれだろ」
「下位レイ○のお前が言うか、お前が」
「凄いだろ?」
渾身のドヤ顔を見せてやるとため息を漏らす康人。
「たまに回避ミスして死んでんじゃんよ。
……わかった。じゃあG級○ウス防具を作るの手伝ってくれよ。そのついでにお前もG級○イア作れよ」
どうせならもう裸で良くね?と一瞬思ったが、別に縛りプレイがしたいわけでもなかったので、その提案を飲むことにした。
「まあいい機会だから、今日は防具作りに勤しむか」
「おう」
すると隣で歩いていた康人が突然立ち止まり、眉を顰めて後ろを振り返った。
「……」
「どうした?康人」
俺も康人に合わせて立ち止り、つられて俺達が歩いてきた道を振り返るが別にいつも通りの生徒が坂を登る光景があるだけだった。
「おい、拓也。お前また悪い噂の種作ったな」
唐突に康人がそう言っ………え?
「は、ハハハハ!ヨシテクレヨ!ソンナイイガカリハ!」
思わず目を逸らしてしまう。そして言ってる自分でわかるほどの片言だった。こんなんじゃ誤魔化しきれないわな。
「昨日LI○Eに届いたお前が女子を泣かせたって話は本当だったのかよ……」
やれやれとでも言いたげな様子でため息をつく康人。
どうも昨日俺が有馬さんを泣かせてしまったことは既に周知の事実らしい。
あー、そういえば追いかけている誰かに姿を見られてたっけか。はっはっは!これは参ったな!
「うわあああ!怖い!現代技術怖い!」
強がる俺の心とは違って体は正直だったらしく、両手で頭を抱えて絶叫する。
なに?!なんなの!?なんでそんなに情報の伝達速いの?!
二年前でも一週間はかかってたぞ?!そんなに進歩早いの?!恐怖で鳥肌が止まらないよ!
「拓也…。お前は半数以上の同級生に嫌われているんだぞ?
その目つきだけでも、悪い噂が流せるんだから気をつけろといつも言ってるだろ」
そう、康人の言う通り俺は半数以上の同級生に好かれてはいない。その理由は……あまり思い出したくないっすわ。
女子の水着を大勢の前でひん剥いたことは関係ない。関係ないんだ。アレはアレで……。
「どうした?顔が真っ青だぞ?帰るか?」
俺は止めていた足を再び動かし始める。心なしか、先程よりも重い足取りになっていた。俺に合わせて康人も歩き出す。
「い、いや。大丈夫だ。ただこれまでの黒歴史を思い出してただけだから」
「おまっ、お前の黒歴史とか俺も思い出したら・・・」
隣の康人までもが青い顔してガタガタと震え始めた。
大方俺が何かやらかすときはコイツも何かやらかしている。ほんと、俺には過ぎた友だ。
「まあ、昨日の出来事は俺に非があるから何も言い訳出来ねえよ」
「何があったんだよ」
校門を抜けると朝練をしている一・二年生や、早めに来て勉強をするつもりらしい三年生の姿が多く見られた。
既に話が出回っているのは本当らしく、俺を見てヒソヒソと話している女子生徒がちらほら見受けられる。
「昼休みに話す。そのついでに掃除を手伝ってくれ」
「わかった。……ん?待て、掃除だと?」
「哀哭神社の境内の掃除の手伝いだよ。相談委員会の謎の仕事の」
「ああ……。なんか言ってたな」
哀哭神社。
泣機学園への坂を少し登った場所にある神社なのだが、この神社の存在を知るものはほとんど居ない。
「栗本さんにも手伝ってもらえればよかったんだがな……」
「女性禁制だっけか?その神社」
哀哭神社は昔から女性の立ち入りを深く禁じている。
そのためなのか一般の人が立ち入れぬようにかは不明だが、神社の周囲にはフェンスが張られており、境内に入るには機泣高校が管理している鍵を使わなければならないし、何より警備員もいるという生徒よりもVIP対応。
「手伝えば昼一の授業サボれるんだろ?」
生徒用玄関で靴を履き替えていると先に履き替えた康人がやって来て尋ねてきた。
「まあ公欠扱いになるな」
何故か相談委員とその手伝いが哀哭神社の掃除のために授業を休むことを許されている。
この理由としては過去の相談委員会メンバーには男子の比率が少なかったから。
そう溝畑前委員長から聞いた。事実かどうかは知らない。
「よし、手伝う」
動機不純すぎるだろ。まあ別にいいけどさ。
「お前な…。だったらこのまま職員室に行くぞ」
「ええーめんどくさいー」
「申請書出さないとサボり扱いにされるぞ」
「うへー」
「剣道をやめた途端この有様か」
俺は嫌そうにしている康人を引きずって職員室へ向かった。
「……なあ拓也」
「なんだよ」
職員室へ向かう道中、隣をとぼとぼと沈んだ様子で歩いている康人が声をかけてきた。
職員室へ行くのはそんなにイヤか、お前は。
「なんで教師がやらやいんだ?時間がないと言うなら、外部の人間に頼めばいいじゃないか。それに放課後にも時間あるだろ?」
「ああそのことか。原則として放課後には委員会の仕事が優先されるんだ。
それに相談委員会ってのは勉強できなきゃなれないからな。週に三回授業を休んだところで成績には影響でないんだよ」
「言い切ったな」
そりゃお前、同学年で俺より頭いい奴なんて有馬さんと花さんだけだしな。
「それに五限目にはセンター試験には影響が出ない科目…まあ言い方が悪くなるが、使わない科目なんだよ。体育とかそういうの」
「ああ…だから俺たちのクラスって昼一番で体育あるのか」
「お前のクラスは俺達と体育が合同だからな。巻き添えだよ」
「これだからエリートクラスって嫌いなのよね!」
「俺も嫌いだよ、あのクラス。
それでもう一つの話だが、実は俺も去年不思議に思って溝畑先輩に聞いたんだよ」
「みぞはた……?」
「去年の相談委員会の委員長」
「ああ!ロリ委員長か」
「ロリってお前……。
まあいろいろロリだけどさ、もう少し言い方変えろよ。本人が聞くと大変なんだから」
なだめるの。
「で、なんかこの学園の男子生徒じゃないと死ぬらしいんだよ」
「は?」
辿り着いた職員室の扉の前で立ち止まる。
「さ、サラッととんでもないこと言ったな!」
「この学園に在籍する男子生徒以外の男に頼んだら…。ええっと…車に轢かれて【見せられないよ!】たり、電線がいきなり切れて首に巻きついて【都合により削除されました】たり、【ハハッ!】やら【禁則事項です】とかとかetc」
「え、ちょっと待って。その死因って着信○リとか○怨とかAn○therとかの死因じゃね?」
「そして決まりを破って女の人がやった場合、社の中で【倫理規定に触れました】になっていたらしい。大正時代には【だから倫理規定に触れたって】で、明治には【倫理規定に触れてるって言ってんじゃん】とかが多発していたらしい」
「どうやったらそんな変態プレイに行き着くんだよ!しかも死因が【卑猥】ってなんなんだよ!」
「しかも自分一人で全部やったってんだから凄いんだよな」
「どうやったんだよ!どう足掻いても一人じゃ出来ないだろ!亀○縛りとかよ!」
「い、いや……。俺はそういう知識には疎いから……そ、そうなの?」
「お前ほんと微妙なところで知識ないな!」
「……話を戻すぞ。一応24時間体制で神社周りの監視をしたらしいんだが、結果はいつもいつの間にか社に入り込まれてそうなるらしい」
「なんでだよ!」
「俺が知るか!
それでだ。去年くらいに8歳の少年少女二人組に頼んでみると」
「なにがそこでなんだよ!そんな壮絶な前例があったのになんで小学生にやらせてるんだよ!馬鹿か!」
「社の中で二人で半年ほど引きこもってネトゲに勤しんでいたんだよ」
「なんでだよ!これまでの壮絶な前例達はどこにいったんだよ!てか死んでないじゃん!」
「二人で一ヶ月平均【カンスト】を艦こ○とモ○マスつぎ込んだらしい」
「ホワァ・・・」
「その一件以来、社の中は常に最新型のテレビとゲームハード一式、そしてパソコンなどなど引きこもるには最適の空間になってな」
「う、嘘だよな?」
先程までツッコミのためにギャーギャー騒いでいた康人は声を潜め、顔を寄せて尋ねてきた。
その双眸にはこの話が嘘であって欲しいという願望が見てとれた。
少し考えてもみればわかるだろうに……。
俺はその意味を込めて言ってやった。
「……半年くらい前に、俺が突然家に最新型のノートパソコン持って帰ってきたろ」
「わかった、ゴメン。もう聞きたくない」
俺も信じたくなかったな……。あの請求書の0の数が12個あるこを見た時は。
「じゃあさっさと手続きを済ませるぞ。申請書と言っても名前を書くだけだしな」
「お、おう」
力の無い返事をくれる康人。
俺は仕方ないと思い職員室の扉を開けた。すると、目の前に女生徒が立っていた。
「あ、すみません」
俺達はとっさに自分達の体の位置をずらし、その女生徒が先に職員室から出られるようにする。顔は見えなかったが、胸元のリボンの色からその女生徒が同級生だとわかった。
「いえこちらこそ」
俺達が体をずらしたのを見た女生徒は頭を下げる。・・・・ん?この声、何処かで聞いたような。
背後から康人の「やっべ」という声が聞こえた。
「わざわざどいていただ・・・」
顔を上げた女生徒が顔を上げる。
そして俺と彼女は互いの顔を確認してしまい彼女は言葉を止め、俺たちの間には凍てついた他者には口が挟めないような空間が出来上がった。
「これはこれは桃園君。今日は朝早いんですね」
彼女の言葉には棘がある。
「北条君もご一緒だったのですか。おはようだね」
そしてそれは俺にのみ。
「そうか?これくらいが普通だろ?
だから君もこの時間にはいるんだろう?生徒会長の亀山さん」
そして俺も彼女に対しては棘を孕んだ言葉を使う。いや、言わなければならない。
目の前の女生徒、この学園の生徒会長の亀山花は俺を強く睨みつける。
彼女の双眸に、俺は余裕の表情を持って応じる。
「ええ、貴方とは違ってたくさん仕事があるので。それでは、急いでいるので」
そう言って彼女は俺の右腕に自身の右肩をぶつけて立ち去った。
「お、おい…」
「申請書書くぞ」
心配した様子で声をかけてくる康人。
だが、康人には申し訳ないが俺たちの関係は二年前からこうでなければならない。
それをわかっているからか、何も出来ない自分への嫌悪感からか康人は言葉を濁らせ悔しそうな表情を浮かべる。
「すまない」
俺は無意識のうちに謝っていた。
それは隣にいる康人に対してなのか、かつて共に登下校した花さんに対してなのか俺にもわからなかった。
その後の俺達の間には特に会話はなく俺と康人は申請書を書き終えると康人は教室へ、俺は図書室に立ち寄り本を数冊借りてから教室へ向かった。
俺が本と鞄を持って教室に入ると、中では既に10人ほどの生徒が勉強したり世間話をしていた。
その中で俺が教室に入ると話していた三人が黙って俺を嘲るかのように鼻で笑った。
ある程度は予想していた事で、何より元から俺のことを嫌っている人間なので目をくれてやることもせず自分の席についた。
俺が席に座ると俺に聞こえる程の声で昨日の出来事について話しだしたそのグループは、普段通りの俺の様子を見てつまらないと思ったらしく、俺とは関係のない話を再開した。
その後の時間の流れはあっという間で、昼休みになった。
「拓也!さっさと行こうぜ!」
四限目の数学を終えた直後、康人が哀哭神社境内の掃除へ行くために教室へとやってきた。
同時に同級生ら(女子)が突如として現れたイケメンの姿にざわつき始める。
……ああそうか。このクラスになって康人が教室へ突然入ってくるのはこれが初めてか。
一学年の生徒数が多いので、顔も知らない奴がいたっておかしくない。
それに同性なら体育で会うかもしれないが、今の授業は男女別だ。女子からしたら驚きの出来事だ。
女生徒諸君にはさっさと慣れてもらいたいものだ。
あれこれ考えていると康人が俺の席の側までやってきた。
「ほら、とっとと行こうぜ」
「ちょっと待ってくれ。この本を川滝先生に渡しておきたいんだ」
俺は机の中から今朝借りた数冊の本を取り出す。
「なんだそりゃ?」
「詳しいことは掃除しながら話すさ」
俺がそう言いながら弁当と本を持って立ち上がる。
「んじゃ、行きますか」
「おうよ」
有馬さんが慌てて何処かへ駆けていき、その他生徒会長を含む全女生徒の視線を浴びて教室を出て行く羽目になった俺達。
視線に対しては何も言うことはないが、来るタイミングを少しは考えて欲しい。などと頭の隅で考えていると、おそらく今年はこんな機会が増えるのだろうと思うと滅入った。
昼休みとなると、廊下は我先にと昼食を買おうとする生徒が急ぎ足で購買に向かい、今までに早弁をしていた部活生はグラウンドに向かう、休日のデパートのように混み合っていた。
そんな中、俺達二人は皆が急ぐ中をそれに逆らってのんびりと歩くということに、何か思うところが特にあるわけではなかった。
「おい拓也」
ぼーっと歩いていると隣で歩いていた康人が声をかけて来た。
「なんぞや」
チラリと康人を見るとニヤニヤと笑っていた。
「お前は今度の教室で二人から熱烈な視線を浴びてたな」
なんの話だ。むしろ浴びてたのはお前だろう。
「その中でもお前を見ていた人が二人いたよ」
にこやかに笑う康人。
確かにお前はその容姿から人に見られることに慣れたせいか、より視線に敏感になったのはわかる。だが何故俺が見られなければならんのだ。
「何が言いたいのかさっぱりなんだが」
「一つは生徒会長の花さんから。もう一つは才色兼備の有馬冬花さんから。
二つの美しい花から想われているとはお前も隅に置けないな」
ははは、と楽しそうに笑う康人。
ぶっ殺されたいかこの野郎。
「寝言は死んでからにしろ。
それにそれが事実でも一つは嫌悪、もう一つは……あれだ、自分の秘密をバラされないかを心配してんだよ」
花さんは容易に想像がつく。
…だが有馬さんも何らかの意図を含んでいたとはな。昨日の噂の張本人だからそれを気にしていたから、とかが妥当だな。
「……まあいいよ。お前はそれでこそお前だ」
一瞬だけ。ほんの一瞬だけ康人が寂しげな表情をした。
「なんか気に食わん言い方だな…」
「いちいち気にすんな。禿げるぞ」
しかしすぐにいつもの調子に戻る康人。
「まだ若いから大丈夫だろ」
「毛根だけ年齢が50超えてるかもしれないぞ?…っと着いたぞ」
あーだこーだと話をしていると時間が経つのが早く感じる。
「授業がちょうど終わったところみたいだな」
どうやら物理講義室で授業があったらしく、講義室から受けていたらしい生徒達がぞろぞろと出てきていた。
こんな時俺たち二人のする行動は決まって一つだ。
「ごらん拓也君。運動場にボインな女子がいるぞ」
「それは本当かい?ハハッ!」
「………」
無言で俺を睨みつけながら脇をどつく康人。お前の話の振り方が悪いんだよ。なんだよボインな女子って。
それにお前は、俺の某ネズミのモノマネはかなりレベルが高いってことをよく知っているだろう。
俺達二人は互いに顔を見られたくない理由がある。
俺はいちいち怖がられることは避けたいし、康人だっていちいち顔を見られて異性にキャーキャー騒がれたくもないらしい。
そんなこんなで俺たちは廊下の窓から適当な理由をつけて運動場を並んで見下ろす。わざわざ顔が見られることが無いように角度を意識しながら。
「あれ?桃園先輩?」
俺達二人が頑張っているうちに半数以上の生徒が俺たちの背後を特にリアクションも無く通り過ぎていった。
そして最後の女子のグループが俺達の背後を通る、まさにその時背後から聞き慣れた声がした。
「どうしたんだい?ハハッ!」
あ、ミスった。キャラそのまんまじゃん。
振り返ると栗本さんがいた。
少し離れたところには友達と思われる数人の女生徒が・・・俺と目が合うなり体をすくませた。心折れそう。
「せ、先輩!凄いです!目つきはアレなのに!」
「ぶふっ!」
君は俺に喧嘩を売っているのかな。しかし、目を爛々と輝かせた栗本さんの顔を見ると、そんな考えは何処かに吹き飛んでいった。
彼女は身を乗り出すように俺の顔に顔を近づけていた。
そして、そんな彼女の行動を離れた位置から見ていた彼女の同級生達は「おおっ」と謎の歓声があげた。
一方、俺の隣では康人が笑いを吹き出すのを必死に堪えていた。
「あっ……。ど、どうしてこんなところにいるんです?」
自分と俺との距離が近い事に気がついた栗本さんは顔を赤らめながら一歩下がる。
同級生達からは「ああっ…」と残念そうな声があがる。
君らは楽しそうだね。
隣の康人からはひーひーと苦しげな息遣いが聞こえる。
お前も楽しそうだな。
「今日の放課後の下準備をね」
いちいち気にしていられないので、俺は手に持っていた本を見せながら栗本さんの質問に答える。
「あっ!私も手伝います!」
「いや、大丈夫だよ。君は放課後が大変なんだからね」
「で、でも!少しでもわひゃ!」
栗本さんの頭に手を置いてわしゃわしゃと撫でる。
相変わらず彼女の同級生達から謎の歓声があがり、今度は何故か拍手も付いていた。
「今はその気持ちだけでいいさ。ありがとな」
「……はい」
「いい空気っぽいから俺は空気を読げば!」
空気を読む気が全くない康人の鳩尾に空いていた左拳を叩き込んだ。
「じゃ、また」
俺は顔を赤くしながらも目の前で起きた一連の出来事に驚いている栗本さんに別れの挨拶をして、廊下に崩れ落ちた康人の制服の襟を右手で掴み引きずって歩きだす。
そして目と鼻の先にある物理教員室の扉を目指した。
「は、はい!ではまた!」
遅れて栗本さんからの別れの言葉と彼女の友人たちの歓声を聞きつつ、俺は康人を引きずったまま物理教員室に踏み込んだ。
……いつまで寝てんだ、制服汚れるぞ。