②有馬冬花編 一日目ー2
A「なんで○いれてんの?」
B「ハヤテ○ごとく!の初期の頃にあったS○NYっていう伏字をすごく気に入ったから」
A「あっそ」
B「そ。ヒナギ○さん可愛い」
A「あ″?ハーマイオ○ーだろJK」
「桃園くん」
俺は玄関まで有馬さんを送り、彼女との別れ際に再び頭を下げると不意に彼女から声をかけられた。
「うん?」
顔を上げると整った顔立ちには似つかわしくない、死んだ魚のような瞳がこちらを見つめていた。
……何を考えているかわからないと、どれだけ整った容貌な人間でも不気味に思えてくるから不思議だ。
「キミは自分の進路はもう決まっているの?できれば聞かせてもらいたいのだけど」
突然の問いかけだった。
「俺の?」
「うん」
もしかしたらくるかもー、と思ってなかったかと聞かれたら、思っていた。
そりゃあ自分の相談に乗るといった相手がまだ迷っているようでは、信用もクソもないだろう。
「警察官にでもなろうかなと思ってるよ」
「どうして警察官になろうと思っているの?」
「憧れたから」
「そ、即答できるのね・・・」
「即答もできなきゃおおっぴろげに言えないさ」
頭のいい彼女のことだ、今の言葉に引っかかることがあるはずだ。
「でもそれって」
「さっき言っていたことと矛盾してない?」
さっき、とは彼女に謝罪した時のことだろう。
「私と同じだって言ってたよね」
疑いの目をこちらに向ける彼女。
「ああ、すまん。言葉が足りなかったな。
俺が警官に憧れたのを持ったのは二年前の話だ」
「それは、どうして?」
「いや、なに。
単純な話、二年前に警察に色々世話になってね。
その時に対応してくれた警官のように誰かを助けたいと思ったからさ」
「誰かを助けたい・・・」
「助けてくれた人ってのがさ、幼馴染の父親が警察官でしてね。
まあ合うこと自体少なかったけど、何かと幼い頃の俺を心配してくれてた人でもあったんだ。
まあ当時はなんで心配されてるかさっぱりわからなかったけどね」
「そうなの」
「まあそんだけですよ。
まあ単純なんで、深くは追求しないでほしいくらいですよ」
俺は自虐的に笑いながら言う。
「・・・うん」
彼女はどことなく満足した顔を見せると、俺に背を向けて外へと歩き出した。
「また明日、学校で」
俺の挨拶を聞いた有馬さんは一度立ち止まったかと思いきや、突然走り出した。
「……なんだか締まらないな」
有馬さんなりに早めなのであろうが、どうしても鈍足な彼女の後姿を見て思わず呟いた。
「ーーとなるのじゃよ」
「なるほどー!」
有馬さんを見送り、普段よりゆっくりと物理実験室に戻ってきた。
俺が扉を開けると広い物理実験室の中で栗本さんと川滝先生の二人の声がよく反響していた。
普段こんなに反響してんのかよ。今度から自重しよう。
二人ともこちらに気がついたようで二人ともこちらに目を向ける。
「おかえり、桃園くん。それでどうだったね」
無言のまま扉を閉めて自分の椅子に座った俺に、川滝先生は微笑みながら尋ねてきた。
しかしこの老人の顔は笑っていても、その目には何やら恐ろしいものを含んでいた。
「明日、また来るそうです」
「そうか、それはよかった」
俺の言葉を聞いて先生の目に宿る怒りは消えた。
「ええ。軽い説明をしたら一応は納得はしてくれたんだと思います」
「ではここからが大切じゃぞ」
「はい、ご迷惑おかけしました」
しかし、自分の馬鹿らしさにため息が出る。
俺達は相談相手なのだ。同情なんてしてはいけない。そして何よりも私情を持ち込むことは厳禁だ。
有馬さんの記録用紙を手にとって見つめながら、先ほどの出来事にあれこれと思考を巡らせる。
どう考えても奇妙だった。
これまで幾度も霊を見てきたし、必要とあらば祓ってきた。いや、追い払ってきた、の方が正しいかもしれない。それに憑かれる霊などの見分けもできるようになった耐性もあるものだと思っていた。
それなのに、まさかここまで簡単に有馬さんの母親に憑かれるとは思ってもみなかった。
「…………」
今度から塩でも持ち歩こうかな。
しかし、彼女の母親は何か伝えたがっているようであった。少なくとも、それを知るまでは彼女の母親に関しては保留としなければならない。
「・・・・・・・」
記録用紙を見つめて思考を巡らせていると、妙な居心地の悪さを感じ顔を上げる。
顔を上げた先には、俺の一挙一動を見逃さまいという決心が現れた顔の栗本さんと目が合った。
「きゃひっ!」
栗本さんは慌ててノートに目を落とす。
どっから出してんだ今の声。
「???」
え?なに?何のなの?
今度は俺が栗本さんの一挙一動を見逃さまいと彼女を見つめる。いたちごっこでもはじめるかな。
しばらく見ていると、栗本さんは自分のカバンをごそごそと漁り、女の子らしいコンパクトな手鏡を机の上に置いた。え、置くだけ?何したいのこの娘。
困惑しながら鏡と彼女を見守っていると、鏡の中で彼女の目と合った。
「わひゃー!」
慌てて手鏡を鞄に戻す栗本さん。正直なところ、彼女が何をしたいのかさっぱりわからん。
用があるならコソコソ様子を覗ってないで、話してほしい。
「え、えっと・・・。栗本さん?」
ビクンッ!と彼女の体が大きく揺れた。
「ハ、ハイ。ナンデショウカ」
めっちゃ片言、しかも顔すら上げてくれない。そして小刻みに震えてるじゃねえか!初めて会った時と同じじゃねえか!
・・・・せっかく仲良くなってきたところでこれか、きっつ・・・。
俺の心のシールドを全部ブレイクですわ。メテオバ〇ンしたアポロヌス〇ドラゲリオンかよ。
バカな事やらかしたとはいえ、これかあ・・・。
つーかメテオバ〇ンしたアポロヌス〇ドラゲリオンなら栗本さんの心のシールドもバリーンじゃねえか。
「ドウシマシタカーセンパって!せ、先輩?!」
うっうっ、これから仲良くしなきゃいけない相手に嫌われるとかもう俺この委員会やめようかな・・・。
「ちょっ、先輩!さめざめと泣かないでくださいよ!」
「よよよ・・・」
「あーもう!
先輩!先ほどはすみませんでした!」
なんで俺謝られてるのー。お前がクズだからやめるってことかよー。
「うおおおおおおおお!」
「なんでさっきよりも激しく泣くんですか!私が泣きたい気分ですよ!」
「グスっ。すまん取り乱した」
「い、いえ。先輩がなかなかバカで寂しがり屋なのはわかりました」
まさか後輩になだめられる日が来ようとはな・・・。
「そ、それでですね先輩」
「はい」
「ヒッ」
え?今なんでビビられた。目を向けただけだろ。
「・・・ヒッフー」
妊婦かよ。
「し、失礼しました」
「気にするな。つーか俺の方が気にするから」
なだめられたことを。
「さ、さすがに気にしないことはちょっと・・・」
デースヨネー。
「そ、そのですね。な、何もなかったことにしますので・・・」
いや優しいぞ?!やっべ、この娘女神じゃねえか。
「な、なので・・・そっ!そのっ!
そんなに睨みつけないでくださあああああああああい!」
また目つきの方で誤解が生まれたあああああああああ!?なんで今更?!
栗本さんは俺の顔を直視するのは今回が初めてのはずだから、髪を上げて見た目つきが相当怖かったのだろう。
「お、おい!落ち着けって!そんな事してないから!」
形勢逆転とはこのことか、泣き手と慰め手が変わる。
「ひ、ひい!」
ガタッという音と共に椅子から立ち上がり俺から逃げようとする栗本さん。
しかし、必然なのか、それとも偶然なのか、はたまた作品的な展開なのか、もしかすると俺の人生を小説にした作者の気まぐれなのか、栗本さんはバランスを崩してしまう。
どうも椅子と両足が絡まってしまったようだ。
言わんこっちゃない!セリフとしても、地の文でも何も言ってないけど!
「危ない!」
俺は反射的に実験台に身を乗り出して、俺が栗本さんの下敷きになるようにヘッドスライディングをした。
俺の行動が功をそうしたらしく栗本さんは整った顔を黒くて硬い机にぶつけずに済んだようだ。
「…ぁ…ぁあ…」
しかし、その・・・なんだ。
これまで、なんやかんやで女性特有の柔らかい部位を触る機会が他の男子諸君よりも多かったのは認める。
まあ言っちまえばオパーイだ、触れたことも揉んだこともある。
だが、その、なんだ。
事故とは言え、まさか学生のうちにパフパフされるとはなあ。
ドラクエでおっさんとかスライムとかにやってもらえた記憶しかねえや!ははっ!
「ぇ…ぅぇ……」
しかし、どうしてこうも実験台は硬いんだよ。しかもパフパフはなんか動いてるし。
いや物理の実験をするためには必要なのは知ってますよ?
「ぁ……ゎ……」
「こりゃ、栗本さん。桃園君にいつまでパフパフしているつもりじゃい?」
空気くらい読めよジジイ。
「・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・」
・・・・・・・・・・・。
「・・・・・何か言ってください」
「・・・・怪我はない?大丈夫?」
「それは、はい」
「・・・・・」
「・・・それ以外にはないんですか」
「・・・おっきいね!何カップ?」
世界が凍った。そりゃ凍るわな。
スッと頭から世界の癒しが消えた。
おそるおそる顔を上げると、耳まで真っ赤にした栗本さんが涙目で鞄を持ち上げていた。
へ?鞄?あっ、そういう。
「スマン!さっきのは冗談だ!」
それはアカン。アカンやつや。絶対に振り下ろすなよ!この学校の教科書分厚いんだからやめーーーー。
「セクハラです!」
勢いよく俺の脳天に彼女のカバンが振り下ろされた。
ゴキン、と金属製の物体が俺の頭に当たったようだ。教科書だけでなく水筒でも持って来ていたのだろう。
紙からはならないであろう音を聞いた俺の意識は限界を迎えた。
夜の闇に包まれた廊下を歩く少年は、廊下の長イスに座っている人影を見る。
相手も気が付いたようで少年に微笑みかける。
少年は女性に近寄る。
こんな時間にどうしたの?
星が見たかったんだ
あらあら、私とおんなじね
夜ということもあって、周囲を気にして声を小さくして二人は話す。
お姉さんもですか
うふふ、ご一緒してもいいかな?
大丈夫ですよ
じゃあ行きましょうか
「ッ!」
数秒か、数分か。少なくとも俺は意識は飛んでいた。
目の前に涙目ながらも、自分がなかなかヤバいことをした、という顔をしている栗本さんの姿を見た。
それを認識すると同時に、頭上の重さがあることを察した。
となると、先ほどのやり取りのすぐ後か。
頭も出血してる感覚はないし、内出血してないか不安だがまあそれはこの後のお楽しみっと。
「せ、先輩?」
目の前の後輩が恐る恐る問いかけてくる。
「だいじょーぶだいじょーぶ」
「大丈夫なわけないです!水筒が当たっちゃったんですよ!」
「まあ、次からは衝動的な行動は控えるように。
いや、まあ悪いのは俺か。ごめんな」
「え?あ、いや・・・」
体を起こし、叩かれた部位に触れてみる。あらおっきいたんこぶ。
「お互い落ち着いたことだし、有馬さんのこーーー」
「そんなことよりちゃんと傷を見せてください!」
俺が話をはじめようとしたところで、鬼気迫る様子の栗本さんが机に身を乗り出してきた。
「へ?あ、ああ。大丈夫だよ。ただたんこぶになってただけだから」
「大丈夫じゃないです!油断は大敵なんですよ!」
え、なんでそんなに鬼気迫ってるん・・・?
「打ったところ見せてください!」
「ちょおま」
立ち上がりこちら側にやってこようとする栗本さん。
俺もそれに合わせ、机上に対角線を描くように距離を取る。
別に先ほど殴られた場所を見られるのが嫌なわけではない。他の傷跡を見られるのが困るのだ。
「なんで逃げるんですか!怪我見せてください!」
「無理!」
そして俺たちは、机の周りをくるくると回り続ける鬼ごっこを始めるのであった。
キーンコーンカーンコーン……
一般生徒の最終下校時間を知らせる予鈴が学校内に鳴り響く。
それでも俺達二人はやめるにやめられない鬼ごっこじみた何かを続けていた。
・・・あれ?俺達なんでこんなことやってんだっけ。
実験台の向こうにいる栗本さんも、なぜこんなことをしているのかわからない様子でこちらを見ている。
「二人とも鬼ごっこはこれで終いじゃよ」
予鈴の音で動きを止めた俺達に川滝先生は笑いながら終わりを告げた。
「え、えーっと・・・」
「どうしてこうなったんだ」
「ほらほら君達、早く帰る支度しなさい」
「うっす」「はーい」
川滝先生が手をたたきながら俺たちを急かし、俺たちはそれに黙って従った。
「では先生、失礼します」
俺達は帰り支度を済ませ、川滝先生に挨拶し廊下に出ようとした。
「おお、桃園君!」
そんなタイミングで川滝先生に呼び止められた。
「今日の出来事を明日、彼に相談してみなさい」
「彼って言うと・・・神主さんですか?」
俺は栗本さんに聞かれないように川滝先生に近づいて声を潜めて尋ねる。
「そうじゃ。
この世にあってはならないモノが関わっておるのじゃ。なれば、専門家にも話を聞いてみるといい」
「そう・・・ですね。明日ちょうど行くので聞いてみます」
今度こそ川滝先生に別れの挨拶をし、電灯に照らされた廊下を二人で並んで歩く。
しかし委員会の規則であったとしても、高校生になって毎日女の子と一緒に下校するようになるとは中学生の頃は思ってもみなかったなあ。
相談委員会の役員は、必ず複数人での下校をしなければならないことになっている。
去年の委員会に入りたての頃、不思議に思って当時の委員長や長く学校に勤めている川滝先生に理由を尋ねてみたことがあった。
しかし、まあ期待はしていなかったが委員長は知らなかったし、本命であった川滝先生は知っているとも知らないともとれる反応のみを返してくれただけだった。
「先輩、なんで私達鬼ごっこなんてしてたんですかね?」
「ん?ああ、確かにな」
「おかしな話ですが、先輩が有馬先輩に謝罪して帰ってきてからの記憶が曖昧なんですよね」
「確かに俺も戻ってきてから記憶がないんだよな」
わけがわからないよ。
「オカルトチックですね」
霊が視える時点でオカルトもへったくれもないけどな。
「そういえば先輩、どうするんですか?」
今度の方針をあれこれ考えていると、隣を歩く栗本さんがこちらをみながら心配そうに尋ねてきた。
「ん?どうするって何のことがだい?」
「有馬先輩の事ですよ。相談内容から私達には手に負えない感が滲み出てますよ」
「ああ…」
相談内容は進路。それも進学先とかじゃなく、職というそうそう簡単には決められない重大なもの。
「まあ俺達ができるのは少ないことは確かだね」
「ですよね」
「だからってなにもできないわけでもない」
「?どういうことですか?」
訝しげに俺の顔を見上げる栗本さん。それでも俺は続ける。
「彼を知り己を知れば百戦して殆うからず。まずは彼女の情報を集めよう」
「へ?」
「俺は学校内やらでの有馬さんの生活態度など聞いて回る」
「は、はい」
「君は明日の放課後、有馬さんといろいろと話をして彼女が好きな事とかを聞いてみてくれ。
あと一緒に勉強してみて」
「は、はいぃ?!そ、そんないきなりすぎますよ!私にそんな役割は!」
わたた、と慌てふためく栗本さん。
俺はそんな彼女の頭に手を乗せて優しく撫でる。
「川滝先生もいるから大丈夫さ。それにやることは単純なことだから」
「そそそ、そんなものなんでしゅか!」
顔を赤らめて先ほどより慌てふためく栗本さん。緊張しているのだろう。たぶん。
「ああ。前もって彼女には俺が話しておくから」
その後栗本さんに明日することを伝えながら彼女を自宅付近まで送り届け、俺はのんびりと自転車を漕いで帰路についた。
俺の家は学園の駐輪場から自転車でおよそ20分ほどの住宅街の端にあり、加えて栗本さんの家を経由して行くと大体40分かかる。
まあ道中を会話して行くことも時間がかかる要因なのだろうが。その上、栗本さんのお母さんに顔を覚えられたらしく、少し立ち話をすることも要因が挙げられそうだ。
さて、我が家は住宅街の端にあるので日が暮れて聞こえる音というものは生活音や犬の鳴き声程度である。
そんな閑静なこの場所だが、週に数回はこの辺りの子供たちの威勢の良い声が響く。その発生源たる道場が敷地内にある日本屋敷のような家が俺の家だ。
「ただいまー」
道場から威勢の良い声が相変わらず聞こえるので、叔母さんはちびっ子達に剣道を教えている最中だ。
つまり今、家に誰もいない。それでもいつものように帰宅時のあいさつを
「おかえりー」
・・・・。
俺は靴を脱いで揃えると、そのままテレビの音が扉の隙間から漏れているリビングに向かった。
扉を開けると、俺とadi○asのジャージを着てブリッジをしながらこちらを見つめる見知った姿があった。
「おかえり」
「俺の幼馴染で同級生の北条康人君は一体何をしてるんですかね?」
「なんでそんな説明口調なのかは知らんが……エクソシス○ごっこだよ」
頭に血が上った、等とブツクサ言いながら起き上がったイケメソ。
「哀れな康人に、魂の救済を」
「それエクソシスト違いな。
二次元じゃなくて三次元の方な」
「あーはいはい。で?なんでお前はここにいんの?」
床にカバンを置いて、中から昼食の空の弁当箱を取り出しながら問うた。
「ニュース見に来た」
だったらエクソ○ストごっこなんてする必要ないだろうが、バカちんが。
それにテレビはお前の家にもあるだろ。
「嘘はいい、本当のところは?」
「スーパーで奥様達と井戸端会議をしていたら、どっかの高校のギャルに逆ナンされたので逃げましたところ、気がつくとここに居たんですよ」
「お前がイケメソなのはわかるがここにいる理由に関しては理解に苦しむ」
理解に苦しむってレベルじゃないですわ。理解できない。
…いや、井戸端会議中に逆ナンされたってのは事実なんだろう。
こいつは現代における力は情報なり!と言って、主婦の井戸端会議や散歩中に休憩している高齢の方々とよく話し込み、この街の最近の情報を集めている。
果たして集めたもののうち、どれだけが情報として価値があるのかは俺の知ったことではないが。
「逆ナンされて逃げたのはいい。だが何故自分の家じゃないんだよ。隣だろお前の家は」
「それがな、帰ってみるとお袋が先生とお前にそれを渡してこいって」
こいつの言う『先生』とは俺の伯母のことだ。
康人は伯母に剣道を教えてもらっていた時期があったためか、伯母のことを先生と呼んでいる。実際習った期間は短かったが。
俺は康人が指で指す方を目で追うと、ダイニングテーブルの上に二つのタッパーが置かれていた。
「晩飯」
「いつもありがたいことです」
俺の柔道の先生であり康人の母であは寿子さんには、週に一度栄養バランスのとれた晩御飯を貰っている。
ある事件があり、俺の父と母は武術を広めてくると言って俺から逃げるように外国へ渡り、中学生になりたての俺は一人、この家に残された。
独り暮らしというものも満更でもない気分だった俺ではあったが、さすがに中学生の一人暮らしは心配だったのだろう。両親は海外へ行く前に、俺の面倒を見ることを父の妹である伯母に頼んでいったらしい。
だが、その選択は誤りであったと共に生活を始めて感じていた。
俺の叔母は見た目はとても若々しく、本当に40手前なのかと疑問に思う容姿をしているが、とてもじゃないが「面倒を見る」という役割を果たせていない伯母であった。
彼女は料理も洗濯も家事は何もできなかった。
その事を知っていたのか、康人の母・寿子さんは俺達二人分のご飯を時間がある時に作ってくれるようになった。
まあ、いつまでも厚意に甘えてはいられないと思い、中学生の頃の俺は料理を作るようには努力した。
今では毎日俺が作ってはいるが、週に一度は栄養面を心配してか寿子さんは俺と伯母にお裾分けをしてくれている。本当に迷惑ばかりかけてるな、今も昔も。
「そんなことよりだ、拓也!モン○ン2ndGの続きしようぜ!」
どこからか取り出したP○Pを俺に向けて康人は言った。
寿子さんに心の中で礼をしているとなんだよ、その息子はこれか。
「いいだろう!」
俺は床に置いたかばんを持って二階にある自分の部屋に駆け込み、脱皮するかのように制服を脱ぎ、そして脱いだ制服をシワが無いように綺麗にハンガーに掛け、家での普段着である甚平に着替える。
乗らないわけがないじゃないですか。最近はなんでも4Gが発売したらしいのだが、俺はそんなことは知らん。俺達は2ndGをやるのだ!
勉強机の上に置いてあるMy○SPを掴みリビングへ舞い戻った。
「今日はG級リオレ○ス倒すんだったよな?」
「そうそう。そうすればたぶん緊急クエ出るから」
俺達はダイニングテーブルに向かい合うように座ってPS○の電源を入れた。
そして、かの旦那を倒した俺たちはダイニングテーブルに茶を出して、俺と康人は椅子にテーブルを挟んで向かい合うようにして座り、緊急のクエストに挑んでいた。
「これって古龍だよな?」
「そうだろ?たぶん」
「ただいまー」
「やっぱりタコじゃんよー」
えっ、ちょ待てよー。なんだよそのモーション。
「タクー、 お風呂沸いてるかー?」
あっ二人とも吸い込まれた。ヤバいんじゃ………って
「「なんじゃそりゃあああああああああああああああ!」」
「キャァァ!」
ヤマツカミのヤロオォォォォォォォォオオオ!一撃死とかふざけんなよ!
「ど、どうしたの二人とも!」
「クソ!一度くらったからにはもうくらわんぞ!」
「お、お前ら……」
「ごめんくださーい、うちの康人お邪魔してますー?」
「いや……もう失敗だよ」
「しょうなのぅ?」
やめんか。
「お前が最初に一回乙ったろ。で、今の一撃死で二人ともお陀仏で三回」
俄然やる気を出した康人には申し訳ないが既にお前が一乙してる。これで二人同時だから終わり。
「マジかよー」
「ふうむ……お互いの武器を強化するか」
「お邪魔しますよーって、あら奈央ちゃん。どうしたの?」
「こんのバカ共がァァァァァァァァァァ」
ズドガン!
「爆発四散!」「脳天炸裂!」
おぉう・・・流星にまたがっちゃうぜ。俺の脳細胞。
いつの間にやら帰ってきていた叔母・武田奈央に二人揃って脳天をぶたれ、俺たち二人はテーブルにキスしていた。
毎日アルコール消毒しておいてよかったかな。
「タク!ゲームに集中するのはいいが他のことやってあるんだろうな!」
「ほら康人。晩御飯だから帰るわよ」
俺たち二人に怒鳴り散らす20台前半に見えるもうじき40歳の叔母と、その背後の扉からからひょっこりと頭だけ見せている20台後半に見える39歳と数十ヶ月の康人の母親がにいた。
・・・・・気付かんかった!
「いでで…。奈央さん。風呂沸かしてあるからご飯の前に入ってきて」
「え、あっ……うん」
俺は殴られたその部位を片手で撫でながら叔母さんを風呂へ促し、その傍では寿子さんは康人を連れて玄関へ向かっていた。
「寿子さん。晩御飯ありがとうございます」
「んー?いいっていいって、困った時はお互い様よ」
「お互い様って……。こちらからは何もしてないじゃないですか」
「うーんそうねえ。じゃあ今度私とデートでもしてもらいましょっか」
にっこりと笑いながら言う寿子さん。だいたいこの表情の時は本気の時だ。
「まあその程度ならいいですが・・・。逮捕されたくないっすよ」
「ふふっ、あの人も許してくれるわよ」
じゃねー、と言いながら気絶していたらしい康人を担いで我が家を後にする寿子さんに俺は低頭した。
思春期の息子を担ぐとか流石です。
北条親子が我が家を出て行き、叔母が風呂から上がるのを、俺は一人でイャン○ルルガを狩りながら待っていた。
「たーくー!ちょっと来てくれー!」
すると廊下から叔母が俺を呼ぶ声が聞こえた。
はっや!ちゃんとリンスとかして足の間まで体洗ったんだろうな。
「ちゃんと洗いましたー?」
そう言いながら廊下に出ると、脱衣所から素っ裸の叔母さんが出てきた。
一応体の水分はくまなく拭き取ってあるらしく、廊下には水滴は滴ることはなかった。
「何で真っ裸?」
俺は当然の疑問をぶつけてみた。
「ブラとパンツのストックが無くてな。洗濯かごの中から取ってきてくれないか?」
「だったら脱衣所で待つか自分で取りに行くかにしてくれよ」
叔母さんを脱衣所へ押し戻しながら呟く。
叔母の裸を俺が物心つく頃から見ているためなのかどうかはわからないが、俺は女の裸をもう見慣れてしまった。
二年前の臨海学校中、溺れた女生徒を助けるために見守る同級生に構わず、女生徒の水着を躊躇わずに脱がせて大変な目に遭ったのはいい思い出。
……救助のためだぞ。いや、真剣に男としてどうなんだとは思っている。
「じゃあ取ってくる」
脱衣所へ押し込もうとする俺の腕から華麗に逃れ、バスタオルで特に体を隠すことも無く、腕の筋肉を伸ばしながら洗濯物を取り込んである部屋に向かう。
やれやれ。乙女じゃないことは、恥じらいを捨てていいことにはならないんじゃないかね。
……最近乙女チックになってきたみたいだけどな。
「タク?失礼なこと考えてないか?」
あっちゃー、ばれてーら。
下着もつけずにYシャツ一枚を着た叔母が俺を睨みつけながら姿を現す。
「ワーハッハッハ!ご飯早く食べましょうや」
「あ!こら!」
その後、再び我が家を訪れた康人と地○防衛軍4をやった。楽しかった。
「小並感すぎだろ」
「うっせ」