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舞姫

(我ながら、無茶苦茶な賭けだわ。けど、やるしかないわよね)


 強い決心を秘め、取り囲む観衆の中央へと歩みを進める。

 と、色鮮やかな紅が視界に入る。

 観衆の中にいた女性が、肩にかけている飾り布だ。


「おば様。その綺麗な飾り布を貸していただけますか?」

「え!? あ、構わないけれど……」


 唐突に駆け寄ってきたリルディに面食らいながらも、肩にかけていた飾り布を差し出す。


「ありがとうございます」


 その紅の布を軽く腕に巻きつけ、人だかりで出来た空間の真ん中へと立つ。


(いざ!)


 紅の布を空高く掲げ、大きく高く舞い上がる。

 それと同時に響き渡るソプラノの歌声。

 その場に居合わせたものは、その舞と歌声に息を呑む。

 男性とも女性とも取れない中性的な美しい声と完璧な旋律。


 紡がれるのは、遠い昔から語り継がれている神話の一つ。

 太陽神に恋焦がれた少女の物語。

 太陽へと手を伸ばし、あふれ出す想いをただ一心に舞へと込める。

 命すらも捧げようかというほどの強い想いは、やがて神の心すら動かし、少女は舞を通し太陽神と一時の逢瀬を重ねる。


 響き渡る歌声も然ることながら、躍動的に舞う少女にも目が離せない。

 紅の布が風に舞い、少女の動きに合わせ翻る。

 ある時は花のように、ある時は情熱の炎のように、紡がれる詩に合わせ、瞬く間に姿を変える。

 軽やかに明るく空を舞ったかと思えば、絶望に地へと身を落とす。

 少女の動きが物語を紡ぎ、生き生きと踊るその姿は、誰の心にも響く。


「とてもとても綺麗なのです」


 ラウラはうっとりとその舞いに魅入っている。


「何なのだ、あれは……」


 カイルもまた、その姿に目が離せなくなる。

 生き生きと舞うリルディの姿は初めて見る。

 その姿は普段から想像も出来ないほどに、色香が漂い魅惑的だ。


「南の国々で合同で行われる、太陽祭つー祭があんだけどさ。姫さんはそこでの舞姫なんだ。あの坊ちゃんが歌を姫さんがそれに合わせて舞う。あとは、ここにはいねーけど、姫さんの弟が音楽を奏でて。そりゃあもう大盛況で、南では知らない奴がいねーほどの人気っぷりだ」


 アランの説明でやっと合点がいく。

 リルディは、この大勢の観客の前で、萎縮することなく伸び伸びと舞っている。

 それこそ、旅の一座の舞姫であるという嘘が本当かもしれないと思えるほどに。


「綺麗だろ? それこそ、本当に太陽神だって虜にしちまいそうだ」


 眩しそうに眼を細めるアランは、焦がれる様にその姿を見つめている。

 いや、リルディを見る誰もが、その姿に心奪われている。

 殺気だっていた警ら隊の男たちでさえ、今はその姿に見入っている。


 やがて物語は佳境に入り、太陽神との逢瀬が紡がれる。

 リルディの憂いを含んだ瞳は姿なき太陽神へと注がれている。

 それは恋をし情熱を秘めた少女の姿そのもの。


「……」


 その姿に、胸が焼けつくように痛み、カイルは胸元を押さえる。


「ありがとうございました」


 物語は終わりを告げ、軽やかに一礼するリルディへ、拍手喝采が沸き起こりカイルも我に返る。

 いつの間にか見物人の数も大きく膨れ上がっており、さながら一つのイベントのようになっている。


「いや~。さすがだな。何度見ても惚れ惚れする舞いだ」

「ありがとう。アラン。突然だったから、うまく踊れるか少し不安だったんだけど」

「完璧だ。王様も惚れ直したと思うぜ?」


 こっそりと耳打ちされた言葉に、リルディはカイルを振り返る。


「……」


 けれど、カイルはあからさまに視線を逸らす。


「あのカイル……」

「リルディ! すごくすごく綺麗でした!」

「まあ、冷や冷やしたところもあったが、よかったんじゃないか?」


 どこか様子のおかしいカイルに声をかけようとしたが、それは駆け寄ってきたラウラとアルテュールの言葉にかき消される。


「うん。ありがとう。あ、これ返してこなくちゃ」


 未だ手に巻きつけたままの飾り布を想いだし、いつの間にか倍以上になった観衆の中から、持ち主を探しだし駆け寄る。


「お貸しいただいて、ありがとうございました」

「礼を言うのはこっちの方だよ! あんたの舞い感動した。いいもの見せてくれてありがとね」

「お嬢ちゃん、綺麗だったよ!」

「もっと見ていたかったなぁ」

「握手してくんないか!?」


 その場にいた観衆からも次々に声がかかり、なぜか握手まで求められてしまった。


「そういう場合ではないだろう?」


 差し出された男の手に答えようとした時、後ろからカイルに引き戻される。


「んだよ! ケチ……っ」


 文句を言いかけたが、カイルの一睨みで言葉を無くし引き下がる。


「あの、カイル? 何だか怒っている?」


 そのまま手を引かれながら、恐る恐るカイルへと問いかける。

 理由は分からないが、カイルの機嫌はすこぶる悪いように見える。


「……別にそんなことはない」


 暫しの沈黙ののちに返される答え。


(でも何だか不機嫌だし)


 それに、さっきからすぐに視線が外されてしまう。

 微妙な空気がその場に流れる。その時だった。


「どういうことだよ!」


 荒げた声が聞こえ、見れば警ら隊と対峙しているアランの姿があった。


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