一触即発
「あー、たくっ。あんた、一人で突っ走りすぎだろ」
その後に続いて、アランが走り込んでくる。
「しっかし、警ら隊が、こんなか弱い女の子になにしてんだか。俺らが来たから大丈夫だ」
今にも泣きだしそうなラウラへと、アランはいつものようにヘラリと笑って見せる。
「アランさん……」
二人の登場に、リルディとラウラは安堵の息を吐く。
「はぁ。お前からは一時も目が離せぬな」
リルディをチラリと振り返り、カイルは呆れたように言葉を放つ。
「ごめんなさい」
「構わない。どこに居ようと、俺は必ずお前を見つけ出すからな」
「カイル……」
「あー、コホン。二人の世界のとこ申し訳ないんだけどよ、目の前の奴らは納得してねーようだぜ?」
わざとらしい咳払いと共に、対峙している男たちを見るように促す。
思わぬ邪魔に、忌々しげに舌打ちし、カイルを苛立たしげに見ている。
「警ら隊が俺の連れに何の用だ?」
「見て分からないのか。所有者の証を持たない耳長族と、怪しい女を尋問するために連行するところだ」
威圧的に言い放ち、小ばかにしたように鼻を鳴らす。
「……所有者の証など、すでに撤廃されているはずだ。王令を知らぬのか?」
一部を除いた他種族は、所有者を持ち、体のどこかにイレズミを施されていることがほとんどだった。
それがなければ、イセン国に入ることは許されず、見つかれば排除か売り物とされる。
それが一昔前のイセン国だったが、カイルの作った法令により、それらは撤廃されたはずだ。
「ふんっ。王令だろうと何だろうと、怪しければ連行する。そもそも市井を知らない王が作った法令。現場には現場の決まりがあるのだ」
「ここでは俺たちが法律なんだよ。分かったのなら、そこをどけ」
カイルの言葉を一蹴し、自分勝手な言い分を放つ。
(んなこと、当の本人に言うなよな)
知らないこととはいえ、王であるカイル本人へ言うのだから、滑稽このうえない。
「……」
「な、なんだ。その反抗的な目はっ」
カイルの冷たく威圧的なその視線に圧倒され、自分たちの優位を見せつけようと、男たちは剣を抜く。
「退かないのなら、危険分子として排除する!」
「……やってみればいい。出来るものなら」
低く放たれた声には、一片の動揺も見えない。
冷たく研ぎ澄まされた瞳が、微かに金の色を帯び始めている。
「ダメ……なのです」
人より数段、場の変化に敏感な耳長族。
増幅されるカイルの魔力を感じ取り、ラウラは自分自身を抱きしめ小刻みに震える。
(やばいな。王様、完全にキレてやがる。マジ、姫さん絡むと手に負えねー)
誤魔化しようがないほどに、その場の空気が重く鋭いものになっていく。
嫌でも思い出すのは、初めてカイルの魔力を目の当たりした時の恐怖。
あの時は別空間での出来事で、誰に見咎められることもなかった。
だが、ここは王城だ。こんなところで魔力を放てば、それこそ誤魔化しが効かない。
そのうえ、その場には人だかりができ始めている。
それこそ、被害は甚大なものになるだろう。
(くそっ。俺がやるっきゃないか)
もはや一触即発状態の今、カイルが魔力を放つ前に、自分が魔術を使い気を逸らせるしかない。
アランがそう決断した時だった。