まさかの事態
その頃、リルディとラウラはまさかの事態に陥っていた。
お土産探しに夢中になり、人波に巻き込まれ、気が付くとかなりの距離を流されていた。
「リルディ……。カイル様たちがいないのです」
やっと人波を抜け出て、周りをグルリと見渡すものの、そこに先ほどまで側にいたカイルたちの姿はない。
その事実に、ラウラは顔面蒼白になる。
「だ、大丈夫。お城の中なんだもん。きっとすぐに会えるよ。とりあえず、探してみよう」
不安げなラウラの様子にリルディは努めて明るく言い放ち、その手をとって歩き出す。
「ひゃあ」
けれど、狼狽えているラウラは足を縺れさせ、その場で盛大いに転んでしまった。
「大丈夫!?」
「は、はいなのです……!!」
慌てて立ち上がった瞬間、しっかりとかぶっていたはずの帽子が、頭から落ち
る。
そして隠していた、長く黒い耳がピョコリと頭の上から出てしまった。
「え!?」
「耳長族?」
「うわぁ」
「ホンモノ!?」
派手に転んだ所為で注目を集めている上に、長い耳が更に人々の視線を集めてしまった。
移民や他種族が入り乱れるイセン国だが、耳長族の存在は珍しい。
いやが上にも目立ってしまう。
「帽子を……」
慌てて帽子を拾おうとリルディは手を伸ばすが、目の前にいる人物が、それを先に拾い上げる。
「これはこれは」
帽子を拾ったのは、警ら隊の制服を身に纏った男たちだった。
国が統括している警備部隊。
人が多く行き交う今日は多めに配置されているのだと、カイルが言っていたことを思い出しヒヤリとする。
(ラウラが女官だってバレちゃったかしら?)
エルン国の姫付の女官が耳長族だということは、城内では周知の事実。
変装をしていると言っても、面識があれば見破られてしまうだろう。
お忍びである今、そのことがバレるのは非常にまずい。
「こんなところに耳長族とは……」
「初めて見たな」
どうやら警ら隊と言っても、普段城の中を警備している者たちではないらしい。
そのことにほっと胸をなで下ろす。
「瞳も本当に紅いのか?」
「!?」
何の断りもなく、ラウラからグルグルメガネをとる。
露わになったのは大きく紅い瞳。
恐怖からか、その瞳は潤んでおり、ますますその色を鮮やかにしている。
「これはホンモノだな」
男たちは目くばせをしてから、ラウラへと向き直ると、その腕を無造作に掴む。
「一緒に来てもらおうか」
「やめて! この子は私の友達よ。いきなり失礼だわっ」
リルディは、ラウラと警ら隊の間に割って入る。
「何が友達だ。所有者でないのなら引っ込んでいろ」
「引っ込むのはそっちだわ。この子に近づかないでよ」
あまりにも理不尽な扱い。
凄む男達を前に、リルディは一歩も引くことなく強く睨み返す。
数秒の睨み合いのうちに、先に相貌を崩したのは男の方だった。
「気の強い嬢ちゃんだ。よく見れば、お前も純粋なトリア大陸民ではないな?」
髪を黒くしてはいるが、透き通りように白い肌までは隠せない。
そこに、他民族の血が入っていることは一目瞭然だ。
「だったら何?」
なおも睨むリルディに男が向けたのは、とても好感が持てそうもない下種な笑み。
「耳長族の友達と一緒に来てもらおう。場所を変えて、詳しくじっくりと話を聞こうか」
まとわりつくような気持ちの悪い視線に、リルディは思わず後づ去る。
「また悪い癖が出たな。取り調べてと称して何をする気なんだかな」
「少し好みだとすぐコレだ。職権乱用じゃないのか?」
そんなことを言いながら、連れの二人は面白そうに見ているだけで、止める気はないらしい。
(これって、連れていかれたらまずいよね?)
このまま連れていかれ、正体がばれたりしたら、カイルに迷惑がかかってしまう。
それは何としても回避したい。
「ほら、こっちにこいよ」
痺れを切らせた男が、リルディへと手を伸ばした時だった。
「こいつに触るな」
低く冷たい声が放たれ、リルディの盾になるように男が立ちはだかる。
「カイル!」
声の主はひどく殺気だったカイル。
リルディを背に庇い男たちを射るように睨みつけた。