甘い口づけ・苦い想い
「エルンは悪くないよ。忘れていた私が悪いんだわ」
「……あいつを庇うのか? それとも、こうしてほしかったのか?」
「ん……」
指先に残る粉をカイルが舐めとっていく。
くすぐったさと気恥ずかしさで、リルディの口から思わずおかしな声が漏れる。
(何だかカイルが変だ)
体温が一気に上昇するのを感じながら、茫然とカイルを見ると、妙になまめかしい目で見つめ返される。
「まだ、まったく足りない」
「あ、じゃあ、もっとどうぞ」
慌ててもう一度砂糖菓子を摘みとり、カイルへと差し出す。
「そういうことじゃないんだが……まぁ、いいか」
独り心地で呟き、リルディが差し出す砂糖菓子に口を寄せる。
「い、いっぱい食べてね」
砂糖菓子が消えるたびに、リルディはすぐに摘み上げ、カイルへと差し出す。
指がカイルの唇に触れるたびに、まるで口づけをされている錯覚に陥る。
(私も変かもしれない)
カイルの唇が触れるのが、指じゃなければいいのにと思ってしまう。
ただ、砂糖菓子を差し出しているだけのはずなのに、妙にドキドキして落ち着かない気分になってくる。
「……」
「カイル?」
同じ動作を数度繰り返したところでカイルの動きが止まる。
「お前は食べないのか?」
「あ、じゃあ、私もいただこうかな」
「あぁ」
だが、差し出していた砂糖菓子を自分の口へ近づけるリルディの手を、カイルが掴んで止める。
「俺もお前に食べさせてやる」
「え? いいよ。手が汚れてしまうわ」
実はちょっとやってもらいたくもあるが、ここでカイルにお願いしてしまったら、そもそも自分がしていたことにも意味がなくなってしまう。
誘惑を押しのけて即座に辞退をする。
「問題ない。こうすればいい」
それはあまりにも予想外の行動。カイルは砂糖菓子に口を寄せる。
ここまでは、さっきまでと同じ。
けれど次の瞬間、リルディはそのまま強く腕を引かれる。
訳が分からず成すがままになっていると、そのまま唇を塞がれた。
「ん……」
あまりのことに息をすることを忘れ、苦しくなり口を開けた瞬間、甘い塊が口内へ押し込まれる。
それが砂糖菓子なのだと気づくのに、数秒かかった。
「うまいか?」
ごく近くで囁かれるその声で、口移しで食べさせられたのだとようやく理解する。
早鐘する鼓動と混乱する頭。
「甘くて……クラクラする」
カイルの瞳に促され、夢心地のままにやっと言葉が口をつく。
「そうか」
カイルはどこか満足げに頷き、軽くリルディの唇をついばみ、そのままきつく抱きしめる。
「この菓子よりも、お前の方がずっと甘い。このまま、食べつくしてしまいたいほどに」
抱きしめられたまま、耳元で囁かれ、そのまま耳を軽く甘噛みされる。
「カイル!?」
慌ててカイルの腕から逃れようとしたものの、リルディの力ではびくともせずに、力を入れた瞬間バランスを崩し、そのままソファの上で押し倒される。
「な、何でこんなこと……」
手首を抑え込まれ、リルディは身動きが取れない。
カイルの漆黒の瞳が、その姿を静かに見下ろしている。
「このまま、お前を跡形もなく食べつくしてしまいたい。そうすれば、お前は誰の目にも触れなくなるんだから」
「そういう冗談は……」
「本気だ。俺は本気でそう思っている。あの日、観衆を魅了するお前を見た時、俺はお前を誰の目にも触れない場所に閉じ込めてしまいたいと思った」
「え?」
「お前はいつだって大勢の者たちに愛され慈しまれている。俺が行くことの出来ない光の中で輝いている存在だ」
表情を歪めるカイルは、まるでリルディが逃げ出すことを恐れるかのように、拘束するその手に更に力を込める。
「俺は守る為と言いながら、結局はお前を閉じ込めてしまいたいだけなんだ。お前を取り巻くすべてに浅ましく嫉妬し、お前のすべてを奪い尽くしたくなる。お前のいるべき場所は、俺のいる暗く荒んだここではなく、光の下であるべきだというのに」
そう思い知らされたあの日から、リルディに会うことを避けていた。
黒く膨れ上がる感情をコントロールするすべが分からずに、ただ逃げていたのだ。
「……カイル、離して」
「嫌だ。お前に軽蔑されても、嫌われても……俺は……」
「そうじゃなくて!」
「俺はお前を……」
「カイル!?」
混濁する思考と遠ざかる声。
カイルはそのまま暗闇へと落ちて行った。




