二人きりのお茶会
「お茶……お茶を入れます!」
「……」
微妙な空気の中、勢い込んでリルディは言い放ち、ぎくしゃくとしながらも作業に取り掛かる。
「……」
「……」
カチャカチャと茶器が触れ合う音と、サラサラとカイルがペンを走らせる音だけが、その場に響く。
「……用意が出来ました」
「あぁ」
書類に視線を落としたまま、カイルはごく短い返事をする。
(やっぱり邪魔になっちゃうよね)
机の上に積まれた書類の束は、尋常な量ではない。
手伝えることがあればとも思うが、自分がそれらに触れるわけにはいかない。
求婚されながらも、断り続けている自分は、未だイセン国に招かれている他国の姫君でしかないのだ。
「冷めないうちに飲んでね。お邪魔しちゃってごめんなさい」
聞きたいことも話したいこともたくさんある。
けれど、こうしてカイルの顔を見ることが出来たのだ。
それ以上望むべきじゃない。
そう判断する。
「待て」
「?」
淹れたてのお茶をテーブルへセッティングし終えて、退出しようとするリルディをカイルの声が引き留める。
「わざわざ来たんだ。お茶くらい付き合え」
「え!? いいの?」
「このまま返せば、ユーゴに何を言われるか分かったものではないからな」
「あ、そっか」
一瞬上がりかけた気持ちが急降下する。
今回のことは、もともとアラン経由でユーゴが計画立てたことだ。
カイルもそのことにはすぐに気が付いたらしい。
『あの方は、何かあると自分だけで抱え込み、引き籠るクセがあるのです。今回も何があったか知りませんが、執務室に引き籠っています。いいかげん鬱陶しいので何とかしてください』
とても自分の仕えている相手へのものとは思えない、ユーゴの言葉を思い出す。
もっとも、その辛辣な言葉の裏には、ユーゴなりの気遣いも含まれているのだと、最近ではリルディも分かってきた。
(でも何とかって、私に出来るのかな?)
気まずい気持ちのまま、ソファに座るカイルの隣りへと腰かける。
「何だか、昔を思い出すね。ていっても、そんな昔でもないけど」
前にメイドとその主であった頃、書庫の整理を命じられたリルディは、カイルと一緒にお茶を飲むのが習慣化していた。
リルディがお茶を入れ、カイルはいつも美味しいお茶菓子を用意してくれていて。
一緒にいるその時間は、何よりも至福の時だった。
今にして思えば、あのころからすでに、カイルは特別の存在だったのだろうと思う。
「残念だが、今回はお茶菓子の用意がなくてな。すまない」
「あ、それは大丈夫。ここに来る途中、エルンからもらったのがあるの!」
リルディはいそいそと可愛らしい小箱を取り出す。
「エルンがお前に……か」
「うん。エルンは優しいね。前に私が気に入っていたのを覚えていて、また買ってきてくれたのよ。カイルと一緒にどうぞって」
若干、声音が変わったカイルには気が付かず、リルディは無邪気にそう教える。
「……」
見れば、それは前にエルンストがリルディに贈り、そしてカイルも一緒に食べた砂糖菓子だった。
白くフワフワとした見目と、見た目通りに甘いそれは、男が好意を持つ相手に贈る定番の品だ(というか、エルンストがそれを女性に贈ったという噂が広まり、一気に流行りだした)
「カイルも好きだったよね」
「……あぁ」
アランなら、脱兎のごとく逃げ出すくらいのどす黒いオーラを放つカイル。
「ふふ。やっぱり、甘くて美味しいし、この形も可愛いよね」
「そうだな」
返答したカイルは、リルディの腕を掴み引き寄せ、指先にある砂糖菓子をそのまま口元へと運ぶ。
「!?」
「仕事中は手を汚したくないと分かっていると思うが。あいつも気が利かぬな」
リルディの腕を掴んだまま、憮然とした面持ちで言い放つ。
(そうだった。前にもこんなことがあった)
カイルに久しぶりに会うことばかり気にしていて、そこまで気が回らなかった。




