執務室にて
(……今日で何日目だ? あぁ。もう、何年もあいつの声を聞いていない気がするな)
書類の束に埋もれたカイルは、ペンを走らせていた手を止め、ぼんやりと虚空を見つめる。
(俺は何をしているんだろうな)
建国祭があったあの日から、一度もリルディと言葉を交わしていない。
自分の名を呼ぶその声を聞きたくて堪らない。
目を閉じ、陽だまりのような笑顔と愛らしい声を思い出し、ほんの刹那幸せを感じる。
けれど、すぐに空虚な想いに囚われる。
「私が罰として姫君との接触を禁止したのは、三日間だけのはずですが。どういった風の吹き回しですか?」
カイルの想いを見透かしたように、ユーゴが訝しげな視線を向ける。
「仕事をしていて、そんな非難めいた視線を向けられるいわれはないだろう」
「答えになっていないと思いますが?」
出来上がった書類を回収しながら、淡々とした返しをする。
「……これは俺の問題だ。放っておいてくれ」
「では質問を変えましょうか? 夜な夜な徘徊される異常行動の理由は何でしょうか?」
「なっ。お前知って……くそっ。あいつか」
「えぇ。彼は私の部下ですから。もっとも、あなたが怖くて丸投げした感も否めませんが」
ユーゴが軽く息を吐いたその時、扉を叩く音が響く。
「ふむ。いい頃合いですね」
独り心地でそう呟き、ユーゴは扉へと踵を返す。
(あいつ、今度会ったらシメる)
その場にはいない、裏切り者の密告者に心の中で悪態を吐く。
「王。お茶をお持ちしました。休憩をとってください」
「いらぬ。お前も少し下がっていろ。こうも始終いられると、心が休まる時がない」
「そうですか。では、メイドは置いておくので、後の給仕は彼女に任せましょう」
「それもいら……!!」
八つ当たり気味にそう言いかけて、カラカラとお茶を乗せた荷台と共に現れたメイドの姿を見、言葉を無くす。
(幻覚?)
真っ先にそんなことが脳裏を過る。
想いすぎて、そう見えているのではないかと、思わず自分の正気を疑うカイル。
目の前には、黒髪にメイド服に身を包んだリルディの姿。
「お茶をお持ちいたしました。カイル……様」
ひどく緊張した面持ちで、メイド姿のリルディはおずおずとそう言葉を口にする。
「……」
「では。失礼致します」
軽く一礼しユーゴは退出し、その場にはカイルとリルディだけが残った。




