一件落着?
「え!?」
背筋が一気に寒くなったのは、声の主が誰なのか、瞬時に理解したためだ。
思わず、さびかけのオモチャのように、振り返る動作がぎこちなくなる。
「……はぁ」
「ユー……」
目が合った瞬間に、谷底よりも深くため息を付かれ、思わず名を呼びかけるが、それを目で制され、慌てて口元を手で覆う。
「この騒ぎの中心はあなたですか」
笑顔全開で放たれた言葉に、リルディは顔面蒼白になる。
ユーゴの笑顔。
それは怒りの沸点を超えた証拠だ。
固まるリルディに、一緒にやってきたネリーがソロリと近づく。
「リルディが行方不明でその、麗しの君に助けを求めに行ったのよ? そうしたら、こいつが一緒に行くって、勝手に付いてきちゃったのよ」
コソコソとそう説明する。
((よりにもよって、どうしてこの人が来るのか!))
その場にいる関係者全員が合致して、脳裏にそんな思いが過る。
「何だ、貴様は! こいつらの仲間なら、お前も連行するぞっ。引っ込んいろ!」
ユーゴに向けて放たれたその言葉に、リルディたちは思わず凍りつく。
知らないこととはいえ、あまりにも命知らずな暴言。
「警ら隊はいつからチンピラになり下がった?」
「なんだとっ。誰に向かって……!!」
反論の言葉は最後まで続かない。
声の主を探し振り向いた瞬間、刃が首元に突きつけられていた。
ほんの少し喉を震わせるだけで、切り裂かれるだろう位置。
あまりにも鮮やかな動きに、間合いに入られた瞬間さえ気づくことが出来なかった。
「刃を向ける相手すら見誤る者が、警ら隊を名乗るな。名が貶められる」
「ひ……」
囁かれた低く殺気を孕んだ声音。
姿を確認出来なくとも、相手が自分よりも数段格上の相手だと理解する。
「あれは、エルンスト将軍じゃないか!?」
「まあ! 本当に。エルンスト様だわ」
「エルンスト様―!!」
群衆から放たれたその名を聞き、血の気が引いていく。
「まさか……」
エルンスト・メディシス。
精鋭揃いの第一隊の隊長にして、軍を取りまとめる将軍だった男。
突如として軍を去ったものの、未だその復帰を求める声は鳴りやまないという。
「エルンってば大人気だね」
「当たり前よ! 麗しの君はイセン国きっての名将なんだから。それなのに、進んで市井にも出られて、誰とでも気さくに話しかけられて。非の打ちどころがなく素敵……」
「つっても、今はアレだけどな~」
自ら志願しアランの下についている今、軍服を脱ぎ捨て、アランに倣ってか、服装も大分砕けたものになっている。
あの剣さばきがなければ、すぐには気づかれなかっただろう。
「ど、どうして将軍が……」
「“元”将軍だ。……なぜかと問われれば、お前が矛先を向けいているのが、自分の護衛対象である人物だからだ」
“臨時”ではあるが、という言葉は心の中でだけで呟いておく。
本来護りたい相手である目の前の少女の身分を、ここでいうことは出来ないのだから。
「護衛対象?」
「ユーゴ・アリオスト。この国の王の片翼たる人物だ」
エルンストのその言葉に、持っていた剣を取り落す。
それは王に継ぐ権力を持つ宰相の名だ。そんな人物に刃を向けていたとなれば、その場で首を切り落とされても文句は言えない。
「我が王は、何よりもこの国の安寧を願っているのです。王城での諍い事は見逃せません。ここは、宰相たる私が預かります」
見守る群衆に向け、ユーゴは声高らかにそう言葉を放つ。
「おいおい! 嬢ちゃんたちは何もしてないぜ!? 捕まえるってんなら、お門違いだ」
「そうだわ。私たちが証人です」
「しょっ引くのは、そっちの威張り散らしてた奴らだけにしてくれよ」
群衆から上がる思わぬ声に、ユーゴは驚き目を見開く。
そして、緊張した面持ちでいるリルディへと視線を向ける。
「本当にあなたと言う人は、予想以上のことをしでかしてくれますね」
「ご、ごめんなさい」
群衆を巻き込んでの大事。
言い訳が出来ないほどの失態だ。
謝罪の言葉しか出てこない。
「いえ。面白いものを見せていただきました」
「!?」
ひどい皮肉だ……と思ったものの、ユーゴを見るとその表情はどこか楽しげで驚く。
「あなた方の言葉は胸に止めましょう。約束します。公平な判断を下すと」
群衆に向かい、優雅に深々と一礼するユーゴに、もう誰も意を唱えるものはいなかった。
かくして、王城の一角で起こった騒ぎは、無事収められ、建国祭はつつがなく終わりを迎えたのだった。
そう。表面上は……。




