お願いします!神崎くん!!
猪突猛進型純粋おバカ主人公を目指しました。馴れ初め話なので甘い要素は皆無でおふざけばかりですが楽しんでいただけたら嬉しいです。
掌に三回人の字を書いて飲み込む動作をする。今日はもう一生分と言って良いほどやっただろう。小学校の学芸会でも、中学校の学習発表でも、高校の今までの文化祭でもこのおまじないには世話になったがここまで酷くはなかった。奮起しようと自分の手に力を込めて握ると湿り気を感じ、緊張していることを改めて自覚させられる。
「大丈夫……じゃなさそうね。あんたこんな状態で気持ち言えるの?」
「だだだだ大丈夫!!一週間前から練習したし、昨日の夜も今日のお昼休みにもしっかり練習したから!」
冷や汗を流す私の背中をさすり心配する友人にVサインを見せて示すが、どこがよ、と彼女は疲れた様子で脱力した。
告白。
一世一代のビッグプロジェクト。
通称『綾高のプリンス』と呼ばれる神崎龍に告白することが私の目的である。私がそれを決意した日にはそれはもう友人たちに無謀だと騒がれた。決意した日に限らずつい先程までも騒がれていたが。
なぜ私がそんな無謀なことに挑戦するのかというと、来《きた》るべき日のために早く女になりたいのだ。事情聴取の際にそれを友人たちに話すと、全員から平手打ちやら腰の入った力強い右フックやらそれはそれは手酷いお仕置きを受けた。彼女たち曰く、「神崎ファンに刺される前にこいつを止めろ」と。しかし私はその一風過激な制止を耐え抜き、今日、この屋上という舞台に立っている。
「つーかさ、今さらだけど何で神崎くんなの?女にしてほしいならそこら辺にゴロゴロいるでしょ」
あと神崎くんそんなタイプじゃなくない、とジュースを口にして若干手抜きな最後の足止めをかけてくる友人。その言葉には負ける訳にはいかないと神崎くんに告白する根拠を話すことにした。
「神崎くんね」
「うん」
「綾高で一番テクニックが凄いうえにとっても飴と鞭が上手らしいの」
「っ……ごほっ」
何か予想外だったのか急に噴き出す。やはり教えてもらうなら技術力があって指導力があるのに限ると思うのだがそれだけでは安直だろうか。ハンカチで口元を押さえる友人は溜め息を吐いて「聞いた私が馬鹿だった」と嘆いていた。その物言いに流石に少し不満を感じて、神崎くんに女にしてもらうことのメリットとこれから来る日までのプランを語ってやろうかと思ったところで階段を昇ってくる音が耳に入った。どうやら主役が来たようだ。
神崎龍。しつこいようだが、通称『綾高のプリンス』。しかし本人の前ではその呼び名はタブーである。彼の見た目はプリンスなんて甘いマスクではないからだ。
黒髪のツーブロックショートに耳元で光るピアス。お洒落に着崩された制服。そして鋭いながらも時折色気や仲間への優しさ、年相応の子どもらしさを感じさせる三白眼。
そう、彼は立派な不良なのだ。とは言え、どこかの漫画の様に暴走族やら不良チームのヘッドなんて存在ではなく、また、煙草やら酒やら万引きやら犯罪に手を染めるまでもなく、適度に授業で寝、適度に課題を出し、適度に喧嘩相手を血祭りに上げるむしろ真面目な不良である。その証拠に先生たちとも仲は悪くなく、不良仲間以外の生徒とそれなりに仲良くしている様子を頻繁に見かける。そもそも彼が無差別に人を傷つけるような人物ならば、私も到底告白しようだなんて気は起きない。それに実際彼は私の呼び出しに来た。来てくれたからにはしっかり気持ちを伝えなければ。
そうして神崎くんの情報と告白への意気込みをしている内に彼は屋上のドアを開け、友人と共に男は二人でこちらに向かってくる。高まる緊張に頭に熱さと浮遊感を感じ、口が渇く。水が飲みたい、と頭の片隅で思ったが、そんな暇はないと勇気を出してはじめの一歩を踏み出した。
「あの、あの!本日はお日柄も良く……!」
「結婚式か……」
「間違えた!!」
練習では言いもしなかった言葉が勝手に口から飛び出す。ハッとして口を押さえ、友人を見ると彼女は心底痛そうに頭を押さえていた。
「みっちゃん大丈夫!?バファソンあるよ!」
「別に病気じゃないからさっさと用事済ませろ!神崎くんたちビックリして変な目でこっち見てるでしょ!」
「ええ!?そうなの神崎くん!ビックリさせてごめんね、変な目になったらアイプチとアイライナーで目整えてあげるから!」
「そういう意味じゃない!」
「きゃんめいくっ!!」
意識を揺さぶるような平手打ちをされて思わずメーカー名で悲鳴をあげる。しかし、平手打ちのおかげか意識がハッキリとなった時には不思議と緊張感は和らいでいた。
さっさと済ませろと手振りする友人にありがとうと口の動きで伝え、神崎くんに向き直る。呆けた神崎くんと口元と腹を押さえて震える彼の友人に、思わず大丈夫ですかとバファソンを差し出したくなるが、それをすると先程の繰り返しになりそうなため我慢する。
今度はしっかり伝えるために深呼吸をして彼を見据えると、気付いた神崎くんは真面目な顔になり私を見つめた。その真剣な様子に緊張が再び沸き上がるが、退いてたまるかと私は気持ちのパンチを繰り出した。
「お願いします!神崎くん!!私を女にして下さい!」
ーー料理上手になって、バレンタインにB組の斎藤くんの胃袋を掴みたいんです!!
後日、紆余曲折はあったものの女顔負けの並々ならぬ女子力を持つ神崎くんに私は無事弟子入りを果たしたが、友人には一言足りないと殴られた。そして、いつのまにか神崎くんに料理され、バレンタインにはB組の斎藤くんの胃袋を掴むどころか神崎くんに心と体を頂かれるとは今は知るよしもないのだ。