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7話

「ふう……」

 中庭のベンチで俺は息を吐く。

 あの後、総裁は俺達鬼人を外に行くよう命じた。

 後は参加者のみでパーティは進行する。

 つまり俺達鬼人は総裁の威厳の引き立て役としてわざわざ同伴していた。

 まあ、理不尽この上ないが夢宮の決定が神の決定。

 異など唱えられなかった。

「暇だな」

 主であるマリアがまだパーティに参加しているため俺も必然的に待機ということになる。

 まあ、そこは予想していたが、まさか中庭で何もしないという事態は想定外だった。

「あら、奇遇ね」

 そしてベンチに腰掛けていた俺を呼ぶ声。

 神崎紅音である。

「げっ」

「露骨に嫌な顔をしないでよ。傷つくわぁ」

 俺のしかめ面に神崎はやれやれとばかりに首を振る。

 どうやら彼女も追い出されていたようだ。

「断っておくがこの場所で戦いは御免だぞ」

 重要人物が多数集っているこのパーティ。

 そこで戦闘などやらかしたらどんな未来が待っているのか想像もしたくない。

「犬神君の中の私はどんな戦闘狂なのよ」

 神崎は俺に半眼を向けた後。

「さすがの私もこんな場所でやらかすわけがないでしょ……あんな折檻は二度とごめんよ」

 そう神崎はブルリと身体を震わせ、両手で抱き締める。

 どうやら神崎も結構大変な目にあったらしい。

 まあ、自業自得なので全く同情しないが。


「一緒に踊りましょうか? Shall we dance?」

「何の真似だ?」

 神崎の似合わない行動に眉を顰める俺。

「別に深い意味はないわよ。退屈だから踊ってという意味」

 が、予想に反して神崎はそう笑う。

 さて、どうしようか。

 差し出された手に躊躇していた俺だが。

 ガっ!

「あら、凄いわね」

 突然神崎の左手を握りしめた俺に対して称賛の声を送る。

「また変なことをしようとしただろう?」

 変なこととは炎を生み出すことである。

 至近距離でやられては堪らないので先手を打った。

「断っておくがこの距離だと俺が勝つぞ」

 これは冗談ではない。

 察知能力と瞬間速度に関しては俺の方が早い。

 少しでも兆候を見せれば即座に神崎の首に手を掛ける自信があった。

「アハハ、怖い怖い」

 ここで神崎は大きく笑う。

 花の様に美しい笑みだった。

「では、踊りましょう。リードするからついてきてね」

 そう断りを入れた神崎は流れてきたダンスに合わせて体を動かし始めた。

「へえ、上手いじゃない」

 何曲か踊った神崎はそう口笛を吹く。

「結構派手に動いているんだけど」

「お前の動きは分かりやすいんだよ」

 神崎の軽口に俺は溜め息を吐きながら。

「次に何をするのか、神崎の行動が手に取るように分かる」

 神崎は己の強大過ぎる気を隠そうともしないせいか簡単に予測が付く。

 手品でも何でもない。

 修行の成果の賜物だった。



「……良い体ね」

 ダンス中。

 俺の体をまんべんなく触りながらうっとりと神崎は漏らす。

「無駄のない引き締まった筋肉。負けたのも納得だわ」

「気持ち悪いから声に出さないでくれ」

 俺は呆れながら呟く。

「ああ、ごめんなさい。ついね」

 すると神崎は舌をペロリと出して謝った。

「……しかし、本当に犬神君はもったいないわね」

 舐めるような視線を俺の肢体の隅々に向ける。

「ねえ、夢宮学園に戻ってこない? あんな片田舎で君を腐らせるのはどうかと思うけど」

「お生憎さま、俺はどうでも良い」

 ダンス中、俺は器用に肩を竦めながら。

「俺はあの生活が気に入っている」

 世話役の翡翠と共に過ごし。

 主のマリアの命令に従い。

 星影師匠と共に治安の維持に当たる。

「これ以上は望まん」

 叶うことならば今の時間が永遠に続いてほしいと願う、が。

「残念なことにそういうわけにはいかないのよね」

 神崎は打って変わって鋭い声音で釘を刺す。

「平和ほど脆いものはない。一人の人命、一握りの土、一掴みの金で容易に崩れ去る」

 戦争とは破壊の祭典である。

 一人のために万を超える人の生命を危険に晒し。

 一畳の土地のために広大な領土を焦土へ変え。

 一人分の給料のために天文学的な金を消費する。

 これを愚かと呼ばなくて何と呼ぶのだろう。

「だからこそ平和は美しく、尊い」

 少しの衝撃で崩れ去ってしまう平和。

 その絶妙なバランスを保っているからこそ平和は美徳とされ、万人が称賛する。

「アハハ、その通りね」

 俺の返しに神崎は満足そうに笑い、そしてターンをする。

「戦争が起こるわ」

 唐突に神崎は切り出す。

「日時は不明だけど、場所は山形よ」

「っ」

 最悪の予想。

 よりにもよって山形とは。

「だから今回のパーティに呼ばれたのは東北の豪族が多かったのよ」

 マリアの予想は合っていた。

 今回のパーティは東北勢の心を確認するための行事であった。

「……」

「何で辛そうな顔をしているの?」

 神崎は笑みを保ったまま続ける。

「戦いこそ鬼人の本望。古来から鬼は凶悪な生き物として万物から恐れられていたのよ」

 鬼人の特性。

 その超人的な力によって破壊を振りまく破壊の権化。

 確かに“鬼”とはそういうものだろう。

 しかし。

「俺達は鬼“人”だ。平和を愛する心もある」

 半分は鬼だということを認めよう。

 だが、もう半分は人であることを譲れない。

「俺達を生み出した人間のネーミングセンスには脱帽するしかないな」

 半分鬼で半分人。

 ゆえに鬼人。

「アハハ、その通りね」

 神崎の宣言と同時に曲が終わり、俺達も自動的に別れる。

「……戦争か」

 俺は一人独白する。

 鬼人の役目。

 それは主を守る盾であると同時に主に仇名す輩を葬り去る。

 俺もその役目に異存はないが、漠然としか考えない国家のために俺の力を使い、そして俺が良く知る弥生町の皆を危険に晒す。

「普通は逆だろうが」

 どうしようもない理不尽さに俺は唇を噛み締めた。


「? 何の真似だ?」

「メルアドの交換をしておこうと思ってね」

 神崎はポケットからスマフォを取り出す。

「これ、私のプライベートアドレス。何かあったら使いなさい、出来る限り助けに向かうわ」

「どういう風の吹き回しだ?」

 何故神崎が今頃このような真似をするのだろうか。

「神崎なら真っ先に前線へ赴き、こちらに救援を行う暇などないように思えるが」

「私もそうしたかったんだけどね。御神楽家との戦争を行う鬼人は全員第二学年の熟練者と限られているのよ……だから私は予備隊という名のお留守番」

 神崎は本気で戦争に参加したかったらしい。

 言葉の端々から悔しさがにじみ出ている。

「けど、もし領内に御神楽家の鬼人が侵入すれば私達も迎撃に赴いて良いの」

「……」

 段々神崎の思惑が見えてきた。

 戦争に参加できない神崎の苦肉の策だろう。

 前線に近い弥生町付近で戦闘があれば俺のスマフォから救援要請が届き、めでたく神崎は戦闘を行える。

 弥生町も戦力が増えて万々歳。

 万々歳――だが。

「何の真似?」

 俺はスマフォを取りださず、逆に神崎のを突き返す。

「見て通りだが?」

 お前の助けは必要ない。

 もし敵が襲ってきたら俺達のみで片付けるという意思表示である。

「あんた、何をやっているのか分かっているわけ? これが原因で弥生町が滅びたらどうするの?」

「その時は死んで詫びよう。だがな、俺にも理由がある」

 俺は神崎の目を真っ直ぐに見据えながら続ける。

「神崎から見れば弥生町など取るに足らない町だろう。だがな、俺にとっては何物にも代えがたい故郷なんだ。だから単に戦いを好む神崎を参加させるわけにはいかない」

 神崎の望みは戦闘。

 俺の望みは町の防衛。

 根本的な部分で食い違う以上、土壇場になれば揉めることは確定していた。

「ふーん、そういう態度に出るんだー」

 引くかと思っていたが、神崎は傲岸な態度を取り始める。

「じゃあ決めた。私、戦争中は弥生町に配属となるよう頼み込んでみるわ。それぐらいの無理なら上も聞いて――」

「お前は俺を敵に回したいのか?」

 俺は唸り声を上げながら神崎に問う。

「そんなに死にたいのなら今すぐ望みを叶えてやろうか?」

「へえ、良い眼をしているじゃない」

 神崎は舌なめずりをする。

「どうしましょう。私って今日ばかりは抑えておく予定だったのに何だか体が熱くなってきちゃった」

 頬を紅潮させて体をくねくねさせる神崎紅音。

 どうやら心の底から嬉しいようだ。

「神崎、もう一度問う」

 最後通牒とばかりに俺は神崎に水を向ける。

「お前は弥生町と関わるつもりなのか?」

 もし神崎が首を振れば俺も刃を納める。

 俺は人であることを誇りに思っており、余程の理由がなければ戦いたくないから。

「愚問ね」

 だが、そんな俺でももし弥生町を始めとした掛け替えのない宝物に手を出す輩がいるとすれば。

「もちろん関わるわ」

「……そうか」

 俺は遠慮なく鬼となろう。

 一触触発。

 時も場所も弁えず激突しかけた俺と神崎を止めたのが。

「はーい、ストーップ」

 あの星影夢月であった。

 彼女はまたしても間の抜けた笑顔で俺と神崎との間を割って入る。

「危ないねー、お二人さん」

 俺と神崎の敵意を浴びても夢月は至って平然とした様子。

「もしここでぶつかればどうなっていたと思うー? お互い大変な目に遭っていたよー?」

 夢月の言葉は一理ある。

「済まなかった」

 僅かでも平静を取り戻させてくれた礼として俺は頭を下げた。

「うんうん、分かってくれればそれでよーし」

 夢月は俺の態度に満足したのか深々と頷く。

 よし、これで夢月に対する礼は終わった。

 後は勝手にやるか。

「神崎、場所を変えるぞ」

「ええ、そうしましょうか」

「え?」

 夢月が驚いているが俺達は気にしない。

 もう言葉で解決できる場面は終わってしまった。

 ならば残された道はどちらか一方が潰れるまでである。

「ちょ、ちょっと待ってよー」

 珍しく夢月が泡食った様子で止めに入るが俺と神崎は全く意に介さない。

 完全な傍観者扱いである。

 俺と神崎は空を飛び、適当な場所へ移動しようとした矢先。

「止まって下さい」

 俺と神崎を制止するかの様に氷の様な声音が辺りに響いた。

「う――ええ!?」

 一体誰だろうか。

 確認のつもりで顔を上げた俺だが、目に入ってきた人物を見て驚愕する。

 小柄な体にショートカットの瞳――そう、星影夢月。

そう、夢宮学園の制服を着た夢月が上空で佇んでいた。

「助かったよー、ありがとー」

 本人は下で瓜二つの自分に感謝の声を述べている。

 ドッペルゲンガーか?

 夢月が二人現れるというぶっ飛んだ展開に混乱していた俺だが、意外にも救ってくれたのは神崎だった。

「また現れたわね。星影幻月――夢月の双子の妹が」

「ええ!?」

 まあ、おかげでさらなる混乱に見舞われたのは言うまでもなかったが。

「おい神崎。いや、夢月でも良い。俺に分かるよう説明しろ」

「……あんた、何言ってんの?」

狼狽した俺に対して神崎は冷ややかな眼を向け。

「犬神君の中ではおおよその答えが出ていると思うけど?」

「アハハハハー、まさか私達はコウノトリが運んできたと思っているわけじゃないですよねー?」

「いや、まあしかし……」

 大体検討はついている。

 星影師匠と夢月の仲の悪さ、そして戸井さんの存在。

 そして夢宮学園在籍の星影幻月。

 そこから導き出される結論は一つ。

「師匠の正妻は夢宮学園にいる?」

「その通りです、犬神氏」

 ここまで黙っていた幻月が肯定の意を示した。

「いや、待て。鬼人の出産は母体に相当な負荷を与える。だからーー」

「残念ながら君の妄想は的外れだな」

 カツン。

 靴音をと共に一人の人物が俺の背後に立つ。

「ふむ。神崎を倒し、我が夫の薫陶を受けた弟子だと聞いていたが、買い被りすぎだったかな? こんな簡単に背後を取られるのは問題だぞ」

 鉄を彷彿させる冷たく硬い声音が俺の耳朶を打つ。

「それと神崎。君はまた暴走しようとしたな?」

「いや、教官。それには深い訳が」

「神崎、また折檻を喰らいたいみたいだな?」

「ご、ごめんなさいごめんなさい。もうしません許して下さい」

 あの神崎が怯えたウサギのように震えて謝罪を繰り返す。

 滑稽この上ない場面だが、神崎が萎縮する理由も分かる。

 何せ俺も背後のプレッシャーにあてられ、振り向くことすら出来ないからだ。

「あの……貴方は誰でしょうか?」

 辛うじてそう絞り出す。

「まずはそちらの方を向いてもよろしいでしょうか?」

 我ながら変な質問をしているなと自嘲するが、俺の体が後ろの方の命令を受けない限り動こうとしない。

「構わん、許す」

 許可を得てようやく俺は後ろの人物を確認する。

「永久煉華様!?」

 が、その瞬間俺の脳の許容量が限界を超える。

 伝説の鬼人――永久煉華。

 今の夢宮家の繁栄を築いた人物。

 彼女に殺された鬼人は百を超え、市レベルで壊滅させた集落は二桁以上。

 全盛期に築かれた武勇伝は夢宮のみならず日本に住まう者なら誰でも知っている。

 現在は後進に道を譲るため第一線を退いているが、それでも日本最強と呼び名が高かった。

「何故黙る?」

 黙るしかないだろう。

 夢宮学園生でさえ滅多に会えない雲の上の人物。

 これがヒョコッと現れたら誰だって驚く。

 と、同時に神崎が借りてきた猫のように大人しくなった理由も分かった。

 確かに英雄が出てくれば神崎も沈黙するしかないだろう。

 しかし、本当に永久煉華様は一線を退いたのか?

 墨を塗りたくったような漆黒の髪に百八十を軽く超えるであろう長身。

 夢宮学園の教師以上の地位の者しか着れない服にその身を包むボディには無駄な要素が一切ない。

 師匠と同じく全身と顔を隠しているものの、その隙間から溢れ出す覇気。

 何と表現して良いのか分からない。

 例えるなら灼熱を宿した氷と比喩出来るだろうか。

 限りなく無限大に近づいた結果、一周回って零へ戻ったと表現するべきだろうか。

 とにかく、俺の常識で目の前の存在を測ることは到底不可能であった。

「『貴方は誰でしょうか……確かにお前はそう言ったな?」

 言葉を発するだけなのに生まれる緊縛感。

 さすが英雄。

「私はそこの夢月と幻月の生みの親であり、そして伴侶は星影原理だ」

 予想通り。

 しかし、最も当たってほしくなかった回答。

「師匠、貴方は何者なのでしょうか?」

 伝説の英雄と関係を持った師匠の存在を思い浮かべた俺は眼を閉じて自然の流れるままに身を任せた。


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