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6話

「さてと、今日は俺と翡翠だけか?」

 顔を洗った俺は朝食の席に着く。

 すると俺と翡翠の二人分しか用意されていなかった。

「そうなるわね。マリアはまた家に戻ったみたい」

「そうか……」

 マリアはまた家に戻ったのか。

 マリアはお見合いやつまらないパーティがある日は必ず俺の家へ避難してきた。

 なのでマリアの部屋はそのままにしている。

 どうせまた戻ってくるし。

「夢月ちゃんはまたどこかふらふらしているし」

 翡翠が不安そうな声を出す。

 夢月は雲の様な人物であり、フラッと消えてはしばらく経った後に戻ってくる。

 翡翠は夢月を心配しているようだが、俺からすれば心配するだけ損。

 そのことを何度も伝えているのに翡翠は一向に信じなかった。

 ……俺ってそこまで信用が無いのか?

 と、黄昏たのは良い思い出である。

「翡翠、今日の夕飯は要らない」

 味噌汁を啜りながら俺は用件を口にする。

「多分また打ち上げがあると思うから」

「またあるの?」

「そう、またある」

 翡翠の不満そうな問いかけに俺は頷く。

 出来る限り家で過ごすことを心掛けている俺だが、それを果たせない場合がある。

 その一つが召集日。

 任務が終わったら必ず打ち上げがあるのでそれに参加しなければならなかった。

「一度ぐらい断って家に帰ってきたら?」

「そうしたいんだけどな」

 翡翠の言葉に俺は茶を濁す。

「一応俺って鬼人隊の中でエース的存在なんで厳しい」

 見習い鬼人の中で飛び抜けた実力を持つ俺は最も困難な役割を任される場合が多い。

 前回の召集日も見習いだけで臨むことになり、怖気づいていた皆に代わって先鞭を付けた。

「で、また女の鬼人から言い寄られるの?」

「いや、それは」

「優香だっけ、あんたにラブレターを送ったの?」

「さあ?」

「家に押しかけて来たのは美佐子という名前だったわね?」

「……黙秘する」

「召集日がある度に違う女鬼人からアプローチがあるんだけど?」

「……」

「だから!」

 ついに黙り込んでしまった俺に堪忍袋の緒が切れたのか翡翠はテーブルをバンっと叩いて。

「付き合う気がないんだったらキッパリと断りなさいよ!」

「そうは言ってもなぁ……あいつらの出身は市なんだよ」

 俺達は村に近い町。

 市の連中が少しでも物の流れを制限すれば弥生町は深刻なダメージを被ってしまう。

「だから波風立たないよう対応しなきゃなんないんだ」

 色恋沙汰で町が無くなる。

 笑い話の様だが実際頻繁にありえるので笑えなかった。

「じゃあ康介、聞くけど」

 途端にしおらしくなった翡翠は。

「政略結婚とかあり得るの?」

 何とも答えにくい質問をしてきた。

「考えたくないよな」

 そういった話はマリア達支配者レベルでの話題であり、武力が物を言う鬼人にまで関係してくると――。

 いや、待て。

 星影夢月の父は星影師匠だが、その母親はどうした?

 夢月の態度から察するに戸井さんは母でない。

 そして星影師匠は世話役の戸井さんを大切に想っている。

「……止めてくれ」

「いきなりどうしたの?」

「いや、ちょっとな」

 まさか星影師匠と戸井さんとの関係が、俺と翡翠との未来の姿に見えたとは死んでも言えなかった。


「おー、エースが来たぞー」

「本当に犬神は提示十五分前に来るよな」

「はあ、あいつのせいで霧雨優香ちゃんが」

「お前は霧雨と同じ市だろ。諦めずにアタックしろよ」

 俺が到着すると同時にそんな雑談が巻き起こる。

 やれやれ。

 本当に暇なんだな。

 内心呆れつつもそれを表情に出さず、片手をあげて軽く挨拶をする。

 挨拶は全ての基本である。

 今日の任務は見周りのため俺の様な見習い鬼人とベテラン鬼人一人のみで構成される。

 危険がない任務なので皆も多少緊張感が緩んでいた。

「全員! 敬礼!」

 集合時刻五分前。

 その時にはすでに見習い鬼人全員が揃っていた。

 ゆえに敬礼を行うのはベテラン鬼人――今回の引率役である。

「……」

 俺達の挨拶の仕方に咎めるところはなかったのか。

 ベテラン鬼人は一つ頷いただけで終わった。

「……おい、犬神」

 何故ベテラン鬼人は俺に近寄って来て耳打ちをする。

「集まってもらったところ悪いが、お前には帰れ」

「はい?」

 突然の帰宅命令に俺は目が点になる。

「俺もよく分からんのだよ。何せ出発前にいきなり上からそうお達しがきた」

 どうやらベテラン鬼人にとっても突然のことだったらしい。

 ならこれ以上追及しても仕方ない。

「分かりました、従います」

 なので俺は一礼を行い、この場から去る。

「みんな、悪いな」

 去り際にそう一声かけることも忘れなかった。


 プルプルプルプル

「うん?」

 自宅へ向かって飛んでいた最中、胸にしまっていた携帯が鳴る。

「康介君かしら?」

「携帯で俺以外が出たら驚きだぞマリア」

 家庭内電話ならともかく携帯で他人が出ることなど滅多にない。

「やあねえ、冗談よ」

 カラカラと電話の向こうのマリアが笑った。

「実家に戻る時は一日前に連絡をくれ」

 ちょうど良かったので前々から抱いていた苦言を呈すと。

「そうね、次回から気を付けるわ」

 全く真剣味のない声音で返された。

 やれやれ、また翡翠と言い争うのか。

 マリア自身が良いにしても、翡翠の鬱憤は俺に来るから困る。

「康介君、今すぐ泡沫家に来れる?」

「うん?」

「さっきいきなり帰されたでしょ。それはもっと大事な用に出席してもらうためよ」

「……面倒くさいことか?」

 俺がそうぼやくがマリアは堪えた様子もなく続ける。

「実は急きょ夢宮家が主宰するパーティに参加するよう来たの。で、その出席条件として康介君が護衛に就くこと」

「うわあ」

「まあ、そういうことだから急いで私の家に来てね。何せ出席する人は天上人ばかり、少しでも無礼があったら町が消し飛ぶのよ?」

「……冗談ではなさそうだな」

 マリアは人をからかうのが好きだが、こんな大それた嘘は付かない。

 ゆえに本当に夢宮家から誘いがあったのだろう。

「勘弁してくれ……」

 心当たりはある。

 数か月前の出来事。

「っつ!」

 俺は顔を顰める。

 あの時の出来事を思い出した途端。神崎にやられた右腕がずきりと痛んだ。


 エネルギー文明が崩壊と共に日本の中央集権社会も終わりを告げた。

 そして生じた空白地帯を埋めるかのように地方財閥が触手を伸ばす。

 戦国時代さながらの激動期を越え、現在では各財閥がそれぞれの地域を治めている。

 その中で最も強大かつ有名なのが夢宮家。

 関東と南東北を手中に収める夢宮に物申せる者など皆無に近かった。

「これは……まあ」

 東京。

 案内状に書かれた場所に辿り着いた俺は思わず笑みが引き攣る。

「どうしたの康介君。面白い顔をしているわよ」

「それはお前もだろ? マリアお嬢様」

「ウフフ、私に限ってそんなことはありえないわよ?」

「アハハ、その割には足が震えているぞ」

 田舎令嬢と田舎鬼人。

 パーティ会場の前で奇妙な笑顔を浮かべて肘でつつき合っていた。

「まあ、何かしらあの二人」

「ガードマンでつまみだしてもらった方が良くない?」

「だから田舎者は」

 静かにだが、確実に聞こえる音量で口々に俺達を非難する他の参加者。

「……とりあえず中に入ろうか」

「ええ、そうしましょう」

 周りの嘲笑によって不毛な言い争いをしていることに気付いた俺達は冷静になった。

「ちゃんとエスコートしなさいよ」

「分かってる、ボロは出さんから安心しろ」

 俺もマリアもこの場に合わせたフォーマルな服装。

 俺は師匠達ベテランが着ていた刺繍が凝っている制服。

 そしてマリアは飾り付けがない、その黒髪に映えるような黒のドレスと真珠のネックレスといったシンプルな装いである。

 その選択は――成功だった。

 ドブネズミがもっと派手な服装で臨むよう勧めたが断って良かったと思う。

 蛇の道は蛇。

 この日本を動かすであろう実力者達の前だと無力そのもの。

 事実、巨大な宝を飾ってけばけばしい化粧を施した者が何人かいたが、本当の上流階級が横に並ぶと服を着たサルにしか見えない。

 本人達は平気そうな顔をしているが大分傷ついているな。

 あんな格好を勧めた人間達は多分今日が命日だろう。

「ドブネズミの感覚がずれていることが証明されたな」

「あんな成金野郎に本当の美が分かるわけがないのよ」

 パーティへ向かう途中。

 俺とマリアはヒソヒソ声でドブネズミの悪態をついていた。

「この位置で良いのか?」

 昨日と今日で叩き込まれたマナー――鬼人の俺が主であるマリアの右斜め前に立って誘導する。

「そうよ、その調子」

 鬼人はあくまで護衛であり、隣に立つことはマナー違反であった。

「うわあ……」

「ほお……」

 鬼人でなければ開けられないほど巨大な扉の先の光景に俺とマリアはポカンと呆ける。

 真っ赤に映えた絨毯に磨き抜かれた大理石の壁。

 広大な天井に加え、会場のある場所が霞んで見えるほど長大な面積を誇るホールが目に入った。

「ようこそ、泡沫マリア様」

 いつの間に近寄ってきたのか燕尾服を着こんだボーイが頭を下げる。

 マリアは名乗った覚えがない。

 もしかして全員の名前を暗記しているのか?

 そこまで考えた俺は戦慄してしまう。

「そして犬神康介ですね。では泡沫マリア様、会場はあちらでございます」

 いつの間にか本人確認を終えたボーイは一歩下がって道を指し示す。

「……恐ろしいわね」

 道中マリアはポツリと漏らす。

 末端まで行き届いた教育の高さに俺もマリアも驚いている。

「いつか私もなれるかしら?」

「さあな」

 マリアの野心の高さに俺は感動を覚えつつも肩を竦めて返す。

「何にせよ、あんまり変なことをするなよ」

 万が一不興を買えば泡沫家どころか弥生町が消え去る。

 頼むから虎の尾を踏む様な事をしないでくれと俺は言外に伝える。

「安心して、そんなヘマはしないわ」

 俺の祈りが伝わったのかあるいは間違って届いたのか。

 マリアは無茶苦茶不安なことを口走った。


「こんばんは、私の名は泡沫マリアと申します」

 パーティ会場へ着いて早々マリアは矢継ぎ早に出席者へ挨拶を行う。

「おお、泡沫殿。またお会いしましたね」

「ありがとうございます。確か水無月様でお間違えないですか?」

 どうやらマリアの頭の中には一度出会った相手の顔と名前を覚えているようだ。

 俺からすればマリアもあのボーイと大差ないと思う。

「またお会いしましたね」

 マリアの前に立ち塞がるように現れた一人の紳士。

 彼は柔和な笑みを浮かべながら会釈する。

「マリア嬢、相変わらず美しい」

「ええと、ごめんなさい。貴方と一度お会いしましたかしら?」

 息を吸うように吐いた毒の言葉に相手は硬直する。

「では、御機嫌よう」

 マリアはその紳士に興味はないとばかりに足早へと去っていく。

「……おいマリア。もう少し上手い断り方があっただろう」

 らしくない対応に俺は後で忠告するが。

「ああいうタイプは無碍に扱われば扱われるほど執着するタイプなのよ。これで次回会った時にはイニシアンチィブを握れるわ」

 前言撤回。

 マリアはしっかりと理解していた。

 俺がそう呆れている間にもマリアは次々と挨拶を済ませていく。

「あのドブネズミがねえ……」

 トンビが鷹を生む。

 マリアは末恐ろしい人物になりそうだ。


「ねえ康介君。挨拶しないの」

 マリアは笑顔でそう囁いてくる。

「私が挨拶をしている横で知らんぷりなんて酷過ぎない?」

 爛漫に笑いながらそう勧めてくる様子は見惚れてしまうほど美しい、が。

「マリア、鬼人の役割を忘れたわけではないだろう」

 その様子に俺はため息を吐きながらぼやく。

 周りを見渡すと他の鬼人達もその主が誰かに会釈――例えその相手が主より上の身分であろうと無視をしていた。

 一般的に見ると無礼な振る舞いだが鬼人に限り許される。

 何故なら鬼人とはあくまで参加者の備品。

 道具に挨拶をする人間がいない様に鬼人に会釈をする必要はない。

 むしろ礼を返してしまうと同格だと認めることとなり失礼に値してしまった。

「クスクス、よくできました」

 どうやらマリアは確信犯だったらしい。

 嫌味な主だと俺は内心肩を竦めた。


「七時……五分前か」

 立て掛けられた時計を確認した俺はそう呟く。

「そろそろ開始だな」

 案内状によると開始は七時ちょうど。

 他の参加者も大分揃ったようだ。

「参加者は北陸地方中心の豪族が多いわね」

 ここに集った面々を確認したマリアは考え込む。

「偶然かと思ったけど、ここは私と面識がある人間が不自然に多いわ」

 マリアは元福島出身の豪族なので出席するパーティは東北の集まりが多くなる。

 一方夢宮家の主催となると関東全土から集ってもおかしくない。

 この二つから導き出される答え――夢宮は東北を中心に何かを起こそうとしている。

「御神楽の財閥関係か?」

 俺の仮定にマリアは静かに頷く。

 御神楽家とは北陸を中心とした西東北一帯を治める財閥。

 規模は夢宮程大きくないものの、日本海側を抑えており朝鮮やロシアとの貿易で有名な御神楽家。

 以前から日本海進出を狙う夢宮家とそれをさせまいとする御神楽家との間で熾烈な暗闘が繰り広げられていた。

「弥生町が関係ない所でやってほしいな」

 まあ、上がどう判断するかはともかく、俺達地方豪族が考えることは一緒。

『頼むから私の地域を巻き込まないでくれ』

 この一言に尽きる。

 誰だって己の領域を戦禍に晒すのは御免なのであった。

「まあ、弥生町は大丈夫よ。何せ境目と接していないし」

 俺の懸念を解消するかの様にマリアが答えるのだが俺の不安は尽きない。

「他の県ならともかく山形を狙った場合、弥生町はダメージを受けるぞ」

 弥生町を始めとした一帯は非公式だが御神楽家の領域と交流を行っている。

 ロシアから得られる品物を欲しがる人間は多く、その収益は俺達の地域全体が潤うほどである。

「まあ、そこは私達のボスに任せるしかないわね」

 マリアの視線の先には三十代の大人。

 一見ヒョロっとして頼りないが、契約事項に関してだと右に出る者はいないため彼が代表者として選ばれていた。

「ん?」

 急に照明が消え、ライトスポットが演壇の端を照らす。

「ああ、もう時間か」

 時刻は七時ジャスト。

 パーティの始まりである。

「夢宮学園学園長及び、夢宮財閥総裁――夢宮雄一郎殿がおなーりー!」

 そして荘厳なファンファーレと共に野太い声が響き渡る。

 ッガタ!

 と、同時にこれまで無視を貫いていた鬼人全員が膝を突き、首を垂れた。

 もちろん俺も例外じゃない。

 他の鬼人と同様臣下の礼を取っている。

 鬼人は一般的に己の親と師、そして主以外膝をつくことがない。

 ただ、唯一の例外を上げるとすれば夢宮家の者。

 形式上は夢宮家が鬼人を家臣に与えることになっているためこうなっていた。

「……」

「……マリア、抑えろ」

 が、それはあくまで理屈上の話。

 鬼人は全て夢宮の所有物で、自分達は借りているだけという建前はマリア達支配者側からすれば面白くない。

「俺達の役目は主を一秒でも長く生きてもらうことだ。もし俺の命と引き換えにマリアの命が一瞬でも伸びるのなら俺は迷わず死を選ぶ」

 それが俺達鬼人の主従関係。

 主は鬼人を保護する代わりに鬼人は主に忠誠を尽くす。

 人間より遥かに強い力を持つ俺達が社会で生きるにはこうするしかなかった。

「……ありがとう」

 俺の思いが通じたのだろう。

 感謝を表現出来ないマリアは代わりに俺の肩に手を置く。

 この光景は何も俺達だけではない。

 特に年若い者達を中心に各々の鬼人の肩に手を置いていた。


「面を上げい」

 そして登場する夢宮家の総帥――夢宮雄一郎。

 鋭い目つきに白に染まった髪の毛を短く刈り込んでいる。

 体長は二メートルを超える巨漢で、掌の大きさが赤子の頭ほど大きい。

 齢はもう六十を越えてるはずだが、全身から溢れ出る覇気は年齢など全く感じさせなかった。

「うわあ……」

 が、俺としては総裁よりも付属の鬼人に目が行く。

 彼は数人の鬼人を率いており、その実力は折り紙つきだろう。

 問題なのがその内の一人。

「あいつ、何であそこに?」

 神崎紅音。

 半年前に戦った神崎が総裁の護衛者として付随していた。


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