最凶ボイス勇者?!
遊森謡子様企画の春のファンタジー短編祭(武器っちょ企画)参加作品です。
●短編であること
●ジャンル『ファンタジー』
●テーマ『マニアックな武器 or 武器のマニアックな使い方』
詳細は遊森謡子様の活動報告をご参照ください。
http://mypage.syosetu.com/mypageblog/view/userid/126804/blogkey/396763/
◆ ◆
「はっ、ちょろいね! あらよっとぉ!」
ザリィっと嫌な音を響かせたあと、武器として使ったCDディスクがカランと落ち、そしてすぐに元のケースに勝手に戻る。
とりあえずの敵である魔物を倒してふう…とため息をついた。
どうしてこんなファンタジーな世界で、一人魔物と戦っているのか振り返ってみよう…。
◆ ◆
どこかの異世界に勇者召喚の巻き添えとして召喚されたのだが、俺じゃないもう一人が勇者だったらしく、中世の神官のような人たちに連れて行かれてしまった。
そして俺は…放置され途方にくれた。
突然知らない異世界に巻き込み召喚され、かなり困ったが…勇者とかで世界をどうこうしろと言われるのもごめんだ。
まあ、なんとかなるっしょ~と召喚の間から逃走した。
で、そそくさと抜けだして振り返ると、案の定といべきか中世風な城だった。
行きかう人々も、中世ヨーロッパ時代の服装である。
自分の服装はというと…、たまたまバンドの衣装(中世貴族風コスプレ)で自主製作したCDの売り込みの最中だったのだ。ラッキーとはこのことか。
この服装のおかげで、行き交う人たちとなんら違和感はなかった。
しかも金髪カツラに青のカラーコンタクト着用である。
言葉も召喚時の翻訳魔法が自動で効くらしく、会話には困らない。
町をぶらぶらしながら、町の人たちの会話に耳を傾けてさりげなく情報収集している。
「勇者様が召喚されたらしい」
「魔王討伐に向けてすでに訓練を開始した、すぐにでも魔王を倒してくれそうらしい」
「なんかもう一人召喚されたらしいが、行方不明らしく騎士が探してるそうだ」
「逃げたのか?」
「いや、もう一人いたのをすっかり忘れてたらしい」
「そりゃ、ひでえな!」
「がはは、確かに!」
どうやら、自分の存在は認識はされてるようだが、この世界に写真やテレビなどハイテク装置はなさそうだ。
これなら、当分バレることはないだろう。
さて、そうなるとお金を稼がないと生活ができないな…
インディーズバンドのボーカルの俺は、宣伝を兼ねてコスプレしてため、売る予定だったCDを100枚ほどかばんに入れている。
だって、一枚もお店に置いてもらえなかったんだ…。
あとは、携帯・財布・レンズケース・手鏡・ポケットティッシュ、いつもより日常の荷物が少なかった。
貨幣価値も分からないし、どうしたらいい…?
とりあえず、日本の貨幣は使えないだろうから、何かと換金するのが王道か。
城下街をキョロキョロしながら、換金できるような店がないか聞いてまわる。
親切な町の人になんでも換金してくれる店を教えてもらい、恐る恐る入ってみた。
中は清潔感に溢れた質屋みたいなところだった。
「あ~、すまないが…ここは珍しいモノを換金できると聞いてやってきたのだが?」
とりあえず貴族風な口調を使ってみる、なんか恥ずかしいなこれ。
「はい、なんでも買い取りしております。どのようなモノか見せていただけますか?」
店員に促され、財布から千円札・500円玉・100円玉・10円玉・5円玉・1円玉とそれぞれ一つずつ並べて出してみた。まだまだあるが売れなかったら嫌なので、店員の様子をさりげなく見ている。
「ふ~む、…こんな貨幣は初めてですね。加工も芸術的…しかも貨幣に小さい穴が…素晴らしい!」
どうやら紙幣より5円玉の方が反応がいいようだ。
くそっ、5円玉なんて少ししか入ってない…。
がっくりと肩を落としていたら、買い取りの計算が終った店員が金貨をジャラジャラと差し出した。
「この貨幣は初めて見ました。珍しいという点でとりあえず、全部まとめて金貨10枚でどうでしょう?」
よく分からないが、とにかくすぐに使えるお金がほしかったので、さっさと換金した。
ついでに金貨一枚だけ両替えしてもらった。
結局、金貨10枚は日本円でいったいいくらなんだ…?
俺はあまり賢くないんだよ。
やたらと増えた見たことのない小銭にうんざりしながら、泊まれる宿を探しその日は倒れ込むように寝た。
翌朝、コスプレ一式を身につけなおし宿を出た。
結論、金貨一枚は10万くらいの価値があり、俺はいきなり金持ちになった。
この世界は物価も安く、贅沢しなければこの金貨だけでしばらく暮らせそうだ。
ホクホクしていた俺だったが、そうは甘くはないのが異世界である。
そもそも魔王が現れたから、勇者が喚ばれたわけで…
「魔物が出たぞ~!」
「みんな逃げろ~!」
町に魔物の群れがやってきた!
タイミング悪く勇者はすでに旅立ったらしい、マジか!というか勇者大丈夫なのか?!
あの人、普通のリーマンのおっさんだったぞ?
逃げ惑う人に押され、オロオロと立ち尽くす。
「そこの貴族の旦那ぁ! 早く逃げないと! あ、危ない~ひい~」
ん?と振り向くと確かにどうみても魔物な群れは、俺の数メートル手前まで来ていた。
ちくしょう、こんなとこで死にたくない!武器はないのか?
ふと、かばんに入ってるCDを手にとる。いちかばちかやるしかない!
「気持ち悪い魔物なんか、みんなギッタギタに滅びてしまえぇぇぇ~」
インディーズバンドのボーカル、舐めんなよ!
半ばヤケクソで売れなかったCDをケースから出し、次から次に魔物の群れに投げつけた。
『ぐぁあ~』
『ぎゃあ~~』
俺の投げつけたCDが、スパスパと魔物を切り刻む。
「え?」
きょとんとしてる間も、俺が投げつけたCDが意志を持った武器のように魔物を切り刻んでいる。
逃げ惑っていた町の人も足を止めて、ポカンと呆気にとられている。
気がついたら、魔物の群れはみじん切りになって原形を留めていなかった。
おぇっ。
「はぁ~、なんだか分からないけど…、魔物はやっつけたのか?」
しかも、いつのまにか投げたCDが手元に戻って来ているし、勝手にケースにきちんと入ってる…。
なんだか分からないけど、この売れなかったCDディスクは武器になるらしい。
しかも自分でケースに戻るなんて、不気味だ…やっぱり俺が歌うのがコアなヘビメタだからか?
「すごいな、あんた!」
「助かった~!」
町の人たちにかわるがわるお礼を言われ、妙に気恥かしいが悪い気分じゃない。
いやー、どうもどうもとへらへら手を振っていたら、馬に乗った騎士団がやってきた。
今頃来ても、遅いぞ!
「あなたがこの魔物を退治したのですか?」
馬から降りた騎士団の偉そうな一人が俺に話しかけてきた。
ミンチになった魔物を見て吐きそうになってる、うん、気持ちは分かるよ。
「町を救っていただいたお礼をしたいのですが、こちらへ来ていただけますか?」
吐きそうになりながらも、俺の手をしっかり掴んで離さない。
なんだろう、ものすごく嫌な予感がするんだが…。
逆らう訳にもいかず、騎士団一向に連行?されてしまった。
なぜ、お礼をするというのに見るからにやばそうな森の中なんだろう…。
これは暗殺フラグが立ったか?やばい、どうしよう!
なんとか掴まれてる手を外せないか、ジタバタしたがゴツイ騎士団にかなう訳もなく…。
「実は、先ほど魔物との戦いで前勇者様が死亡しました。あの方は黒髪黒眼でしたが、勇者ではなかったのです。召喚時に黒髪黒目はあの方一人でしたので…まさかあんなに弱いなんて、がっかりです。」
人が一人死んでいるのに、ひどく冷たく言い放つ騎士団の偉そうな人。
「え? あのリーマン、死んだの? で、なんで俺を探すの。俺、あんたらが探す黒髪黒眼じゃないぜ?」
ごまかしながらも内心冷や汗ダラダラである、やばい、ここで俺がカツラとカラコンだとばれたら…勇者認定⇒魔王討伐の旅⇒死亡、じゃないか!!俺、まだ死にたくない、20歳になったばかりだし。
「…先程の魔物との戦いを町の者から聞きました。見たことのない武器で、魔物の群れを瞬殺したと。その不思議な力と未知の武器を使いこなすあなたこそ、勇者様です。」
「あと、先ほど死んだ偽勇者によれば、その髪は作り物らしいですね? 目の色も変えているとか、信じられませんが…」
あのリーマンめ、俺のカツラとカラーコンタクトをバラしたなぁ?!
「いやいやいや、何をおっしゃるやら、はっはっは」
とにかくごまかすしかないと、頭を振りながら何とか逃げる方法はないかと考える。
が、カツラがタイミング悪くズレた。そして落ちた。
当然カツラの下は黒髪なわけで…
「!!黒髪、やはりあなたが真の勇者様でしたか! ならば話は早い。この森は魔王の森です。サクッと退治して来て下さい。魔王を倒せば、元の世界に還すことも可能です(今まで誰も帰れませんでしたがね)」
なんか物騒な副音声が聞こえた気がする。
騎士の目を見ると、どう転んでも魔王を倒したとしても還す気はなさそうだ。
「わかりました、魔王を倒せばいいんですね? 別に元の世界に戻せなんていいません。俺はこの世界にいたいし」
騎士たちはまさか俺が還りなくない、なんていうとは思わなかったのだろう。
かなりうろたえているようだ、インディーズバンドの貧乏ボーカル舐めんなよ!
財布にある小銭を売れば、遊んで暮らせるんだ。
ついでに、俺の素晴らしい歌を披露できたら言うことなし。
元の世界じゃ、歌うと石やらゆで卵がなげられたからな。
「んじゃ、サクッと魔王を倒してきますね~」
そして冒頭の場面にいたるわけだ。
しかし、森の中の長ーい一本道をダラダラと歩くのも飽きたな。
よし、景気づけに歌でも歌うか!
『この世の全ての魔物よ、俺に平伏せ! 俺に従え! 俺が最強・最凶・最凶ーぉぉおおおぁっー!』
ふっ、この俺のデスボイス、ライブ会場の観客が全員泡を噴いて失神するんだ。
ついでにバンドのメンバーも失神するから、いつも一曲しか披露できない。
ん?なんかまわりがバタバタ騒がしいな?
あ、前方に人が倒れてる。
「もしもし、大丈夫ですかー? って、リーマンのおっさんじゃん!」
俺と一緒に召喚されたリーマンのおっさんだった。
ピクピクしてるけど死んでなかったのか?
顔をベシベシ叩く、もちろんカツラとカラコンをばらされた恨みも込めて。
「ううう、なんださっきの歌は…死ぬかと思った…」
起きてすぐ失礼なことをぬけぬけと!
「おい、おっさん。おっさんのチクリのせいで俺が魔王倒せって言われたぜ。めんどくせーったらありゃしない。つーかさ、おっさん死んだんじゃないの? 騎士団の偉そうな奴がそう言ってたぜ」
「…あいつら、私を捕まえて無理やり勇者だなんだと押し付けて…、魔物なんか倒せるわけがないだろう! 私は普通の公務員だ。ましてや魔王を倒せなんて無理に決まってる。どんなパワハラだ?」
結局、おとなしく言うことを聞くふりをして隙をついて逃げるつもりだったが、騎士団にはバレバレで使えない奴と判断され、魔物の森に置き去りにされたらしい。
そのうち死ぬだろうと…
「ひでえな、その話…。魔王よりさ、この国の偉いやつらの考え方がヤバくね? 国民はいい奴が多そうだけど。もし魔王を倒しても日本に還す気はないぜ、あいつら。」
俺はこのCDがあるから魔物は倒せる、多分だけど魔王も倒せる気はする。
うーん、どうしたらいい?俺、難しいこと考えるの苦手なんだけど。
「俺はさ、この世界にいてもいいと思ってんだ。魔王を抜きにしても、でもおっさんはリーマンで生活もあんだろ? 家族もいるだろ? やっぱり戻りたいよな…」
「君は…、見かけと随分違うんだな。すまない、カツラとコンタクトレンズを密告するような真似をして」
リーマンは多分、俺をいまどきのチャラい若者だと思っていたのだろう。ま、確かに見かけはコスプレ野郎だし、仕方ないか。
二人で今後のことを話していたら、魔物の群れにすっかり囲まれていた。
「やべ、囲まれてるぜ。おっさん、俺の後ろに隠れてな」
かばんに手を突っ込み、CDケースからディスクを取り出しいつでも投げれる態勢を取る。
でも、いつまで待っても襲う気配が無い。
というか、なんで魔物がひれ伏してる? ここの森は土下座が流行ってるのか?
ドスン、ドスン、と地響きとともに3メートルはあろうかというどうみても魔王様が目の前に現れた。
こ、これを倒せと?無理無理無理、さっきまでの魔王倒せるとかほざいてた俺、死ね!
あわわ…とリーマンのおっさんと抱き合い、カタカタ震えていたら魔王がこう話しだした。
『先ほどのあなた様の狂おしい歌声に、この世界の魔物すべてがあなたの配下になりました。あなたが新しい魔王様です。どうか、魔王城にてその素晴らしい歌声を披露していただけませんか?』
「「え?」」
元魔王は血走った目でうっとりと俺を見つめているし、まわりを囲んでいる魔物たちもよだれをたらして俺をうっとりと見つめている。
ちょ…なに、この展開…でも、歌を思い切り歌えるのは嬉しい!いいね、魔王。
「よっしゃー、俺が新しい魔王だ! 俺のデスボイスが聴きたいかーーー?」
体に不思議な力が満ちてくる。テンション上がってきた―!
『グオオー!』『ギャオーー!』
まわりの魔物が万歳をして狂喜乱舞している。
「あ、おっさんは元の世界に戻りたいよな?」
「あ、ああ。しかし、君はいいのか? そんな簡単に魔王になるなんて言って…」
「んー、元の世界でさ、俺の歌を正気を保って聞いてくれるやついなんだよね。そんなの歌い手として空しいじゃん。それより、俺の歌を聞いて喜んでくれるこの世界のほうが全然いいね! 魔王権限で元の世界に戻してやるよ、俺のライブハウス近辺になるけど、いい?」
「ああ、日本に戻れるならどこでもいいさ。」
「オッケー、じゃあ、おっさんにこのCD一枚あげるよ。一枚も売れなかったんだ…へへ。」
俺は鞄から、一枚CDを渡した。おっさんを元の世界に戻すよう念じる。
おっさんは何度も「ありがとう」と言いながら、元の世界に帰っていった。
「さてと、魔王城に案内してくれるか? おまえ、名前あるの?」
『いえ、魔王として生まれてそんなに日が経っていないので…名前はないのです』
どうも、魔物達は賢くない。話せるのコイツだけじゃん、これは面白くない。
「んー、魔物全員が俺みたいにちゃんと話せたら人間との争いも減るよな? 俺、意味もなく戦うの嫌いなんだけどね」
そう、なんで人間と魔物が争うのか知らないのだ。
一方的に魔王が悪い、魔物を倒せと言われても…まあ、ミンチにしたけどさ。
◆ ◆
魔王のスペック、すごかった!
魔王城について、あーだこーだとやっていたら、魔物が全員賢くなり俺より頭よくなって驚いた。
ついでに威張ってた人間とも和解をした。
どうも、人間が一方的に嫌っていただけらしい、あほくさ。
平和が一番だ!
「今日も歌うぜ―!! 今日は新曲だー! みんな、失神する準備はいいかー?」
『うおおおおおおおお!!』
今日も俺は魔王城で、恒例のライブを開催している。
魔物は頑丈なので、泡吹いて倒れてもすぐに復活。耳から血を流しながらでも聴いている。
元の世界で売れないバンドボーカルだった俺は、異世界で魔王をしながらライブを開催。
毎日が楽しくて仕方ない!
ちなみに勇者召喚の間は俺が破壊しといた、これ以上おっさんみたいな被害者出したくないしね。
おっさん、俺のCD聴いてくれってかな?
「じゃあ、聴いてくれ。俺の新曲、デスボイス・デスメタルぅーーー!!」
同じころ、リーマンのおっさんは律義にCDを聴いてしまい、失神。
救急車で搬送されていた。
おしまい。
マニアックな武器 「CDディスク」・「聴くと意識を刈り取るデスボイス」
しかも思いを込めれば込めるほど言葉の意味が増す。
彼の歌を閉じ込めたCDも、歌詞にいろいろ物騒なことが書いてある。
彼が話す言葉を忠実に行う、最強の武器CD。
レコーディングすると機材が壊れるのもよくあることである。
石などライブ会場で投げられるのは、彼にとって日常的なことと化している。
彼が異世界に召喚され行方不明になり、バンドメンバーは心底ほっとしたという。
彼の歌詞で、仲間は裏切らない、裏切り者は殺せ、など殺害予告されているので、怖くてバンド解散を誰も口にできなかったという裏事情あり。
ひれ伏せと歌えば、聴いた者はひれ伏せずにはいられない。心すら掴み取る。彼の歌った歌詞で、魔物は配下になりましたwww。
主人公20歳、売れないバンドのボーカル。頭はあまり賢くないが、義理人情にはアツい。ことなかれ主義。