大学院生とカモメ
澄み切った青空が,海を青く化粧する。
風は海から香りをもらい,町中を潮の匂いで満たしていく。
海に糸を垂らし,おもりが深い碧に沈んでく。
僕は釣れない魚を待ち,竿を持ってじっと座っている。
街とは違う風の音。
僕はただその音を聞いていた。
もちろん竿は動かない。
風は少し強くなる。
僕の隣に1羽のカモメが座っていた。
カモメは不思議そうに僕を見て,こんなことを尋ねてきた。
「どうして,きみたちニンゲンは,いつも暗いかおをしてるんだい?」
「ニンゲンたちは何でもつくれるし,ほしいものもすぐに手に入るじゃないか」
「なやむことなんてないじゃないか」
僕は海を眺めながら,
「君たちにはわからないんだよ。」
「わからない?じゃあ,おしえてよ。ニンゲンはどういうことでなやんでるの?」
「君に言っても仕方がないよ。」
「教えてよ。どうせ魚なんかつれないよ。おいらもここらへんで魚をさがしたけど,ぜんぜん見つからなかったもんね」
釣れないことはわかっていた。それでも僕は少しむっとした。
「いろいろあるんだよ」
「いろいろって?」
「いろいろだよ」
「ふーん」
カモメはむっとした顔で僕を見ている。
「じつはね,おいらもちょっと,なやんでるんだ」
「さっきね,おいらのともだちと,きょうそうしてたんだ」
「そいつはね,おいらよりも速く飛べるんだっていうんだ」
「だから,おいらはそいつときょうそうしたんだよ」
「さいしょは,あいつのほうが,速かったんだけど,とちゅうからおいらのほうが速くなったんだ」
「でも,あいつ,いきなり方向をかえて,みぎのほうにとんでいったんだよ」
「で,あいつはこっちがゴールだよ,っていうんだ」
「「ほら,おらのほうが,はやかっただろ」っていうんだ」
「ずるいだろ,腹がたったから,おいらはあいつのあたまを,けってやったんだ」
必死に羽を広げながら,小さな足をあげながら,まだ話し続ける。
「そしたら,あいつはおこって,どっか飛んでいっちゃったんだ」
「でも,おいらも足でけったのは,やりすぎたかなっておもってるんだ」
「でも,やっぱりあいつがわるいから,おいらからあやまりにいくのは,いやなんだ」
「どうしようかな」
カモメはうなだれた。でも,すぐに僕の方を向いて,少し得意げな顔で,
「ね,おいら,なやんでるだろ」
「つぎは,ニンゲンのなやんでること,教えてよ」
僕はカモメの方に顔を向けたが,すぐにまた海の方に向き直して,仕方が無く話し始める。
「僕は学校に通っていてね,」
「ガッコウってなに?」
「学校は勉強するところだよ。」
「ベンキョウって楽しいことなの?」
「他の人はわからないけど,僕はあんまり楽しいとは思ってないよ。」
「へぇ,ニンゲンってたいへんだね」
また僕はむっとした。相変わらず竿は動かない。風は少し弱くなった。
「で,ニンゲンはなにで,なやんでるの?」
「僕はね,学校で研究をしているんだ。研究っていうのは,わからないことを調べて,わかるようにすることなんだよ。でもね,最近,」
「あっ」
カモメは空を見ていた。
「あいつめ,もどってきたな」
「さては,さっきのことを,おいらにあやまりにきたんだな」
「ちぇっ,またいばった顔してるな」
「おいらはあっちがあやまるまで,あそんでやらないからな」
「じゃあ,そろそろ,もどるね」
「なんか,よくわからなかったけれど,なんかたのしかったよ」
「もしまた,会ったら,おはなし聞かせてね」
「じゃあね」
カモメはばさっと羽を広げて,海へと飛び出した。
びゅうっと風が吹くと,一気に空高く昇っていった。
僕は,カモメが飛んでいった空をしばらく眺めていた。
風は少し冷たくなって,空は少し赤くなり始めていた。
相変わらず竿は動かない。
完
僕が岩手県宮古市で釣りをしていたときに,思い浮かびました。
カモメって近くで見ると,凛々しい顔をしているんですね。




