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幼なじみに「どうせ押し倒す度胸もないくせに」と散々煽られたので、朝チュンしてやった  作者: 本町かまくら


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第12話 わからないし、わからない


 今日も今日とて俺のとなりに座り、心底不機嫌そうな眞白。


 もう夜もいい時間なのに、一向に帰る気配がなかった。


「本当に兼助は最低ね。私をこんな不快な気持ちにさせて……どういう権利があって今もなお普通に生活しているの? 禁固刑じゃないの? もちろん息絶えるまで」

「死刑じゃないだけまだ優しいと思った俺を殴りたい……」

「簡単には死なせてあげないわ。死にたいと自分から思うまで独房の中に閉じ込めておきたいもの」

「死刑の方がまだ優しいのかよ……いっそ殺せ」


 今の眞白に、あのしおらしさはどこにもない。

 強気に出れる隙もないし……。


「で、別に気になってもいないし、八江子から聞いた話を退屈しのぎにするだけなのだけれど」

「なんだよその前置きは」

「……兼助、他の女からの告白をまた保留にしたそうね。一丁前にキープ? 何にせよ、最低最悪だわ」

「そ、それに関してはぐうの音も出ないな……」


 眞白が見せつけるようにため息をつく。


「まず、腹立たしいのは告白を受け入れるのでもなく断るのでもなく、保留にしているところよ。考える時間が欲しい? 何を兼助に考えることがあるのよ。そもそも、兼助なんてAIが発達して人類で一番最初に考える分野で完敗した人間じゃない。あぁ、人間でもないわねもはや。可哀そうに。同情はしていないけれど」

「長尺で鋭い悪口を言うな。悪態の過剰摂取で死ぬって」

「……気に食わないのよ。私に、あれだけのことをしておいて……に、二回も寝ておいて……」


 眞白が足を組み、コホンと咳ばらいをする。

 少しためらったように俺をちらりと見てから、声量を落として言った。

 

 


「……ど、どうして保留にしているのよ。答えなさい」




 眞白が伺うように、控えめに俺を見る。


「ど、どうしてって……」

「まぁまぁ可愛らしい子じゃない? 兼助なんかに告白した粟原小百合って女の子は」

「そうだけど……」

「優しいで評判みたいだし、異性からも人気があるようだし……そんな子に告白されて飛びつかないのは、その……兼助らしくないじゃない」


 確かに、眞白の言う通りだ。

 でも、それは……。


「ってか眞白、粟原さんのこと知ってたんだな」

「……へっ?」

「他のクラスだし、今まで接点なかったと思うけど」

「っ! そ、それは……そ、そう! 八江子に聞いたのよ八江子に! ほら気になるでしょ? 兼助がどんな女に告白されて……」

「ん? 気になる?」

「はっ! き、気にならないわよ! 気になるわけないでしょ⁉ えぇ、気になるわけがないわ。気にならないわね。気になるって何? 知らないわ。えぇ、知らない」

「出たよ眞白の自己完結……」


 こうなると、俺の入る余地はない。

 

「……で、どうなのよ。なんで保留にしてるのよ……早く答えなさい、ばかけんすけ」


 眞白が尻すぼみになりながら呟いた。


 保留にしてる理由は明白で、どうしても眞白のことが頭にちらつくから。


 眞白に対する昔と今の印象はだいぶ変わった。

 それに意地の張り合いの結果とは言え、二回も眞白とシてしまったわけで。


 だからなおさら、わからないのだ。俺が眞白をどう思っているのか、が。


 でも、その理由を眞白に白状することはできない。


「何黙ってるのよ……早く言いなさい」


 ――だから、探るしかない。



「じゃあ逆に聞くけど、眞白はどうして俺が保留にしてる理由が知りたいんだ?」



「っ! そ、それは……退屈しのぎというか……」

「にしてはやけにしつこくないか? それくらい気になってるってことだろ?」

「べ、別にそんなことは……というか、兼助がなかなか言わないから私がここまで聞いているのであって、それが気になってるってことにはならないと思うけれど?」

「じゃあ聞き方を変える。眞白はどうして、そんなに怒ってるんだ?」

「っ!! お、怒ってなんかないわよ。いつもこんな感じでしょ?」

「でも腹立たしいって、苛立つって言ってたよな? 俺が告白されてニヤついてるのが。それも眞白の前で」

「……まぁ、言ったかもしれないわね。けれど……」

「それって、やっぱり粟原さんに嫉妬してるってことじゃないのか?」

「っ!!! し、嫉妬なんかするわけないって言ってるでしょ⁉ そもそも前提として、私が……」




「眞白にとって俺が、ちょっとは気にかかってるから怒ってるんじゃないのか?」




「っ!!!!!」


 眞白が頬を赤く染め、俺から距離を取るように後ずさる。

 しかし、俺から距離を詰めて念を押すようにもう一度訊ねた。


「なぁ眞白、なんで怒ってるんだよ」

「ちょっ……兼助っ……いい加減に……」

「答えてくれよ。俺、それが知りたくて……」

「だから……いい加減に……っ!!」

「ぶへぇっ!」


 眞白が右足で俺を蹴り倒し、形勢逆転。

 俺の顔の横に両手を突き、眞白が俺を押し倒すような体勢をとった。


「まし、ろ……」


 あの日、初めて眞白を押し倒した状況とひどく似ていた。

 上下が逆なだけで、妙な緊張感とかなんだか少し熱いところとかも。


 眞白の艶やかな黒髪が顔にかかる。

 細かな息遣いだけが聞こえてくる中、眞白は俺を睨み、冷ややかに言い放った。






「一丁前に強気に出てるんじゃないわよ。――私の質問に答えないくせに、私をこんな気持ちにさせているくせに」






 そこに照れやためらいはなく、どこまでもむき出しの本心だった。


「……もう帰る」


 眞白が昨日と同じようにリビングを出ていく。

 

 ひとり取り残された俺は、顔を押さえて呟くのだった。


「ほんと、なんなんだよ……わかんねぇよ、もう」










   ▽   ▽   ▽










 翌日、中休み。


 考え事をしながら外に面した渡り廊下を歩く。


 粟原さんに返事をすると約束した金曜日まであと二日。

 さすがにこれ以上待たせるのは粟原さんの告白に対してあまりに不誠実すぎる。


 とはいえ、もっと眞白のことがわからなくなったしな……。


 なんて考えていると、ちょうど進行方向から見知った人物がやってきた。


「あ、北くん。奇遇だね」

「っ! き、奇遇だね……粟原さん」


 返事を待ってもらっているだけに、微妙に気まずい。

 どうするかもまだ悩んでいる最中なわけだし。


「今から授業?」

「いや、ちょっと……散歩? みたいな?」

「中休みに散歩……北くんって変だね。あ、ごめん。変わってる? うーん……あ、面白いね」

「思考の過程が全部表に出ちゃってるんだよな……」


 俺が言うと、粟原さんがクスっと笑った。


 優しい粟原さんだが、案外天然なのかもしれない。

 軽い雑談を交わし、あたたかい雰囲気に包まれていると、急に背後から寒気を感じた。



「――随分と仲がよさそうね」



 氷のように冷たい声。

 振り返ると、そこにいたのは仏頂面の眞白だった。


 眞白は俺を一瞥すると、粟原さんの正面に立った。


「こんにちは。初めまして。私、上黒川眞白と言うの。粟原小百合、よね、あなた」

「あ、はい。こんにちは。初めまして。粟原小百合です」


 ぺこりと粟原さんが軽く会釈する。

 眞白は胸の前で腕を組むと、粟原さんをつま先から頭のてっぺんまでじっくり見始めた。


「…………ふぅん」


 何がふぅんなんだよ。


「あなたが粟原小百合、ね……」


 漂い始める緊張感。


 なんだか嫌な予感がする。

 理由は分からないが、眞白は俺が粟原さんに告白され、ニヤニヤしていたことにえらく腹を立てているわけだし……。


「な、なぁ眞白。その辺にして……」

「――ひとつ、聞きたいことがあるのだけれど」


 俺なんて気にもしていない様子で割り込み、眞白が言い放った。




「あなた、兼助のどこが好きで交際を申し込んだの?」




 まさかの質問に、俺は思わず呆気に取られる。

 しかし、粟原さんはやわらかい笑みをたたえながら、真っすぐ眞白と向かい合っていた。


「うーん……色々あるけど、やっぱり――目立って誰かに褒められないようなことばっかりしちゃうような、どうしようもない優しさを持ってるところ、かな」


 粟原さんの言葉が心のど真ん中に飛び込んでくる。


「美化委員でね、北くん一年生の頃から備品の整理とかお手入れとかゴミ捨てとか、みんな『誰かがやってくれる』って思ってることばっかりやってくれてたの」

「誰かがやってくれる、ね」

「ほら、美化委員って面倒だし、みんなやりたがらないでしょ? だから全然仕事しない人とかいて。そういうときは決まって北くんが何も言わずに代わってくれてて……でも結局、誰からも褒められることなくて。それでも、いっつもやらないと気が済まないって顔してて」

「それは兼助が断れない下っ端根性を勝手に燃やしているだけじゃなくて?」

「うーん……そうなのかも」

「そうじゃないから」


 ってか、下っ端根性を植え付けたのは間違いなく眞白だから。


「そういう、どうしようもない優しさに溢れた人って損ばっかりしちゃうでしょ? でも、それがなんだかすごく愛おしくて……素敵だなって思ったんだ、私」

「粟原さん……」


 そんな風に思ってくれてたなんて……。


「そんなところ、かな。ふふっ。話せば長い、ってやつなのかも」

「……そう」


 目を合わせる眞白と粟原さん。


 なんだかふたりの間で、言葉じゃない何かを交わしているような、そんな時間が続き、


「…………教えてくれてありがとう」


 眞白はそうとだけ言って、俺に目もくれず踵を返し、立ち去って行った。

 粟原さんも時計を見て、「あ、着替えないと!」と慌てて更衣室へ向かう。


 そして俺はひとり、渡り廊下に取り残された。


「な、なんだったんだ今のは……」


 眞白がもっと、わからなくなってしまった。










   ▽   ▽   ▽










 それから一日が経ち。


 木曜日の夜十一時。

 遂に明日、粟原さんに告白の返事をする予定なのだが……。


「……どうしたもんかな」


 未だに眞白のことがわかっていなかった。むしろよりわからなくなったと言っていい。


 渡り廊下で眞白と粟原さんが話して以来、眞白はどこか大人しくなり、俺に棘を向けてくることもなかった。

 今日はウチに来なかったし、思えばほとんど話していない。


 粟原さんのことだけを考えるとすれば、粟原さんと付き合ったら間違いなく幸せだと思う。そこに嘘はない。

 ただ、粟原さんを可愛いと思ったことはあれど、好きだと思ったことは正直なくて……いや、でも女の子として惹かれて……でも、やっぱり眞白とは切り離して考えられないし……。


「…………」


 粟原さんの告白の返事。

 眞白に対する俺の感情、気持ち、眞白の考えていること……。


「あー……ダメだ。ぜんっぜんわかんねぇ……」


 これ以上家で考えても埒が明かない。


 そう思った俺は、ふと昔よく行っていた場所に行こうと思い立った。

 何か悩むことがあれば、必ず行っていたあの場所。


 家を出て、少し歩く。

 眞白とよく遊んでいた公園を通り抜け、木々生い茂る森の前にやってくると、赤い屋根の家の横にある階段を上っていった。


 しばらくして、開けた場所に出る。


 小さな街を一望できる、ささやかな見晴台。

 そこに――彼女もいた。



「……眞白?」



 艶やかな黒髪をたなびかせ、振り返る眞白。




「兼助……」




 眞白と確かに、目が合った。


 ――何かが起こるような、そんな気がした。 


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