本当にあったン年前の話
結核の隔離病棟を改装して造られた健診部は、日中でも薄暗く、あまり人が来ない寂れた部署だった。
四月からそこに配属された私は、先日退職した先輩から引き継いだ業務を黙々と片付けていた。
最初の異変は四月。
健診の請求書を作成しているときに、頭上から何か黒いモノが降ってきたのだ。
驚いて振り払ったのだが、周囲には何も落ちていない。
確かに四十センチメートル四方の、箱のようなモノが落ちてきたのだが。
しかし、それは物理的にあり得ないことだったのだ。
何故なら、私が座っていたのは事務室の中央。
頭よりも高い位置に物を置けるようなものなど、なかったのだから。
その後も度々、不思議なことが起きた。
パソコンの画面に私以外の人影が映り込むなどしょっちゅうで、奇妙な音が聞こえたり、机が揺れたりすることもあった。
そしてあれは、梅雨入りした頃のこと。
私は健診用の伝票を作るために、窓口に立って業務をしていた。
風もなく、しとしとと降るかすかな雨音だけが、私の耳に届いていた。
しかしそのとき、不意に突風が吹いたかのように、窓口のガラス戸がガタガタと盛大に揺れたのだ。
廊下の窓を開けっ放しにしてしまったのかと、身を乗り出して廊下を見た。
窓口よりもわずかに低い位置。
身を屈めるか、四つん這いにならなければいられないような低い位置を、何かが高速で通り過ぎていった。
一瞬のことだったが、私は見た。
あれは、長い黒髪の女だったのだ。
彼女が通り過ぎた後に一陣の風が吹き抜け、窓口のガラス戸がガタガタと激しく揺れた。
健診部の専属事務員は私しかいなかったので、他に彼女を目撃した人はいない。
彼女は何者だったのか。
それを知る者も、誰もいない。
END