第5話「残さないという選択」
あの騒動のあと。
村は、不気味なほど静かだった。
誰も彼に近づかない。
けれど、遠くから視線だけが刺さる。
――期待と、恨みが混ざった目。
かつて助けた母親が、口を開く。
「……今日も、やってくれるんですよね?」
その声に、感謝はない。
ただの“前提”だった。
(もう、“助ける”じゃない)
(“維持される存在”になってる)
彼は理解する。
ここにいる限り――
村は自分に依存し続ける。
畑を見る。
誰もいない。
風だけが、土を撫でる。
(このままじゃ、この村は…)
(“作れない村”になる)
荷物は、ほとんどない。
最初に拾った袋と、少しの穂。
それだけ。
あの子供の家。
扉をノックする。
母親が出てくる。
「……行くの?」
彼は、うなずく。
「どうして……?」
「ここにいると、みんなが弱くなるから」
沈黙。
「……でも、あの時は助けてくれた」
母親の声が、震える。
彼は、そっと一粒の穂を差し出す。
「これは、“最後”じゃない」
「“最初”にしてほしい」
「これを増やすんじゃなくて――」
「これを“育てて”ほしい」
奥から、小さな声。
「……また、くる?」
彼は、少しだけ笑う。
「その時は――」
「畑、見せてくれ」
夜明け前。
誰にも告げず、村を出る。
背後で、足音。
振り返ると、数人の村人。
一人が言う。
「……逃げるのか」
彼は首を振る。
「違う」
「残らないだけだ」
「俺がいると、“増やす”ことしか考えなくなる」
「でも本当は――」
「“育てる”方が、ずっと強い」
誰も言い返せない。
分かっている。
でも――できなかった。
彼は背を向ける。
もう振り返らない。
朝日が昇る。
新しい道。
手のひらのひびは、まだ消えない。
それでも彼は歩く。




