第4話「豊穣の歪み」
あの日以来、村は変わった。
空腹で倒れる者はいなくなり、
子供たちは笑い、畑には人が戻った。
――はずだった。
「ねぇ、今日もお願いできる?」
「うちも頼むよ、昨日は隣がもらってたろ?」
彼の前に並ぶ人々。
手には、空の袋。
彼は気づく。
畑に出る人が、減っている。
落穂を拾う者もいない。
代わりに――
「どうせあの子が増やしてくれる」
そんな声が聞こえる。
最初は感謝だった。
でも今は違う。
「もっと増やせるだろ?」
「なんでうちだけ少ないんだ」
「隠してるんじゃないか?」
言葉に、棘が混じる。
彼は試す。
いつものように一粒。
――増えない。
もう一度。
――かすかにしか増えない。
(……欲、か)
女神の言葉がよぎる。
その日の夜。
村で争いが起きる。
「お前のところばかり優先されてる!」
「違う!順番だって言われたんだ!」
食糧が原因じゃない。
“分配”が原因だ。
(俺のせいだ)
与えたことで、
“働かなくてもいい理由”を作ってしまった。
助けたはずなのに――
村は弱くなっている。
翌朝。
倉庫が荒らされていた。
残っていた穀物が、ほとんど消えている。
「……盗まれたのか?」
否。
犯人はすぐに分かる。
村人だ。
広場に集まる人々。
その目は――もう“救われる側”ではない。
「増やせよ」
「お前の仕事だろ?」
彼は、ゆっくり首を振る。
「……今日は、やらない」
ざわめき。
「は?」
「なんでだよ!」
彼は言う。
「このままじゃ、村は終わる」
「俺の力は、全部を解決するものじゃない」
「ふざけるな!」
「今さら何言ってんだ!」
「お前が始めたんだろ!」
怒号。
誰かが、石を投げる。
(……これが、“欲”か)
人の欲。
そして――
自分の中にもあった「認められたい欲」。
彼は静かに言う。
「……一粒は、増やせる」
「でも、村までは増やせない」
沈黙。
遠くで、風に揺れる稲の音。




